澪「来週はもう桜高祭だな。ライブもあるし」
梓「はい!ライブ楽しみなんですよ、私」
律「そういや梓は初めてだな」
紬「去年のライブも最高だったわよね」
律「澪がやらかしちゃったけどなー」
澪「そのことは言わないでくれ……」
梓「でも、本当に去年の演奏は最高でした!みなさんとても息が合ってたし」
律「まあな!」
りっちゃんが得意げに胸を張ります
梓「唯先輩のギターも、すごく格好良かったですよ。新歓ライブの時もですけど」
唯「え?あ、うん。頑張るね、えへへ……」
いきなり話題を振られて、少し戸惑っちゃいました
とにかく、普段通りに振る舞わないといけません
もうすぐライブで、メンバーの雰囲気を微妙なものにするわけにはいきませんから
澪「胃が痛い……」
律「そ、そうだ!」
突然、りっちゃんが声を上げました
紬「どうしたの?りっちゃん」
律「いやさー。これからライブに向けて、結構練習して行かなきゃならないじゃん?それで、みんなのクラスの出し物とかどうなったのかなって」
ああ、と思いました
そう言えば、クラスの出し物があるんだっけ
私達のクラスは、ほとんど手がかからない展示物ですが
律「前にも言った通り、私達のクラスは大丈夫だ。澪と梓は?」
澪「私のクラスは喫茶店やるみたいだけど。でも、ライブの事情もわかってくれたから、楽な係にしてくれたよ」
だから練習は問題ない、と澪ちゃんが言います
梓「あ、あの……」
そこで、あずにゃんがおずおずと手を上げました
梓「私は、ちょっと忙しくなるかなって。ごめんなさい……」
律「あ、そうなの?」
紬「まあ仕方ないわよ。クラスの出し物も大事だしね」
梓「いや、もちろんライブの方も頑張りますよ。ただ、もしかすると少し練習に遅刻しちゃうかもって」
澪「大丈夫だよ。気にしないで。梓なら、前日に何回か合わせただけで何とかなるだろ。だからあまり無理するなよ?」
梓「はい。ありがとうございます」
そこでチラっとあずにゃんが私を見ました
慌てて、目線をそらします
無意識にずっと見ちゃってたみたい、私
律「ところでさ、梓のクラスは何やるの?」
梓「あ、はい。結婚式をやります」
律「……は?」
気のせいでしょうか、『結婚式』という単語を聞いた瞬間、りっちゃん達三人の肩がビクッと震えました
澪「結婚式、って……」
梓「えっとですね。やっぱり女の子って結婚とかに興味あるじゃないですか。だから、色々なことを調べて、展示してって形に決まりました」
紬「な、なんだ。展示物なのね?研究発表みたいな」
梓「それもやるんですけど。でも目玉として、結婚式のデモンストレーションみたいなのもやるんですよ」
律「……それって、もしかして他の生徒同士でも参加していいってタイプ?」
梓「はい。うちのクラスからも何組かデモカップルを出しますし、他の生徒同士でも全然大丈夫です」
この学校は結構女の子カップル多いらしくて、とあずにゃんが照れながら言いました
紬「そのデモカップルって、まさか梓ちゃん……」
むぎちゃんの言葉に、あずにゃんは嬉しそうに「はい」と言いました
梓「何て言うか、主役みたいな扱いでして」
唯「あずにゃん可愛いからね」
私の呟きに、何故かあずにゃんは顔を赤くします
あ、そうだ、とあずにゃんが言いました
私の方を向いて、姿勢を正します
唯「どうしたの、あずにゃん」
梓「あのですね」
コホン、と咳払いをしてあずにゃんは
梓「私、憂と結婚しますね」
唯「え?」
その台詞を理解するのに、何秒かを必要としました
律「ちょ!」
澪「……」
紬「う、憂ちゃん?」
憂と結婚式……
そっか……
唯「……うん。頑張ってねあずにゃん。相手は憂なんだ」
頑張って笑います
上手く笑えているか、自信はないですけれど
梓「はい。頑張ります。唯先輩も見に来てくださいね」
唯「うん。絶対に行くよ」
律「ちょ、ちょっと待て梓」
りっちゃんが勢い込んで席を立ちました
律「お前、その……知ってるの?この学校の結婚式の噂っつーか……」
梓「知ってますよ。ロマンティックですよね。えへへ」
澪「そ、そうか」
紬「どうすれば……」
律「……唯」
胃がキリキリと痛み始めました
帰り道
いつもの所であずにゃんと別れて、私は一人歩いていました
今日はあずにゃんと大して話せていなかったな、とか考えつつ
本当はもっと考えるべきこともあるのですが、それを考えても仕方ないとわかってて
だから、まあ
出来るだけ自分に優しくしてます
それも、お風呂にでも入っちゃえば絶対に考えちゃうことなんですけどね
そんなことをつらつらと考えながら歩いていると
唯「え」
前方、私の家のすぐ近くの電信柱の前にりっちゃんと澪ちゃんとむぎちゃんが居ました
先ほど、いつも通りに別れたはずなのですが
律「あ、唯」
唯「みんな、どうしたの?」
小走りで駆け寄ると、三人が気づいて、私に向き直りました
澪「いや、あの、さっきの件について話しておきたいなって思ってさ」
紬「その……梓ちゃんのクラスの結婚式についてなんだけど」
心配そうに言ってくれる澪ちゃんとむぎちゃん
唯「あ、あずにゃんと憂の結婚式の話かな?」
律「……うん。そのこと」
私は大丈夫だよ、と笑ってみせます
唯「確かに、その……色々キツイけど、デモカップルって話だし。これは我慢しなきゃいけないのはわかってるから」
一応先輩だしねと言うと、りっちゃんが首を振りました
律「そういう問題じゃないんだ。その……落ち着いて聞いてくれ」
唯「う、うん……」
嫌な予感がしました
根拠も何もないけれど、何となく
そしてこういう予感は、大抵当たるのです
まるで未来があらかじめわかっていたかのように
澪「簡単に言うと、うちの学校の結婚式さ。その……本当に結ばれちゃうらしいんだ」
澪ちゃんが何を言ってるのか、始めは理解出来ませんでした
唯「……まさか」
紬「本当なのよ。桜高祭の結婚式の伝説は有名なの。毎年、絶対にどこかのクラスが無意識に結婚式を開催して」
律「そこで式を挙げたら、本当に結ばれる。恋人同士であろうと、その……友人同士であろうと」
唯「……なにそれ。からかってるの?」
言ってみたけれど、そんなわけ無いっていうのもわかっていました
どんな場面でも、まず自分を守ろうとする自分が本当に情けなくて
澪「本当なんだよ……唯……」
知ってるよ
そんな顔してまで、うちの近くで待っててくれたんじゃん、三人とも
嘘とか冗談じゃないってわかってるよ
唯「……終わり際にりっちゃんが言ってた『結婚式の噂』ってこのことだったんだ」
律「ああ。もし知らなかったら……止めるように勧めようと思ったんだけど」
唯「知ってたみたいだね、あずにゃん。えへへ」
そっか
そういうことだったんだ
澪「唯、その……」
唯「ううん。もういいよ。わかった」
身体の力が抜けていくのがわかりました
『かっこよくて。真剣な時は真剣で、やる時はやる人で。温かくて、優しくて。目が離せない人です』
そっか
唯「そっか。あずにゃん、憂のことが好きだったんだ」
―――
憂「お帰り、お姉ちゃん」
唯「ただいま、憂」
憂「……お姉ちゃん?何かあったの?」
唯「え?何もないよー」
憂「……梓ちゃんにスキンシップ禁止令出されちゃったから?」
唯「知ってたんだー。えへへ。ちょっとキツイかもね」
憂「お姉ちゃんなら大丈夫だよ。きっと」
唯「ありがとね。――ちょっと眠いから、もう今日は部屋行くね」
憂「え?」
唯「昨日夜更かししちゃってて。ちゃんと夜中にご飯食べるしお風呂も入るからさ」
憂「う、うん……本当に大丈夫?どこか身体の具合でも悪いの?」
唯「大丈夫だよ。……優しいね、憂は」
憂「……お姉ちゃん?」
唯「じゃあね、憂。おやすみなさい」
あずにゃんは憂が好き
これだけ単純なことに何故今まで気づけなかったのか
気づこうとしなかっただけなのか
本当はわかっていたのではないか
自分の気持ちを掲げて誤魔化して、自分に都合のいい思い込みをしていなかったか
ただお腹が痛い
ズキズキする
唯「……ひっく……ひっ……」
真っ暗な部屋の中で、毛布にくるまっている
何かから身を守るように
けれど、内側から現実が鋭利な棘で突き刺してくる
ついこの間、このベッドであずにゃんが抱きついてきて
この毛布にあずにゃんがくるまっていて
でももう、あずにゃんの香りはしませんでした
私の涙だけが染み込んでいきます
あずにゃんの髪の匂いも、パジャマの裾から香る石鹸の香りも覚えているのに
覚えているのは私だけのようでした
あの夜のことが夢だったかのように
私の記憶以外の全ての痕跡は消えていました
夏の名残のように
蝉も、いつの間にか鳴くのをやめていて
もうどこにも、あの夏の香りは残ってないのです
……私に抱きついて、髪を撫でて
胸元に顔を埋めてくれたあずにゃんは夢だったのでしょうか
今となっては、どちらでも変わりないと思います
きっとあの夜も、私じゃ無くて憂と一緒に眠りたかったんじゃないかな
それを知らずに無理矢理頼み込んで、あずにゃんの気も知らずに喜んで
しかもそれを二日も続けて
もう少し私が賢かったら、空気を読めていたなら
そう、きっと憂が私の立場ならそんなことしないでしょう
静かに身を引いて、あずにゃんの幸せを祈れるはずです
そういう女の子です。私の妹は
そんな憂だからこそ、あずにゃんも惹かれたんだと思います
唯「憂になんか……敵わないよ……」
『かっこよくて。真剣な時は真剣で、やる時はやる人で。温かくて、優しくて。目が離せない人です』
どう転んだって、無理ですよ
―――
澪「……うん。こんなもんか」
放課後のライブに向けての練習
ここ数日は、こんな風に真面目に練習する時間が多くなっていました
お茶の時間もあるけれど、それは本当に練習の合間にという感じで
そんなライブ前のある種の緊張感というのは、ある意味私にとっては助かっています
みんなそれぞれ、演奏だけに集中すればいいですから
律「そういや、梓が入る前は四人でふわふわをやってたんだよな」
紬「そうね。これがオリジナルって言っちゃえば、そうなんだろうけど」
澪「まあ、何か物足りないな」
あずにゃんはまだ来ていませんでした
クラスの結婚式の準備で忙しいのでしょう
今頃は憂と楽しく準備してるのかな、あずにゃん
唯「自分のパートで合わせられるだけでいいよ。あずにゃんも忙しいだろうし」
確かに四人のふわふわ時間は、今では物足りなくなっていますが
仕方の無いことは、どうにもならないのです
澪「……唯。大丈夫か?」
それが体調を心配しているわけでは無い台詞だとは、声音でわかりました
唯「うん。平気だよ。どうしようもないしね」
律「……今、梓が居ないから言えるんだけど」
スティックを指で弄びながら、りっちゃんが言いました
律「正直、私はさ。梓は唯のことが好きなんだとばかり思ってたよ」
唯「そんなわけないじゃん」
思わず笑ってしまいます
唯「私の方が引っ付きっぱなしだったからね。そう見えちゃっても仕方ないけど」
紬「私も、りっちゃんと同じこと考えてたわ。あとは告白するだけだって思ってたんだけど……」
唯「もー。今更無茶なこと言わないでよー」
そんなわけないけれど
でも、仲良さそうに見えたのなら嬉しいな
澪「唯、ちゃんとご飯食べてるのか?なんかこないだから顔色も悪いような……」
唯「食べてるよー。大丈夫だよ。ライブもしっかり頑張るからさ」
澪「いや、ライブとか関係なくだな」
その時です
梓「すみません、遅れました!」
慌ただしくドアを開けて、あずにゃんが入ってきました
律「お、おお、梓。お疲れ」
紬「走ってきたの?そんな急がなくてもいいのに」
梓「い、いえ」
息も切れ切れに、あずにゃんは言います
梓「クラスの展示もライブも、頑張るって決めたんで」
澪「そうか。――なら、少し休憩するか」
梓「え?私は今からでも練習できますよ」
澪「そんな息切らして休まないわけにもいかないだろ。私達もちょうど二曲合わせたところだからさ」
無理するなって言ったろ、と澪ちゃんがあずにゃんの頭を撫でます
かっこいいなー、澪ちゃん
あずにゃんも満更じゃなさそうな顔しちゃって
ほら、りっちゃんもあんなうっとりした瞳で澪ちゃんを見てる
私にもあれくらいのことが自然に出来ていたらなぁ
紬「じゃあ、お茶にしましょうか」
むぎちゃんがそう言って、澪ちゃんとりっちゃんがテーブルに移動します
私も行こうと、肩のギターストラップに手をかけた時
梓「あ、唯先輩。遅れてすみませんでした」
素敵な笑顔で、あずにゃんが声をかけてくれました
唯「ううん。気にしないで。お疲れ様ー」
私も笑いかけてみます
すると、何故かあずにゃんは私の顔をじっと見つめました
唯「……ど、どうしたの?」
あずにゃんはベンチに鞄とギターケースを置くと、私に近づいてきました
梓「唯先輩。少しベンチに座ってくれます?」
唯「へ?」
いいですから、と半ば無理矢理ベンチに座らされます
唯「えっと……?」
梓「大きい声出さないでくださいね」
私の背後、テーブルで談笑してる三人の様子を窺うと、あずにゃんは私の膝の上にまたがって
唯「!?」
私の前髪を手でかき上げると、おでことおでこをくっつけてきました
唯「あ、あず」
梓「動かないでください」
最終更新:2012年02月27日 21:49