‐自宅・自室‐
家に帰った私は自分のベッドの上に寝込みました。
食事も取らずに、ただこうしているだけでした。
紬(声が、煩い……)
『憂『あー『あっそうか!』』ー!』
『歌詞が『ちょっと違う『面白いなあ』』』
紬(あの空間の管理人に、謝ろう。
そして、境目を元に戻してもらおう)
‐真っ白な空間‐
紬「管理人さん、いる?」
『はい、なんでしょうか』
紬「全部、元に戻して!」
『それは出来ない相談ですね』
紬「何で!?」
『初めにいったはずですよ?
この方法で境目を消してしまうと、私の力では元に戻せないと』
紬「それは……」
『それを受け入れた上で、あなたは境目を消した。
そうですよね?』
紬「そうだけど……」
『だというのに、今になって元に戻せというのは、自分勝手にも程があると思いませんか?
私は思います』
紬「……うぅ……」
『あなたが望んだことなんですよ、よかったじゃないですか。
これで、皆の夢を知ることが出来ますし、皆を喜ばせることが出来ます』
『さあ、お目覚めください。
あの声と一緒に、人生を歩んでいこうじゃありませんか』
紬「嫌よ……もう、嫌なのよ!!」
‐自宅・自室‐
いつものような朝がやってきてしまいました。
私の頭の中には、やはりいくつもの声が鳴っています。
紬「煩い……煩い……黙ってよ……!」
『眠『朝ご飯『良く寝た……』くちゃ』』
紬(誰に相談しても、どうせわからないわよね。
この悩みは、私だけにしかわからないことなのよね)
紬「斎藤……今日は学校を休むわ……。
体調が、優れないの」
斎藤「わかりました」
紬(今は出来るだけ、あの声から遠ざかりたい……)
‐自宅・自室‐
初めて学校を休んだあの日から、私は一週間続けて部屋に篭りっきりでした。
周りの人は心配してくれましたが、私はただ黙っているだけ。
例え離しても、誰にも信じてもらえないでしょうから。
紬(皆を幸せにするつもりが、心配させちゃってるわね……。
こんなはずじゃなかったのに……)
紬(毎晩、あの空間には行ける……。
けど、いくら頼んでも、元通りにはしてくれない)
紬(……約束したものね、私が悪いんだわ)
学校の友人からも、沢山のメールを貰います。
私はその一つ一つに大丈夫、すぐによくなるから、と返事していきました。
紬(もしかしたら、一生あの学校に行けないかもしれない……。
境目が元通りにならない限り……)
紬(私が悪いってわかってるの。
でも、お願いだから、元に戻して……!)
その時でした。
さっきからずっと聞こえる声の中で、一際大きいものが聞こえてきたのです。
『んー……伝わってるかなあ……!』
『以心伝心パワー!』
紬(唯ちゃん……!?)
他の声を圧倒するほど大きく、ハッキリとその声は聞こえました。
そしてそれが、唯ちゃんのだと判別するのにも時間はかかりませんでした。
紬「何で、こんなに大きく……」
紬(もしかして、私に向けられた声は、特に大きく聞こえるとか……?
距離に応じて音量が変わるもの、こういう点も実際の声と似通っていても不思議ではないわ)
紬(そして何より、私がその声に耳を傾けているもの……!)
紬(唯ちゃん、こっちよ!
ちゃんと聞こえてるわ!)
『……ダメかな……?』
紬(そうか……唯ちゃんにはわからないのね……。
だったら!)
私は携帯を取り出し、メールを打ちます。
『以心伝心パワー、伝わったわ~!』と。
紬(送信!)
すぐに返事が来ました。
紬(“おぉ、奇跡だね!”か……唯ちゃんらしいわ)
紬(さて、ここからどうしよう)
『以心伝心、一方通行バージョンなんだね!』
『ムギちゃん、まだ体調悪いのかな?』
紬(……相談しましょ……!)
私は再びメールを打ちました。
『体調は大分良くなってるから、大丈夫よ。
それでね、仮に唯ちゃんと私の心が一つになって、
常に以心伝心できたらどうする?』
と、仮の話で相談をしてみます。
返事はすぐに来ました。
ただし、以心伝心という形で。
『私はね、すっごくいいことだと思う!
何を言わなくても、言いたいことがわかるなんて素敵だよね!』
『でも……ちょっと怖いところもあるよね。
隠し事しても、すぐバレちゃう!』
紬(最初の私と、同じ気持ち……やっぱり、皆そう思うものなのね)
私は、またメールを打ちます。
『じゃあ、何人もの人が以心伝心出来たとしたらどうする?
声と声が混ざってしまって、聞き取りづらいかもしれないけど……』
やんわりと、私の現状を含めて、メールを送信しました。
返事はやはり、こちらの方で来ました。
『それは嫌だなあ……。
何人もの人って、もしかしたら知らない人とも伝わっちゃうかもしれないんでしょ?
それって怖いよね』
紬(知っている人とだけ伝わっていても、怖いものなのよ唯ちゃん)
紬(今のは、質問が悪かったかしら……。
知っている人とだけ、と加えて送信しよう……)
『でもね、ムギちゃん』
私がメールを送信するのを遮るように、声が聞こえてきました。
『知らない人と常に以心伝心するのは怖いけど、一時的にするのは楽しいと思うよ。
私の心や気持ちを、皆に最大限に伝えること
それに対しての皆の反応が、私に伝わること』
『そういうのが楽しいから、私は歌を歌うんだよ!』
紬(……そうよね……そういうものよね!)
私はさっきまで書いていたメールの文章を消し、新しいものを書きました。
『ありがとう、明日には学校に行けるわ』
そう書いて、送信しました。
唯ちゃんはとっても喜んでくれたようでしたので、そこで耳を傾けるのをやめました。
紬「唯ちゃん、ありがとう」
まだ頭の中では、いくつもの声が響いています。
紬(この声は、私に聞こえてはいけないものなのよね。
やっぱり、境目は元に戻さなくちゃ)
久しぶりに部屋の外へ出て、自宅の中を散歩をします。
迷惑をかけたであろう、家の人たちに謝っていきました。
一通りの人に謝った私は、あの空間を目指し、ベッドの上で横になりました。
‐真っ白な空間‐
紬(……来なさい、管理人さん)
『また来たんですか?
何度頼んでも、無駄ですよ』
紬「これが、最後のお願いなの。
境目を元に戻してくれないかしら?」
『ダメです、無理です、出来ません。
これは約束したことですし、無責任すぎます』
紬「管理人さん、あなたは自分が全面的に正しいと言うのね?」
『はい、私はあなたが勝手に願ったことを、叶えただけです。
一方的に境目を消せなんて、贅沢な願い事をですよ?』
紬「そう。でも、私は見逃さないわ」
紬「あなたは私と、同じですもの」
『……どういうことでしょう?』
紬「この空間に来たときから、気づくべきだったのよね。
あなたは此処が“境目のない空間”と言ったわ」
紬「確かに周りを見渡しても、限りない白い空間が広がるだけ。
その言葉に間違いは無いわね」
紬「でも、ここには境目が、たった一つだけあるのよ。
私と、管理人のあなたという境目が!」
『……ッ……』
紬「いえ、正確には、あなたは私の心との境目を消している。
でも私は、あなたの心を読むことが出来ない」
紬「つまり、あなたは私を非難しておきながら、自分は同じことをしているの!
こんな自分勝手で、無責任なことが、許されると思っているの!?」
『……ふふ……そうですね、私は自分勝手かもしれません。
しかし、それをわかったところで、あなたにはどうすることも出来ません』
『あなたと、あの方たちの境目が元通りになることは無いんですよ?』
紬「そんなことは無いわ」
『強がっても、無駄です!
私の力では、どうすることも出来ませんよ!』
紬「ここは境目の無い空間。
言ってしまえば、私もあなたも、この空間にも境目はないということ。
同じ存在であるということ」
『何をするつもりですか?』
紬「前にお菓子を持ってきたことがあったでしょう?
それでわかったの、身に付けていれば現実世界から、物を持ってこれるってね」
紬「例えば、このナイフ」
『ッ!?
止めてください、そんなことしても!』
紬「無駄かしら?
いいえ、そんなはずはないわ」
紬「この空間の私が死ぬということは、この空間の消滅と同じ。
あなたは私と出会った日に、言ってくれたわよね」
紬「この空間を、現実世界に持っていけるのですからって。
つまり境目を消しているのは、この世界自体!」
紬「この世界が消えれば、境目は元に戻るってことよ!」
『や、止めて……!
止めてくださいよう……!』
『私が何をしたというんですか!
あなたの夢を叶えたまででしょう!』
紬「悪いことをしたわね……でも。
お相子様ってことで、一緒にこの空間から消えましょう」
『止めて……止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めてェェェーーー!!!』
私は、自分の心臓部に向けて、ナイフを突き刺しました。
‐自宅・自室‐
朝が来ました。
もう、目眩がすることはありません。
紬(……声も、もう聞こえなくなったわね)
紬(あの空間の管理人さんには悪いことしちゃったけど……)
紬(あっ、時間が思ったより無いわ!
急いで準備しないと!)
紬「斎藤、今日は学校行くわよ!」
斎藤「……かしこまりました!」
私は思いました。
人と人との間に境目が出来たのは、自分の心を持つためではないでしょうか。
人の心と区別をつけるためではないでしょうか。
境界線を引いたところに、私達の感情は生まれるということです。
でも、境界線を消したいことも、ありますよね。
気持ちを伝えたい、わかってあげたいって時です。
一人だけなら、言葉で簡単に伝えることが出来ると思うんです。
ただ、大多数の人に、私の気持ちを伝えたいと思うなら、どうすればいいんでしょう?
その答えを、唯ちゃんは簡単に言ってくれました。
歌えばいいんです。
歌って、そういう境目を越えるためのものだと思います。
言い換えれば、私達が境目を作ったときに、歌は生まれたんだと思います。
紬(いい曲が出来そうだわ~)
私は上機嫌で、学校へ向かいました。
-完-
おしまいです。
ありがとうございました。
最終更新:2012年02月28日 21:34