えっと、どうしよう
何か喋らなきゃ
……でも、あずにゃんって髪さらさらだなー
パジャマなんか二番目のボタンまで外しちゃってて、そこから石鹸のいい匂いとか、いつものあずにゃんの甘い匂いとか……
そんなことを考えていると、
梓「……唯先輩」
唯「ひゃ、ひゃい!?」
なんの前振りもなしに、あずにゃんが私の名前を呼びました
梓「……なんですか、今の」
暗闇の中で、あずにゃんが吹き出したのがわかります
唯「い、いや、ちょっと考え事してたから……」
いきなり呼ばれるから、ちょっとびっくりしちゃって
うわずった声を上げちゃいました
唯「な、なに?あずにゃん」
梓「えっと。ちょっと、質問があるんですけど」
唯「質問?何でも聞いてよ。何でも答えるよ!」
梓「はい。……その」
そこで、あずにゃんの言葉が止まります
ただ黙って、私の髪を撫でているだけです
その定期的な感触の中で、もっと言えば断続的に続く緩やかな気持ちよさの中で
どうしたんだろう、と思います
何か、悩み事があるのかな?
唯「……あずにゃん、どうし」
あずにゃんが抱きついてきました
私の髪を撫でていた手を、私の背中に回して
私の胸元に、顔を埋めています
唯「え……え?」
いきなりのことで、上手く言葉が出てきません
あずにゃんの少し熱い、湿った吐息が私のパジャマの布地の隙間を抜けて素肌に感じます
梓「唯先輩、今好きな人とかいますか?」
唯「す、好きな!?」
好きな人って!
今私の胸に顔埋めてる人がそうですって、そんなこと言えるわけないです
唯「い、えっと……」
梓「……いないんですか?」
唯「いる……ような、いないような」
梓「どっちですか。はっきりしてくださいよ」
唯「うぅ、じょ、女子校だし、その」
女子校なのに学校に好きな人が居ますよ私
言えないよあずにゃんにバレたら嫌われちゃうって
どうしようどうしよう
唯「あ、あずにゃんはどうなのさ!好きな人いるの!?」
梓「ちょ、唯先輩に聞いてるんですから、私は関係ないでしょ!?」
唯「いーや、まずは質問する人から先に答えないと!いるの?いないの?」
追求をかわすための逆質問でしたが
質問しておいてなんですが、答えて欲しくはありませんでした
yesなら確実に私は失恋してしまうし
noでも、結果は同じです
聞きたくないけれど
それでも、一度言ってしまえば後戻りは出来ないのです
唯「あずにゃーん。どうなのー?」
言わないで
誤魔化して
上手く騙されるから、かわされるから
梓「……いますよ」
唯「……っ!そ、そっか」
あずにゃん、好きな人いるんだ……
ズクン、と胸の中で何かが落ちます
抜け落ちたような、何かが刺さったような
そんな音でした
唯「高校は女子校だから、あれかな。中学でいい人が居たのかな」
男の人、とは言えませんでした
どこかで期待してるのでしょうし、それに
あずにゃんが男の人と、なんて
考えたくも、口にしたくもありませんでした
本当はこんなことだって聞きたくない
私はさっきから、聞きたくないことばかり聞いている
きっとどこかで混乱しているのでしょう
少なくとも、冷静ではありません
梓「……私、今までギターばかりやってて」
唯「うん……」
梓「だから、恥ずかしいですけど、この年になるまで人を好きになったことなかったんですよ」
そんなに恥ずかしいことじゃないよ、あずにゃん
私だって、あずにゃんに出会うまで人を好きになったことなかったし
もっと言えば、私は女の子が好きってこと、あずにゃんに出会うまで知らなかったもの
まあ私は、あずにゃんと違って夢中になれるものもなくて、ただぼうっと生きてきただけだけど
梓「だから、中学では何もありませんでした。高校に入ってからです、その人と出会ったのは」
唯「……どこか、外で?他の学校とか」
近くに共学の学校はありませんけれど
それでも、どこかのお店の店員さんとか
すれ違った人とか
梓「いえ。……同じ、学校に」
唯「え……」
いつの間にか、あずにゃんの顔が見えていました
暗闇に目が慣れてきたんでしょう
窓から入る弱い月明かりが、ベッドのシーツをほのかに青白く輝かせて
あずにゃんは私の胸から、上目遣いで私を見つめていました
それがどういう種類の感情を含んだ視線なのかは、私にはわかりませんでしたが
それでも、あずにゃんは真剣でした
唯「同じ、学校って……」
梓「そういう、ことなんです」
唯「そ、そっか」
あずにゃん、まさか
唯「校長先生が?」
梓「殴りますよ?」
唯「痛い痛い痛い痛い」
殴られはしませんでしたが、あずにゃんが強く抱きついてきました
とても柔らかくて幸せなんですが、確かにちょっと痛いです
梓「なんで校長先生が出てくるんですか!関係ないじゃないですか!」
唯「だ、だって、うちの学校、男の先生少ないし、その中で可能性が僅かでも高いと言えば」
梓「だからって校長先生はないです!……だから」
だから、と
あずにゃんはちょっとだけ言い淀んで、そして
梓「だから、生徒です。同じ学校の」
そう言いました
あずにゃんがまた、上目遣いで私を見つめています
でも、見つめているというか睨んでいるというか
月明かりの中ではわかりませんが、少しだけ瞳が潤んでいました
唯「……あずにゃん、女の子が好きなの?」
梓「そう、みたいです……」
あ、あずにゃんも
あずにゃんも、女の子が好きなんだ
ほっとすると同時に、色鮮やかな嬉しさが静かにこみ上げてきました
まるで、見ている世界がカラー写真に変わったようです
私だけじゃなかった!
私の好きな人が、女の子が好きだって!
梓「ゆ、唯先輩」
唯「ん?」
梓「すみません……引きますよね、こんな」
唯「引くわけないじゃん!!」
梓「ひゃ!」
唯「あ」
つい大声を出してしまいました
だってあずにゃんがそんなこと言うから
唯「ご、ごめんねあずにゃん。びっくりしたね」
梓「い、いえ」
あずにゃんにバレないように息を吐いて、落ち着きます
もしかしたら、私にも
私にも、チャンスがあるかもしれないのです
唯「えっと。好きな人がいるって言うと。同級生?上級生?」
あずにゃんは一年生だから、下級生ってことはありません
梓「え、そ、それは……」
唯「それは?」
梓「い、言えるわけないじゃないですか!」
唯「えー!?」
ここまで来て!?
梓「第一、私の交友関係とか唯先輩、ほとんど知ってるじゃないですか。バレちゃいますよ、そこまで限定したら」
唯「あ、じゃあ私の知ってる人で、あずにゃんも知ってる人なんだね?」
梓「しまった!」
ばかにゃん可愛いです
そうかー、私の知ってる人かー
唯「……軽音部関係?」
梓「だからもう言いませんってば!」
唯「ちぇー」
そこまで特定出来たら、あと少しなのにな
唯「じゃあさ」
梓「なんですか。絶対に言いませんからね」
唯「どんな人か、教えてくれない?あずにゃんの主観でいいからさ」
梓「……」
答えてくれるかな
あずにゃんは少し身体を揺らすと、どこか照れたように私の胸におでこを押しつけて、言いました
梓「かっこよくて。真剣な時は真剣で、やる時はやる人で。温かくて、優しくて。目が離せない人です」
唯「……そか」
私、失恋しちゃったっぽいです
どうしよう
どう考えても、私はそんな人間じゃありません
さっきまで舞い上がってたのが馬鹿みたいです
ほらね、人生は甘くないんだよ
上げて落とすんだよ
もし神様が居るとすれば、きっと意地悪なんだと思う
梓「……唯先輩?」
唯「……わかっちゃった、あずにゃん」
梓「え?」
唯「あずにゃんの好きな人」
梓「そ、そうですか……」
恥ずかしかったのでしょう、あずにゃんはもっと私に身体を押しつけてきます
ああ、柔らかいなぁ
あずにゃんは可愛いから
きっと、その子と抱き合ったりするんだろうな
そう考えると、泣きたくなります
実際、もう涙目です
でも、言っちゃったから
言葉にしちゃったから、続けないと
唯「澪ちゃんでしょ」
梓「唯先輩いい加減にしてください怒りますよ」
唯「なんで!?」
だって、あずにゃんの言った通りの人って、まんま澪ちゃんじゃん!
梓「た、確かに澪先輩はかっこいいですけど!でも、そんな目で見たことないです!」
唯「ち、違うの?」
梓「違います!」
そっか……
じゃあ、あとは一人しか居ないね
唯「じゃあ、りっちゃんか」
梓「うにゃああああああああああああああ!」
唯「痛い痛い痛い痛い」
二度目の痛い抱きつきです
なんで?違うの?
梓「わざとやってるんですか!?そんなわけないでしょ!?」
唯「だ、だって、りっちゃんって男前だし……」
梓「だからって恋愛感情は持ちません!それに、律先輩は澪先輩と付き合ってるじゃないですか!」
唯「え、本当に!?」
梓「気づいてなかったんですか!?」
りっちゃんと澪ちゃんって、付き合ってるの!?
女の子同士で!?
唯「えっと、仲がいいなーとは思ってたけど。幼なじみだからかなーって」
梓「ただの幼なじみがお互いの内太もも撫で合うわけないじゃないですか」
唯「そんなことしてたの!?」
梓「先輩、部活中どこを見てるんですか?明後日の方向ですか?」
どこ見てるって、あずにゃんしか見てないよ
貴重なあずにゃんとの時間、粗末に出来るわけないもん
梓「はぁ……」
唯「ご、ごめんね、あずにゃん。私、そういうの疎くて……」
梓「まあ、そういう人ですもんね、唯先輩は」
そこ……き……すけど
独り言のように呟いたあずにゃんの言葉は、最後まで聞こえませんでした
梓「……どうでもいいですけど、和先輩がお尻揉むのはスキンシップで納得して、澪先輩達の内太もも撫で合うのは驚くんですね」
唯「だって内太ももだよ?えっちだよ!」
梓「違いがよくわかりませんが。ま、いいです」
唯「それについて語りたいけど、今度の機会にするよ」
梓「……それで?今度は唯先輩の番ですよ」
唯「え、私?」
梓「好きな人、居るんですか?」
唯「あ……」
えっと
どうしようもありません
あずにゃんは、女の子が好きってカミングアウトしてくれて
りっちゃんと澪ちゃんは、そういうステップを乗り越えて、愛し合ってるのです
私も、ちょっとだけ勇気を出さないと
唯「……い、居ます。同じ学校に。お、女の子なんだけど」
梓「そ、そうですか」
唯「あ、あずにゃんと一緒だね!私も女の子が好きって、その子と出会って気づいちゃって」
梓「そ、そうですね。一緒ですね!」
へへへ、と笑い合います
そしてあずにゃんがずいっ、と顔を近づけてきて、
梓「それで、相手の女の子のことは追求してもいいですか?」
唯「い、えっと、それは」
梓「私も追求されたんですから、唯先輩にする権利はありますよね?」
唯「い、言わなきゃダメ……?」
さすがに今ここで告白する勇気はありません
とにかく、あずにゃんの好きな人がまだわからないし、私じゃない可能性が高いし
どうすればいいかわからなくて、ただあずにゃんの目を見つめます
梓「……そんな目、しないでくださいよ。いじめてるみたいじゃないですか」
唯「だ、だってー」
梓「聞きませんよ無理に。私の好きな人だって、唯先輩はわからないみたいだし」
唯「う、うん……」
梓「これだけヒント出したんだから、考えておいてくださいね」
唯「うん。……あ、私もヒント出す?」
梓「え!?いや、えっと。……いいです。先輩が教えてくれるの、待ってますから」
唯「そ、そっか」
梓「はい」
私の好きな人をあずにゃんに教える時
それって、つまり、そういう時です
今まで、あずにゃんに告白するなんて考えてもいなかったけれど
その、形の無かった考えられなかった瞬間が、急に目の前、手の届く場所で色づいてきて
そしてその時、心臓の音が聞こえ始めます
確かに、今まで動いて無いわけではありませんけれど
それでも私はその時、初めて自分の心臓が動き始める瞬間を体験しました
最終更新:2012年02月27日 21:27