‐学校・部室‐


 いつものように私は、家から持ってきたお菓子をテーブルの上に広げます。

紬「今日は甘いチョコレートを持ってきたの~」

唯「おぉ、美味しそうだよ!」

『早く食べたい!』

律「よし、練習は終わりだな!」

澪「始まってないけどな」

『いやっほぅ!
 私は何となく朝から、チョコ食べたかったのだ!』

『今日は運がいいぜ、ムギに感謝だな!』

紬(昨日は唯ちゃんの夢を叶えたから、今日はりっちゃんの番よ!)

紬(幸せそうな顔して……私まで幸せになっちゃうわ~)

梓(ムギ先輩がニヤニヤしている)

 梓ちゃんが少し引いてます。
 どんな顔してたんでしょう。

紬(次は誰の夢を叶えようかしら?)

澪(ムギが何か企んでいる顔をしている)

 澪ちゃんが怪訝そうな顔で見詰めてきます。
 どんな顔してたんでしょう。

『美味しいなあ』
『うまい』

 二人とも幸せそうで何よりです。
 そこへ、さわ子先生が扉を開けて、部屋へ入ってきました。

さわ子「ちょりーっす」

梓「あっ、さわ子先生、来てしまったんですね」

さわ子「何よ、その嫌そうな顔は」

梓「いえ……ティータイムに磨きがかかってしまうなあ、と思って」

『練習出来ないって言いたいんだな……』
『あずにゃんは練習したいんだよね……』

 練習したいみたいです。

紬(先生の夢も叶えたいな)

紬(でも、時間がかかっちゃうわね)

 そう、一日一つの境目しか消せないのです。
 消すものを増やせば増やすほど、私自身の夢を叶えるのが先になってしまいます。

紬(……そうだ!)


 ‐自宅・自室‐


 私はベッドの上で考えごとをしていました。
 今日、あの空間に何とお願いするのかを、決めていたのです。

紬(やってくれるかしら……?)

紬(もしもの時のために、小さいお菓子をポケットに入れておこ)

 お菓子好きなら、取引でやってくれるかもしれませんし。
 私は変な願いと共に、眠りにつきました。


 ‐真っ白な空間‐


紬(またまた、やって来てしまいました~)

『ご機嫌ですね』

紬「とってもいい気持ちよ!
 それで、今日はお願いがあるの」

『どの境目ですか?』

 ポケットの中のお菓子を確認します。
 最終手段もバッチリみたいです。

紬「あの、軽音部の境目を消すっていうのはアリかしら?」

『と、いいますと?』

紬「今の軽音部の皆が欲しいものを、全部知りたいの!」

『確かに可能ですが、よろしいのですか?
 軽音部が無くなれば、心の境目は再び現れますよ』

『あの二人以外、ですが』

 唯ちゃんとりっちゃんの二人は、個別に境目を消しましたからね。

紬「問題無いわ。
 後で個別に消せばいい話でしょう?」

紬「私は早く、皆の夢を叶えてあげたいの」

『わかりました。
 この空間の力を存分に貸しましょう』

『朝には、聞こえるはずです。
 あなたの求める、声が』

紬「ありがとう」


 ‐自宅・自室‐


 結局お菓子は使わないで、私の思ったとおりになってしまった朝がやってきました。
 今日は、いつも以上の目眩が襲ってきます。

紬(うぅ……気持ち悪いわね……)

紬(軽音部の境目だから、一人分の境目より大変なのよね、きっと)

『今日は練習一杯出来るといいなあ』

紬(梓ちゃんかしら?)

『エリザベス、今日もよろしくな』

紬(エリザベス……。
 澪ちゃんよね)

紬(声がいつもより大きく聞こえるわ、何人分もの声だものね)

紬(……うーん、今日は何のお菓子を持っていこうかしら~)

 ‐学校・部室‐


 今日は少し、教室でのお話が長引いちゃって、部活に遅れちゃいました。
 部室の扉を、そっと開けます。

紬「遅れちゃってごめんなさい!
 ……って、あれ?」

澪「ムギは遅れてないさ。
 あの二人が、な」

『唯と律はどこいってんだ……』

紬「あらまあ……」

梓「三人で練習始めちゃいましょうか?」

『真面目な先輩しかいない、今がチャンス』
『ふぅ、疲れた』

紬(あら……?)

『りっちゃんから扉開けてくれないかな』
『唯から扉開けてくれないかな』

紬(多分、これは……)

 私は扉をそっと開けてみました。
 案の定、そこには唯ちゃんとりっちゃんがいました。

『見つかった!』
『透視された!』

澪「二人とも、遅れるなら連絡ぐらいしてもいいだろ!」

律「ゴメンゴメン、急用だったからさあ」

『今週号は超人気で、早く買っておかないと店から消えるなんて言われちゃったらな』

唯「そうなんだよ、今週号は急だったんだよ!」

『おい、唯!?』

梓「それ、どういう意味ですか?」

『既に確保済みの私には、わかりきったことですが』
『あの顔、わかっている顔だ……』

澪「……二人とも、説明してもらおうか?」

『場合によっては、拳骨をしてしまおう、うん』

唯・律「すみませんでしたー!」

『私としたことが、不覚だよ!』
『唯のせいで~』
『帰りに、今週号の新連載の話をしたいな……』

紬(声が多過ぎて、煩い……。
 現実世界の喋りも、聞こえづらいわ……)

『ん、ムギが変だ』

紬「っ!?
 何でもないのよ、何でも!」

澪「ムギ、いきなり何言ってるんだ?」

紬「あっ、いや……ごめんなさい、取り乱しちゃって」

紬(あれは心の声よ、誰のか判別しづらいけど……)

『やっぱり変だ』
『どうしたんだ、ムギ?』

紬「……そうだ、お茶にしましょう?」

『練習出来ると思ったのに』
『今日のお菓子なんだろうな~』

紬(……)

 私はいつも通りを装いながら、お菓子をテーブルの上に広げました。
 今日は様々な種類を揃えたケーキです。

紬「今日は色んなケーキを持ってきたの~」

『すげぇ!』
『美味しそう……』
『太るかも……でも、食べたい』
『私は、あれ食べたいなあ』

紬(皆喜んでるわ……よかった)

律「じゃあ、私これ!」

『あ、それは私が欲しかった』
『へへっ、早い者勝ちだもんね』

唯「私はこれかな~?」

『あっ、それは』

梓「あっ、それは私も欲しいです」

『むむ、そうくるか』

唯「うーん、それならジャンケンしよう」

梓「受けて立ちましょう」

『あずにゃんは、猫手的にグーでくる!』
『唯先輩はケーキには本気を出す、こういう時にはグーが多いはず!』

『『パーだとっ……!?』』

澪「ムギはどうする?」

紬「う、ううん……私は残ったものでいいわ」

澪「そうか……じゃあ、私はこれにしよう」

『第二志望だったけど、まあいいか』
『うめえ~!
 あの二人、いつまでジャンケンしてるんだ……?』

律「おーい、いい加減決着つけろー!」

『ぐぅ……なかなか勝たせてくれない!』
『負けさせてもくれないんですね』

紬(声が多過ぎて、頭がガンガンする)

唯「これがラストゲームだよ、あずにゃん。
 もし、これで決着が着かなかったら、半分こにしよう」

梓「仕方ありませんね……。
 でも唯先輩、私はあいこになるつもりもありません」

『何故なら、』
『何故ならですよ、』

『『その半分すらも惜しいから!』』

紬(二人の声だけなら、楽しいわね~)

 結局、あいこだったので半分こになりました。

唯「あずにゃんと私って、気があうねえ」

『かれこれ十回以上あいこだったし』

梓「偶然ですよ、偶然」

『あんな経験初めてだ』

律「まあ相性が良いってのは悪いことじゃないし、いいんじゃねえの?」

『流石、あの二人は『いいのかなあ、私と唯先輩って』だな』

紬(あれ?)

澪「演奏にもプラスに作用するだろうしな」

『あっ、また良い歌詞が『美味しいなあ』きて『やっぱり澪先輩は真面目だ』よ』

紬(声が重なって……聞こえてくる……?
 声色に差が無いから、同時に喋られると……何言ってるのか……)

唯「ムギちゃんどうしたの?
 具合悪い?」

『ムギちゃん『ムギ先輩、『ムギ大丈夫『ムギ、顔色悪いな』』』』

紬「大丈夫なの、うん、大丈夫」

唯「そっか~、あんまり無茶しないでね?
 私達は、以心伝心なんだからね?」

紬(今はそれに困ってるんだけど……)

『本当に、ムギ『練習出来ないのかな』なのか』

紬(ッ!?)

『あー、今日も『顔色『気持ち悪いなら、早退しても大丈夫だぞ』なのに』無理だな』

紬「ほ、本当に、大丈夫だからっ!」

澪「どうしたんだ、いきなり騒いで!?
 やっぱり体調悪いんじゃないのか……?」

『ムギ先輩『やっぱり『ダメ』だよなあ』』

紬(声の一片一片が、崩れて、また形作って……)

さわ子「あら、まだティータイム中かしら?」

『よっしゃ『ムギ先輩『空気読めない人』』』

紬「ヤメテ……ヤメテよ……!」

さわ子「……あら?」

『ほらムギ先輩が『本当空気読めない人』『何で泣いてるの『この人は……』』』

紬「もう、黙って……皆……」

律「どうしたんだー、ムギー?」

『黙って『黙って『黙って『黙って『黙って?』』』』?』

紬「ゴメンなさい、帰るわ私」

梓「体調悪いんでしたら、無理しないでくださいね……」

『やっぱり『『ムギ、』悪そうだもんな』』』
『仕方ない『ティータイム『帰っちゃう』のね』』

紬(ティータイムが、帰っちゃう……)

 私は頭の中に鳴り続ける声から逃げるように、学校を後にしました。
 ただ、いくら学校から離れても、その声は聞こえつづけていました。


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最終更新:2012年02月28日 21:33