こんにちわ、平沢唯です

突然ですが、私には好きな人が居ます

私の一つ下で、同じ軽音部に入部してくれた唯一の後輩、一年生の中野梓ちゃん

通称、あずにゃんです

ちっちゃくて、可愛くて、真面目で、ギターが凄く上手いです

そんなあずにゃんに、私は一目惚れしちゃいました

あの瞬間のことは忘れられません

新入部員が来なくて、みんなで悩んでた時

控えめなノックの音が部室に響いて

次の瞬間、あずにゃんがおずおずと入ってきた時のことを

一瞬で心を奪われました

まあ、その気持ちが恋だったと気づくのには、三ヶ月ほどかかりましたけど


部室

唯「やっほー」

部室のドアを開けると、真っ先に目に飛び込んで来たのは

唯「あ」

ベンチに荷物を置こうと背を向けているあずにゃんでした

梓「あ、唯先輩」

振り向いて、素敵な笑顔を向けてくれます

梓「こんにちわ。今日は早いですね」

もう我慢できません

唯「あーずにゃああんー!」

梓「ちょ、ちょっと唯先輩!」

一直線に向かって行って、ほとんど飛びつく感じで抱きつきます

私のバッグが床に落ちましたが、そんなのは気になりません

今はその小さくて柔らかいあずにゃんの体を堪能する時です

唯「あずにゃん久しぶりー。会いたかったよー」

梓「久しぶりって、今朝も一緒に登校したじゃないですか」

唯「私、三時間あずにゃんに会わないとダメかも」

梓「休日とかは平気じゃないですか。またそんな適当なことを……」

適当というか、嘘じゃないんだけどね。休みの日だってずっとあずにゃんのこと考えてるし

たまに耐えられなくなって、理由を付けてはあずにゃんに会いに行くけど

でも、引かれちゃうよね。女の子同士なのに、そんなことさ

唯「適当じゃないもーん」

だから、そんな風にかわして

あずにゃんの首筋に顔を寄せます

ああ、もうすっごいいい匂い

梓「ちょ、唯先輩、恥ずかしいんですけど……」

唯「あずにゃん分補給だよ。大丈夫だよ、いい匂いだしー」

梓「きょ、今日体育あったんで、汗臭いんじゃ」

唯「気にならないよー」

ぎゅーっと、痛くない程度に抱きしめます

至福の時間だけれど、そんな時でも私は頭の中で、この時間が終わるまでのカウントダウンを忘れません

3、2、1、っと

唯「ふあぁ、補給完了ー」

ジャスト一分

私はあずにゃんから離れます

梓「もう、いっつもいっつも……。恥ずかしいじゃないですか」

唯「大丈夫だよー。私とあずにゃんの仲じゃん」

梓「学校で、とか……」

唯「学校じゃ無ければいいの?」

梓「そ、そんな問題じゃありません!」

ぷいっと顔をそむけるあずにゃん

その仕草が可愛らしくてたまらないけれど

学校じゃ無ければいいのかな?

なんて、ちょっと思ったりもします

まあ、そんな問題じゃないのもわかっているけど

あずにゃんは優しいから、私のしたいことをさせてくれてるだけです

決して、誤解しないように。期待しないように

だからこそ、ジャスト一分

唯「みんなはまだ来てないの?」

梓「まだみたいですね。私もさっき来たばかりなので」

唯「そっかー」

落ちた鞄を拾って、ソファーに置かれているあずにゃんの鞄の隣に置きます

同じくギー太も、あずにゃんのむったんの隣に

ささやかな幸せです

梓「みなさんもうすぐ来るでしょうし、先にお茶の準備しときましょうか」

唯「そうだねー。あ、手伝うよ」

梓「お願いします」

唯「今日のむぎちゃんのお菓子、何かなぁ」

梓「なんでしょうねぇ」

ガチャ

律「おいーっす」

澪「お、二人とも早いな」

りっちゃんと澪ちゃんが来ました

あずにゃんとの二人っきりの時間もおしまいです

それがちょっと惜しかったり

唯「遅いよ二人ともー」

梓「こんにちわ、律先輩、澪先輩」

律「ちょっとなー」

澪「そう言えば、むぎは?まだ来てないのか」

唯「まだ来てないみたいだよ」

梓「もうそろそろじゃないですかね」

その時です

ガチャ

紬「うふふ」

物置部屋の扉が開いて、そこからムギちゃんが現われました

紬「こんにちわー」

梓「ムギ先輩?」

律「なんでそんな所から。……まさか」

紬「うふふ、良い物見せてもらいましたーお二人さん」

梓「ちょ……」

唯「あはは……」

どうやら見られちゃったみたいです

私があずにゃん分補給するところ

恥ずかしいけど、同じくらいに嬉しいのは何故だろう

澪「相変わらず好きだなぁ、ムギは」

紬「趣味だからね。あ、もちろん澪ちゃん達のも大好きよ?」

澪「ちょ……!」

律「マジで……?」

紬「私に隠し通せると思ってたの?うふふ」

なんだか澪ちゃんとりっちゃんが真っ赤になってます

よくわからないけど、突っ込まない方がいいのかな

梓「もう!来てるなら最初から言ってくれれば、私も唯先輩に抱きつかれなくてすんだんですよ」

紬「あらあら、素直じゃないわねー」

梓「そ、そんなんじゃ!」

え、あずにゃん、やっぱり私に抱きつかれるの嫌なのかな……

こ、これからどうしようか

抱きつきたいけど、やっぱ一分は長すぎたのかな

三十秒、いや、二十秒くらいにしといた方がいいのかな……

紬「それじゃみんな揃ったし、お茶にしましょうか。今日はショートケーキよ」

ムギちゃんは、顔を真っ赤にしてる三人を横目にお茶の準備を始めました

心なし、どこかお肌がつやつやしているような気がします

澪「い、いつのを見られたんだろう……」

律「いやまぁ、見られたんなら仕方ねーんじゃねーの?」

澪「そ、そんなこと言ったって、もしアレとかアレとか見られたとしたら……」

律「だーから家に帰ってからでいいじゃんって言ったのにー」

澪「だって、あの時は律だって乗り気だったじゃ!」

よくわからない話をしてるけど、澪ちゃんとりっちゃんも抱き合ったりしてたのかな

まあ、幼なじみだし、仲いいもんね

はあ、それにしてもあずにゃんのこと、どうしよう……

梓「唯先輩?どうしたんですか、何か考え事を?」

気づくと、あずにゃんが私の顔を心配そうに見ていました

どんな顔をしていたのか自分ではわかりませんが、

唯「だ、大丈夫だよ!大したことじゃないって!」

あずにゃんに余計な心配をかけるわけにはいきません

決して大したことじゃないわけじゃありませんが、そう言っておきます

唯「ほらほらあずにゃん、お茶始めるよ。席に座って!」


夏休みが終わって、もう十月になろうとしていました

夏服から冬服に衣替えも始まって、もうすぐ文化祭の準備も始まろうとしています

日々を過ごして、時間が進んで行っても

それでもあずにゃんへの気持ちは変わりませんでした

むしろ、どんどん強くなっていくような気さえします

あずにゃんと会える毎日はとても楽しくて、毎日明日が待ち遠しいのですが

そんな気持ちの隙間にふと、この時間の終わりのことも考えるのです

つまり、卒業

まだ私は二年生で、まだまだ一年以上も先の話ですが

それでも、あずにゃんと当たり前のように毎日を過ごせる日々の終わりは、確実に近づいているのです

当たり前と言えば、当たり前の話です

私は二年生で、あずにゃんは一年生

誰にでも高校生活は三年間しかなくて

私はあずにゃんの居ない一年を、すでに過ごしているのです

そんなことが、この日々の終わりが頭を過ぎると

ふと、妹の憂がうらやましくなります

憂は一年生の今、あずにゃんと出会えているし、同じクラス

憂は三年間、あずにゃんと一緒なのです

あずにゃんの居ない一年を、過ごさなくていいのです

……って、そんなことを今更言っても仕方ありませんけど

軽音部のみんなと出会えた一年生のときは、それは、私も楽しくないはずがありませんでしたから

でも、どこかで「ずるいなぁ」という自分勝手な感情も、やっぱりあるわけですけど

律「そういえば、もうすぐ文化祭だな」

ムギちゃんのお茶を飲んでいる時、りっちゃんがそう呟きました

澪「そういえばそうだな。あと……三週間か」

紬「澪ちゃんのクラスは何をやるの?」

澪「あー、どうだろうな。喫茶店とかじゃないかな」

律「え、澪、メイド服着るの!?」

澪「き、着るわけないだろ!私は、たぶん受付とかになるよ。ライブもあるし……」

律「ちぇー」

紬「ふふ、りっちゃん。メイド服、うちにあるわよ?」

律「え、マジで?ちょっとそれ今度かs」

澪「こ、こら律!――む、むぎのクラスは何をやるんだ?」

紬「それがね、私たちのクラスは部活してる人が多くて。クラスの出し物にまで手が回らないから」

郷土研究になったの、とむぎちゃんは残念そうに言いました

そうです。私たちのクラスは郷土研究

つまり、実質的に出し物はしないのです

去年は焼きそば屋さん楽しかったし、今年も何かやるのかなってちょっと楽しみだったんですけど

それでも、仕方ありません

それに、クラスの出し物が無い分、放課後ティータイムの活動に時間が割ける

つまり、あずにゃんとの時間が確保されたわけです

あ、そういえば

唯「あずにゃん」

梓「はい?」

可愛らしく両手でマグカップを持ってお茶を飲んでいたあずにゃんが、私に顔を向けます

少し首を傾げるその仕草なんて、私はきっとずっと死ぬまで覚えていることでしょう

唯「あずにゃんのクラスは出し物あるの?」

出し物何をするの、と聞いた方が良かったと思いました

これじゃあ、まるで出し物が無ければいいのにと思っているようじゃないですか

いや、思ってはいますけど、それでも

梓「たぶんやりますよ。みんな乗り気でしたし」

まあ、そうですよね

唯「そ、そっか。ははは……」

当たり前に、ありますよね

梓「あ、でもちゃんとライブのために、裏方に回してもらいますよ。私もライブ楽しみですし」

そう言って微笑むあずにゃん

その微笑みの対象が私であることに、どこかムズムズします

律「そう言えば梓はこのメンバーでライブするの始めてだよな」

梓「はい。というか、ライブをするのも初めてです。バンドに入ったの放課後ティータイムが初めてなので」

紬「そっかー。梓ちゃん、初めてなんだー」

むぎちゃん、なんか言い方エロい

澪「まあ、ライブは二日目だから、梓はクラスの出し物も頑張っていいよ。一年生の出し物は一日目だしな」

が、頑張っちゃダメだよ澪ちゃん。あずにゃんに会えなくなるじゃん

梓「そ、そうですけど、やっぱりライブの練習もしっかりやりたいので……」

その時チラっと、あずにゃんが私を見ました

いや、私がずっと見てたから、たまたま目が合っただけなのかもしれませんけれど

唯「そ、そうだよね!練習もしっかりしなきゃ!」

梓「そうですよ。だからこんな風に、のんびりしてるのも時間が勿体無いです」

唯「こ、これは大事な時間なんだよ。お茶しながら力を蓄えてるんだよ!」

そういうことにしておきます、と言って、あずにゃんはため息をつきました

でもそれは、なんというか、暖かくて、どこか優しげな種類のため息のような気がしました

律「曲目は何にする?Happy Jackやろうぜ!」

澪「洋楽なんかみんなわからないだろ」

律「そっかなぁ。唯が歌ったら結構可愛いアレンジになると思うんだけど」

澪「――なんで唯?」

律「だって一応ボーカル……ちょっと、澪」

違うって、ちょ、待って澪!

何故か不機嫌になった澪ちゃんをりっちゃんが必死になって言い訳しています

どうしたんだろう

澪「どうせ私が歌っても可愛くありませんよーだ」

律「だからそんなつもりじゃ無かったんだって」

紬「ふふふ」

澪「じゃあ、そろそろ練習するか。曲目はまあ、あとで考えよう」

梓「そうですね」

唯「やろっかー」

みんなが立ち上がって、楽器の方へ向かいます

何気に、あずにゃんとの距離が近くなるから練習するのは結構好きだったりします

お茶してる時は、あずにゃんと私の距離は結構開いてますから

席順、やっぱり失敗だったかな

せめてりっちゃんと私が交代すれば、あずにゃんとの距離も近くなるのに


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最終更新:2012年02月27日 21:19