紬「おくりもの」



紬「ホワイトデー……」

下校時、ベンチに座り電車を待つ私はふとつぶやいた。

そう、年に一度しかない一大イベントの一つ、ホワイトデーが今年もまたやってくるのだ。

紬「どうしようかな……」

毎年お友達や、家のお付き合いで経験してきたので、その事自体の不安は特に無い。

しかし、今年は今までと違う事がある。


本命チョコーー


生まれてから一度も、渡した事も貰った事もなかった宝物。

その宝物を、私は今年バレンタインデーでプレゼントし、された。

その相手は唯ちゃん。

平沢唯……私の大切な女の子。


あの日、私はときめきと緊張と楽しみと、色々な気持ちで一杯だった。

それはもちろん、不快なものではなくて。

バレンタインデートの帰り、切り出したのは同時だった。

紬・唯『あ、あのっ……プレゼントですっ』

ここまで……帰る直前まで言い出せなくて。

紬・唯『……えっ?』

なぜかわかった。唯ちゃんも私と同じ気持ちだったんだ。

……もったいなくて。

プレゼントを渡してしまうのが。

この愛おしい時間を進め、終わらせてしまう事がなんとなくもったいなくて。

大切だから。貴女と関わるすべての時間が大切だから。

まして一年に一度のバレンタイン。早くプレゼントを渡したいという気持ちは溢れるほどあったけど、私には大切すぎてなかなか歩を進められなかった。

ーーそして、唯ちゃんも。

確証のないただの勘。

だけど、私……ううん、私達にはわかったのだ。

ハッキリした言葉が無くても、こうして見つめ合うだけで。

二人、同じ気持ちだったのだと。

紬『……ありがとう』

唯『私の方こそ、ありがとうっ』

私達はお互いのプレゼントを渡し合うと、真っ赤な顔をして見つめ合う事をなかなかやめられなかった。

嬉しくて。

プレゼントを貰えた事もだけど……ただ想い合っている以上に、こういう気持ちまでも一緒なんだって。

嬉しくて。

その時のキスは、どんな高いチョコレートも比べられないくらい甘く、美味だった。

紬「本当、最高だったな……」

プレゼントは気持ちとは良く言うけれど、本当だと思う。

物自体より、相手……それも自分の誰より大切な人が、自分を想って用意してくれた。

本当、それだけで心がポカポカするの。

だけど、プレゼントする側としては、やっぱり物自体も最高の物を贈りたいと思う訳で……

紬「うーんっ……」

ホワイトデーのお返し、どうしよう。

バレンタインに渡し合ったとはいえ、やはりホワイトデーのお返しをしたい。

ガタタン、ガタタン……

あっ、電車が来た。

ーーその後も電車の中や家でずっと考えていたけど、良い案は思いつかなかった。


それから数日経ったある日の放課後、唯ちゃん以外の軽音部の皆でハンバーガーショップに来ていた。

律「で、どうした? 皆を呼び出して」

澪「最近調子悪いみたいだし、何か悩みでもあるのか?」

そう、ここ最近ずっとプレゼントの事を考えていたのだけど、まったく何も思いつかない私は、寝不足と精神的な疲労から体調を崩し気味だった。

唯ちゃんを始め、軽音部の皆、さわ子先生など沢山の人に心配されてしまい、答えも見つかる気配が無い私は、情けない話なのだけど、この件を皆に相談する為にここに集まって貰ったのだ。

紬「あのね、実はーー」

梓「最近部活でもミスを連続したり、ムギ先輩らしからぬ事が続いてましたもんね」

紬「ごめんなさい……
本当は自分で決めなきゃいけない事なんだけど……」

落ち込む私に梓ちゃんは慌てた様子で、

梓「あっ、すみません……責めている訳じゃないんです。
私も同じ様な経験があるので、ムギ先輩の気持ちわかりますし……」

律「だな。
しかしバレンタインデーの時の、チョコ以外にも何かプレゼントしたかったけど思いつかなかったからって、ネコミミつけて『あずにゃんをプレゼントにゃんっ///』てのはどうかと思ったぞ」

梓「ちょ……それは二人の内緒って……っ。
律っちゃん……律先輩だって、今までにない位興奮してたじゃないですか!」

律「う、うるさいうるさいっ! 仕方ないだろっ!」

そういうと律っちゃんは、頬を赤らめてそっぽを向いてしまった。

澪「まあ何にせよ、ムギは一人で思い込みすぎだよ」

うう……その事、昔からお父様にも指摘されていたわ。

紬「ごめんなさい……」

澪「なに、むしろありがとな、相談してくれて。
誰だって悩む事はあるし、やっぱりこういうの大事だよ」

優しい笑顔で言ってくれる澪ちゃん。やっぱりお友達って良いな……

律「しかし、澪はすぐ人……特に憂ちゃんに頼りすぎだから、もうちょっと一人で頑張る事も大切だと思うけどな」

復活した律っちゃんが、いたずらっ子の様な顔で澪ちゃんの肩を小突く。

澪「う、うるさいなっ。別に良いだろ!?」

梓「まあ、そういう所も大好きだって、憂から良くのろけられますが」

澪「わ、私も、頼りになって優しい憂が大好きだっ」

澪ちゃんもさっきの律っちゃん並に赤くなり、俯いてそうつぶやく。

さっきの律っちゃんと言い今の澪ちゃんと言い、幼なじみ二人の似た様な行動が可愛らしくて、私は少し笑顔になった。

梓「まあ私達の事よりも。
とにかく気持ちがこもっていれば、どんな贈り物でも唯先輩は凄く喜んでくれると思いますが……」

紬「そう……かな。そうだと思うけど、やっぱり最高の物をプレゼントしたくて……」

律「……たぶん気付いてると思うんだが、唯の奴、最近ずっとムギの心配しててな。
難しいとは思うんだけど、あまり考え込まない方が良いぜ」

そう。私の前では、私を気づかってくれるだけで決して見せないが、唯ちゃんもここ数日どことなく元気がない。

これは、私が原因だと思う事は決してうぬぼれではないだろう。

唯ちゃんに喜んで貰う為に唯ちゃんの元気を奪い、心配させるなんてまさに本末転倒だ。

梓「……そうですね。逆に自分が欲しいものをプレゼントしてみるとかはどうでしょう?」

私の……欲しいもの?

梓「はい。つまり、自分が貰って嬉しいものです」

律「ああ。それは良いかもな」

梓「もちろん、自分がアクセサリーが好きだし貰ったら嬉しいからって、金属アレルギーの人にアクセサリーを贈るみたいな極端な事はまずいですが、こういうのも一つの手かと思います」

澪「なるほどな。良いんじゃないか?
最初の説明から思うに、その観点では考えてなかったんだよな?
別の角度から考えたら良い答えが見つかるかもしれないし、有りだと思うぞ」

確かにその発想はなかった。ずっと、唯ちゃんが欲しい物・喜ぶ物は何かとしか考えていなかった。

そして思考の袋小路にはまり、皆に心配をかけさせるという結果になってしまっていた。

梓「ーー実は、さっき話に出た私の律っちゃんへのプレゼント……この考えの末に辿り着いた結論なんです」

ちょっぴり恥ずかしそうに梓ちゃんが言う。

梓「あの時私もムギ先輩みたいになって、もうどうしたら良いかわからなくなって。
それで考え方を変えてみたら……」

律「あずキャットとな」

梓「喜んで貰えたでしょ?」

律「…………当たり前だろ」

律っちゃんはまた、そっぽを向いてしまった。……とても嬉しそうに。

澪「うん。わかるよ。ようするに、カップルって二人がおんなじなんだよな。
当たり前だろって言われるかもしれない。逆に、恋人同士と言っても違う人間同士だからそんな訳無いって言われるかもしれないし、上手く言えないんだけど……おんなじだからカップルなんだよ」

……そうか。そうよね。わかっていたはずだけど、忘れていた事。私と唯ちゃんは『おんなじ』なんだ。

例えば、唯ちゃんが自分の事しか考えてなかったら……正直言ってやっぱり寂しいし、逆に自分を犠牲にしてまで私に尽くしてくれたりしたら、ありがたいとは思うけれど嬉しくはない。

相手も自分も思いやり、お互いが喜ぶ事で、お互いが幸せになる。お互いを幸せに出来る。

恋人って、そういうものなんじゃないかな……?

ごめんなさい唯ちゃん。私は唯ちゃんの事を考えていながら、実は唯ちゃんの事をおろそかにしていたみたい。

ーー私の視界が、大きく開けた。

紬「あっ、あの……っ!
皆、今日はありがとう! 私っ……」

激しい高揚感に思わず立ち上がってしまった私の顔を、皆はしばらく見つめ……

律「……おう。力になれたなら良かったよ」

澪「私達は皆恋する乙女なんだ。
何かあったら助け合おうよ」

梓「行って下さいムギ先輩。応援してますよ」

穏やかで優しい笑顔でそう言ってくれた。

紬「うんっ! 本当に、本当にありがとうっ!」

私は駆け出した。もう外は暗くなりかけていたけど、構わなかった。


それからはあっという間で。これから眠り、目が覚めたらホワイトデー。

私は枕元に置いたプレゼントに視線をやる。

可愛らしいペアリングに、手作りのお菓子。

共にアルバイトで貯めたお金で買った物だから、輝かしい宝石の指輪でもなければ、高級な食材から作ったお菓子でもないけれど……

ーーそして、もう一つ。


楽しい時間が過ぎるのは本当に早く、ホワイトデーのデートももう終わり。

私も唯ちゃんも、プレゼントはまだ渡していない。

ーーもったいなくて。

大切だから。唯ちゃんと過ごすすべての時間が。その一つを完結させてしまうのが。

でもやがてーー早く来て欲しい。だけどいつまでも来て欲しくない……そんな、不思議なその時はついにやってきて。

紬・唯『あ、あのっ……プレゼントですっ!』

お互いに切り出すタイミングはまったく同じ。

紬・唯『…………あれっ』

一月前をまた体験しているかの様な状況に、私達はお互い、一度相手に差し出したプレゼントを渡す事も忘れて笑い出した。

紬「うふふっ……ありがとう、唯ちゃん」

唯「あははっ! ありがとう、ムギちゃんっ」

改めて、私達はプレゼントを差し出し合った。

唯ちゃんへと伸ばされた私の手には、可愛らしいペアリングに手作りのお菓子。

……そして。


私と唯ちゃんの名前が書かれた、婚姻届。


おしまい。


以上です。
割り込んじまった方、本当ごめんな。

ではでは、ありがとうございました~。



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最終更新:2012年03月28日 20:54