そのまましばらく、おでこをくっつけているあずにゃん
あずにゃんとの顔が近くて、吐息も感じられて
梓「……熱は無いみたいですね」
私の顔が徐々に熱くなっていった時、あずにゃんはおでこを離しました
あずにゃんは私の膝上にまたがったまま、涼しげな顔です
唯「ど、どうしたの、いきなり」
情けないくらいに心臓がドキドキしてて、頭の中が混乱してて
梓「憂から聞いたんです。こないだから少し唯先輩がおかしいって」
……普通にしてたつもりなのにな
やっぱ憂にはどこか変だってわかっちゃうんだ
梓「風邪でも引いてたら大変だって思ったんで。まあ、熱は無いみたいですけど」
唯「……大丈夫だよ。ライブはちゃんと」
梓「ライブの心配じゃないです。唯先輩の身体の心配です」
あずにゃんが少し強い口調でそう言いました
梓「私も最近様子が変だなとは思ってたんですけどね」
……それは、あずにゃんは憂が好きってわかったからじゃん
スキンシップだって禁止されて
って、そう言えば
唯「スキンシップ禁止なんじゃなかったの?こんなことしてくれてるけど」
梓「別に私は禁止されてないですもん。唯先輩から」
しれっと、あずにゃんはそう言いました
梓「第一、これはスキンシップじゃないです。健康調査です」
唯「……だよねー」
ところで、とあずにゃんはずいっと顔を寄せてきました
再びあずにゃんと顔の距離が近くなって、また心臓が跳ねる音がします
梓「スキンシップの話題を振ってくれたんで聞けますけど、わかりました?私が泣いた理由」
心臓の跳ねる音が、ズキズキした痛みに変わりました
あずにゃんの目は真剣で、私は目をそらすしかなくて
唯「……ま、まだ。もうちょっと、待って」
私は結論を先延ばしにします
本当はわかったんだけど
その理由を言ってしまうと、本当にあずにゃんと終わってしまう
梓「そうですか」
ため息をついて、あずにゃんは私の膝上から退きました
唯「……ごめんね、わがままで」
梓「え?わがまま?」
意味がわかりませんが、と言ってあずにゃんはコホンと咳払いします
梓「まあとにかく。わからない以上はスキンシップ禁止は継続ですね」
唯「はい……」
梓「……私もずっと待ってますから」
お茶入ったみたいですよ、と言ってあずにゃんはテーブルの方へ行きました
緩慢な動作で、私も腰を上げます
久しぶりにあずにゃんとくっつけて嬉しいのと、終わりを迫られている悲しさと
それが一緒くたになって心の中で渦巻いてて、もう何が何だかわかりませんでした
ただ、とても贅沢で卑怯な情けないことを思ってしまいます
本当に格好悪くて、泣きそうになります
「好きじゃないなら、優しくしないでよ」
―――
唯「はぁ……」
すっかり陽が落ちるのも早くなった帰り道を、私は一人で歩いています
練習の後、あずにゃんは結婚式の準備があるからと一人で先に行っちゃいました
りっちゃんや澪ちゃん、むぎちゃんもそれぞれ用事があるらしくて、別の方向に行っちゃって
だから、今日は久しぶりに一人での帰宅です
唯「言わなきゃならないのかな、やっぱり」
言って欲しそうだったな、あずにゃん
やっぱりそういうことは、はっきりさせたいタイプなのかな
唯「『私のこと好きじゃないんでしょ』って、言わなきゃいけないのかなぁ」
……いけないんだろうなぁ
あずにゃんと憂の仲を邪魔しないからって言えば、言うの許してくれるかな
言葉にするのは、本当に辛いよ
そんなことを考えていると
唯「……和ちゃん?」
少し前の方を歩く和ちゃんを見つけました
なんだか背中が丸まっているような……
唯「和ちゃん」
少し走って、和ちゃんの肩を叩きます
和「……あ、唯」
今帰りなの、と聞く和ちゃんの表情は、なんだかとても疲れていました
唯「……どうしたの。なんだか疲れてるみたいだけど」
和「色々あるのよ。……って、唯も人のこと言えないじゃない」
酷い顔よ、と笑う和ちゃん
その微笑みにも、いつもの精悍さは無くて
唯「……私も、色々あるから」
だから、それだけ答えて
和ちゃんの隣に並びました
和ちゃんは何も言わず、歩き続けます
ただ、そのゆっくりとした歩の進め方から、和ちゃんが何かを言いたいんだろうなというのはわかりました
和「……何かあったの?」
唯「和ちゃんこそ」
和「私が聞いてるの」
唯「人に聞いちゃいけない種類の悩みってあるよね。私にも、和ちゃんにも」
和ちゃんはしばらく黙り込んで
和「そうかもね」
と呟きました
その時、私は和ちゃんが私と同じ種類のあれこれに悩んでる気がしました
確証は無いけれど、そうだとしたらきっと、私も和ちゃんみたいな顔をしているんだろうなと思いました
憂やあずにゃんが心配するわけです
和「でも」
小さく言って、和ちゃんが私を見ます
和「本音がわからないくらいにオブラートに包んで言ってみたら。もしかすると、方向性くらいはわかるかもしれないわ」
方向性、か
少なくとも、今の状況で私のやるべきこととやりたいこと、言ってしまえばワガママなのですが、それがごっちゃになってて
それを少しでもまとめられるのならば
唯「……うん」
少し、考えて
唯「好きな人に好きな人が居て、その人達が両思いで。もちろん私は好きな人にとって邪魔者で」
唯「そういう時、私はどうすればいいんだろう?」
和「一つ目。応援する」
ズキっと胸に痛みが走ります
和「邪魔をせず、笑顔で誤魔化して、口だけの応援をする。傷ついてる自分を吐き気と一緒に我慢して、現実を見る。幸せを祈る」
唯「……そんなこと出来るのかな」
やってやれないことはないわよ、と和ちゃんが言います
和「ただ、その後。誰も助けてはくれないけどね。一番支えになって欲しい人は、他の誰かの支えになってることを喜んでるし」
和「ぼろぼろになっちゃうわね。耐えられないくらいに」
唯「うん」
簡単に予想がつく
吐き気がする
和「二つ目。それでも頑張ってみる。ロックンロールする」
唯「……はは」
和「嫌なものを見るような目を好きな人に向けられても、それでも頑張ってみる。アピールしてみる。空っぽのままで」
唯「かっこわるいね」
和「少しでも目を向けてもらえるように頑張る。面白いことをしてみる。気を引いてみる」
唯「それは、私にも出来そうだけどね」
和「だけど、これも誰も助けてはくれないわ。もしかしたら、好きな人の好きな人にも笑われるかもしれない。必死だねって」
唯「……そうだよねー」
和「漫画や小説なら、きっとその努力は実ってハッピーエンドなんでしょうけど。でも、現実はね」
上手く行く方向に、上手く行っちゃうのよ
まるで自分に言い聞かせているみたいに、和ちゃんは言いました
和「本当は私に出来ることは何もなくて。でも、悩んでる風を装って、それを認めたくないだけかもしれないわね」
唯「わかってるんだけどね。本当は」
和「そうね。本当にわかってるんだけどね」
唯「ねえ、和ちゃん。一つ条件を足してもいい?」
和「なに?」
えっとね
唯「……私の好きな人の好きな人ね。私にとっても大切な人なんだ。……ねえ、どうしたらいいかな」
和「漫画や小説なら、いけ好かない悪者なのにね」
私にもわからないわよ、と
和ちゃんが呟きました
―――
唯「んー、と」
ヘアピンを外して、両サイドの髪を後ろでまとめて
耳を出して、前髪を調整して
唯「どうかな……」
恐る恐る覗いた鏡の中には、髪型を変えた私しか居なくて
唯「……もうちょっと、しっかりした雰囲気だよね」
前髪の位置をちょっといじってみるけれど
唯「んー。目元?口元?」
どこかが合わなくて
色々と試してみましたが、結局私は憂にはなれませんでした
唯「似てるって、よく言われるんだけどなぁ」
鏡の中には相変わらず、憂の真似をした別の人が居て
唯「憂は私に似てるけど、私は憂には似てないや」
姿格好だけでも憂と同じにすれば、もしかしたらあずにゃんも少しは見てくれると思ったのですが
唯「やっぱり、ダメかぁ」
もうダメかな、これ
色々女々しくあがいてみてるけれど
唯「……引き金を引こうにも、武器も持ってないじゃん、私」
放課後
桜高祭まであと三日
ライブまであと四日で、あずにゃんの結婚式まであと三日です
下駄箱を抜けて外に出ると、辺りはもう陽が暮れかかっていました
律「へえ、結構準備進んできたな」
校庭には、出店の準備なのでしょう、お店の枠組みとか機材とかダンボールとか、そういうあれこれがそこら中に並んでいました
澪「もうすぐだしな。明日からは授業も午前中だけだし」
紬「お祭りの前、って感じね」
嬉しそうにむぎちゃんが言いました
そう言えばむぎちゃん、焼きそば食べたいって言ってたっけ
時間があれば、買ってきてあげようかな
律「授業が午前中だけってのが嬉しいよな」
あずにゃんはいつも通り、練習が終わったあとはクラスの準備に戻っていきました
最近はずっとそんな感じで、みんなと帰ることも少なくなって
少し寂しいかな
触れない分、少しは見ていたいんだけど
桜高祭が終わったら、あずにゃんは私と一緒に帰ってくれないかもしれません
憂と結婚しちゃうんだし
結ばれちゃうんだよね、本当に
そんなことを考えていると
唯「あ。あずにゃん……」
少し離れたところでダンボールを抱えたあずにゃんが歩いていました
一人じゃない。隣に居るのは憂です
憂もまた、ダンボールを抱えてあずにゃんの隣を歩いていました
二人は体育館から校舎に向って歩いています
きっと何かを取ってきた帰りなんでしょう
二人とも、凄く楽しそうで
あずにゃんなんか、小さな体に似合わないくらい大きなダンボールを抱えているのに
それでも
唯「……幸せそうだね」
あんなに笑っちゃって
すごく楽しそうで、肩をくっつけて歩いてて
私にあんな風にしてくれたことあったけ
……いっつも私からだったしなぁ
律「ゆーいっ!」
突然、後ろから肩を組まれました
律「……んな顔してんなって」
唯「……うん」
澪「……梓か」
澪ちゃんも、憂と仲良く歩くあずにゃんを見ていました
紬「頑張ってるわね、梓ちゃんも憂ちゃんも」
そのまま、私達はあずにゃんと憂が校舎に消えていくまで眺めていました
最近は下校時刻も特別に少しだけ遅い時間に設定されていて、憂が帰ってくる時間も少し遅くなりました
唯「あのね、みんな」
律「ん?」
紬「どうしたの?」
みんなはあずにゃんと憂が仲良く歩く光景を見ても、何も言いませんでした
それはきっと、私に気遣っていてくれるからで
その気持ちが私にはとても嬉しかった
だから、みんなに
私は言わなきゃいけない
唯「私ね。――諦めるよ、あずにゃんのこと」
澪「……え!?」
紬「え?」
律「な……」
みんなが驚いた表情で私を見ます
そりゃ、そうだよね
あれだけあずにゃんあずにゃん言ってたんだし
唯「……あれからずっと考えたんだけどさ。無理だよ。憂に勝つなんて」
律「唯……」
澪「で、でもまだわからないだろ!?」
唯「わかるよ」
思わず笑ってしまいます
唯「あずにゃんは憂のことが好きで、憂はどうだかわからないけど、あずにゃんの話を聞いた限りでは憂もあずにゃんが好きだよ」
唯「両想いなんだから、最初から私の入る隙間なんて無かったんだよ。それに」
一番大事なこと
あずにゃんも好きだけど、それでも
唯「それに、私は憂のことも大切なんだよ。姉として、憂の幸せを邪魔するなんて出来ないよ」
私が我慢すれば、あずにゃんも憂も幸せになれる
憂はお姉ちゃんっ子だから、私が祝福しないと喜ばないでしょう
優しい子なんです、憂は
あずにゃんも良くわかってくれていると思います。憂のこと
紬「それは、そうだけど……」
律「そういう問題じゃないだろ。……お前は、どうなるんだよ」
唯「私は大丈夫だよ。我慢する。我慢出来る」
邪魔をせず、笑顔で誤魔化して、口先だけの応援をする
傷ついてる心を吐き気と一緒に飲み込んで、現実を見る
幸せを祈る
唯「元々、あずにゃんへの気持ちは隠し通すつもりだったんだ。最近は色々ラッキーなことが続いてて、欲張っちゃったけど」
唯「でもまあ、こんなもんだよ。大丈夫。今まで通りだから」
だからみんな、今まで応援してくれてありがとう
ごめんね
律「……そうか」
紬「納得いかない……」
澪「……」
唯「帰ろっか、みんな」
私は先に歩き出します
あずにゃんは好きな人とずっと幸せになる
それは正しいことではないでしょうか
少なくとも私は、それが正しいことだと思うのです
最終更新:2012年02月27日 21:50