律「制服でおじゃまー」
憂「ようこそ、律さん。もう準備できてますので、2階のリビングに来てください」
笑顔の憂ちゃんが出迎えてくれる。
あったかい家だ、と思う。
私も将来、こんな素敵な家に住めるだろうか。
唯「えへへー、ごちそう~♪」
憂「お姉ちゃんは先に着替えてきてね」
唯「らじゃ!」
唯についていき2階にあがると、クリスマス会を思い出すようなごちそうがテーブルに並べられていた。
律「おおぉっ、すご!」
唯「じゃ、着替えてくるね。のぞかないでよ?」
憂「えー、どうしよっかな?」
唯「もうっ、憂はいいの。りっちゃんに言ってるんだよ」
律「唯よりこの料理のほうが100倍はうまそうだから安心しろ」
憂「むっ……」
唯「ふふん、でしょ? なんたって私の妹だからね!」
律「早く着替えてこないと先に平らげちまうぞ」
唯「い、いそぐ!」
バタバタつっかえながら唯は自分の部屋へ上がっていった。
憂「律さんは奥の椅子にどうぞ。カバンは隣の椅子に置いちゃっていいですから」
律「そうか、じゃあ」
お言葉に甘えてカバンを置かせてもらい、先に座らせてもらった。
憂ちゃんといると、どうもお言葉に甘えまくってしまう。
憂「……あの」
律「えっ、何?」
そんな矢先、憂ちゃんが一歩だけ近づいて、声をひそめた。
その頬に朱がさしていて、目はぱっちり開いてなくて少し潤んでいるようにも見えた。
やばい、ときめく。
律「う、憂ちゃん……」
憂「律さんは、このあと……すぐに家に帰らなきゃだめですか?」
……どういう意味だろう。
それだけの言葉にいちいち裏を勘繰る私は……何者なんだ。
律「いや別に……急ぐことはないけど」
憂「……よかった」
答えると、憂ちゃんの表情がふわっと華やいだ。
律「……」
憂「食事のあとで、お話ししたいことがあるんです」
律「……今じゃ、まずいのか?」
憂「できれば後がいいんです。律さんに任せますけど」
私はテーブルに並ぶ料理を見渡す。
律「話は、後にしようか」
憂「はいっ。それじゃあ、お姉ちゃんを待ちましょう」
律「ああ……」
大丈夫だ。憂ちゃんが、そんなはずはない。
私は何も考えなくていい。
だけど、こんなごちそうを用意してまで私を連れ込んだのは、一体どういうわけなんだ。
律「……」
無い、有りえ無い。
唯「ういーっ、着替えてきたよー!」
少しして、唯がドタドタ駆け降りてきて憂ちゃんに抱きついた。
憂「わあっ、可愛いねお姉ちゃん」
そして抱きしめ返す憂ちゃん。
私なら好きな人の前でこんなことはしないだろう。
やっぱり思い違いだ。
憂ちゃんの感謝の情を下手に勘繰ったことが恥ずかしい。
唯「えへへっ……んふー」
憂「ちょ、ちょっとお姉ちゃん、めっ!」
唯「いいにおーい」
憂「は、はずかしいってば……ほら、律さん待ってるし!」
律「唯、ごはん冷めちゃうぞー」
唯「んー、もうちょっとぉん」
律「そっか、じゃあ唯のぶん全部もらうな」
唯「どうぞどうぞー、憂さえいればいーもん……ふへへ」
憂「お、お姉ちゃん……」
なんで妹の匂いで酩酊してるんだ、唯は……。
憂「り、律さんは先に食べて構いませんよ、もう」
律「いや、だけど……」
さすがに客人として、家の人間より先にご飯にありつくのはどうなんだ。
憂「ぅ……もう、お姉ちゃんあとで!」
いくらなんでも恥ずかしかったらしく、憂ちゃんが唯を押しのける。
ただ、それも人目があったからで、普段は延々とこんなことが続いているのだろう。
実際、「あとで」と憂ちゃんも言っているわけだし。
四六時中こんな調子なら、この二人の娘には生まれたくないな……。
唯「もうっ、ういは照れ屋さんなんだから」
憂「ご、ごめんね……んっ」
からかうように唯は笑い、憂ちゃんのくちびるに指先を当てた。
唯「いいの、そんな憂も可愛いよ」
憂「お姉ちゃん……」
律「……」
なんだこの空間。
へんなの。
唯「さてと……ご飯にするんだよね?」
憂「うん、そうだよ」
二人はようやく椅子に座ってくれた。ああ長かった……。
唯「さあ、おててをあわせて」
憂「おててをあわせて!」
律「あわせまして……」
唯憂律「いただきます!」
――――
律「おぅふ……」
食べすぎた。
こうなるだろうとは予想してたんだが、いかんせんどうしても憂ちゃんの料理がおいしかった。
憂「律さん、片付けが済んだらお話がありますので」
律「あ、ああ……わかった」
気を遣わせてしまっただろうか。
憂ちゃんは食べ終わった食器を台所に運び、洗い物を始めた。
そもそも唯も憂ちゃんも同じくらい食べたのに、なぜフツーに満足そうな顔をしてるのか。
唯「食べすぎたって顔してるね」
律「おう。悪いな、人んちで……」
唯「いえいえー、憂のゴハンがおいしいのがいけないんですわ」
律「あははっ、そうですわね。ほんと、お嫁にほしいくらいですわ」
ほんの冗談のつもりだし、そう聞こえるように言ったつもりだった。
唯「やめてよ! 憂は私のなんだってば!」
いきなり大声を出されて、胃の内容物が飛び出しかけた。
律「な……」
唯「私がどんな思いで、どれだけ悩んで憂をものにしたか、りっちゃんにはわかんないよ!」
なに言ってんだ……こいつ。
唯「そんなの軽く言わないで! ……もう我慢できないよ。私と憂はね、付き合ってるの! 愛し合ってるの!」
違うだろ。
お前たちは仲良しの姉妹だろ。
いつもそう言ってたじゃないか。
憂「お姉ちゃん!」
台所から憂ちゃんが赤い顔で飛び出してきた。
今朝見た困り顔に似ていたが、少し違う。
うまく言えないが、憂ちゃんが唯の言葉を否定してくれるのは期待できそうになかった。
憂「お姉ちゃん……律さんは知ってたの?」
律「知ってるとか知らないとか、いったい何のことだよ……」
憂「……私とお姉ちゃんが付き合っていることです。知らなかったんですね」
律「知ってるわけないだろ、そんなの……」
何の冗談なんだ、これは。
朝の一件に、ムギの唐突な発言、そしてこれ……私は嵌められてるのだろうか。
だけど、ムギの涙はうそ泣きなんかじゃなかったし、言い争いになった時点でドッキリは中断になるはずだ。
いや、しかし……ムギのことだから、それでも無理に続けようとするかもしれない。
唯「……まだ信じられない?」
信じられるわけがない。当たり前だ。
律「お前たちは……姉妹じゃんか。血が繋がってるじゃないか。付き合ってるなんて……」
唯「だよねぇ。でも、惹かれあうものなんだよねー」
唯は意地悪に笑みを浮かべると、憂ちゃんの体を引き寄せた。
憂「ちょ……んっ!」
そして、私に睨み付けるような視線を送りながら、憂ちゃんのくちびるを奪った。
律「ぅ……ぁ」
それだけではない。
話には聞いていたが、目にするのは初めてのキス。
したこともない、濃厚な……大人のキスを見せつけた。
だ液と舌の絡み合う、下品な音が、私の肩を震わせる。
憂ちゃんが唯の体を必死につかまえた。
スリッパを履いた足が震えているのが見てとれる。
唯「……ふぁ」
甘い吐息をつき、唯は互いの口を透明な糸でつないだ。
少し赤い顔で私を見ると、その糸は断たれて口元に垂れた。
唯「私たちはね。付き合ってるの」
友人姉妹の衝撃的な光景とともに記憶に刻み付けるように、唯はにやりと笑った。
律「……」
唯「りっちゃんが信じる、信じないじゃない。私たちが姉妹か、他人かじゃない。私たちは、愛し合ってる」
律「だったら、なんで私なんかに言うんだよ……」
私はそんなにレズっぽく見えるというのか。
私は同性愛なんてちっとも理解してないのに。
唯「憂が、りっちゃんは大丈夫そう。って言ったんだけどねぇ」
律「憂ちゃんが……」
唯「そう、私の恋人の、憂が」
いまだ肩にしがみついている憂ちゃんの頭を唯は撫でた。
唯「……私たち、いま、味方を増やしてるんだ。朝の教室でやってたのも、その一環」
唯「いずれ学校中に……私たちが付き合ってるってことを教えてあげたいんだ」
唯「そのときに私たちが傷つけられることがないように、私たちの関係を気にしないでくれる仲間を増やしてるの」
律「それで、私を仲間に引き込もうとしたんだな」
唯「半分は、そんな感じ」
律「……もう半分は」
唯「いろいろ。確かめたいこととかもあってね……ん?」
憂ちゃんがもぞもぞ動きだし、唯の腕の中から抜けて椅子にかけた。
律「……さっき言ってた、お前らが付き合ってるのを知ってるか……とかか」
唯「そうだね。もしそうなら、言いふらされる前に口止めしとかないと」
律「だけど、私は知らなかったぞ、そんなの」
唯「だから、りっちゃんは余計なこと言わす天才なんだってば」
律「人のせいにすんなし……」
唯「あはっは。天才ゆえの悩みだねー」
……バカにしてんのか、こいつ。
律「……しかし、遅かったな」
唯「へ?」
言い出さないよりは、マシだよな。
そう自分を騙しながら、無理矢理に口を開いた。
律「今日の放課後な、友達と話してたんだよ。唯と憂ちゃんのこと。その、うたがい」
さすがに、二人の顔色が変わった。
律「けっこう大声で話してたし、明日からお前たちの噂で持ちきりかもな」
憂「な、なんで……」
唯「憂。なにも言わなくていいよ」
口元に手を当てながら、唯は素早く制した。
憂「うん……」
唯「……どういうつもりかは訊かないけど、安心していいよりっちゃん」
律「……安心? 私が?」
唯「そう。そんな噂が振りまかれたところで、私たちが1ヶ月おとなしくしてたら、そんなのすぐ静まるから」
唯「別に怒るつもりはないよ。だからそんな拗ねた物言いしないでくれる?」
あやうく涙があふれそうになる。
なんだ、この感覚は。
律「……け、けど」
唯「大丈夫だって。りっちゃんはよく分かってるはずだよ」
律「わかって……何が?」
唯「この世に同性愛者はいる。近くに同性愛者はいる。だけど、同性愛者のカップルなんて、いるわけない」
唯「ほとんどのノーマルが、そう信じて疑わない。まして私たち、血が繋がってるもん」
律「……それでも、心配なんだけど」
唯「なら、りっちゃんも火消しにまわって。和ちゃんと、澪ちゃんと一緒に」
突然現れた名前を拒むように、耳の奥がキュッと痛んだ。
律「澪がっ、知ってるのか!?」
唯「うん。……だからって、澪ちゃんと大声で話さないでね」
律「あ、ああ……」
ふと、ある一説が私の頭に去来した。
律「もしかして、今日部活に遅れたのは……澪を仲間に引き入れてたからなのか?」
唯「そんなところかな。話しかけてきたのは澪ちゃんのほうだけどね」
律「ふーん……」
ムギもそうだが、澪も疑ってたってことなのだろうか。
あれだけ目の当たりにして、気付けなかった私って……。
律「けど、それなら部室に来てみんなに話してくれたらよかったじゃないか」
唯「言ったでしょ、味方を増やさなきゃ。多勢に無勢じゃ、そもそも信じる人さえいないんだよ」
律「……そう、それもそうか」
唯「気にならないの?」
律「えっ、何が?」
唯「あー……ううん、なんでもない」
しばらくして、憂ちゃんは落ち着いたらしく、洗い物を再開するといって台所に向かった。
唯「んー、しかしなんだね」
律「うん?」
唯「やっぱりりっちゃんは引かないね。会ったときから思ってたけど」
律「引かないって……ああ、でもいきなりキスしたのは結構引いたぞ……」
会ったときからとはどういう意味だ。
唯「あはは、まあまあそれはそれ。りっちゃん、レズだと思うんだけどなー。頭は明らかにノーマルなんだよね」
律「レズじゃないって、私は。純然たるヘテロセクシャル」
言いながら胸の内で、何が純然たるだ、と突っ込んだ。
唯「あれ、詳しいね……まあ、なんだかんだで私たちの味方ってことでいいよね?」
律「そりゃあ友達としてな、応援するよ」
そういえば、ムギにもこのことは知らせたほうがいいのだろうか。
あからさまに疑っていたし、
私をトイレに連れ込んだように、誰かにあることないこと言いふらしかねない。
唯「えへへ、よかった」
律「……そうそう、味方として忠告するけど、ムギは早いうちに引き入れたほうがいいぞ」
唯「バレかけてる?」
律「ありゃもう、確信してたな」
唯「あー……じゃあ、明日の部室で話そうかな。これでもう、味方のほうが多勢だもんね」
律「ああ、そうしとけ」
梓もレズっ気があるようだし、部内は問題ないだろう。
……姉妹ってところに食ってかかられるかもしれないが。
唯「ところで……りっちゃん」
律「なんだよ、レズじゃないぞ」
唯「いや、それはまだ疑ってるけどそうじゃなくて……もう9時だよ、帰らないの?」
律「ああ、うん、帰る」
いつの間にそんな長居をしていたとは。
慌てて立ち上がった。
憂「律さん、帰るんですか?」
憂ちゃんがわざわざ出てきてくれた。
レズじゃないが……ほんとにふと、お嫁さんにしたいと思ってしまう。
律「うん、今日はごちそうさま」
憂「へっ……? あ、ああ、いえ、おそまつさまでした!」
唯「ういー、何のことだと思ったの?」
憂「えっ……そ、それはぁ」
予感がした。
これはまずい、始まる。
最終更新:2012年02月18日 20:01