「ありがとうございましたー」
そんな声を背に、私達は店を出ました
五月の日曜日、午前十時
駅前は多くの人で賑わっていて、気持ち明るめの服装が目に付きました
唯「はぐれちゃうから、手を繋ごうか」
梓「はい」
あずにゃんの小さい手を握ると、あずにゃんが少し微笑んで
私も微笑んで、二人で歩き出します
空を見上げると真っ青で、太陽の光も暖かくて
そんなゆったりとした日曜日でした
唯「ついに買っちゃったねー」
繋いでない方の手に下げている紙袋に目をやります
梓「やっぱり、少し緊張しましたけどね……」
同じ柄の紙袋を持つあずにゃんも、それを前に掲げながら言いました
梓「でも、無事に買えてよかったです」
唯「通話専用の携帯電話!カップル専用だから、通話も定額だもんね」
梓「唯先輩が料金気にせず長電話するから……」
ため息をつくあずにゃん
まあ、確かにちょっと長電話し過ぎたかもね
憂にも怒られちゃったし
唯「仕方ないじゃんー。やっぱりあずにゃんとお話したいわけだしー」
梓「それは私だってそうですけど。でも基本メールとか、そういうのでも」
唯「だめー!あずにゃんの声が聞きたいのー!」
梓「……まあ、私も通話料凄いことになりましたから人のこと言えないんですけどね」
こうやって、休日にしか会えないんだから
だからせめて、声だけでも聞きたいんです
梓「それで。――どうですか、大学生活の方は」
唯「うん。やっと落ち着いたよ。まあ、基本的に高校の時と変わらないかなぁ」
授業に出て、終わったらみんなと部室に行ってお喋りして
学校の拘束時間が短くなった分、前よりものんびりはしてるかな?
唯「新しい場所でも、ちゃんとみんな練習してるよ。お茶もお喋りも今まで通りだけどね」
梓「みなさんらしいですね」
困った風に微笑むあずにゃん
そして、少し申し訳なさそうに
梓「あの……本当にすみません」
唯「ん?何が?」
梓「放課後ティータイムのことです」
放課後ティータイム?
……ああ
唯「気にしないでよ。みんなで決めたんだから」
梓「でも……」
私達が進学するのと同時に、放課後ティータイムは一年間の活動停止になっています
誰が言い出したのかは覚えていません
だけど、たぶん
みんなが各々、思っていたことだと思っています
唯「やっぱりあずにゃんが居ないと、放課後ティータイムじゃないからね」
実際、四人で放課後ティータイムの曲を演奏しても違和感というか
どうしても足りない音が気になってしまっていました
だったら、いっそ一年間はあずにゃんを待とうと
そういう話し合いを、四人でしました
唯「澪ちゃんもむぎちゃんも、作詞作曲を作り貯めるって張り切ってたし」
唯「私やりっちゃんだって、これを機にスキルアップを図るつもりなんだよ!」
梓「でも、学祭でライブとか出来ないんですよ?」
唯「あずにゃんが居なきゃ、ライブなんてしないよ」
本当、あずにゃんが入るまでは四人で演奏してたのが信じられないくらいです
あの時も、とても楽しかったのは覚えているのですが
それでも、やっぱり今ではみんな――
唯「だから、気にしないでよ。ちゃんと練習は続けるからさ」
ね?と言うと、しばらく逡巡した後で、あずにゃんは頷きました
梓「ありがとうございます……私、絶対に来年は皆さんと同じ大学に行きますから」
唯「うん。待ってる」
個人的には、あまり無理をして欲しくは無いんだけどね
受験勉強の他にも、軽音部のことも全部やってるんだし
梓「他の皆さんも元気そうですね」
唯「うん。相変わらず、りっちゃんは澪ちゃんとイチャイチャしてるよ」
私達四人は寮に入ったのですが、澪ちゃんとりっちゃんが同室で
ちょっとした同棲状態になっています
まあ、あの二人を見てるとやっぱり、あずにゃんが恋しくなっちゃうこともありますけどね
唯「むぎちゃんも、さわちゃんと順調みたいだしね」
梓「そうなんですか。そう言えば最近、さわ子先生の肌がツヤツヤしてますね」
唯「毎週末はさわちゃんのアパートに通い妻だよー。お料理作ったり、家事したりしてるんだってさ」
梓「なんだかむぎ先輩らしいですね」
あずにゃんはそうやって笑うけど
……むぎちゃんって結構お嬢様なんだよね
通い妻なんてさせてることバレたら、さわちゃんどうするんだろう
唯「あ、そういえば。軽音部の方はどう?」
新入生も入ってきたんだっけ
確かあずにゃんがやってるバンド名が……わかばガールズ?
梓「あ、はい。力及ばずながらも頑張ってますよ!」
いい笑顔でそういうあずにゃん
うわー、眩しいなぁ
本気で可愛いや
梓「新入部員も入ってきて、廃部も回避しましたし」
唯「頑張ったねー、あずにゃん部長」
梓「あとは初ライブに向けて、練習あるのみですから!」
唯「みんなで見に行くからね。文化祭」
梓「はい。……今度は、唯先輩がライブしてる私に惚れる番ですからね」
唯「もう惚れてるよー」
そういえば、あずにゃんが私を好きになったのって新歓ライブの時だって言ってたっけ
えへへ、私が惚れる番、だって
そこでふと、心配になってきました
唯「あ、あの……あずにゃん?」
梓「はい?」
唯「わ、わかばガールズの方が楽しくなっちゃったりしたら……もしかしてHTTは」
梓「そ、それはないですよ!」
わたわたと、あずにゃんが首を振ります
梓「確かに楽しいですけど、私はあくまで放課後ティータイム所属でして!」
梓「みんなにもちゃんと、放課後ティータイムに戻るってことは最初から伝えてますから!」
唯「そっか。……えへへ、ちょっと不安になっちゃって」
梓「それに……」
唯「ん?」
あずにゃんが上目遣いで私を見て
梓「唯先輩の隣で、ギター弾きたいんで」
顔を真っ赤にしながらもそう言ってくれて、私まで顔が熱くなっちゃって
唯「あずにゃーん……」
梓「ちょ、唯先輩、こんな公共の場で!」
思わず抱きしめちゃいます
時折あずにゃんが見せるこのカウンターパンチに、私は今でも慣れることが出来ません
あーもう、大好きだよあずにゃん
梓「と、とにかく!」
私を押しのけて、あずにゃんは言いました
梓「そういうことですので、心配しないでください」
唯「うん。わかった」
自然に手を繋ぎ直して、歩き出します
その手の暖かさを感じながら
少し、勇気を出さないといけません
深呼吸して、冷静になって
唯「あずにゃん」
梓「なんですか?」
唯「あのね。放課後ティータイム、活動休止してるじゃん」
梓「はい」
唯「だからね。その空いた時間を使って、バイトしようかなって思ってるんだ」
梓「バ、バイトですか!?」
バッと私を見るあずにゃん
梓「バイト……悪質なクレーマー、唯先輩に言い寄る男女……ストーカー!?」
唯「あずにゃん落ち着いて」
飛躍し過ぎだよ
唯「その……三年の時に、むぎちゃんのお父さんの会社がやってる喫茶店で少し働かせてもらったじゃない?」
唯「そこで四人でバイトしようってことになって。勿論、一年間だけだけどさ」
梓「ああ、あの高級喫茶店ですか。……それなら安心ですね。澪先輩達も居ますし」
梓「でも、どうしていきなり?買いたいものでも?」
唯「ううん。買いたいものも……あるけど。それはね」
言うんだ
言うんだ私
勇気を出して
あの時の勇気を思い出せ
一緒に居たければ、前に進まないと
それだけの努力をしないと
唯「あ、あずにゃん。あのね!」
梓「ど、どうしたんですか。そんな改まって」
唯「あずにゃんが大学に受かったらね。その」
梓「はい……」
唯「わ、私と一緒に暮らさない?」
梓「……え?」
唯「私、寮出るから!一年間バイトして貯金して、お金貯めるから!」
唯「家具代とか部屋の敷金礼金くらいは貯金で何とかなると思う。生活費も、仕送り頼むし」
唯「だから、その……」
梓「ちょ、ちょっと待ってください」
立ち止まって、あずにゃんと向き合います
梓「その……それってつまり……同棲しようってことですか?」
唯「う、うん」
だ、だめかな
早すぎた?
いやでも、もう付き合って二年目になるんだし
あれ、二年じゃ早すぎるのかな?
ど、どうなんだろう
唯「……同棲したいなって思うんだけど」
梓「は、はい。も、もちろんです」
唯「本当に!?」
梓「だ、だめなわけないじゃないですか」
唯「やったー!」
あずにゃんに抱きつきます
良かった!
同棲してくれるって!
唯「私、頑張るからねあずにゃん!」
梓「む、無理しないでくださいよ?同棲する以上、私も協力させてもらいますので」
唯「うん!心配かけないようにする!」
梓「……とりあえず、澪先輩に気をつけて見て貰えるように電話しときますか」
唯「大丈夫だよー?」
梓「なんか心配なんで」
唯「ぶー」
梓「……そうなると」
ふと、紙袋を見ながらあずにゃんが言いました
梓「この携帯、一年しか使わないんですね」
唯「……そうなるね」
二人して、えへへと笑い合います
唯「もったいないから、いっぱいお話しようね」
梓「私受験生なんで。影響が出ない程度にお願いしますね」
唯「いけずー。……でもまあ、そうだよね」
梓「一日一時間ですね」
唯「え、そんなにお話してくれるの?」
梓「……私だって寂しいんですからね。夜くらい構ってください」
拗ねたように言うあずにゃん
唯「んふふ。構いまくるよー?」
梓「まあ、一日頑張ったご褒美ってことでお願いします」
唯「うん!」
梓「じゃあ、帰りましょうか」
って、え?
唯「もう帰るの!?」
梓「だってもう用事ないでしょ?」
そんな……
せっかくのデートなのに!
しかもこんなお天気の良い日に……
唯「なんか食べに行ったりさぁ……」
梓「私の家で作ってあげます」
唯「え、本当に?」
っていうか、とあずにゃんが腕を組んできました
梓「ひ、久しぶりに一緒に居るわけですし。その……あずにゃん分補給してあげます」
唯「……えへへ。唯先輩分もいっぱい補給してあげるね」
梓「お、お願いします」
唯「じゃあ急いで帰ろうか。どうする?私の家?」
梓「憂と和先輩が居るんじゃないですか?今日は」
唯「あ、そっか。来るって言ってたっけ」
今頃は二人とも、家でいちゃいちゃしてるのかな
それじゃあ、邪魔するわけにはいかないね
憂と和ちゃんも、久しぶりに二人の時間なんだもん
梓「今日は私の家で。誰も居ないので」
唯「ゆっくり、いちゃいちゃ出来るねぇ」
じゃあ行こう、とあずにゃんの手をとって走り出します
梓「ちょ、ちょっと唯先輩!別に走らなくても!」
唯「時間が勿体ないよ。早く帰れば長くいちゃいちゃ出来るよ。あ、ほら!ちょうどバスが来てる」
バス停に向かって走ります
それでも、あずにゃんが転ばないようにちゃんと気をつけて
梓「もう……唯先輩ったら」
微笑むあずにゃん
その笑顔が大好きで
これからもずっと隣で見ていたくて
唯「大好きだよ、あずにゃん」
バスに乗り込む前に、あずにゃんの耳元で囁きました
終わり
最終更新:2012年02月27日 22:09