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携帯をベンチに放り出して、駆け出します

部室の扉を抜けて階段を駆け下りて

廊下には多くの生徒がひしめいていました

クラスの呼び込みやお客さんですごい活気で

そんな中を私は走ります

肩がぶつかって、足もぶつかって

謝罪の言葉もそこそこに、私は走ります

唯「無理……絶対無理……」

頭の中は真っ白で

その空白の中で想うのは、さきほどの画像のあずにゃんの笑顔だけで

唯「うわっ!」

何かに足を取られて、転びました

あごと手のひらに鈍い痛みが走って、一瞬意識が遠くなります

涙が少しだけ出てきて、視界が滲んで

「あの、大丈夫ですか?」

周りの人達が、何事かと集まってきます

唯「だ、大丈夫です!」

立ち上がって、再び走りました

「ねえ、今の人って」

「軽音部のボーカル……?」

袖で涙を拭います

動かすたびに、足のあちこちが痛みます

派手にこけたから、きっと他のところも怪我をしてるんでしょう

でも、走れる

この足は動く

なら何も問題はない

階段を駆け下りて、角を曲がって

ふと、頭の片隅に疑問が生まれました

私は今から、何をしようとしているんだろう?

あずにゃんのクラスへ行って、そこで一体なにを?

明日のライブはどうするの?

これからの軽音部の活動をどうするの?

これからのあずにゃんとの関係が、どうなってもいいの?

唯「無理なんだよ、もう」

もう何も知らない

考えたって傷つくだけなら、何も考えない

当たって砕ける

武器を持ってないなら、噛みついてでも

ヒビは無理でも、せめて傷くらいは刻んでやる

都合の悪い現実に反抗してやる

この真っ白な衝動に吹かれてどこまでも行こう

ああ、格好悪いなぁ、私

あずにゃんの好きな人になんて結局届かなかった

最初からわかってたことなんだ

家事も出来ないし気の利いた言葉一つ言えない

好きな人の幸せを祈るくらいの優しさも持ち合わせちゃいない

ごめんねあずにゃん

これで最後だからね

あと一回だけ、私のわがままに付き合ってね

あずにゃんのクラスにたどり着きます

目の前の扉を開けば、全てが変わってしまう

今までのあずにゃんとの関係も、憂との関係も

そういうあれこれも、真っ白な風景の向こうに消えていって

私は、思いっきり引き戸を開けました

唯「はあっ……はあっ……」

教室の中は、教会のように飾り付けられていました

机を出して、椅子だけを両端に並べて客席のようにしています

入り口から中央、そして教壇の前まで赤いバージンロードが引かれて

教壇の上には、ぶかぶかで手が袖に隠れている牧師服の純ちゃん

そしてその前に、ウェディングドレス姿のあずにゃんと憂が立っていました

三人とも、飛び込んできた私を驚きの表情で見ています

可愛いな、二人とも。あのウェディングドレス、本物なのかな。すごく綺麗

唯「はあ……はあ……」

客席にも、満員とまでは言わないけれど多くの生徒が座っていました

りっちゃん達の姿はありません

きっとまだ来ていないのでしょう

何事かと私を窺う客席の視線を、しかし私は無視してまっすぐとバージンロードを歩きます

足の痛みも心臓の動悸も気にせず、あずにゃんの元へ向います

梓「ゆ、唯先輩?どうしたんですか、そんな」

慌てた様子で駆け寄ってくるあずにゃんを、私は

梓「え」

抱きしめました

強く、自分の体にあずにゃんの細い体を抱き寄せます

首元に顔を埋めて、腰に手を回して

絶対に離したくない

梓「ゆ、唯先輩……?」

いつもと様子が違うと思ったのでしょう

あずにゃんもいつものように抵抗せず、私のされるがままになっています

ただ、あずにゃんの心臓の鼓動も私と同じくらいに高鳴っていて

何故だかそれを、強く意識しました

唯「ごめんね、あずにゃん」

梓「ごめんって……まあ、いきなり教室に入ってきたのはびっくりしましたけど」

唯「違うよ。今からすることに対しての謝罪」

梓「え?」

唯「最後のわかままだよ。別にきいてくれなくてもいいからね」

あずにゃんの耳元で囁いて、そして

唯「憂」

教壇の前の、ウェディングドレス姿の憂に呼びかけます

憂「どうしたの?お姉ちゃん」

困惑の表情の憂

無理もありません

いきなり、私が教室に飛び込んであずにゃんを抱きしめているのですから

唯「ごめんね憂。私、あずにゃんを渡したくない」

梓「え」

憂「……?」

腕の中のあずにゃんがピクっと震えたのがわかりました

少しだけ強く抱きしめ直してから、私は憂に言います

どうしても、声は震えてしまうけれど

唯「この前は、あずにゃんをよろしくなんて言ったけど。あれ、取り消す」

憂「……」

唯「絶対に渡したくない。大切な妹と後輩だからって、応援しようと思ったけど。でもダメだった」

唯「あずにゃんが他の誰かと幸せになるなんて嫌だ。他の誰かの隣で幸せそうに笑ってる未来なんて欲しくない。耐えられない」

唯「絶対に嫌だ。……わがままなのはわかってる。邪魔をしてるのもわかってる。でも」

唯「無理なのもわかってるよ。でもだからって、簡単に諦めるなんて出来ない」

唯「せめて、刃向かわせてもらうよ。憂にも……あずにゃんにも……!」

あずにゃんを抱きしめながら、一息にそう言いました

これからどうしようだなんて考えてはいません

そもそも、こんな啖呵を憂に切るつもりもありませんでした

ただ、憂は本当に綺麗で

だから、もう何かを考える余裕もなくて

憂「んーと、良く意味がわからないんだけど……」

そう言って何かを考え込む憂

憂「……って、ああ。そういうことか」

呟くと、何故か微笑みながら「ごめんね、お姉ちゃん」と言いました

憂「そっか。気づかなかったよお姉ちゃん」

唯「……ごめんね。なかなか言い出せなくて」

憂「ううん、気にしてないよ。……それにしても、困っちゃうな。今、私と梓ちゃんの結婚式の最中だよ?」

微笑みながら、憂は言いました

余裕の表れでしょうか

確かに、私がやっていることは誰にとっても迷惑でしょうけれど

唯「知ってるよ。……だから、邪魔をしにきたの」

憂「お姉ちゃん。――私と梓ちゃんは愛し合ってるんだよ?」

梓「ちょ、憂!?」

憂「梓ちゃんは黙ってて」

ピシャリと憂が言います

憂「それなのに、お姉ちゃんは何の権限があってそんな私達を邪魔するの?」

権限なんて無いよ

邪魔をする理由なんて一つでしょ

憂「お姉ちゃんと梓ちゃんって、ただの先輩後輩じゃないの?」

憂がため息をつきます

憂「そんな関係で私達の仲を邪魔されても困るかなー」

首を傾げて、困った風に微笑みながらそう言って

その時、頭が真っ白になりました

唯「ち、違う!!」

思わず、叫びます

そうだけど

周りから見れば、そうだろうけど、でも!

唯「あずにゃんにしてみれば私はただの先輩だけど、私は違うの!」

唯「私はあずにゃんのこと、ただの後輩だなんて思ってないの!」

唯「私は、あずにゃんが好きなの!世界で一番、私があずにゃんを好きなの!」

大声で叫んでしまいました

当のあずにゃんを抱きしめながら

もう引っ込みはつかない

わがままは通した

これからどうする?

あずにゃんを他の人になんて渡したくない

いっそこのまま、あずにゃんを連れて……!

憂「へー。……だってよ?梓ちゃん」

微笑みを絶やすこと無く、憂はそう言いました

私ではなく、あずにゃんに向けて

梓「……」

憂「何か言ってあげなよ。お姉ちゃんに」

離してくれますか、とあずにゃんは小さい声で言いました

一瞬ためらいましたが、大人しく解放することにします

あずにゃんは私が解放したあとも、私のそばを動きませんでした

ただ、俯いているから表情がわからなくて

唯「あの……あずにゃん……」

梓「待ってください。色々言いたいことはあるんですが、まずは」

顔を上げて、私を見上げます

あずにゃんの表情は、やっぱり少し怒ってるようで

梓「こんな人前で恥ずかしいこと大声で言わないでください」

唯「で、でも、あずにゃんが憂と結婚しちゃうなんてそんなの……

梓「だから言ったじゃないですか。デモカップルだって」

確かに部室であずにゃんはそう言ってました

でも

唯「でも、あずにゃん桜高祭の伝説知ってるって言ってたじゃん!だから、デモカップルでも関係ないって思って」

梓「え、唯先輩、伝説のこと知ってるんですか!?」

驚きの表情で聞かれた後、あずにゃんは憂を振り返りました

憂「え、いや私は言ってないよ?梓ちゃんの計画が台無しになっちゃうし」

計画って……?

唯「いや、伝説のことはりっちゃん達から聞いたの」

梓「そうですか。……まあ律先輩達なら、知っててもおかしくないですし」

そうボソボソと言うと、あずにゃんは言いました

梓「……伝説を知ってるなら、大丈夫だってわかるはずじゃないですか。私と憂が結ばれるわけないって」

唯「ぎゃ、逆だよ!あずにゃんが伝説を知ってるから、憂と結ばれたいのかなって!」

梓「何か話が噛み合わないんですが。……演技だったとしても、私と憂が結婚の真似事をするのが嫌だったとか?」

唯「それも嫌だけど、私がここに来たのはあずにゃんを他の人に渡さないためで!」

梓「……えっと、よく意味がわからないんですが」

どういうこと?

この様子だと、あずにゃんは憂とは、本当にデモカップルのつもりだったの?

だってそれじゃ、話の辻褄が合わない

と、私が混乱してきた時

律「ちょっと結婚待った!梓!」

ガタン、と派手な音を立てて教室の扉が開いて

澪「梓!」

紬「梓ちゃん!」

りっちゃんと澪ちゃんとむぎちゃんが飛び込んできました

梓「え」

澪「梓!その、結婚の前に唯の話を聞いてやってくれ!」

律「そうだ!た、頼むから!」

紬「お願い梓ちゃん!憂ちゃんとの関係、応援したいけど……でも唯ちゃんのことも!」

荒く息をつきながら、口々に言う三人

ふと、りっちゃんが憂を見つけて

律「……だめだ唯。憂ちゃん綺麗すぎる」

唯「し、知ってるもん!」

思わずそう言ってしまいます

すると

梓「って、律先輩と澪先輩がどうしてこんなところ居るんですか!?」

何故か慌てた様子であずにゃんが言いました

律「え?なんでって、唯の話を聞いてもらおうって思って……」

梓「結婚式するんじゃないんですか!?」

澪「え?」

と、その時

正午のチャイムが鳴りました

文化祭期間中は、いつもよりも十五分早くお昼休みになります

梓「ああ……」

憂「な、鳴っちゃったね……」

呆然と教室の時計を見るあずにゃんと憂

唯「ど、どうしたの……?」

梓「どうしたのって、正午のチャイム鳴っちゃいましたよ。……その、もしかして私と唯先輩のせいでお二人は」

申し訳なさそうにりっちゃんと澪ちゃんを見るあずにゃん

澪「結婚式って……ま、まあな」

律「しようと思ってたけど。何?チャイムがどうかしたの?」

梓「え?」

ここでまた、あずにゃんは憂と顔を見合わせます

憂もわけがわからないと言った表情であずにゃんを見返していて

梓「えっと。整理させてもらっていいですか」

律「お、おう」

梓「お二人は結婚式したいと思ってたんですよね」

律「うん」

梓「でも正午のチャイム鳴っちゃいましたよね」

律「うん」

梓「もう伝説の効果は無くなりましたよね」

律「うん。……え?」

澪「え?」

紬「え?」

伝説の効果が無くなったって……?

梓「……伝説の内容、言ってもらっていいですか?」

律「桜高祭で毎年、どこかのクラスで開かれる結婚式で愛を誓えば永遠に結ばれる……だよな?」

梓「『どこかの』クラス、ですか……」

ああ、とあずにゃんが呟きます

憂もそれを聞いて、納得したようです

澪「え?律の言った通りじゃないのか?」

憂「いえ、大まかに言えばその通りなんですけど」

憂が困った風に微笑みながら、言いました

憂「『どこかの』クラスじゃないです。『三年生のどこかの』クラスです」

紬「え」

梓「それに加えて、『午前中に愛を誓えば』って制約も付いてます」

ため息をついて、あずにゃんは言いました

梓「正しくは、『桜高祭で毎年三年のクラスが開く結婚式で、午前中に愛を誓えば永遠に結ばれる』です」

律「そ……」

澪「そうなのか……」

呆然と、りっちゃんと澪ちゃんが呟きます

紬「間違えてたのね……さわちゃん……」

え、それじゃ……

唯「じゃあ、あずにゃん最初から……」

梓「だから言ったじゃないですか。これはデモですからって」

呆れたようにあずにゃんは言いました

唯「で、でも!憂はあずにゃんと愛し合ってるとか言ってたよ!?」

憂「あ、ごめんねお姉ちゃん。それ嘘だよ」

しれっと、笑顔で憂が言いました

唯「う、嘘……?」

憂「うん!」

……憂が私に、嘘?

それはそれで、ショックなんだけど……


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最終更新:2012年02月27日 21:53