律と付き合い始めて日が経つと、
紬は相手の今まで知らなかった面も多く知るようになった。
改めて数えてみると、既に一週間を過ぎている。
律も同様に、紬の新たな一面に気付いている事だろう。
それはお互いに、相手を発見し合う日々でもあった。
また、付き合う事で生まれた面も多々あるのだろう。
最近になって見るようになった律の症状は、
果たしてどちらにカテゴライズされるのだろうか。
紬が気付いていなかった律の一面なのか、
或いは紬と付き合う事で新たに生まれた一面なのか。
ここ数日で顕在化した律の症状を、紬は改めて思い起こした。
紬が懸念する律の症状は、三日程前から認識するようになった。
ふと気付くと、律が身体を小刻みに震わせていたのだ。
紬が驚いて声を掛けると、律は寒さを訴えた。
室温を調整しても毛布を与えても、律の震えは止まらなかった。
体温調節機能を破壊されたかのように、律は寒さに震え続けていた。
時間が経つと漸く震えは収まりを見せたが、律の体調は優れないようだった。
一昨日も昨日も似たような症状が表れ、時には逆に暑さを訴える事もあった。
到底暑いと言えるような気温では無いが、
額に浮かんだ汗を見れば冗談には見えない。
それでも全体としては、寒さを訴える事の方が多かった。
その際に立つ鳥肌を見れば、やはり遊びの類では無いと判断できる。
それは紬に幾年か前のクリスマスで見た、冷めた七面鳥の丸焼きを連想させる肌だった。
その他にも、塞ぎ込む事が多くなり、稀に身体中の関節の激痛を訴える事もあった。
そうして今日に至り、紬の度重なる懇願を受けた律は漸く病院へと向かった。
紬は今、その律の報告を待っている。
夕方を迎えた頃、律が紬の部屋を訪れた。
「どうだった?」
紬は不安を押し留めて、律を迎えた。
今は律の症状も収まりを見せている。
「今のトコ、原因も病名も不明。一応、検査結果は出てないけどさ。
検査って言っても、尿検査と血液検査だけだけど」
「尿検査?」
紬は律の言葉を訝しげに反復した。
律の症状と尿検査に、必然的な繋がりが見えない。
「ああ。他は色々と問診を受けたよ。寧ろそっちのがメイン。
依存しているものは有るか、だの、何らかのハーブは使っているか、だの。
特に薬物の使用歴には、しつこく聞かれたよ」
律は心外そうに吐き捨てた。
「何らかの薬の副作用だと、お医者さんは推測しているのね?」
「いや。私に対しては、恐らく心因性だろう、っていう説明だった。
それでも、検査担当者に話してる声が聞こえちゃったけどね。
日本で手に入るとは思えないがヘロの離脱症状に酷似している、
詳しく調べてくれ、ってね」
律の心外そうな表情は、違法薬物の使用を疑われた点にあるらしい。
紬とて、律が違法薬物に手を出したとは思っていない。
だが、離脱症状と心因性という二つの言葉に、思い当たる節ならあった。
ましてや律の症状は、最近になって出てきたものだ。
即ち、紬と付き合うようになってから。
より正鵠を射るならば、澪と離れるようになってから。
「りっちゃん、それで、今後の診察スケジュールは?」
「ん、尿検査や血液検査でも原因が分からなければ、
レントゲンで骨格とかも調べられるらしい。
それでも分からなければ、心療内科とかに回されるんだろうね」
律の言う通りの流れになるだろうと、紬は思った。
「そう。ねぇ、りっちゃん。教えて欲しい事があるの。
その、澪ちゃんと会えなくて辛いとか、寂しいとか、思ったりしてない?」
紬は原因に思い当たってから、それを口にすべきか躊躇っていた。
だが、律の身体や精神が蝕まれている以上、看過する事はできない。
「別に。それにほら、今だって澪とは会ってるだろ?
寂しいとか思う間も無いくらい、ほぼ毎日学校で話とかしてるだろ?」
「そうじゃなくって、ね。もっと密着して話したい、とか。
二人きりでも話したい、とか。
そういう欲求が満たされないで、辛いとか思ってない?」
紬は遠慮がちに前言を正した。
本当は、更に踏み込んだ事を訊きたかった。
澪とは、深い繋がりを示す行為にまで及んでいたのでは無いか。
そして律の今の症状は、その行為から遠のいているが故の離脱症状では無いのか。
結局それらの疑問は、紬の胸中に留まっている。
「思ってないよ。私の恋人は、ムギだけだ。ムギだけなんだ。
だから澪に対して、そんな感情は抱いてない。
そもそも、抱いちゃいけないんだ」
やはり自分自身に押し付けるように、律は言った。
紬はそれ以上、何も言えなかった。
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