何が起きたのかわかりませんでした

いや、キスをされているというのはわかったのですが、その理由が

キスをされている理由が、わかりませんでした

ただただ混乱して

謝罪の言葉を出そうとした唇の隙間から、柔らかくて温かい舌が私の舌を絡め取っていて

ようやく唇が離れた時、あずにゃんと私の間には銀色の糸が引かれました

梓「唯先輩」

息も荒くなって、ろくにあずにゃんに返事も出来ません

ただ、あずにゃんを見つめます

梓「なんでそんなに自分に自信が無いんですか?」


梓「結婚式の時も、私に『付き合って』って言いませんでしたし」

梓「断られるつもりで告白しましたよね。ただの先輩だなんて、自分を卑下してまで」

梓「スキンシップ禁止令の理由だって、本当は見当は付いてるんじゃないですか?」

唯「それは」

梓「私の好きな人、唯先輩です」

瞬間、心臓がドクンと大きな音を立てました

梓「大好きです。本当です。嘘じゃないです」

あずにゃんが言葉を続けます

嬉しいはずなのに

どこかで間違いを犯している気がする

あずにゃんにこんなことをさせてはいけなかった気がする

これまで色々あって

私は、何かを見落としてるような

梓「唯先輩、私」

唯「だめっ!」

その台詞の最初の音が出る前に、あずにゃんの口を塞ぎました

びっくりしたようなあずにゃんの瞳が、やがて悲しげなそれに変わっていって

唯「ち、違う!そうじゃなくて!」

私は身を起こしました

あずにゃんも大人しく太股の方に身体をずらして

私が抱っこして、お互いに向かい合う姿勢になります

唯「今気づいたんだ」

梓「……何をですか」

唯「私はあずにゃんを、置いて行っちゃうんだね」

梓「……」

唯「ごめん、自分のことだけしか考えてなかった」

あずにゃんに好きだと言われた時

全てが繋がった感じがしました

今までのあずにゃんの言動

彼女の望みも、悩みも全部、形付いてきました

今まで私は本当に自分のことだけしか考えてなかった

そうです

この日々の先にあるのは「卒業」

私からしてみれば、あずにゃんと離れてしまうわけですが

あずにゃんからしてみれば、それは私があずにゃんを置いて行っちゃうことでもあるのです

唯「あずにゃん」

梓「はい」

唯「好き。私と付き合って欲しい」

梓「……」

唯「高校を卒業しても一緒に居たい。大学に行っても、社会に出ても、お婆さんになっても」

唯「一生離れたくない」

梓「……」

唯「愛してる」

言えました

あずにゃんは私から気持ちを伝えて欲しかった

でも、その結婚式での告白には納得出来ていなくて

だから、怒っていたんだとわかりました

唯「……ま、間に合ったかな」

梓「……ギリギリですけど」

ポフッっとあずにゃんが私の胸に顔を埋めました

両腕はしっかりと私の背中に回して

痛いくらいに、身体を押しつけていました

梓「……唯先輩は私と付き合いたくないのかと思っていました」

唯「な、なんで!?」

驚いて、聞き返します

私はいつだって、あずにゃんと付き合いたいなって思っていたのに

梓「私が精一杯アプローチしても、全然乗ってくれないし」

唯「アプローチって……」

梓「一緒に寝たり、手料理頑張ってみたり、一緒にお風呂入ったりって、私にとってのアプローチだったんですけど」

唯「……私、神様がご褒美くれてたのだとばかり思ってたよ」

だってあずにゃん、好きな人が居るって言ってたし

それにあずにゃんの好きな人の特徴って、私と全然……

梓「あの特徴って、まんま唯先輩じゃないですか」

胸から顔を起こし、少しだけ頬を膨らませて、あずにゃんは私を睨みました

梓「他の先輩方にも聞いたんでしょ?」

唯「な、なんでわかるの!?」

梓「それくらい予想は付きますよ。それで……ちゃんと先輩方にも、通じたでしょ?」

唯「誰かはわかってたみたいだけど……」

梓「私も含めてみんな、唯先輩のことをそういう感じで見てるんですよ」

『かっこよくて。真剣な時は真剣で、やる時はやる人で。温かくて、優しくて。目が離せない人で』

それは、でも私は……

唯「私、そんなに立派な人なんかじゃないよ……」

梓「私の目を疑うんですか?」

じっと、私を見上げるあずにゃん

梓「唯先輩はそういう人です。唯先輩は知らないでしょうけれど、私は知っています」

他の先輩方もですけどね、と呟くあずにゃん

梓「まあ、頼りなくてなまけ者で、自信も無くて一人で何でも決めつけて泣いちゃう唯先輩も知ってますけどね」

唯「ご、ごめんね……」

梓「やっと告白してくれたかと思えば、憂との関係を疑ってる始末だし……」

唯「伝説を勘違いしてて、その……」

まあでも、とあずにゃんは私の胸に顔を埋め直します

梓「確かに、私も愛情表現が足りなかったのかもしれません。好きな人を、不安にさせてたわけですから」

唯「スキンシップが禁止された時は、嫌われたのかと思った」

梓「逆ですよ。……本当に、誰のパンツでも見ちゃうとか」

ギューと、背中に回す腕に力を込めるあずにゃん

前と同じ、痛い抱きつきなのですが

今はその痛さが心地良い

梓「……一応聞いておきますけど。嘘ですよね?」

唯「嘘だよ!その……あずにゃんが好きってバレたら嫌われると思って」

嫌いませんよ、とあずにゃんはため息をつきました

梓「……私だって辛かったんですから。スキンシップされないの」

唯「私も本当に辛かったよ。私、あずにゃん無しじゃダメだって気づいた」

その空白の時間を埋めるように

しばらく、私とあずにゃんは抱き合います

匂いも温かさも息づかいも全部、一つ残さず感じたくて

久しぶりの感触でした

結婚式の時にも抱き合いましたが

それは、私が突然抱きしめたからで

それも、最後だと思ったのと、自分の内面をさらけ出す怖さからって理由で

だから、純粋にあずにゃんと抱き合うのは久しぶりでした

ああ

なんて気持ちが良いんだろう

全てが報われた気がする

私の想いは伝わって、救われた

きっと私はこの女の子のために生まれてきたんだと

そう思いました

梓「……言わなきゃ良かったと思いました。スキンシップ禁止なんか」

ぽつりと、あずにゃんが言います

それはいつものあずにゃんの台詞とは違って弱気で

だから、私はぎゅっと抱きしめて言いました

唯「……禁止されたから、この抱きつくって行為の大切さにも気づけたよ。とても貴重なんだって」

答える代わりに、あずにゃんも少し強く抱きついてきます

それはきっと、あずにゃんも同じことを思っていて

だから、これは通じ合っているのだと思います

ああ、言葉だけじゃないんだ

こういう想いの伝え方もあるんだ

梓「……唯先輩が早く理由を言ってくれれば、私だって抱きつけたんですよ」

唯「あずにゃんが私を好きだなんて……少し、そうかなって思ったことはあるんだけど」

唯「でもそれはないって、打ち消しちゃった。あずにゃんには好きな人が居るから、私に抱きつかれたら迷惑かなって」

梓「……好きでも無い人と一緒に寝たり、お風呂入ったりするわけないじゃないですか」

こうやって抱きついたり、と

あずにゃんは頬をふくらませます

唯「ごめんね。自信、無くて」

梓「私も……正直自信は無かったんですけど」

唯「うん」

梓「でもほら、一緒に寝た時に私の身体触ってくれたじゃないですか。それで、ちょっと自信は持てたというか」

唯「……気づいてたの!?」

梓「え?はい。言いましたよね私」

唯「いつ!?」

梓「だから、一緒にお風呂に入った時ですよ」

……ああ、あれか

あずにゃんが言ってた人って私のことだったんだ

そう言われてみれば

確かにあの時あずにゃんが言ってたのは、私があずにゃんとした事だけだったな

唯「ご、ごめんね。ちょっとその、自分を抑えきれなかったと言うか……」

梓「だから、嬉しかったって言ったじゃないですか。気にしないでくださいよ」

唯「それに……さっきも、ごめんね。強引に押し倒して触っちゃったりして。怖かったでしょ?」

梓「……無理矢理するような人だとは思ってませんでしたから。信頼ってわけでは無いですけど」

唯「そうなの?」

梓「はい。なんというか……そういう度胸は無いだろうなって」

言ってくれるじゃん

……まあ、その通りだけど

梓「いいよって言っても、結局手を出しませんでしたしねー」

唯「だって、そういうことをする時はちゃんとあずにゃんと同意したいというか……」

さっきは、あずにゃんがお情けで抱かれてくれるのかと思っちゃったもん

そういうことをする子じゃないってのも、わかっていたけどさ

梓「お情けで身体を許すわけないじゃないですか。私、唯先輩以外に抱かれるつもりはないですよ」

その言葉に、顔が赤くなるのが自分でもわかりました

これは、その

直接好きって言われるよりも、ドキっとします

梓「唯先輩」

あずにゃんが私の首に両腕を回してきました

ぐいっと、顔を近づけられます

梓「私、今日は決着を付けにきたんですよ」

唯「うん」

梓「きちんとお話して唯先輩の気持ち、確かめたくて」

梓「付き合うまでは考えられないって言われたら、待つつもりでした」

唯「付き合いたいよ。あずにゃんと」

梓「私もです。――だから」

そこで、黙って

小さく息を吸って、私をまっすぐに見据えて

梓「私とエッチしてください」

唯「……はい!?」

突然言われて、少なからずびっくりしました

いや、もの凄く嬉しいんですけど

でも

梓「始めからそのつもりだったんです。唯先輩も私と同じ気持ちだったら、抱いて貰おうって」

そこで、あずにゃんは俯きます

梓「結婚式の時に告白してもらって、それからずっと考えて」

梓「なんで唯先輩は自信が無いんだろうって。どうすれば自信を持ってくれるんだろうって、思ってて」

梓「だから、私はこういうことしか出来ないですけど。他に自信が無いことって、私にはどうしようも無いですけど」

梓「でも、私が唯先輩のことが好きってことだけは、自信を持って欲しいんです」

それはきっとあずにゃんの本音で、真剣に私のことを考えてくれた結果で

少し急ぎすぎかとも思ったのですが

唯「ありがとね、あずにゃん」

あずにゃんの首すじに、顔を寄せます

唯「……本当にいいの?遠慮しないよ?」

梓「大丈夫です。もう決めてますから」

唯「わかった。好きにしちゃうからね」

梓「ちなみに、今日優しくしてたのは警戒されないためです」

唯「ああ、やっぱり裏があったんだね……」

どうりで優しすぎると思った

ドライヤーまでかけてくれたりしたもの

梓「そしてこの部屋、鍵かかってますから」

唯「……いつのまに」

梓「この部屋に入って、鍵いじってた時です」

言ったじゃないですか、と

私の耳元に唇を寄せて、あずにゃんは囁きました

梓「逃がしませんよって」

その台詞に、もうたまらなくなって

梓「きゃ!?」

思わず、押し倒してしまいます

唯「逃げる気は無いよ、あずにゃん」

覆い被さりながら、私は言いました

逃げる気はもちろん無いし

そして私も、逃がす気は無いよ

梓「……唯先輩。ここが最後のチャンスですよ」

少し震える指先で、慣れない手つきで

私にパジャマを脱がされながら、あずにゃんは言いました

梓「私、自分で言うのもなんですけど。……すごく、重いですよ。独占欲だって強いし、ずっと一緒に居たいって思ってるし」

唯「……あずにゃんも自分に自信が無いよね」

梓「それは、まあ……」

むう

……確かに、好きな子にそういうことを言われるのはちょっとショックかな

それって、私の気持ちをちゃんと信じてくれてないってことだから

……私もあずにゃんに、そういう思いをさせていたのかもしれないですけど

唯「あずにゃん」

梓「はい?」

パジャマを脱がす手を止めて、あずにゃんを正面から見つめました

唯「来年、私と結婚式してよ」

梓「え……?」


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最終更新:2012年02月27日 22:03