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唯「あずにゃんだけじゃなくてさ。ほら、一年の時の文化祭でも澪ちゃんのパンツとか凝視しちゃったり……」

だからそんな気は全くないよと、言おうとしたところで

あずにゃんの様子に気づきます

梓「……なんですかそれ」

顔を伏せたままなので表情はわかりませんが、肩が震えています

両手も、スカートの上できつく握りしめていて

梓「誰でもいいんですか」

唯「あ、あずにゃん、ちょっと」

梓「私じゃない人にもああいうことするんですね」

唯「あ、ああいうことって?」

キッとあずにゃんが顔を上げます

私をまっすぐに睨んで、唇を噛みしめて

梓「あの夜私にしたことも、私だからってわけじゃ……!」

唯「あ、あずにゃん!」

あずにゃんが走って部室を出ようとします

咄嗟に腕を掴んで引き留めますが

梓「……っ!離してくださいっ!」

乱暴に振りほどかれて

部室を出て行くあずにゃんの背中を、ただ呆然と見送るしか出来ませんでした

紬『え、ちょ……』

澪『あ、梓!?どこ行くんだよ!』

そんな声が、階段の方から聞こえてきて

紬「ゆ、唯ちゃん……」

澪「唯……?」

むぎちゃんと澪ちゃんが戻ってきました

困惑の表情を浮かべて、部室の外を見ます

澪「さっき、泣きながら梓が走っていったんだけど……」

紬「……何かあったの?」

唯「何かっていうか……その……」

あずにゃん、泣いてたんだ

唯「よく……わから……ない……だけどっ」

私、あずにゃん泣かせちゃったんだ

澪「ゆ、唯!」

澪ちゃんが駆け寄って、私を抱きしめて頭を撫でてくれて

なんでこういうことしてくれるんだろう、と思ったら声が出なくて

唯「ひっ……ひうぅっ……」

ああ、私が泣いてるからなんだと思いました

紬「唯ちゃん、大丈夫?」

むぎちゃんも頭を撫でてくれます

澪「……むぎ、紅茶入れてくれないか?まずは落ち着かせよう。でなきゃ話が出来ない」

紬「ええ」

むぎちゃんの手が離れていって、しばらくして紅茶のカップを出す音がします

その間、澪ちゃんが頭を撫でてくれました

澪「ゆっくりでいいから、な?」

澪ちゃんがそう言ってくれますが

自分でも、どうして私が泣いているのかわかりませんでした

わからないけれど、何か

あずにゃんを泣かせてしまったことと、何かを決定的に間違えてしまったこと

それだけが、形の無い霧のように私の中を漂っていました

律「たっだいまー……って、あ!」

扉が開く音がして、りっちゃんの声が聞こえました

急いで生徒会室から帰ってきたのでしょう、少し息が荒い気がします

律「なーにー澪ちゃーん。浮気ー?唯を抱きしめちゃ……」

私のそばに寄るりっちゃんの気配を感じました

律「……唯?大丈夫か?」

澪「その……私にもよくわからなくて」

梓か、とりっちゃんが呟きます

紬「紅茶入ったわ。とりあえず、唯ちゃんを席に……」

澪「ああ、わかった」

律「唯?とりあえず、席についてお茶飲もう。な?」

その声に、澪ちゃんの胸から顔を上げます

唯「そ、そのっ前に……あずにゃん探しに行かないと」

律「唯」

コツン、とりっちゃんがおでこを私のおでこにくっつけました

律「私が探しにいくから、お前はここで待ってろ。そんな顔で好きな人の前に出る気かよ」

唯「で、でも私のせいでっ!」

律「いいから。私に任せとけ。しっかり梓の話も聞いてくるし。たまには部長を頼りにしろ」

じゃあな、と言ってりっちゃんは再び部室を後にしました

本当に申し訳なくて、私のせいで

澪「梓のことは律に任せて。まずはほら、落ち着こう?」

澪ちゃんに言われて、席につきます

紬「熱いから気をつけてね」

紅茶を飲んで、そして

私は少しづつ、二人に話し始めました

紬「そう……」

澪「それは……唯が悪いな」

大体の事情を話し終えた時、涙は止まっていました

むぎちゃんと澪ちゃんのおかげです

唯「うん……」

紬「でも、どこが悪かったのか、わからないんでしょ?」

唯「……うん」

責めてるわけじゃないの、とむぎちゃんが優しく背中をさすってくれます

澪「唯が悪いけど……それでも、仕方ないって点もあるよ」

澪ちゃんがため息をついて言いました

澪「好きな人に気持ちを知られるのって怖いよな。その人に好きな人が居たんなら、尚更」

紬「タイミングというか、ね。それを逃すと全部がダメになっちゃう気がして」

唯「うん……」

でも

でも私は、自分を守るためにあずにゃんを泣かせてしまったわけで

澪「……なんで梓が泣いてたか、わからないんだろ」

黙って頷きます

紬「その理由、私達にはわかるけど。でも言えないの。今までの梓ちゃんの頑張りが無駄になっちゃうから」

澪「ごめんな、唯。お前の気持ちもわかるけど、梓の気持ちも痛いほどわかるんだ」

唯「ううん」

首を振って、澪ちゃんに言います

唯「わかってるよ。私も大事にしてくれてるけど、あずにゃんだって大事だもん」

ありがとね、と言うと、澪ちゃんが微笑みました

ただ、その笑みはちょっと困った風というか

何かを飲み込んだような微笑み方でした

紬「唯ちゃん、これからどうする?たぶんりっちゃんが梓ちゃんを連れて帰ると思うんだけど」

唯「……謝ろうと思う。泣かせちゃった理由がわからないままだから、そんなこと聞いてくれないかもしれないけど」

紬「……うん」

むぎちゃんが微笑んで、私も釣られて微笑んじゃいます

こんな柔らかく包んでくれるから、むぎちゃんは好きです

紬「頑張ってね。応援してるから」

澪「……まあ、あれだよな」

両手を組んでぐーっと天井に伸ばしてから、澪ちゃんは言いました

澪「わかるよ唯、その気持ち。怖いもん、やっぱり。今までの関係が全部壊れちゃうじゃないかとかさ」

唯「うん。私が臆病なだけかもしれないけど」

澪「私だって怖かったよ。本当に。あの時律が言ってくれなかったら今でも」

紬「み、澪ちゃん!ちょっとそれは」

唯「あ、私知ってるから大丈夫だよ。澪ちゃんとりっちゃんが付き合ってるの」

澪「え!?」

紬「嘘!?」

え、なんだろう、その反応

唯「こ、こないだのお泊まりの時にあずにゃんから教えてもらって……その、聞いちゃダメだった?」

澪「梓も知ってるのか……」

うなだれる澪ちゃん

紬「ま、まあここまで来たら仕方ないわよ澪ちゃん」

うう、と澪ちゃんが呻きます

澪「律が悪いんだ……所構わず触ってくるから……」

唯「で、でもね、澪ちゃん」

澪「ん?」

唯「私、その話聞いて勇気貰ったよ。女の子同士でも、恋が成就するんだって」

紬「唯ちゃん……」

唯「それまで、私あずにゃんへの気持ちは隠し通すつもりだったんだけど。でも、あずにゃんも女の子が好きで、澪ちゃんもりっちゃんと付き合ってて」

唯「だから、気持ちを伝えたいなって思えるようになったんだよ。……伝えるタイミングが来るかどうかもわからないんだけどね」

澪「唯……。うん、そうだな。じゃあ、私も唯を元気づけられてるみたいだからさ」

一個だけアドバイス、と澪ちゃんが指を立てました

唯「え、なに?」

澪「自分に自信を持て」

自分に自信、って

唯「そ、そんなの持てるわけないじゃ」

澪「それもわかってる」

澪ちゃんが言います

澪「わかるよ唯の気持ちは。だけどな、根拠が無くても信じろ」

澪「唯の思ってる自分と、私達の知ってる唯は違うと思うよ。それは梓だってそうだ」

唯「で、でも……」

紬「大丈夫だから。今は信じられなくてもいい。けど、いつかこの言葉が背中を押す時が来るから」

だから、信じてろ、と澪ちゃんとむぎちゃんが微笑みます

唯「うん……わかった」

わかってないけど

あずにゃんを泣かせて、しかもその理由までわからない自分に自信なんて持てないけれど

でも、この二人がそう言ってるから

きっと間違いでは無いんでしょう

律「たっだいまー」

バタン、と景気のいい音を立てて、りっちゃんが入ってきました

澪「り、律。……梓は」

少し遅れて、あずにゃんが部室に入ってきました

俯き加減ですが、少しだけ目が腫れぼったいのがわかりました

唯「あ、あずにゃん!」

駆け寄って、あずにゃんの顔をのぞき込みます

唯「ご、ごめんねあずにゃん。私、あずにゃんを泣かせるつもりは本当に無くて、それで」

肩に手を置こうとしたら、あずにゃんにふいっと避けられました

梓「唯先輩、何で私が泣いちゃったのかわからないんですよね?」

唯「……うん」

梓「……わかってましたけど」

ため息をつくあずにゃん

唯「で、でも本当に、泣かせるつもりじゃ!」

梓「それもわかってます」

あずにゃんは言います

梓「……私も少し感情的になって、酷いこと言っちゃいました。ごめんなさい」

唯「そ、そんなこと……」

そんなこと無いのに

あずにゃんは何も悪いことしてないのに

唯「な、仲直り……してくれる?」

梓「……いいですよ」

唯「あずにゃん!」

身体が勝手に動いて、あずにゃんを抱きしめようとします

梓「ただし」

あずにゃんが、抱きしめようとする私の両肩を手で止めました

唯「え?……あ、ご、ごめんね。調子が良すぎたね……」

梓「そうじゃありません」

唯「じゃ、じゃあなんで……」

息を吸って、あずにゃんは私をしっかりと見上げて

梓「私が泣いた理由がわかるまで、スキンシップ禁止です」

唯「え……」

そのまま、私を避けてテーブルに向かうあずにゃん

梓「先輩方もすみませんでした。私が取り乱したせいでこんな大事に……」

澪「い、いや……別に」

紬「気にしないで?梓ちゃん」

律「……梓、お前本当にいいのか?」

いいんです、という声が後ろで聞こえてきました

動けない私に聞かせるような、そんな声で

梓「限界なんです。もうこれ以上は」



翌日の放課後

澪「よし、今の演奏は良かったぞ。この感触を忘れないようにしような」

紬「う、うん」

律「い、今のは結構良かったよな。……特に唯とか頑張ってたかな-?」

唯「へへ……」

律「……」

梓「確かにさっきの唯先輩のギター良かったですよ」

唯「あ、ありがとね。あずにゃん……」

梓「でも唯先輩、Bメロのこの部分、ちょっと走り気味ですよね。ここはこうやって」

唯「うん……あ、ごめん。ちょっと指先当たっちゃったね……」

紬「……」

澪「もうダメ見てられないキツイ」

昨日のあずにゃんのスキンシップ禁止令を、私は守っていました

それと同時に、その辛さも身を持って知りました

あずにゃんに触れないのが

好きな人に触れないのがこんなに辛いことだったなんて思ってもみませんでした

何だかあずにゃんが遠くに行ってしまったようで

あずにゃんとの指先の距離が近ければ近いほど、触れられない見えない壁も同時に感じて

律「休憩しよう!休憩!みんな頑張ったからな!」

澪「そ、そうだな!おい、唯と梓も早く来いよー」

紬「私、お茶入れるわね!」

みんなにも気を使わせちゃってて

梓「早く行きましょう、唯先輩」

唯「う、うん」

先に行ってしまうあずにゃんの背中

その揺れるツインテールの片方に、つい手を伸ばしてしまって


慌てて、引っ込めて

律「私ももうキツイ」

紬「耐えなくちゃダメだってわかってるんだけど……」

今までどんなに甘えてきたかわかりました

あずにゃんは優しいから、今までスキンシップと称した私のアプローチも受け入れてくれた

私は、本来好き同士の関係でしか得られない温かさや感触を、あずにゃんの優しさで特別に貰っていたのです

それが、その特別が無くなっただけで

これが、正しい私とあずにゃんの関係で

こんな一方的に私が好きな状況で、好き同士なんてあり得るわけもありません

あずにゃんは「泣いた理由がわかるまでスキンシップは禁止」と言いました

あずにゃんに触りたくて、抱きつきたくて

その一心で一晩中考えました

馬鹿な私でも、一つだけ思いついた『理由』

私が言った台詞に、最後らへんが聞き取れなかったけれどあずにゃんの台詞

恥知らずな仮定とご都合主義の妄想を重ね合わせて導かれたのは、『あずにゃんは私のことが好き』ってこと

私が誰のパンツでも見ちゃうからって言ったから、あずにゃんが悲しくなっちゃったとか

……こんな状況で、まだ自分中心の考え方をしている自分が本当に情けなくなります

私はあずにゃんの好きな人の特徴を聞かされていて

それは私じゃないと理解していて

あずにゃんは『その人』と、もう相思相愛で

そこから導き出される結論なんて、決まってるじゃないですか

あずにゃんは、私のスキンシップが嫌なんです

その『あずにゃんの好きな人』に誤解されるのが嫌なのか、単純に私が鬱陶しいのか

それはわかりませんけど、それでも

泣いた理由も、単純に私があずにゃんのパンツを凝視していたからでしょう

私だって、あずにゃん以外の人に見られるのは嫌なんですから、あずにゃんだって好きな人以外には見られたくないはずです

……泣いた理由を答えたら、あずにゃんは今まで通り抱きしめさせてくれるでしょうか?

にっこり笑って「正解です」と言って

それで、終わりだと思います

私だって、そこまで気が回らないわけじゃない

遠慮してくださいと遠回しに言われているのくらい、気づくもん

律「……唯、席変わるか」

唯「え?」

律「いいから。ほら」

席を変わってくれるりっちゃん。隣にはあずにゃんが座っています

唯「……ありがとね、りっちゃん」

律「よせやい」

以前なら、あずにゃんとの距離が近くなって嬉しかったんですけれど

……私と席が近くなって迷惑じゃないかな、あずにゃん

とりあえず、テーブルの下で足が触れないように、そっと椅子の下に足を引いておきます


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最終更新:2012年02月27日 21:47