#平沢家:朝

ジリリリリリリリリ!・・・ピタッ

憂「う、うーーん」ノビッ

・・・

うん、今日もいい天気。
平沢憂、高校三年生の春です!

憂「日々は たからばこ~♪」パパッ

憂「えがおっの たからばこ~♪」ニギニギ

・・・おにぎりできた!
おべんと箱に詰めてっと。


憂「・・・あれ?」

気がつくと目の前に、二人分のおにぎり。
お姉ちゃんが大学生になって家を出た今でも、時々お姉ちゃんの分のお弁当まで作っちゃいます。

憂「えへへ・・・だいじょうぶ、だいじょうぶ♪」

憂「ちょっと間違えちゃっただけだよー♪」テキパキ

作り過ぎた分は、お夕飯にしちゃおっか。
たまには失敗もするけれど、私は元気、だいじょうぶ。

・・・

#お昼

梓「憂のお弁当、相変わらずすごいよね」

憂「そうかなぁ。ふつうだと思うよ」

純「・・・」モグモグ

梓「唯先輩のお世話がなくてもちゃんと自炊してるんだもん、偉いよ」

純「卵焼きもーらい!」ヒョイパクッ

憂「ふふ、いいよー。召し上がれ♪」

梓「それに引き替え、純ときたら・・・」

純「なによ~、私はこうやって生きていくんだから、いいの」モグモグ

純「うん、うまいっ!」

憂「ふふっ。梓ちゃんにも、はいどうぞ」

梓「あ、ありがと・・・」

梓「うん、おいしいね」

憂「えへへ、ありがと~♪」

純「でもちょっと、味付け変わった?」モグモグ

梓「あ、ほんとだ」モグモグ

憂「え? そうかな?」

純「うーん・・・前より薄味になったような」

梓「そだね。あ、おいしいのはおいしいんだよ?」

憂「え? あ、うん・・・」


特に味付けを変えた覚えはないんだけどな。
もしかして、今までは、お姉ちゃんの好みに合わせてたから・・・って。おっと、いけない。
おいしいって言ってくれてるんだから、だいじょうぶ、だいじょうぶ・・・だよね?


純「それよりさ、土曜日の映画、何観るか決めた?」

梓「うーん、まだ」

純「じゃこれこれ、これにしようよ、インディ・ジューン8!」

憂「アクションものだねー」

純「うら若き乙女にして双子星アルガスの生き残りインディ・ジューンが、悪の人造生命体と・・・」

梓「いやいや! もうちょっと落ち着いた映画にしようよ。私たち女子高生だよ?」

純「ええー、もうすぐ受験が近づいてくるとさあ、映画も観れなくなるじゃん」

純「その前にぱーっと楽しい映画観ようよ、ぱーっと!」

梓「一応受験生の自覚はあるんだね」

梓「憂、何か見たいのあった?」

憂「・・・これ、前に軽音部の皆さんと観た映画の、続編だよね」

純「へえ・・・ああーそれ、テレビでもやってたよね、私も見たよ」

梓「最後のシーンが感動的だったよね、唯先輩とか泣いちゃって」

憂「うん・・・お姉ちゃんすぐ主人公の気持ちになりきっちゃうから//」

純「なぜ照れた」

梓「憂に泣きついて大変だったんだよ・・・」

憂「えへへぇ、あの時のお姉ちゃん、可愛かったなぁ」

梓「あ、じゃあさ、この映画にしよっか? 憂も観たいでしょ?」

憂「私は、二人が観たい映画ならなんでもいいよ」

純「あー、私もいいよそれで」

梓「じゃ、これに決まりだね」

純「それより、軽音部ってみんなして映画観に行ったりしてたわけ?」

梓「このときはたまたま憂の家に集まってる時に、そういう話になったんだよ」

純「澪先輩も一緒に・・・いいなぁ軽音部!」

憂「純ちゃんも、今は軽音部じゃない」

梓「そうだよ、純も1年の時に入っておけばよかったんだよ」

純「いいの!私は過去を振り返らない女!今を生きるの!」

純「梓と憂がいれば私は満足なんだから!ふんっ」

憂「純ちゃん・・・//」

梓「純・・・恥ずかしいよ、それ」

ヒソヒソ・・・カーワイイ

ナカイイワネー ケイオンブ

純「へ? ひっ」

梓憂純「//」



#平沢家

夕飯の前に、お姉ちゃんの部屋のお掃除をしておこうかな。
休みに帰ってきて自分の部屋に埃が積もってたら悲しいもんね。

この前は机を拭いたし、今日は棚の周辺を片付けよう。
所々抜かれて寂しくなった本棚・・・あれ、この漫画。


憂「あ、これって・・・」


小さい頃、お姉ちゃんと一緒に読んだ漫画だ。
ひとつの漫画を、お姉ちゃんとおでこをくっつけて覗きこむように読んだんだ。

ちょうどこの巻の悲しいシーンで、お姉ちゃんが泣き出しちゃったんだっけ・・・。


ゆい『わぁぁん』

うい『お、おねぇちゃん、だいじょうぶだよ』ナデナデ

ゆい『うぅ、ういぃ、かわいそうだよーー』グスグス

うい『だいじょうぶ、だいじょうぶだからね、お姉ちゃん!』ナデナデ


久しぶりに手にとってぱらぱらとページをめくる。
懐かしいなあ。ストーリーは、今となっては子ども向けの少し幼く感じるお話だ。
っと・・・私の目から、涙が抑える間もなくこぼれた。


憂「あれ?」


慌ててハンカチを当てたけど、喉の奥からしゃくり上げてしまって止まらない。
どうしてこんな、子ども向けの漫画で・・・。
おかしいな。お姉ちゃんと読んだ時は平気だったのに。


憂「お、お姉ちゃん・・・私、わからないよ・・・」



#映画館

梓「憂、ほら、もうすぐ始まるよ?」

憂「え? あ、うん」

純「何かぼーっとしてること多いよね、最近の憂って。平気?」

憂「うん、だいじょうぶだよ。映画楽しみだね」


カアサーン! カアサーン!
ニイサン、ボクニツカマッテ!!
サヨーナラーー!!


純「ふあ・・・けっこう良かったね」

梓「純、はんぶん寝てたじゃない、まったく・・・」

憂「う・・・ふぇ」グスッ

梓「へ・・・憂?」

憂「ふえええ・・・あ、ずさちゃああ」

純「な・・・号泣? そんなに!?」

梓「ちょ、なんで? 憂」

純「ほ、ほら。とにかく顔拭いて」フキフキ

憂「ひっく、ひっく・・・あ、ありあと・・・ずんちゃ」グスッ

純「ずんちゃん・・・」ズーン

純「憂がこんなに泣くなんて。そんなに感動する話だったけ?」

梓「・・・前は平気だったし、いくら何でもこんなの変だよ・・・」

純「だね。憂、ちょっと泣きすぎ。ほんとに平気なの?」

憂「う、うん。らいじょうぶだよ」ズズッ



#部室

梓「ねえ、純」

純「んー?」ガサゴソ

梓「最近の憂、やっぱりどこか変だよね?」

純「そだねー。梓、ポテチ食べる?」バリッ


はぁ・・・純に聞いたのが間違いだった。
憂は、授業は真面目に受けてるし、宿題もちゃんとやってきてる。
純じゃないんだから、当然か・・・。

いつも笑顔で、これまで私が心配することなんて何もなかった。
だけど最近の憂は、どこかズレてる気がしてる。
お弁当がやけに薄味だったり、
今まで平気だった映画で号泣してみたり・・・。

梓「憂、寂しいんじゃないかな・・・唯先輩がいなくて」

純「んー。まあ、そうなんじゃない? あ、うすしおおいしい」パリパリ

梓「もう、真面目に考えてよ純」

純「ほっといても平気だって。憂なんだから」

梓「こんな時に力になるのが、友達でしょ?」

純「梓はさー、何でも真面目に考えすぎなんだよ」

う、純のくせに痛いところをついてきた。
でも、憂が何か悩んでるなら、私がなんとかしてあげたい・・・憂の友達なんだから。
憂の様子がおかしいとしたら、原因はやっぱり、唯先輩の不在しか考えられない。



#帰り道

唯先輩・・・いや、先輩方の不在で寂しいのは、私だって同じ。
2年の頃の私はずっとずっと、先輩方が卒業して1人になった時のことばかり考えていた。
そんな私を、憂はいつだって励ましてくれた。


『だいじょうぶだよ! 梓ちゃん』


唯先輩が何か隠し事をしてるんじゃないか、と疑心暗鬼になった時も。


『お姉ちゃんなら、だいじょうぶだよ!』

だいじょうぶ、だいじょうぶ、って、何かのおまじないみたいに。
そんな言葉、以前に誰かから聞いたことがある。


『だいじょうぶ。あずにゃんは、あずにゃんだよ』


・・・唯先輩? ・・・・・・そっか、なんで気が付かなかったんだろう。
唯先輩は、憂に頼り切りだった訳じゃない。
唯先輩も、憂のことを支えてたんだ。


今になって考えると、唯先輩と憂って、ほんとに似てる。
ううん、外見はもちろんだけど・・・どんな時もニコニコ笑っていて、周りの人まで明るくして、
優しくて・・・暖かくて。要領がいいところもあるけど、どこか不器用なところまでそっくりなんだ。


憂はいつも笑っていて、感情をむき出しにするような子じゃない。
だけど、そこが憂の不器用なところ。
完璧に見えても本当は、唯先輩が修学旅行で帰ってこない、って思っただけで
泣き出しちゃうほどの、お姉ちゃんっ子なんだ。
だいじょうぶなわけ・・・ないじゃない。平気じゃない時だって、あるよね。

誰だー、憂のこと、「完璧超人」なんて呼んだのは。
純のバーカ! ・・・私のバーカ。

でも私・・・唯先輩の代わりになれるのかな。
憂を支えてあげること、できるのかな・・・。




ニャー

梓「あ、猫・・・」

ニャーニャー

梓「・・・おいで?」スッ

フウーーーッ!

梓「ひい」ビクッ

シャーーーッ!!

梓「・・・ご、ごめん」タタッ

梓「・・・」トタトタ

梓「・・・ちがう」ピタッ

これじゃ、だめなんだ。

ニャーーフウウーーッ!

梓「・・・だいじょうぶ」スッ

フウウウウーーーーーッ!!

梓「キミも、こわいんだよね?」

梓「・・・だいじょうぶ。こわくない。だいじょうぶ。」

フウ・・・

梓「おいで?」ニコッ

ミャア・・・

梓「だいじょうぶ・・・」ナデナデ

ミャアア


・・・あのとき、先輩たちが、私に勇気をくれたんだ。
そして、私が先輩たちから受け取った勇気には、ちゃんとカタチがある。
私が貰ったカタチのある勇気を、憂にも・・・。


・・・

純「へえ、HTTの曲やるの?」

梓「やるの?って、私と純でやるんだよ? 憂はまだ楽器ないんだから」

純「やるのはいいけど、ギターとベースだよ? 私たち」

梓「ちゃんと二人で弾けるようにアレンジしてきたよ」

純「どれどれ・・・ん? この選曲・・・ふうん」ニヤニヤ

梓「も、もう! 純はデリカシーなさすぎだよ」

純「あはは、いやぁ。梓は友達思いだよねー。わかったわかった、協力するよ」

梓「・・・よろしく」


・・・

憂「梓ちゃんと純ちゃんのセッション?」

梓「憂、まだ何の楽器やるか決めてないんでしょ?」

憂「うん。キーボードも楽しいんだけど、他の楽器も試してみたくて・・・」

梓「別に、バンドのバランスとかは気にしなくていいんだからね?」

梓「私たちの練習にもなるし、憂の楽器選びにも、役に立つんじゃないかと思うんだ」

憂「わかった。ありがとう、梓ちゃん」


・・・

ジャガジャカジャンジャン ジャカジャン


卒業は終わりじゃない
これからも仲間だから
大好きって言うなら
大大好きって返すよ
忘れ物もうないよね
ずっと永遠に一緒だよ


ジャジャジャカジャン...


パチパチパチパチ

憂「二人とも、すっごくよかったよ!」

梓「憂! この曲はね、先輩たちが私に送ってくれた曲なの」

憂「うん。すてきなプレゼントだよね」

梓「あ、あのねっ。私たちは・・・音楽でつながってるのっ!」

憂「梓ちゃん?」

梓「だからね、私は先輩たちがいなくても、1人ぼっちなんかじゃなくてっ」

憂「・・・梓ちゃん」ギュッ

梓「ふあっ・・・えぇ?」

憂「私や純ちゃんもそばにいるから、だいじょうぶだよ、梓ちゃん」ニコッ

梓「あ、ありがとっ・・・って。そうじゃない、そうだけど、そうじゃなくって!」

純「プーッ」クスクス

梓「純~!」

純「あははっ・・・ごめんごめん。・・・あのさ、憂にもあるんじゃないの? 大事な曲」

憂「え? それって・・・」

梓「ねえ、憂、憂も一緒に演奏しよ」

憂「でも私、楽器ないから」

純「じゃーん。ほら、さわ子先生のギター」

梓「先生にお願いして、借りておいたんだ」

憂「純ちゃん、梓ちゃん・・・」

梓「唯先輩のパート・・・弾けるよね、憂」

憂「うん、お姉ちゃんと一緒に練習してたから、たぶん」

純「よし、じゃあ軽ーく合わせてみますか!」


キミの胸に届くかな
今は自信ないけれど
笑わないでどうか聴いて
思いを歌に込めたから


お姉ちゃんが歌うこの曲・・・聴く度に、力をもらってた。
だけど、こうやって自分で演奏するのは初めて。

私の頼りないギターを、梓ちゃんのリズムが支えてくれる。
純ちゃんのベースが、力強さを与えてくれる。
私ひとりじゃ作れない音が、カタチになっていく。
梓ちゃんと、純ちゃんと、3人でひとつの音楽ができていく。

音の向こうから・・・お姉ちゃんの笑顔が、見えた。
こんなにふうに楽しかったの? お姉ちゃん。
だからいつも、笑っていたの? お姉ちゃん。


憂「梓ちゃん、純ちゃん・・・ありがとう!」


私も本気でやってみようかな・・・ギター。
お姉ちゃんみたいに・・・私も夢中になれるかな?


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最終更新:2012年02月22日 22:36