【プロローグ】
しゃぼん玉が好きだった。
無色なのに虹色に輝くから。
しゃぼん玉が嫌いだった。
すぐに、ぱあん!ってわれちゃうから。
昔、公園でしゃぼん玉を作った。
憂や和ちゃんはそのうち飽きちゃって
わたしはひとりでふわふわを追いかけていた。
二人はベンチに座りアイスをなめながら
そんなわたしを見て笑った。
「笑っちゃダメだって!」
誰かの笑い声でしゃぼん玉はわれちゃう。そんなことをあの頃のわたしは本気で信じてたんだ。
だから、真面目な顔してひとり、しゃぼん玉を追い続けた。
【天才だった頃のわたし】
人「よお、無職」
『サッカー君』がわたしに向かって手を振ってきた。
わたしは気づかないフリをした。
大学なんて行かなきゃよかったな。
って呟いた。
もちろん、ホントにそう思ったわけじゃないけどさ。
まあでも、そんな風にしてわたしは
色んなことをやりすごしてきたんだろうなあ。
どうにかなるって思ってたんだ。
だから、大学を卒業した今も無職でさ。
人「なあ、無視すんなよ」
『サッカー君』がわたしの肩に手をおいた。
ちぇっ。
舌打ちを口笛で誤魔化した。
唯「あ、ごめんっ。気がつかなかったよー」
人「まあいいけど。それよか今日俺と遊ばない?
なんだかんだいって一回も遊んでくれないじゃん」
唯「いやあ。実は今日も用事があるんだー。
わたし忙しくって」
人「暇だろ。無職だし」
唯「失礼な。
今から友達のとこ行くんだよ」
人「じゃあ。そこまで」
唯「……いいよ」
『サッカー君』とは大学2年のとき合コンで知り合った。
そのとき、自分のサッカーの自慢ばっかりしてた。
だから、『サッカー君』。
その日一緒に帰ろうって誘われたけど断った。
悪い噂をよく聞いた。
良い噂(サッカーのことだけど)を聞かなかったわけじゃないけど。
そういえば、『サッカー君』は大学卒業したあとどうしたんだろ?
忘れちゃった。
それとも、最初から知らなかったんだっけ。
まあどっちでもいいけど。
人「あのさ……俺、唯のこと好きなんだ」
唯「ごめんっ……って、前にも言ったよー」
人「でもさ、一度もまともに話きいてくんないじゃん。
他の男がいるわけでもないみたいだし」
唯「あっ、ここだから!じゃあね」
人「おい待てよっ……」
逃げるようにしてあずにゃんの部屋にわたしは飛び込んだ。
あずにゃんはわたしたちと同じ大学に進み今は4年生だ。
梓「あ、こんにちは……ふあぅ」
あずにゃんは眠そうで、あくびをした。
梓「先輩ってもてるんですね」
唯「見てたの?」
梓「ふあい」
またあくび。
唯「見てたんなら助けてよっ」
梓「いやだって、どうすればいいんですか」
唯「スーパーヒーローみたいに。ばきゅーんってさ」
梓「あの人、悪人なんですか?」
唯「別にそういうわけじゃないけど……」
梓「じゃあ誰です?」
唯「ええと……その合コンで……知り合ったていうか」
梓「へえー。唯先輩って合コンとかいくんですね」
唯「えっと……その、付き合いだってば、てばっ。
あ、あずにゃんさんはいかないのでしょうか?」
梓「ないですよ。もうすぐ大学ぼっちで卒業できますって」
唯「うっ……」
梓「あーあー」
まあ、いいんですけど。
あずにゃんは言ってから、
寝間着をするりと脱いで服を着た。
梓「で、なんで来たんですか?」
唯「だって、今日、あずにゃん、
うちの掃除してくれるって言ったから」
梓「じゃあなおさら部屋で
ゆっくりしてればよかったじゃないですか」
唯「あずにゃん遅すぎだよっ」
わたしはあずにゃんに抱きついた。
眠いとあんま嫌がらない。
だから、眠そうなあずにゃんがわたしは好きだ。
唯「よしっあずにゃん分も補給したし行こうか!」
梓「はい」
外に出た。
屋上に向かって階段があって、いいなあってわたしは思った。
わたしのとこにはない。
小さいころから屋上は好きだった。
透明になれる気がしたんだ。
唯「あずにゃんのとこは屋上があっていいな」
梓「でも、エレベータはないですよ」
唯「行こうよ?」
梓「立ち入り禁止です」
唯「えー。こっそり行けばへいきだよっ」
梓「そんな子どもな」
唯「むー」
梓「それに一度見たことありますけどつまんないとこですよ。
下からわからずらいくらいで」
唯「スナイパーがいそうだねっ。ばきゅんっ」
手で作った鉄砲であずにゃんの頬をぐりぐりした。
梓「ひたいひたい」
唯「えへへ」
わたしの部屋に二人で向かった。
並んで歩くとあずにゃんは小さかった。
途中、宗教のパンフを渡された。
わたしたちは幸福に向かって進んでいるらしい。
振り返ると、さっきの人が自販機で買った缶コーヒーで手を暖めていて
なんだかわたしは嬉しくなった。
唯「あめいる?」
梓「どうも」
あずにゃんは口の中であめをもごもごやった。
梓「いつもなんで大きいあめばっかくれるんですか?」
唯「こう、あずにゃんがあめを必死になめてるのを見るのが好きなんだよね」
梓「嫌な趣味ですね」
あずにゃんは笑った。
わたしのアパートまでたどり着いた。
あずにゃんを部屋にあげた。
一人で住むには大きすぎて二人で住むには小さすぎる部屋だ。
梓「うわー。見事ですね」
唯「だってその。忙しくて……」
梓「何が忙しいんですか。
毎日ぶらぶらしてるくせに」
唯「わ、わたしだってバイトとかしてるもんっ」
梓「あたりまえです」
唯「むぅ……」
梓「それにカップ麺とかそういうのばっかじゃないですか」
唯「あはは。料理めんどくさくて」
梓「あっ、これ昨日スーパーで三個百円で投げ売りされてた」
唯「うっ……おかあさんにはそれなりにちゃんとやってるって言ったから
しおくりとかもらってないし家計が大変なんだよ!」
梓「家計とか言わないでくださいよ。
これじゃあ憂が心配するわけです」
唯「ですよね」
梓「憂によろしくって頼まれてるんですから
しっかりやらせますよ」
唯「うへー」
五時間くらいかけて部屋をとてもとてもキレイにした。
例えば、あのわたしの大嫌いな掃除機のCMに使えそうなくらいに。
唯「ふう……いえい!いえい!いえい!
おわったあーっ」
梓「あ、そういやさっき見つけたんですけど
なんで水鉄砲なんてあるんですか?」
唯「あ、それ。かっこいいでしょ」
梓「はあ」
唯「いやあ、あそこのスーパーってさ
いつも変なものが安く売ってるよじゃん
それで買っちゃった」
梓「ああ。買う人いるんだろうかって思ってましたけど
そういう人が買うんですね」
唯「夏がきたら、遊ぼうね」
梓「ばかなんですか」
唯「そんなあー」
わたしは冷蔵庫から今日のために買っておいた
ペプシ・コーラを二本出した。
それを見ていたあずにゃんが言った。
梓「唯先輩はお酒は飲まないんですか?」
唯「うーん。家じゃ飲まないなあ。
他の人が飲むなら飲むけどさ。
なんか炭酸のほうがいいんだよね」
梓「なんでですか?」
唯「なんたって骨が溶けるほどおいしいからねー」
梓「いい線ついてるじゃないですか」
唯「子どもだっー」
梓「お互い様ですよ」
唯「えへへ。そうでした」
ぷしゅっ。
炭酸のはねる音がした。
缶をぶつけて乾ぱーいってした。
甘いって思った。
梓「冷たいですよね」
唯「何が?」
梓「缶が」
あずにゃんは自分のほっぺたに缶をあてた。
真似した。
ひんやり。
もう一口飲んだ。
わたしはキレイになった部屋のことを考えた。
掃除するとさ、どーでもいいものと一緒に大切なものまで
捨てちゃったような気がしてなんか切ないよね。
言おうとしてやめた。
なんとなく。
【てーたいむ】
何ヵ月かがたった。
わたし個人についていえば、色んなことに奔走させられて忙しかったのが落ち着いてきた。
三丁目のわたしはおいしいと思ってるんだけどあずにゃんには大不評なたい焼き屋を右に曲がり澪ちゃんを怖がらせることで有名な墓道を通りすぎたところにあるガレージにわたしは来た。
ここはもう使われていなくて
わたしたちが安い値段で借りて練習場所にしている。
ボタンを押した。
ごおおぉぉぅ。
大袈裟な音をたててシャッターが上がった。
律「ムギ、絶対はなすなよー」
紬「りっちゃんこそはなしたらぶつわ」
中に入った。
りっちゃんとムギちゃんは太いゴムを両側から引っ張りあっていた。
律「そっちこそはなしたらぼこぼこにするからなぁーっ」
紬「はなしたらはなしたら。おでこ真っ赤にするわよっ」
律「あ、これやべえんじゃね」
紬「ああっ」
律紬「うわっ!」
ぱっちん。
ゴムが切れた。
澪「あ、いてっ」
押さえを失ったゴムは澪ちゃんにあたった。
澪「おーい。ゴムぱっちんしたの誰だー」
律「ふっふっー♪」
紬「らららーっ」
澪「みてたよっ」
律紬「いたっ」
紬「えへへ……いたいわね」
律「だろー?」
梓「やれやれ」
唯「澪ちゃんさっきまで何見てたの?」
澪「あ、これ? これはさポイントカードの交換表だよ。ほらあの駐車場の狭いスーパーのさ」
律「澪は昔っからそういうの好きだよな。ポイントとか」
唯「へええ。なんかいいのあったー?」
澪「そりゃもういろいろ。なんだってあるよ。
テレビとかぬいぐるみとかまでさっ」
律「このぬいぐるみかわいくないだろー」
澪「商店街のマスコットキャラだぞ知らないのかーりつ……あーでも少ないポイントのやつをちょっとずつもらうっていうのもいいよなあ」
律「かわいいか?」
梓「律先輩的なかわいさです」
律「意味深だなあ」
紬「で、澪ちゃんはどのくらいポイントがあるの?」
澪「え、いや、最近会員なったばっかなんだあはは」
唯「えー」
律「澪はいつもそうだ。夢だけ見て結局は成就しないんだよなー」
唯「澪ちゃん……こんなにちっぽけな夢が叶わないなんてどんまいっ」
澪「うるさいうるさいっー」
澪ちゃんが吠えた。
梓「じゃあそろそろ演奏でもしましょうか」
律「ティータイムしたらだな」
梓「そんなこと言って今回もしないぱーてぃんですよね。
これで四回連続ですよ」
律「まあまあ、高校の頃はもっと練習しない日が続いたじゃん。
たしか最高は二十連続くらい? もっと?」
紬「二十八連続よ」
律「そうそう。な」
梓「そんなのずるいですよー。
高校のときは毎日部活あったけど今は一週間ごとにしか集まれないんですよ」
律「よしっ。じゃあ多数決だ」
梓「わかりましたわかりましたティータイムにしましょうか。
その代わり律先輩は砂糖なしです」
律「いやおかしーし」
梓「もうビターな大人ですもん」
律「あ、じゃあ、梓は浮くまで砂糖いれろよー。
こんなにちっちゃいからなあ」
梓「むぅっ……上等ですよ。甘いの好きですし」
そんなわけでお茶をすることになった。
今では、お菓子はムギちゃんひとりじゃなくて、みんなが順番に持ってくることにしていた。
今日の当番はりっちゃんで、ポテチとかそんなスナックをわたしたちは食べた。
こういう風なティータイムも悪くないなあってわたしは思った。
ブラックを飲んだりっちゃんはしかめ面をして、砂糖水を飲んだあずにゃんはむせてごほごほと咳をした。
そんな風景にわたしたちはちょっとだけ笑った。
紬「そうだ澪ちゃん歌詞は書けた?」
澪「ごめんまだ……。」
紬「そっか。あ、別にあせらなくてもいいのよ?」
澪「うん」
唯「スランプ?」
澪「なんだろなあ。昔みたいな歌詞が思いつかなくなっちゃったんだ。かといってかっこいい歌詞書けるってわけじゃなくさ」
梓「最近、書いてたじゃないですか」
澪「あはは……なんかよく見たらさ他の真似って感じなんだ」
律「ま、そういうときもあるって。さ、演奏しよーぜ」
最終更新:2012年03月31日 20:42