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澪「律が誰のものか教えてやるよ」


 ホワイトデーも午後を迎えると、律の受け取ったプレゼントは膨大な数になっていた。
その沢山のプレゼントに囲まれた律は、しかし嬉しそうではなかった。
寧ろ、途方に暮れていた。
そして結局、律が困った時の常として、私に泣き付いてきた。

「澪ー、助けてよー」

 話を聞けば、律は大量のプレゼントの処理に困っている訳では無かった。
プレゼントとともに告げられた彼女達の想いに、律は困り果てていたのだ。
彼女達は異口同音に「律と付き合う」と言いながら、プレゼントを渡してきたらしい。
しかもそれは律に対する告白などではなく、
律からの告白に対する返事というニュアンスがあった。

「バレンタインデーの時に渡した友チョコを、本命と勘違いされてるっぽい」

 律の弁だ。
思い起こせば、律はバレンタインデーで友チョコを大量に配り歩いていた。
それらが律の意に反して、本命として受け止められたのだろう。
結果、今日のホワイトデーにおいて、律に交際を申し渡す人が続出してしまった。
そういう事らしい。

「ふーん、だから友チョコなんて、止めておけば良かったのに。
やるにしても、市販の廉価品に留めておけば良かったのに。
恋人の忠告無視した、自業自得だよね?」

 私は突き放すように言ってやった。
彼女達の行動も勘違いも、律が悪いと思っているからだ。
律の作ったチョコレートを、バレンタイン前日に一通り見たから分かる。
律が作ったチョコレートは、友チョコというには気合が入り過ぎていた。
恋人の私に対するチョコレートと、見栄えも経費も大して変わっていないのだから。
あれでは、本命と勘違いされても仕方ない。

 勿論、私というものがありながら、
そんなチョコレートを配った事に対する怒りもあった。

 だから忠告だってしたし、不満も伝えた。
それでも律は無視して配ったんだ。
だから、律なんて偶には痛い目を見た方がいいんだ。

「そんなぉー。みーおー、冷たい事言わずに助けてよー」

 律は縋るような声を上げて、私に抱き付いて見上げてきた。
こういう律の態度に、私は本当に弱い。
それでも私は、自分の怒りに拘りたかった。
それに悪いのは律であり、故に律が責任を取るべき問題だ。
だから、突き放すような声色を作って──

「いや、お前の撒いた種なんだから……」

 駄目だった。私の口から出た声色には、迷いが混じっている。

「ぐすっ、みーおー」

 律は瞳を潤ませて、私の名前を呼んだ。
それで、限界だった。

「はぁ、分かったよ。言っとくけど、協力するだけだからな?」

 私は溜息を一つ吐くと、承諾の言葉を返した。
本当に私は、律に甘い。
だから今回もこうやって、結局は許してしまう。
どれだけ私が律に惚れているか、つくづくと思い知らされる。
見捨てる事なんて、できやしない。

「ほんと?やった、やったっ。ありがと、澪ー」

 私の返事を聞いた途端、律の口から嬉しそうな声が上がった。
心細そうだった表情も、今は喜色の走ったものへと変わっている。

「喜ぶのは早いぞ。別にこれで解決したわけじゃないんだから」

「うん、それはそうだけどね。
澪が居てくれるだけで、本当に安心できるから」

 そういう事を言うから、律は私が居ないと駄目なんだ、と思ってしまう。
いつも通りの共依存だ。

「言っておくけど、私は手伝うだけだからな?
助けると言っても、必要以上に干渉したりはしないぞ。
彼女達にも、ちゃんと律が向き合うんだぞ?」

 念を押すように言ったが、頼られれば断れないだろう。
さっきと同じ過程を辿って同じ結果になる事くらい、自分でも分かっている。
きっと律も分かってる。

「分かってるよ。私が誤解を解くからさ。
澪は基本、付き添ってくれるだけでいいよ。
さっきも言ったけど、澪が居てくれるだけで、本当に頼もしいから。
でも、もし揉めたりした時には、助け舟を出して欲しいな」

 律は「もし」と言っているが、きっと揉める事を織り込んでいる。
だからこそプレゼントを渡された段階で、彼女達の誤解を解かなかったのだ。
勿論、言いそびれたという理由もあるのだろうけれど。
私に期待されている役割は、やはり面倒なものになりそうだった。

「まぁ、助け舟くらいならな」

 けれども私は、そんな律の意図に気付いていないよう振る舞った。
惚れた女の可愛い嘘に騙されてあげるくらいの器量、持ち合わせている。

 それに、助ける方がいいのかもしれないと、思い直し始めてもいた。
律が誤解を解く事に奔走して、今日という一日が潰れると困るのだ。
まだ私は律にバレンタインデーのお返しを、
即ちホワイトデーのプレゼントを渡していないのだから。

 何より、律は押しやムードに弱い。
相手の雰囲気に押されるまま、本当に交際を始められると困る。
一人で対峙させるより、付き添う事でその不安を払拭した方がいいだろう。

「ありがとー。じゃ、早速行こうか、澪」

 返事も待たずに歩き出した律の背を追って、私も歩き出した。
律の部屋には、大量のプレゼントが残された。


*


 友チョコを配っているだけあって、相手は元から律と親しい人ばかりだった。
その為、律は相手の電話番号くらいなら把握していた。
住所を知っているケースさえあり、訪問先を探す手間はあまりなかった。

 また、律と親しいと言う事は、私とも少なからず面識があるという事でもある。
律の友チョコを本命と勘違いするくらいだから、
私と律が恋仲だという事までは知らないだろう。
それでも、特別な関係だとは察しているらしい。
そのせいか、私の姿を見ただけで、相手の多くは勘違いを悟っていった。
律が誤解を解く為に、多言を要するまでもなかった。

 勿論中には、揉めたケースもある。

「あの、バレンタインの件だけど、あれ、本命じゃないからさ。
義理っていうか、友チョコであって。
気持ちは嬉しいんだけど、ちょっと受けられないかな」

「はぁっ?何、今更。
あんな豪勢なチョコ渡しておいて、友チョコとか有り得ないし。
撤回したくなって、今更ふざけた言い訳考えただけじゃないの?」

「い、いや。そんなんじゃないって。
本当に、初めから友チョコのノリだったんだって」

「嘘っ。今更撤回だなんて、許さないんだから。責任取って、付き合ってもらうから」

 律は気弱な視線で、私を窺った。
出番、という訳だ。
私はすかさず言葉を割り込ませる。

「律の言ってる事は本当。実際に、他にも同種の友チョコ、配り歩いていたよ」

「秋山さんは黙ってて。今、私は律と話してるんだから。
無関係なのに、口挟まないでよ」

 無関係ではない。その事を分からせてやる必要がある。

「関係ならあるよ。だから付いて来た。
この度は”私の”律が、勘違いさせるようなチョコ渡しちゃってごめんな。
こいつにはよーく言い聞かせておくからさ、今回は大目に見てあげてよ」

 ”私の”という部分に強いアクセントを効かせて言った。
そこで初めて相手も悟ったらしい。

「律って、秋山さんと付き合ってるの?」

「そう。なのに、大量の友チョコ配り歩いたみたいで。
ちなみに私と律が付き合い始めたのって、バレンタインよりかなり前の事だから。
それは他のけいおん部員が証人。律の本命は、初めから私だったんだ」

 これでその相手は引き下がった。
私は憎まれ役を買っているので、無事にとは言えないけれど解決だ。
大抵の揉めたケースは、これと類似の流れでやっぱり解決した。

 けれど、もっと揉めたケースもある。

「えーとね、つまり、バレンタインの時のチョコは、友チョコであって。
本命じゃないんだ。だから、その。付き合えないかなって」

「やだ」

「いや、やだ、じゃなくって」

「あれだけのチョコを渡して、友チョコは不自然。
どうせ、後ろの澪に心変わりしただけでしょ?
律には、私と付き合ってもらう」

 初めから、かなり強情に話を進める相手だった。
今回も律が視線を向けて来たので、それを合図に介入する。

「いや、心変わりとかじゃない。
バレンタインのかなり前から、私と律は付き合ってるんだよ。
だから、やっぱり渡したチョコは友チョコなんだ。
勿論、誤解を与えた律が悪いんだけどさ。今回は許してあげてよ」

「やだ。なら澪と別れて、改めて私と付き合ってもらう。
幸い、澪も律が悪いって認めてるから。
なら、誤解を与えた責任、取ってもらってもいいはず」

 思わぬ反撃だった。

「いや、律が悪いって言うのは、あくまで過失割合の話。
責任云々は大袈裟だし、律を渡すつもりも無いよ。
後ね、律は他にも、似たクオリティの友チョコ、配ってるんだ。
誤解させたから付き合うっていう論理だと、律は大勢の人と付き合う必要が出てくる。
おかしいって、分かるよな?」

「じゃあ、その似たようなクオリティのチョコ貰った人達と競争するから。
澪は取り敢えず、律と別れて?
澪に律を繋ぎとめるだけの魅力が無かったから、
あんな豪華なチョコをばら撒く話になった訳でしょ?
勿論、澪の話が真実ならばの話だけど」

 どうやら、修羅場をお望みらしい。
本来、律が悪い話なのだから、私としては平和に終わらせる事が理想だったけれど。
そう、けれど、だ。
あくまでも律に執着し続けると言うのならば、自分の理想など放棄してやってもいい。
お前のお望みに合わせてやってもいい。
お前のオーダーは修羅場──応えてやる。

「あのね、そんな事せずとも、今この場で律に訊けば終わる話だ。
私とお前、どっちを取るのか。
他の人達と競争する手間も、私と律が別れる必要もなく、な。
因みに律は、お前の誤解を解く為に、私に泣き付いて助けを求めて来たよ。
つまりね、律はお前から助けて欲しくて、私を頼ったんだ。
律がどっちを必要としているか、明白だよな?」

 語勢を強めて、相手に迫った。

「それ、本当の話?適当にでっちあげ」

 みなまで言わせない。言いたい事なんて分かってる。
だから言葉を割り込ませて、遮った。

「ああ、勿論、私が言っている事が本当の話なら、だ。
それが本当かどうかも、やっぱり律に訊けば分かる事。
ほら、訊いてみようか?」

「くっだらない。どうせ、脅したりして、強引に口裏合わさせるんでしょ?
付き合ってるっていうのも、脅して無理矢理、
付き合わせてるだけなんじゃないの?」

「また妄想か。さっきから多いね、根拠の無い妄想が。
私がこれから言う事と違って、ね。
律と無理矢理付き合おうとしているのは、お前の方じゃないのか?
自分の勘違いの責を全面的に律へと押し付けて、
それで付き合わせようとしている。
これは妄想じゃない。お前の言動に根拠を置く事実だよ」

 相手は黙りこくると、恨めし気に私を睨んできた。
はい、チェックメイト。
私は心の中でそう呟き、悠然と背を翻す。
律は未だ私を睨んでいるであろう彼女に「ごめんね」と一言謝ってから、小走りに付いて来た。

 そういったケースを挟みながら、私と律はどうにか全ての誤解を解き終わった。
最後の一人を終えた時にはもう、既に辺りは暗くなっていた。

「疲れたー。やっと終わったよ。ありがと、澪」

 帰路、律が表情に安堵と疲労を滲ませながら言った。

「全く、次からはもうこんな事が無いようにしろよ?」

「分かってるよ。私が誰のものか、嫌という程思い知ったから」

 無邪気に笑う律に、私は意地悪く問い掛ける。

「え?嫌なの?じゃあ、お前が誰のものか刻み込む事、もう止めた方がいいかな?」

「いやっ、嫌じゃないよっ。
だから、もっといっぱい、私に身の程、教えて欲しい」

 律は慌てたようにそう言うと、私に身を預けてきた。

「ん?どうした?」

「疲れちゃった。だから、落ち着ける所まで運んでよ。
行先は、澪に任せるから」

 思えば、今回の相手は何れも律と親しい者だった。
友チョコを配る対象となったのだから、当然だ。
そういった親しい者達からの好意を、律は断らねばならなかったのだ。
今回の件は、律に精神的にも多大な疲労を与えた事だろう。
だから、甘えさせてあげる事にした。

「分かったよ。取り敢えず、座りな。体育座り、ほら」

「ん」

 指示に従って座った律の両膝の裏に、正面から腕を回し入れた。

「ほら、抱き付いて来い。ちゃんと捕まってろよ」

「おまっ、この体勢って……」

 律は恥じらいの紅を頬に浮かべながらも、指示に従って抱き付いてきた。
そのまま律を抱え上げると、正面から抱き合う様な姿勢となった。
私の両手は律の膝に宛がわれているので、実際に抱いているのは律の方ではあるが。

「は、恥ずかしいよ、みーおー。ふ、普通に背負ってよ」

「抱き方まで指定するとか、本当に律は我儘だな。
全ての我儘は、聞いてあげない。私の我儘も、聞いてもらうから。
律と繋がってるところ、見せ付けてやりたい気分なんだ」

 私だって、この姿勢に羞恥は感じている。
けれど、今日は律に好意を寄せる多くの人と会ってきた。
その直後だけに、律が誰のものか、周囲に知らしめてやりたかった。
私の独占欲が惹起されているのだ。

「もうっ、馬鹿澪ー」

 律は相当に恥ずかしいのか、顔を隠すよう私の胸に埋めてしまった。
耳まで朱に染まっているから、顔色は容易に想像できるけれど。

「暫くそうしてな。行先はもう、決めてあるから」

 そう、決めてある。
もう既にそちらの方角へと、私の足は向いている。

「っていうか、澪。その、歩く度に揺れて、微妙な所が、擦れ合うんだけど」

「わざと」

 律の抗議にそう返してやると、その耳は更に赤くなった。


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最終更新:2012年03月28日 20:57