唯「ただいまー」
玄関に入ると、エプロン姿の憂が出迎えてくれました
憂「お帰りなさい、お姉ちゃん」
唯「もう外真っ暗だよ」
憂「陽が落ちるの早くなったね」
唯「もうすぐ寒くなるよ。嫌だねー」
靴を脱ぎながら、憂とそんな話をします
憂は私が靴を脱ぎ終わるまで、にこにこしながら待っていてくれました
唯「今日のご飯なーに?」
憂「今日はお肉が安かったから、ハンバーグにしたの。もうすぐ出来るよ」
唯「いつもありがとうね、憂。いいお嫁さんになれるよー」
そんな、とはにかむ憂はとても可愛いです
憂もいつかお嫁さんになっちゃうのでしょうか
まあ憂なら、いい相手が見つかるでしょう
いいお嫁さんになれるでしょう
私は、どうだろう
料理とか家事とか得意じゃないし、まず、女の子が好きな時点で幸せになれるとは思いません
かと言って、あずにゃん以外の人にはこれっぽっちも興味がありませんけれど
憂「先に着替えてきてね、お姉ちゃん。降りてきたら、すぐにご飯食べられるようにしておくから」
唯「はーい」
そんな将来への漠然とした不安にぼうっとしながら、私は階段に向かいます
ちら、っとキッチンの方を見ると、憂が何かを口ずさみながら食器を並べていました
唯「ねー、ういー」
憂と二人での夕食です
お父さんとお母さんはいつものように旅行で、私たち二人での夕食は慣れています
えっと、今回はどこだっけ。フィンランドだっけ?
憂「どうしたの、お姉ちゃん」
唯「さっき歌ってたの、なんて歌?」
憂「え?」
唯「さっきご飯の準備しながら歌ってたじゃん」
憂「あ!」
き、聞いてたの?と憂が顔を赤らめます
憂「えっとね、あれは『いっしょにたべよう』って曲なの」
唯「いっしょにたべよう?」
うん、と頷いて憂はお茶を飲みます
憂「恋人との夕食のために、頑張ってお料理するって歌。歌ってた人はもう亡くなったんだけど」
とても優しい歌だから好きなの、と憂は言います
その表情がとても優しげで、だからきっと、憂はその歌が大好きなんだと思いました
唯「そっか」
憂「今はお姉ちゃんといっしょにたべよう、だね」
唯「恋人じゃなくてごめんね」
憂「そんなことないよ。お姉ちゃんと一緒にご飯食べるの、好きだよ」
憂と二人で笑います
でも、そっか。恋人かぁ
唯「憂は今、好きな人居るの?」
憂「え!?」
えっと、と憂が視線を落とします
憂「……うん。居ないよ」
唯「そっかー」
まあ、女子高だしね
憂「お姉ちゃんは?」
唯「うぇ、私?」
……あずにゃんが好き、だなんて
さすがに憂にも、言えません
唯「居ないよー。私そういうの、まだわからないもん」
私のこの気持ちは、たぶんずっと、誰にも話さないまま終わります
憂「……そっか」
そう言って、憂は不思議な微笑み方をしました
憂「頑張ってね、お姉ちゃん」
唯「?」
あ、そうだ
唯「憂、その、『いっしょにたべよう』って歌。私、練習して聞かせてあげるよ」
憂「え、ほんと!?」
唯「うん。あとでCD貸してね。あずにゃんに習って、弾けるようになるよ」
憂「ふふ、ありがとう、お姉ちゃん」
唯「あ、あとさ。……週末、あずにゃんをお泊りに誘っていい?」
憂「うちに?いいよ。初めてだよね。梓ちゃんが泊まりにくるの」
『いっしょにたべよう』って歌を憂から聞いたからじゃないけど
それでもやっぱり、そういうのは憧れます
恋人同士じゃなくても、その可能性は無くても
好きな人と夕食を食べるのは、頑張れば出来そうです
憂の許可も貰ったし、あとはあずにゃんを誘うだけです
来てくれるかな、あずにゃん
―――
梓「今週末、ですか?」
唯「う、うん」
翌日の放課後
練習の合間の、休憩時間
ティーカップを両手で持って、あずにゃんは目をぱちくりしました
唯「予定が無いなら、うちでお泊りとかどうかなって」
梓「別に予定は無いですけど……いきなりどうしたんですか?」
唯「え、えっとね」
よし、あずにゃん予定無いんだ!
唯「ほ、ほら、あずにゃんこないだ、両親がお仕事で家空けちゃうって言ってたじゃん。寂しいかなって思って」
心遣いはありがたいんですけど……、とあずにゃんが私を上目遣いで見つめます
梓「本当にそれだけですか?」
唯「あ、当たり前だよ!他意は無いよ!」
憂のお料理おいしいよー
一人じゃないから寂しくないよー
一緒にお風呂入れるよー
夜遅くまでお話できるよー
梓「い、一緒にお風呂は遠慮しますけど……」
ちぇー
でも、とあずにゃんは言いました
梓「……そうですね。一人じゃちょっと寂しいので。もし迷惑じゃなければ」
お泊りに行ってもいいですか、と
あずにゃんは言いました
唯「も、もちろんだよ!」
梓「それじゃあ今週の金曜から、ですね。よろしくお願いします」
唯「やったー!」
律「なんだ、梓も外泊するのか」
梓、も?
唯「りっちゃんもどこかにお泊りするの?」
律「ああ。澪ん家にな。澪の両親も今週末居ないって言うからさ」
唯「へー」
律「一人じゃ怖いってうるさいからなー。そこで私が仕方なく……」
澪「べ、べつに怖いとか言ってないだろ!」
澪ちゃんが真っ赤になって反論していますが、まあ、一人が怖いのは本当だと思います
それにしても、りっちゃんもお泊りかぁ
……もしかして、
唯「むぎちゃんも、もしかしてどこかお泊りするの?」
それまでニコニコと私たちの会話を聞いていたむぎちゃんは、突然話を振られてびっくりしたのでしょうか、何故かビクっとしました
紬「え?」
唯「あ、みんなお泊りするから、もしかしたらむぎちゃんもかなーって」
紬「う、うん。そうね。さわk、じゃないわ。ホテルと両親に泊まる予定に」
律「……むぎ、ちょっとこっち来て」
その瞬間、りっちゃんと澪ちゃんが立ち上がり、むぎちゃんを引きずって物置に入りました
あまり中の声は聞こえませんが、何かを話しているようです
「……マジで……さわちゃ……」
「黙っ……なさい……でもバ……と大変な……」
「いや……ないけどさ……実は……」
「そう……私達もちょ……って思っ……」
「ほ、本当!?」
何の話をしてるんだろう
梓「さあ。ちょっと聞こえませんが……」
唯「でも『本当!?』ってのだけは聞こえたね」
梓「そうですね」
んー。まあ、いいや。今はあずにゃんの方が大事だ
唯「へへへ。週末はあずにゃんと一緒だね」
梓「そうですね」
唯「これで寂しくなくなるよ!私が!」
梓「よく言いますよ。言うほど寂しいわけじゃないくせに」
唯「ほ、本当だってー」
梓「はいはい。そういうことにしておきます」
「こ……ゆ……とあず……に……」
「まだ言わ……の」
「……だもんな」
「今が……二人に……期だから……」
「……った」
「あり……」
がちゃ、っと扉が開いて、中から三人が出てきました
唯「おかえりー」
律「ただいまー」
梓「何の話をしていたんですか?」
澪「ああ、大したことじゃないんだ。気にするな」
唯「えー、なんかずるいー」
紬「ごめんね。でも今は、二人のことだけに集中してほしいのよ、唯ちゃん」
唯「ほえ?」
梓「そ、そういう話だったんですか……」
何故か顔を真っ赤にするあずにゃん
今日は表情がコロコロ変わって、色んなあずにゃんが見られます
唯「そういう話ってどういう話ー?」
梓「私も知りません!」
あずにゃんがプイっと顔を背けます
可愛い
唯「むー。なんか疎外感」
梓「私が居るじゃないですか」
唯「いーもんねー。こうなったら、私はあずにゃんと独立します!」
あずにゃんをぎゅーっと抱きしめます
梓「ちょ、唯先輩!」
唯「これから私達は『ゆいあず』として独立します!」
律「む!HTTから足抜けすると申すか!」
唯「ふふふ。ギターが二人も抜けたら大変じゃないかな?」
律「くっそー。まさか梓までそっち側とはな!」
梓「私の意思じゃありません……」
唯「ギター二本でどこまでも行くよ私達は……う、嘘だから澪ちゃん。泣かないで……」
澪「う、嘘でも抜けるとか言うなよぉ……」
澪ちゃんが涙目でした
唯「冗談だよぉ。放課後ティータイムは永遠だよー」
律「ごめんごめん。ちょっと乗っかっただけだから。冗談だって」
よしよしとりっちゃんが澪ちゃんの頭を撫でます
こういう時、りっちゃんってすごいなと思います
いつも自然に、澪ちゃんを慰めたりフォローしたり出来るから
梓「むぎ先輩……鼻血出てますよ……」
紬「いいのいいの!私のことは気にせず続けて!」
むぎちゃんは幸せそうです
いつも通りの軽音部の日常です
その時、腕の中であずにゃんが呟きました
梓「永遠、か……」
金曜日の放課後
唯「まだかなー」
今日はあずにゃんが家にお泊りに来る日
今日という日を心待ちにしてきました
なんだかソワソワしてきます
憂「お姉ちゃん、そんな玄関で待ってなくても……」
苦笑しながら、憂がそう言います
だって部屋の中でじっとしてたら、時間が経つの遅く感じるんだもん
和「本当に嬉しいのね、梓ちゃんが泊まりにくるの」
唯「あ、和ちゃん」
リビングから、和ちゃんがやってきました
和「でもそんなお泊りの日に、本当に私もお邪魔してよかったのかしら」
唯「いいに決まってるよー。大歓迎だよー」
和ちゃんも今日は家にお泊りです
高校に入ってから初めてかな?
以前は結構頻繁にお泊りしに来てくれてたのに
憂「あ、当たり前だよ和ちゃん!私が誘ったんだもん!」
憂がわたわたと手を振って、和ちゃんに言いました
そうです。今日、和ちゃんを呼んだのは他ならぬ憂なのです
『お姉ちゃん、その、週末に梓ちゃんがお泊りに来る時、和ちゃんも呼んでいいかな……?』
そう言われた時は何も考えずにオッケーしましたが、いきなりどうしたんでしょう、憂は
まあ、最近和ちゃんが家に来なくなったから寂しかったのでしょう
和ちゃんに懐いてるからなー、憂は
っと、そこで、玄関のドアベルが響きました
唯「あずにゃん来た!」
鍵を開けるのすらもどかしく、急いで扉を開けました
開けた扉の先に居たのは、我が麗しの天使、あずにゃん
右手がドアベルを押した形のまま空中で止まっていて、目を丸くしていました
唯「いらっしゃい、あずにゃん!」
梓「こ、こんにちわ、唯先輩。早いですね、出てくるの」
唯「いやー、あずにゃんが来るの待ち遠しくて、玄関で待機してましたから!」
梓「もう、何ですかそれ」
あずにゃんが笑います
あ、信じてないな?
唯「まあいいや。さあさあ、上がって上がって」
梓「はい、お邪魔します」
あずにゃんを招き入れます
憂「いらっしゃい、梓ちゃん」
和「こんにちわ」
梓「あ、こんにちわです」
あれ?
唯「驚かないんだね、あずにゃん。和ちゃんが居るの知ってた?」
梓「うぇ!?」
びっくりしたように、あずにゃんが変な声を上げました
梓「え、えっとそれはその」
憂「わ、私が伝えてたんだよ。和ちゃんもお泊りするからって。ね、梓ちゃん?」
梓「う、うん!」
ふーん、そっか。まあいいや
唯「あずにゃん、荷物をお持ちします!」
梓「え?で、でも先輩にそんなことをさせるわけには」
唯「いいからいいから」
お泊り道具が詰まっているだろうドラムバッグをあずにゃんから奪い取り、肩に担ぎます
唯「じゃあ、荷物置いてくるから。あずにゃんはリビングでゆっくりしててね!」
梓「は、はい」
急いで玄関からリビングを抜け、階段を駆け上ります
そうです。目指す場所は私の部屋
こうして私の部屋に荷物を持って行くことで、自然と今夜あずにゃんの寝る場所が決まるのです
あずにゃんは私の部屋で私のベッドで一緒に寝るのです
まあ、一緒に寝るからと言っても、私がしたいようなあれこれは出来ないでしょうけれど
でも、一緒に寝るくらいはいいじゃない。せっかくあずにゃんがお泊りにきてくれたんだもの
部屋の扉を開けて、ドラムバッグをベッドの上に置いて
そして急いでリビングへと戻ります
時間が惜しい!
あずにゃんと過ごす時間が!
最終更新:2012年02月27日 21:20