狂言・『紬菌(つむぎくさびら)』。
江戸時代の人気戯作者・「飛牡蠣」が残した作品のひとつである。
当時すでに古典となっていた『菌(くさびら)』という演目のパロディで、
彼自身が産んだ『軽音』シリーズのキャラクターたちが登場する。
短い筋書きではあるが、演者に鬘(かつら)を二重に被らせるなど、前衛的な手法が目立つ。

では以下、その本文を紹介しよう。


(舞台上に、まず唯登場。舞台正面へ。
 続いて紬・律・澪も登場し、大小前に座す。律・澪は、それぞれの鬘の下に、金髪の鬘をさらに隠す。
 また舞台の終はりまで、客席に背中を向けぬやうに万事の所作を行ふこと)


唯「これは軽音が一味にて、平沢唯と申す者でござる。
  かねてより得努(えぬ)学問所への入府を望んでをりましたが、蛍雪の功を積んでは見事の桂折り、
  今はかうして軽音神楽の仲間と共に、騒がしくも快楽(けらく)の日を過ごしてござる。
  サテ今宵も、いつもの一味の茶会に呼ばれてござるによつて、イザ訪ねたく存ずる。
  まづ、そろりそろりと、参らうか」

(唯、舞台を一巡り。
 紬・律・澪は茶と菓子を用意)

唯「イヤ何かと申すうち、ハヤ着いたわい。エエ、申し申し。唯でござる」
律「オウ唯か。念なう早く来たものぢや」
澪「なかなか。ソレ唯よ、こなた好みの菓子があるぞ」
紬「イイヤまづは駆けつけ、茶を一服」

(紬、唯に茶器を渡し、茶を注ぐ)

(紬、唯に茶器を渡し、茶を注ぐ)

紬「ドブドブドブ。さあひとつ」
唯「ヤア、これはお慮外でござる」

(唯、一気に飲み干す)

唯「オウオウ、つつかけながらも風味は絶妙にござる。
  紬殿のお点前には、まこと利休も頭を垂れるほどぢや」
紬「アレ、それこそ慮外の、勿体なきお言葉でござる」

(律、唯の袖を引く)

律「サテも唯よ、本日こなたを呼び寄せたは別でもない。
  音にも響いた評判の絵本、かの『漫画雲母(まんがきらら)』が近々に第百輯の祝を迎えるのぢや」
唯「アアそれはおめでたいことにござる」
律「なかなか。されば我らも、それを言祝ぎ、何やら『百』にまつわる一興を物語らしめ、とのお達しぢや」
唯「なんと、『百』にまつわる一興を物語らしめ、とのお達しがござつたか」
律「なかなか」

(律と唯、頭に手をやり、思案)

律「百、百、百、アア、百万両」
唯「オオ百万両、懐にそれだけあれば、後世まで憂いはござらぬナア」
澪「ヤアラ、世知辛いことぢや。こなたらは常々、金の話ばかり口に出しをる」
唯「では我らに代わり、澪殿こそ妙案を出すべきであらう」
澪「ムム」

(澪、頭に手をやり、思案。それを、唯と律が囃す)

唯「サア如何に」
澪「ムム」
律「サア如何に」
澪「ムム、ムム」
唯・律「サア如何に、サア如何に」
澪「ムム、ムム、ムムムム」

(ここで、静かに茶を飲んでいた紬が口入れする)

紬「では、このような話は如何でせう。真実、わたしと申すはこの世に百人をりまする」

(唯・律・澪、顔を見合わせ、笑ふ)

律「ハハハ、俄かに何を申すかと思へば、これは痴(をこ)がましき妄言ぢや」
唯「ハハハ、ムギどのはまこと愉快なお人ぢや。なう、澪殿」

(唯、澪の肩を叩く。その勢ひで、手が髪に触れる)

澪「ア、コレ」
唯「ハテ、何やらズルリと、手が重たうなつたが」

(唯、己の手を見ると、そこに黒髪の鬘の取れ落ちたるが乗る)

唯「ヒエ」

(澪の頭は、金髪に変わつている。それを見た唯、肝をつぶす)

澪「かうも早く変化の術が破れるとは、イヤ残念でござるわい」
唯「南無三。アア律殿よ律殿、ご覧じろ、澪殿がムギ殿に成り代わりたるぞ」

(さらに律も鬘を取り、金髪を降ろす)

律「ももんがあ」
唯「ギヤア」
紬「ハハハ、驚きをつた、驚きをつた」
唯「驚くも何も、魂が抜けさうでござる。こは如何なる妖術か、ひとつ語りて教へさしめ」
紬「ならばひとつ、キツと教へて進じやう。我らはすなはち、菌(くさびら)の精であるぞ」
唯「ナニ、菌ぢやと」
紬「なかなか。並の菌が木の肌に取りついて生ひるやうに、我らの眷属は人の体に憑いて成り代はるのぢや。
  まづはひとり、ふたり、さらに百人、二百人と増え、畢竟は三千世界の一切と成り代はり、天下布武の企みぢやア」
唯「アア恐ろしや、怖ろしや。夢になれ」

(律・澪、立ち上がり囃す)

律「ホイ」
澪「ホイ」
律・澪「ホイ、ホイ、ホイ」
唯「アア恐ろしや、怖ろしや。南無大師金剛遍照、お助けあれ」
紬「泣くも祈るも無駄なことよ。サア、イザ汝が身とも成り代はつてくれやうぞ」

(唯、顔を伏してひたすらに祈る)

唯「怖ろしや、怖ろしや、お助けあれ、夢になれ」
律・澪「ホイ、ホイ、ホイ」
紬「泣くも祈るも無駄なことよ。サア、イザ汝が身とも成り代はつてくれやうぞ」
唯「夢になれ、ぼろんろん、夢になれ、ぼろんろん、ぼろんろん」
律・澪「ホイ、ホイ、ホイ」

(唯が「ぼろんろん」と言ふ度、律と澪の囃す声を小さくする)

唯「ぼろんろん、夢になれ。」

(律・澪、黙る。それから金髪を束ね、再びはじめの鬘の下に隠す。
 鬘を拾ふに、まだ背中を見せぬやう意を払うこと)

律「これ唯や、唯やあい」
唯「ぼろんろん、夢になれ、ぼろんろん、夢になれ」
律「エエイ、何をツブツブ寝言を申してをる。イザ起きてこちらを向け」
唯「ハアー」

(唯、矢庭に起き上がり、あたりを見渡す)

唯「ヤア律殿ではござらぬか。これはこれは、まがふことなき、まことの律殿ぢや」
律「オウ、矢庭に起きをつたわい」
唯「ヤア澪殿もござつたかか。これはこれは、まがふことなき、まことの澪殿ぢや」
澪「オウ、眠りながらも何やら苦しげなる気色であつたが、大事はないか」
唯「イヤ全ては夢の中の一大事にござれば、現(うつつ)の側に心がかりは残らず、まづ安堵してござる」
律「エエ痴がましきことを申す者ぢや。イヤ待て、大事と言えば、そろそろに」
澪「東天紅の鶏が鳴き、学問所の開門する頃でござるぞ。早う支度せねば、遅参の憂き目ぢや」
唯「オオそれこそ現に迫る一大事、ソレ、急げや、急げ」

(唯、立ち上がり、急ぎ足で退場)
(続いて、律・澪も退場。ここで両人、はじめて客席に背中を向ける)
(そこには、大なる茸が生えている)
(紬、立ち上がり、客席に魔王めきたる恐ろしの笑みを見せる)

紬「まこと、おめでたき日にござつた」

(紬、退場)


(以上で終了)


  • 古典狂言の『菌』
  • きらら100号記念小冊子の『百ムギ』

これらの元ネタを(無理矢理)組み合わせてみました。
素人が締め切りにギリギリ間に合わせるべく即興で書いたものなれば、
たぶん文法・語法・作法の上に無理な箇所も目立つかと思いますが、
まあしょせんは一夜のサイケな夢、あまり気にせずサッと流していただければ幸い。

では以上にて語り切り!
お付合いありがとうございました。



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最終更新:2012年02月28日 21:35