そして、唯の代理人を名乗る弁護士が残された4人の前に現れ、脱退後の楽曲の権利や所有権等について、事務的な話を延々とし始めたのはそのすぐ後のことであった。
さわ子の判断により、唯の脱退は公には伏せられた。勿論、それも世間にバレてしまうのは時間の問題だろうが。
そしてかのドキュメンタリー映画『ゲット・バック! けいおん!』は予定通り封切られたものの、クライマックスの屋上ライヴシーンを除いては、作中の8割を険悪な雰囲気漂うスタジオでのシーンが占めてしまうという皮肉な内容となってしまった。
これを目にしたファン達は、ネットの噂レベルで流れていた放課後ティータイムのメンバー間不和説、解散説が信憑性のあるものだと感じざるを得なかった。
そしてレコーディングした音源も聴き返してみれば、どれもそんな雰囲気が反映された締まらないダラダラとした内容のものばかり。
腕利きのエンジニアがストリングスなどの余計なオーヴァーダビングを繰り返し、切って貼っての編集を行うことでやっと体裁を成す始末。
こうして出されたサントラアルバムは、
『軽音部時代に戻り、5人の演奏だけで活き活きとした作品を作ろう!』
という当初のコンセプトからはかけ離れた内容となってしまった。
後年、このアルバムと映画を振り返ったメンバーの発言として、
澪「ただのクズ」
律「映画を見て、そのあとアルバムを聴いていると悲しくなる」
紬「しなびた沢庵」
梓「ティータイムだけにまさに茶番」
唯「映画はあの内容なら私がカスタネットを叩いている映像を流し続けた方がましな出来」
と、それぞれこきおろしている。
そして、唯の脱退を機に他の4人も自らの今後の身の振り方を考え始めた。
澪「(放課後ティータイムは……もう駄目かもしれない。そう言えば次のアルバムのためと思って用意していた曲が結構あるな……)」
澪は自宅に籠り、宅録でソロアルバムのデモテープを作り始める。
律「(放課後ティータイムがこの状態だと私はやることがないな……。他のアーティストのレコーディングにでも顔を出してみるか)」
律は持ち前の明るさで様々なアーティストやバンドとの交流を深め、セッションドラマーとして少しずつ色々な作品に参加し始める。
紬「(放課後ティータイムじゃ澪ちゃんに却下された曲が結構残ってる。自分ではそこまで悪い出来だとは思っていないし……)斉藤、琴吹家の別荘にレコーディングが出来るスタジオ付きのものがありましたね? あれ、今すぐ使えるように手配できるかしら?」
ミュージシャンとしての自我に目覚め始めていた紬もまた、ソロアルバムの制作に取り掛かった。
梓「(私はやっぱりバンドがやりたい……。ライヴがやりたい……。人前でギターを弾きたい……。 でも今の放課後ティータイムじゃそれは無理……。だったら……)」
梓は腕利きのミュージシャンを集め、新たなバンド結成へ水面下で動き出した。
唯「想像してごらん~♪ ザリガニなんてこの世にないと~♪
想像してごらん~♪ 追試なんてこの世にないと~♪」
男「いやぁ、唯は天才だぜ!! こりゃソロアルバム『ザリガニ』大ヒット間違いなしだ!」
唯は相変わらずバカップル状態で好き勝手に活動。放課後ティータイムのホの字も忘れていた。
この時点で、少なくとも唯と澪以外の3人は、放課後ティータイムがいつかまた活動を再開することを心のどこかで期待していた。
しかし、冒頭にあった通り、唯の脱退すら公になっていない状態で、
バンドのドロドロとした内情と抜け駆け的に自らの脱退を発表した澪の行動の波紋は大きく、もはや事態に取り返しがつくことはなかった。
こうして21世紀最大にして最高のロックバンドであった放課後ティータイムは、悲惨な最期を遂げることとなったのであった。
第一部 解散編 完
(第二部)
解散後のメンバーの活動を記そう。
まず、放課後ティータイムの解散を一番恐れていたにもかかわらず、
自らの脱退宣言によって皮肉にも自らの手でバンドの歴史に幕を下ろさせることとなった澪は、1stソロアルバム『MIO』を発表後、自らがリーダーを務めるバンド『
秋山澪&ぴゅあ☆ぴゅあ』を結成。
アルバム、『パンツ・オン・ザ・ラン』が大ヒットとなり、解散後のメンバーの中で最も商業的な成功を収めた。
しかし、
客1「澪ーッ! 『ふでペンボールペン』演ってー!」
客2「『ふわふわ時間』歌ってくれー!」
客3「パンツ見せろー!!」
ライヴでは新曲でなく、放課後ティータイム時代の名曲をリクエストする声ばかりが聞こえ、過去の遺産に大いに悩まされることとなっていた。
律は、『ロック界最強の渡り鳥ドラマー』として様々なアーティストとのセッション、ゲスト参加を繰り返し、これまた様々な名作にその足跡を刻んだ。
しかし、どんな大物バンドに加入を打診されても彼女は決まって断ってしまい、一度きりのスポット参加のみしかしようとしなかった。
律「今更他のバンドなんかに入れないよな……」
捻くれたマスコミには、『
田井中律はいつまでも放課後ティータイムの幻影に付きまとわれ、新たなステップへ進まない』と批判的な論調で書かれることもあった。
紬もまたソロ活動を開始し、1stソロアルバム『オール・ガールズ・マスト・レズ』では、
澪のアルバムには売上で及ばなかったものの、専門誌等での高い評価を獲得し、
世間では『放課後ティータイムが解散して最も特をしたメンバー』と言われた。
同時に、その財力を活かして、恵まれない同性愛者を救うためのチャリティコンサートを主催(なお、このコンサートには律と梓も参加した。)、大成功を収めた。
しかし、
紬「私は潔白です! やましい気持ちでなく、純粋に女の子を愛しているんです! あとこの眉毛は自前です! 沢庵じゃありません!」
恵まれない境遇の幼女を甘い言葉で自宅豪邸に招いて性的虐待を行っていたとの疑惑。
あまりにも太すぎる眉毛が整形手術を繰り返した末の賜物である等のスキャンダルが噴出。
世のバッシングを浴び、名声を失墜させていた。
新バンド『アズニャン・アンド・ザ・ドミノス』を結成した梓は、アルバム『いとしのあずにゃん2号』が大ヒット。
特に同名のタイトル曲は、飼い猫との種族を超えた禁断の愛に身を焦がす少女の淡い思いを歌った名曲として、後世に残ることとなった。
しかし、
梓「やっぱり……唯先輩たちと一緒に演奏していた時には及ばないんですね」
新たなバンドでライヴを重ねる度に思い知るのは、あの5人だからこそ成し遂げることのできたバンドマジックの大きさ。
梓もまた、この過去の幻影に悩まされ、『アズニャン・アンド・ザ・ドミノス』はアルバム1枚を残して解体。
その後も梓は放課後ティータイムの幻影を追い求めて、新たなバンドを作っては解体し、解体しては新しく作り……の不毛なスパイラルへと陥っていった。
そして唯は……書くのも億劫なほど相変わらずであったが、解散後のメンバーの中でも異常なくらいに、自らの過去のキャリアを否定するようになっていた。
ソロアルバム『ザリガニ』の中に収められている『失望した!』という曲では、歌詞に
『私は放課後ティータイムなんて信じない』
という衝撃的な一節が歌われていたほどだった。
唯「私が信じるのは自分とダーリンだけ」
マスコミに対してもこのようにうそぶいて止まない唯が、かの恋人オノヨースケに、身も心も完全に依存していることは誰の目にも明らかであった。
こうして必ずしも順風満帆とは言えない解散後のキャリアを歩んでいた5人。
このような状況下では、誰もが「放課後ティータイムの夢をもう一度……」と思うのも無理はなかった。
そして状況は意外なきっかけで動き出す。
ある日、放課後ティータイム解散後3つ目のバンド、『ネコミミ・ツェッペリン』でのライヴを終えたばかりの梓の楽屋に、懐かしき顔がやってきていた。
梓「憂! 久しぶり!」
憂「梓ちゃん、ライヴとってもよかったよ」
この日、いち観客として客席にいた憂であった。
憂は放課後ティータイムがまだライヴ活動を行っていた頃、学校の長期休暇を利用してバンドのツアーにも帯同。
メンバー(主に唯)の身の回りの世話で貢献していた、ある意味『6人目のメンバー』とも言える存在であった。
憂「今日はね、梓ちゃんに相談があってきたの」
梓「相談?」
憂「うん。実はお姉ちゃんのことなんだけど……」
梓「…………」
憂の声のトーンが明らかに下がった。梓は思わず身構えた。
憂「お姉ちゃんの彼氏さんのことは、梓ちゃんも知ってるよね」
梓「それは勿論……」
憂「実はね、お姉ちゃん、最近彼氏さんと上手くいっていないみたいなの」
梓「!?」
憂「この前会ったときもね、『最近、ダーリンが冷たいんだ~』って、笑ってお姉ちゃん言ってたけど、目は笑っていなかった」
梓「そうなんだ……。でも……」
「あの忌々しき男と唯先輩が別れてくれるならこれほど喜ばしいことはない」――梓は口をつきかけた言葉を飲み込んだ。
憂「それにお姉ちゃん、多分あの人に暴力を振るわれてる……」
梓「え!?」
梓は思わずツインテールが絡まるほど驚愕した。
しかし、目の前の憂の表情はいたって真剣である。
憂「私、この前お姉ちゃんと会った時、偶然見ちゃったの。お姉ちゃんの身体、腕とか至る所に痣が……」
梓「そ、そんな……嘘でしょ?」
少なくともあのオノヨースケという男はウザかったが、唯との仲は良好であり、暴力を振るうようには見えなかった。
憂「最初はお姉ちゃんに彼氏ができたって言われて、ちょっと寂しかったこともあったけど、お姉ちゃんが幸せなら……って、そう思ってたのにこんなの酷いよ……お姉ちゃんが可哀想で……ううっ……」
梓「わかったよ、憂」
とうとう感極まって泣き出してしまった憂を優しく抱きしめ梓は続けた。
梓「唯先輩のことは私が何とかしてみせるから」
憂「うう……梓ちゃん……私どうしたらいいかわからなくて……ひとりじゃ抱えきれなくて……でもお姉ちゃんが心配で……」
梓「大丈夫、わかってるから」
ちょうど同じ頃、愛する彼氏と二人三脚で音楽活動を行っていた唯の生活には、確かに暗雲が立ち込めていた。
男「おい、唯。ちょっと話がある」
唯「なぁに? ダーリン」
男「お前、これはなんだ」
そう言われて、唯が手渡されたのは、その週のオリコンチャートが速報となって掲載されていたFAX用紙だった。
男「この前リリースしたシングル、初登場4位じゃねえか」
唯「あ……」
男「『秋山澪&ぴゅあ☆ぴゅあ』のシングルは1位独走だってのに。同じ元放課後ティータイムのメンバーでこの差は何だよ」
唯「あはは……この前のシングルは少し前衛的過ぎたんだよ。それでも4位なら悪い方じゃないと……」
男「は? 唯、お前、俺がプロデュースしたあのシングルのコンセプトに文句つけるつもりか?」
唯「そ、そういうわけじゃ……」
男「売れなかったのはテメエの力が足りなかったからだろがッ!!」ブンッ
唯「きゃっ!!」
男「何が元放課後ティータイムだよ! 何が天性のロックンローラー
平沢唯だよ! あんな淫乱女に売り上げであっさり負けやがって!!」バシッ
唯「やめて……おねがいやめて……次はもっと頑張るから……。1位を取れるように頑張るから……」
男「うるせえッ!! この役立たずがッ!! 俺がプロデュースした至高の芸術が世に受け入れられないのはお前の力不足なんだよ!!」ゴキッ
どこで道を踏み外したのか――愛しているはずの男に足蹴にされながら、唯は涙を流し、己の人生を顧みた。 すると真っ先に浮かんできたのは……高校時代の自分。
軽音部の仲間に囲まれ、毎日が事件の連続で、それでも楽しかった初期放課後ティータイム時代。
唯「みんな……」
活動末期、あれほど興味を失っていたはずの5人での活動を、解散後唯は始めて恋しく思った。
梓「――と、言う話なんですけれど……」
琴吹家御用達のレストランのVIPルームで、梓は事の経緯を律と紬に説明した。
この3人は、バンド解散後も比較的、公私分け隔てなく交流を図っていたのだ。
律「本当かよ……。唯がそんなことになっていたなんて」
紬「(ピキピキ!! ガタガタ!!)」
律「お、おい……ムギ、ティーカップを握りつぶすなよ」
紬「許せない……唯ちゃんに手を上げるなんてあの男……!! 去勢してやるわ!!」
梓「まぁ……ムギ先輩の気持ちもわかります」
紬「幼女虐待のあらぬ疑いで訴えられた時以来の怒りだわ。ちなみにそっちは一応勝訴して無罪確定しましたけど」
律「でも業界じゃあの男、よく言われていないのも確かなんだ」
梓紬「!?」
律「最近聞いた話なんだけさ、あの男は大分金にうるさいらしくてな。 唯が出演したライヴイベントやテレビの音楽番組、雑誌に掲載されたインタビューまでとかくギャラには文句を付けまくるらしい」
梓「そういえば放課後ティータイム時代も、印税目当てにやたら曲のクレジットに唯先輩の名前を入れろって五月蝿かったですね」
紬「まさに金の亡者ね。汚いわ。この世の全てが金で解決するなんてとんだ思い違いね」
律「……(お前が言うか)」
梓「最近、唯先輩のCDは売上が落ちてきているって聞きましたし」
律「ここに来て本性が出たってことか」
紬「チ○コを毟りとってやろうかしら」
すると突然、関係者以外立ち入り禁止だったVIPルームのドアが開け広げられた。
最終更新:2010年01月22日 04:16