唯「……ぐっ」グサッ

梓「ナイフの味はいかがですか、唯先輩?」

唯「あ、あずny――ゴボッ!」

梓「おっと、できれば血を流さないやり方がよかったのですが」

唯「……グボッ!」バタン

梓「致し方ありませんね。唯先輩、いつまで経っても餓死しないんですから――」

梓(さぁて、食糧問題は解決っと)

梓(救助がくるまでの辛抱だ。やむ無しですよね、唯先輩……)キョロキョロ

梓「ようし……ここをナイフで――」


―――

バルバルバル

?「本部、応答せよ。繰り返す、本部、応答せよ」

本部『なにか見つかったか、A機?』

A機「海上に小型ボートを発見。女生徒の一人を確認」

本部『よし、至急救出せよ!』

A機「ラジャー!」

本部『お手柄だぞ、A機! 琴吹のお嬢さんだったら表彰ものだ!』

A機「はっ、身に余る光栄です!」

本部『ははは、一時間以内に戻ってきたまえ』



―――

梓「――はっ!」

ガバッ

梓(ここは、病院……?)キョロキョロ

ガチャ

?「今日もこの子に悪戯しちゃおうっと、ふふふ」

梓「か、看護士さん? ここは……」

看護士「――げっ! 目覚めやが……いえ、目覚めたのねっ!」

梓(随分長く眠っていたようね。船上で救出されるまでの記憶はあるけど)

梓(どうやら私は二週間程眠っていたらしい)

梓(体が衰弱し切っていたのだ)

梓(今は病院から退院し、平常通りの学生生活に戻った)

ワイワイガヤガヤ

モブA「船の上で一人だったんだって!」

モブB「梓ちゃん、恐怖映画のヒロインみたい!」

梓「あはは……」

モブC「怖くなかった?」

モブD「食べ物は?」

梓「うん、ムギ――琴吹先輩のクルーザーから持ち運んでいたから」

梓(言える筈がない)

梓(――唯先輩を骨までしゃぶり尽くしたなんて)

梓「う、憂……」

憂「梓ちゃん!」ヒシッ

梓「……」

憂「心配したんだからっ! 本当に!」

梓(唯先輩の、匂い)

憂「きっと、きっとお姉ちゃんたちも助かるよねっ!」

梓(――あなたのお姉ちゃんは私の血肉となって生き続ける)

憂「お姉ちゃん。お姉ちゃん……」ポロポロ

梓「――そんな事よりお腹すかない、憂?」

梓(ふう、なんて平和な日常なんだろう。船上での遭難生活が嘘みたい)

梓(今日も早めに帰ってギターの練習でもしようかな? どうせ軽音部は廃部決定だろうし)

梓「お腹すいた……。お肉が食べたい」トボトボ

?「――失敬、中野さまですか?」

梓「はい、そうですけど? あなたは――」

?「私は琴吹グループの手の者です。名前は仮に『A』としましょう」

梓「ムギ先輩の?」

A「はい、貴女に用件がございまして――」

梓(今更なんの用事だろう? 警察の捜索はとうに打ち切られた筈)

A「紬お嬢様の捜索の件での話です」

梓「……言わずもがなです。さて、如何なるお話でしょうか?」


A「他でもありません。琴吹さまはいまだお嬢様の安否に心を痛めてらっしゃるのです」

梓「娘の一大事ですからね。たとえ警察が捜索を打ち切ったとしても、ムギ先輩の家ならば、私的に捜索を続ける気もわかります」

A「ふむ、話が早い。実は今度の日曜日、紬お嬢様の捜索業務に、ご動向を願いたいのです」

梓「動向ですか?」

A「ヘリを幾台も駆使して、日夜探索業務に明け暮れる私たちですか、お嬢様の消息はいまだ掴めません」

梓「……」

A「クルーザーの発見すらままならないのです。警察でも私たちでも――」

梓「海底を探されてみては如何でしょうか? あの悪天、間違いなく沈没している筈ですよ」

A「その線も現在調査中です。しかし、広い大海原。海底を隈なく調査するには、限りなく時間がかかるのです」

梓「なるほど」

A「――是非とも私たちに協力をお願いしたい。琴吹さまの切なる一存でもあります」

梓「ムギ先輩のお父さんの?」

A「謝礼については心配無用。貴女の言い値で構わないと仰っています」

梓(――へぇ。藁にもすがるってやつかな?)

梓(体裁よく引き受けた私)

梓(それにしてもお金持ちの考える事はわからないなぁ。どうせ死んでいるだろうに)

バルバルバル

梓「うわぁ、大きなヘリコプター。さすがだなぁ、ムギ先輩のお父さんって」

?「中野さん、準備はできましたか?」

梓「はい、準備万端。心構えもオーケーです、操縦士さん」

操縦士「それでは行きましょう。早速乗り込んでください」

梓(ヘリなんて生まれて初めて――じゃないなぁ。なんて、すぐ気を失っちゃったから、実質初めてみたいなものね)イソイソ

操縦士「それでは行きますよ――」

バルバルバル

梓「うわぁ、すごいすごい。もうこんな高さまで」

操縦士「――今日はクルーザーの無線が途絶えたあたりを旋回します」

梓「へぇ、なんだか楽しみ! 操縦士さん、もっとスピード出してくださいよ!」

操縦士(……この子、大丈夫なのか?)


バルバルバル

操縦士(あ、あれ……?)

梓「随分陸地から離れましたよね? ここはどの辺りですか?」

操縦士(無線もレーダーも調子がおかしい……こんな事は初めてだ)

梓「……操縦士さん?」

操縦士「――あ、はい! なんでしょう?」

梓「ここはどの辺りですか? もう、無線が途絶えた所まで着いたのですか?」

操縦士「あ、はい! 着きましたよ」(多分だけど)

梓「ふぅん。三百六十度海ばかりですねぇ」

操縦士(やばいなぁ。またどやされちまう。いったん戻ろうかなぁ……)

梓「――ん? あれはなんでしょうか?」

操縦士「……島、ですね」

梓(へぇ、絶海の孤島かぁ。今年の夏休みはアレだったし、是非行ってみたいなぁ。……よし)

梓「あの島に着陸してみませんか」

操縦士「……えっ?」

梓「もしかしたらみなさんが遭難しているかもしれませんよ」

操縦士「……みなさん?」

梓「ムギ――紬さんが」

操縦士「……ゴクリ」

操縦士(俺がお嬢様を見付けたら出世間違いなし……これはうまい、うますぎる話だ)

梓「降りてみましょうよ、操縦士さん。男は度胸、なんでも試してみるものです」

操縦士(うはっ、洋々たる未来が見えて来たっ! これは行くっきゃねぇ!)

梓「ねぇ、操縦士さんってばぁ……」

操縦士「――行きます! 全力前進っ!」

梓「さっすがぁ!」

操縦士「……ん?」

梓「あれは――戦艦ですよね」

操縦士「はい、大和ですよ、大和」

梓「大和?」

操縦士「大日本帝国海軍が建造した史上最大の戦艦です」

梓「は?」

操縦士「まさかこんな所でって……えっ!」

梓「どうしましたか?」

操縦士「いや、まさか……。そんな馬鹿げた話が……」

梓「あ、あれ? あの砲台動いてますよ」

操縦士「――は?」


梓「まさか私たちを狙って……」

操縦士(いや、絶対狙ってるしっ!)

梓「そ、操縦士さんっ!」

操縦士「やっべ、マジでやっべ!」

梓「早く逃げて――」

ドウッ!

操縦士「あ、あああ、当た――」

梓「キャー!」

ドカンッ!

梓「ガボガボガボッ」

梓(ここは海? 私、溺れてる?)

梓(死ぬのはイヤッ!)ムンズ

梓(へっ?)バシャーン

操縦士「だ、大丈夫ですか! 中野さん!」

梓「操縦士さんっ!」

操縦士「浜辺まで泳ぎますっ! 俺の肩に掴まっていてくださいっ!」

梓「は、はいっ!」

操縦士(じょ、常識的におかしいだろっ!)


操縦士「ゼイゼイ……」

梓「ハァハァ……」

操縦士「……お、俺たち助かったんですよねぇ?」

梓「操縦士さんっ!」ヒシッ

操縦士「うおっ!」

梓「私、死んじゃうかと思いましたっ! 助けてくれて本当にありがとうっ!」

操縦士(あれ、この子近くで見たらメチャクチャ可愛いじゃん?)

梓「操縦士さんっ!」ヒシヒシッ

操縦士(こりゃたまらん。フヒヒッ)


操縦士「中野――いや、お名前は?」

梓「梓です」

操縦士「梓さん。どうやら俺たちはとんでもない事になってしまいました」

梓「……それはわかりますよ、私でも」

操縦士「しばらくの間はこの島で生活しなくてはならないかも……」

梓「……ゴクリ」

操縦士「しかもこの島にはとんでもない連中――おそらく海賊が」

梓(海賊って――この人頭大丈夫?)

操縦士「さぁ、こうしてはいられません! 早くこの場を離れましょう!」

梓「え?」

操縦士「やつらがここに来るかもしれませんからっ! さぁ、早くっ!」ムンズ

梓「ちょっ、操縦士さん――」

操縦士「いいからいいからっ!」ダッ


操縦士「ようし、ここまで逃げれば……」

梓「ハァハァ……」

操縦士「中野さん、これから先は俺たちは一蓮托生! 力を合わせて海賊に立ち向かおうではありませんかっ!」

梓「……」

操縦士「そう、絶対の孤島で海賊と戦う男女――否、アダムとイヴ!」

梓(だめだこいつ……。早くなんとかしないと)

操縦士「梓さんっ!」ヒシッ

梓「ちょっ!」

操縦士「俺は、俺の今までの人生はこの時のために――」

ダーン

梓「!」

操縦士「……がっ」ドサッ

梓(眉間を一発。こりゃ助からないな)

?「あれれー? あそこにおわすは梓じゃないのぉ」

?「ほう、懐かしい顔だなぁ」

梓「そっ、その声は――!」

?「まさか部長の顔を忘れたっての? 冷たい子だねぇ」

?「まったくだ。礼儀ってものをまったく解していないなぁ」

梓「律先輩に澪先輩っ!」

律「やっとその名前が出てきたかぁ」

澪「やれやれだぁ」


梓「生きていたんですかっ!」

律「あったぼうよぉ。私が簡単に死ぬと思って?」

澪「そうそう。私らは不死鳥さながらなんだぞ」

梓(二人とも様子がおかしい……。それに――)

律「いやぁ、まさかさっきの小うるさい蝿が梓だったなんてねぇ」

澪「私ったらびっくりしちゃったぞぉ」

梓「り、律先輩。そ、その銃!」

律「ああこれ? 大和の中で拾ったのよ。イカスでしょ?」

澪「バカだな、律。今時はクールって言うんだぞ?」

律「あれまー、私としたことが……」

澪「あはははははは! おまえらしいよっ!」

梓「――な、なぜ操縦士さんを?」


律「はぁ? そりゃもちろん、この島は私と澪の楽園だもの」

澪「汚らわしい男なんて、一時たりともいるべきじゃないよな」

律「そそ」

梓(やばい、先輩たち心の平衡を失っている……)

律「私と澪はこの孤島のイヴとイヴ!」

澪「新しい神話を築くのは私たちだ!」

梓(……頭やばい)

律「あれっ? たとえ女だとしても、私らの他なんて――」

澪「あり得ないよなぁ」

梓「先輩たち……落ち着いて」

律「澪♪」

澪「律♪」

梓(逃げ――!)

律・澪「待てこらぁぁぁぁ!」

梓「いやぁー!」ダッ


梓「ハァハァ……」ダッ

律「くらえっ!」

ダーン

梓「ひいっ!」ダッ

澪「律、私に貸すんだっ!」

律「よしきたっ!」サッ

梓(澪先輩は得意そう、銃とかそういうのっ!)

澪「死ねぃ!」

ダーン
ビシッ

梓「――いたぁ!」ダッ

律「おほっ、肩に命中! さっすが、澪しゃん!」

澪「ぬはは、任せろっ!」

ダーン
ダーン

梓(逃げないと逃げないと逃げないと……!)ダッ


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最終更新:2010年01月28日 22:21