澪「話は聞かせてもらった」
律紬梓「澪(ちゃん)(先輩)!?」
律「お前……今、全国ツアーの真っ最中じゃなかったのか?」
澪「私のところにも憂ちゃんから連絡があったんだ。『お姉ちゃんを助けてくれ』ってね」
期せずして、放課後ティータイムの元メンバー4人が一堂に会した瞬間であった。
澪「唯を救う方法は一つしかない。それは放課後ティータイムを再結成することだ」
律紬梓「!?」
澪の突然の提案に、3人は驚愕した。
律「な! 本気か!?」
澪「本気だよ。その理由を話す。 聞くところによると、今の唯の周辺はあのオノヨースケ絡みの関係者で固められていて、部外者は容易に近づけない状態らしいな」
梓「はい。憂もこの前、本当に久しぶりに会ったって言ってたくらいですし……」
紬「さわ子先生も会いにいったら門前払いされたらしいですね。
なんでも『もうお前は
平沢唯とは何の関わり合いもない人間だ』ってあの男に言われて」
澪「だったらその関わり合いとやらをもう一度持ち出してやればいい」
律「それが放課後ティータイム?」
澪「そう。4人の内の誰でもいい、『放課後ティータイムに再結成の話が出ている』とマスコミにリークすれば世間は騒ぎ出す。 そうすれば世論とファンに押されて、唯は必ず矢面に立って私たちの前に現れる」
梓「なるほど……」
紬「ある意味私たちが『伝説のバンド』だったからこそできることですね」
澪の提案は、確かに同意できそうなものだった。
それほどまでに『放課後ティータイム』の名前は、解散後の今でも効果がある。
しかし、異を唱えるものが一人。澪の幼馴染で誰よりも彼女の心を知る律であった。
律「澪は……本当にそれを望んでいるのか?」
活動末期、澪は誰よりも放課後ティータイムが崩壊することを良しとせず、
リーダーシップをとり、映画やサウンドトラックを企画立案し、やる気を失っていた唯を鼓舞し、バンドを再生させようとした張本人。
そしてそれが叶わなかったからこそ、自らの脱退宣言という衝動的な行為でもって放課後ティータイムに終止符を打った。
そんな澪が、今更もう一度放課後ティータイムのフロントマンとしてベースを弾き、歌うことができるのか――。
すると静かに澪は語りだした。
澪「――本当はさ、実は今話したのは所詮表面的な理由なんだ」
澪「私は……ソロになってあのバンドの素晴らしさを改めて思い知った」
澪「あの5人でやっていたからこそ楽しかったし、あの5人でやっていたからこそつらい時も助け合ってやってこれた」
澪「バンドを始めたあの時の気持ちを私は忘れていたんだ」
澪「だからこそ私は、心から放課後ティータイムを再結成したいと思ってる。 お金も名声も弁護士も楽曲権利の問題ももうどうでもいい。私は純粋にもう一回皆と演奏したいんだ」
実を言うと、澪にとってこの告白はとても勇気がいるものであった。
経緯はともあれ直接的には自分の手で幕を下ろしてしまった放課後ティータイム。
そのわだかまりは3人にはないのか、そしてそんな過ちを犯した自分を3人は許してくれるのか――。
律「アッハッハ……何を言い出すのかと思えば……」
しかし、気が気でない澪とは対照的に、律はその告白を豪快に笑い飛ばした。
律「結局、みーんな同じ気持ちだったんだなぁ」
澪「え?」
律「私もさ、ずーっとしたかったんだ、再結成」
律「でもさ、なかなか言い出せなくてなぁ。まさか澪の方から言ってくれるとは」
律「やっぱりさ、私は放課後ティータイム以外のバンドじゃドラムは叩けないんだ」
律「解散してから今まで色んなバンドとかアーティストとのセッションで叩いてきたけど、
それも全て私にとっては再結成のための修行みたいなもんさ……なんて言ったら後付すぎ?」
澪「り、律……」
律「あ、その代わりリズムが走るクセはまだなおってないからなー。ま、あれは私の持ち味だし、大目に見てよ」
紬「私も律ちゃんと同じ気持ちです」
紬「ソロになって、自分の曲を好きにリリースすることができるようになって最初は少しだけ開放感があったのも事実ですけど……」
紬「すぐに気付いたの。やっぱり私の書いた曲は澪ちゃんと唯ちゃんに歌ってもらわないと輝かないって」
澪「ムギ……」
紬「それにやっぱり皆のような可愛い人たちと一緒にやらないと物足りないですからね♪ その反動で幼女にも手を出してしまったわけですし」
律梓「(……本当は有罪だったのかよ)」
梓「私も解散してからずっと思ってました」
梓「色んなバンドを組みましたけど……凄腕のミュージシャンとも大勢演りましたけど……
その度に放課後ティータイムがいかに凄いバンドだったかを思い知るんです」
梓「私のギターも……先輩たちと一緒じゃないと輝けません」
澪「み、みんな……ありがとう」
こうして放課後ティータイムの再結成計画が水面下で動き出した。
そして元メンバー4人の会合のそのすぐ後、スポーツ紙や音楽雑誌には『放課後ティータイム再結成!?』の記事が躍り、マスコミは躍起になって元メンバーにその真意を聞こうと群がった。
律『再結成? ない話じゃないね』
紬『私はいつでも準備は出来てますよ。裁判も落ち着きましたしね』
梓『もし再結成するならオリジナルメンバーの5人で。それだけが条件です』
澪『時は来た。それだけです』
誰一人として再結成話を根拠のない噂として一蹴しない四人の元メンバー。
俄かに盛り上がるミュージックシーン。
しかし、この降って湧いたいたような再結成の話題に、即座に異を唱えたのは唯のマネージメント陣――つまりオノヨースケであった。
都内某所――。
とあるレコード会社の会議室に元メンバーが終結する。
その場には再結成推進側の澪、律、紬、梓の四人。
そして、問題のオノヨースケに付き添われてやってきた唯の姿もあった。
男「まずは率直にそっちの意向を聞こう。再結成ってのは正気の沙汰なのか?」
澪「正気です」
紬「こちら四人の意思は固まっていますよ」
律「つまり残るはあと一人――」
梓「唯先輩の意向だけです」
複雑そうな表情で終始うつむく唯とは対照的に、オノはあからさまに舌打ちをすると、
男「今更何を言ってやがる。そもそもアンタらがバンドの中で唯を孤立させたことが解散の原因じゃないか!? 唯の曲をアルバムに採用しなかったり、いちいちバンド外の活動にケチをつけたり……」
梓「そ、それは貴方が……ッ!」
律「(落ち着け梓。キレたら向こうの思うつぼだ)」
紬「もういいやお前マジで殺(ry」
澪「(ムギも落ち着け……!)過去の経緯は関係ない。問題は今だ」
唯「澪ちゃん……」
澪「私たちは唯の意向を聞きたいんだ」
唯「私は……」
男「黙ってろ唯! そもそも今更バンドに戻ったところで何になるんだ! ギャラは五等分だし、印税は曲を書いた人間にしか入らない! だったらソロでやった方がビジネス的には美味しいんだよ!」
律「(金の話をし始めたぞ……)」
紬「(本性が出始めましたかね)」
男「クソッ!! こうなったら裁判だ!! アンタら4人まとめて訴えてやる! 早速腕利きの弁護士を用意して……」
ヒステリックに喚き立てるオノを戸惑いの表情で見つめる唯。
ここで澪は伝家の宝刀を抜いた。
澪「『平沢唯の恋人、オノヨースケの反対で放課後ティータイムの再結成は頓挫』――。
こんな事実がマスコミを通して世間に漏れたら、貴方はバッシングの標的になること確実ですね――」
律「なにせ私たちのファンは世界でも類を見ないくらい熱狂的だからね」
紬「私の裁判の時も、1万人の嘆願書を集めてくれたくらいでしたから♪」
梓「私はこの会議室での会話の内容を包み隠さずマスコミに話す覚悟はできてます」
幾ら公私を共にする恋人とはいえ、していいことと悪いことがある。
音楽界の至宝――放課後ティータイムの再結成を阻むなんていう行為は当然後者だ。
男「……ぐっ!」
澪「そして――」
澪は視線を、苦虫を噛み潰すオノから、唯へと移した。
澪「大事なのは唯の意思だ」
律「そうだな。唯がもう一度、放課後ティータイムでやる気持ちがあるなら……」
紬「この5人でなければ再結成する意味はありませんからね」
梓「(コクコク)」
唯「わ、私は……」
男「クソッ! 話にならねえ! 唯、帰るぞ!!」グイッ
唯「あっ……!」
男「再結成したけりゃアンタら4人でやればいい! 俺の唯には手を出すな!!」
荒々しい手つきでドアを閉め、オノと唯は帰って行った。
律「けっ、何が『俺の唯』だよ。腹の中じゃ唯が生み出す金にしか興味がないくせに」
梓「それに私、確かに見ました。唯先輩の右腕にちょっとですけど痣の跡が……」
紬「やっぱり殺しておくべきでしたかね」
澪「ん……まぁ、今日はこんなものだろう。後は唯がどう決心してくれるか、だ」
そして世論も動いた。
放課後ティータイム再結成の気運の高まりとともに、ファン達が盛り上がり始めたのだ。
そして、再結成の最大の障壁となっている唯の恋人オノヨースケへのバッシングが高まると同時に、唯のもとには再結成を熱望するファンからの熱い声が続々と寄せられていた。
唯「『放課後ティータイムのライヴがもう一度見たいです!』……」
唯「『唯ちゃんの熱いギタープレイをもう一度!』……」
唯「『5人でのふわふわ時間を聴くまで死ねないです!』……」
唯「『唯タン、ハァハァ……』……」
唯「ファンレター……こんなにいっぱい」
日増しに届くファンレターに目を通す唯。一方、
男「クソッ!! あの4人、さては結託して俺をハメやがったな!!」
憤るオノヨースケ。そのうっ屈した怒りの矛先は当然――。
男「唯……お前はまさかあのバンドに戻りたいだなんて、言わないよな?」
唯「私は……」
男「俺達、もう随分と長い間仲良くやってきたじゃねえか」
唯「…………」
男「クソッ! 何とか言えよ!」
唯「……(私もあのころに戻りたいよ)」
そして、4人のもとに唯からの手紙が来たのはそのすぐ後のことだった。
そこには、放課後ティータイム末期の自分の勝手な行動に対する謝罪、解散してからの活動、
CDの売り上げが伸び悩むにつれ豹変していった恋人の態度、そしてその恋人から受ける仕打ちの数々――。
そんな複雑な現況があけすけに記されていた。そして結びの言葉はこうだった。
唯『私は皆が許してくれるなら、もう一回放課後ティータイムをやりたい』
澪「唯……」
律「通じたんだな。私たちの気持ちが」
紬「と、言うよりはきっと唯ちゃんも私たちと同じだったんですよ」
梓「心の中では、ずーっと放課後ティータイムが大きな位置を占めていたんですね」
これでもはや再結成に向けて不安な要素は何もない――誰もがそう思っていた矢先の出来事だった。
その日、新しいアルバムのプロモーション用のフォトセッションを終えた唯は、オノとともにリムジンで帰途につく身であった。
男「こうなったら次のシングルで1位を取ってあの4人を見返してブツブツ……」
唯「…………」
男「いや、そうか……。『放課後ティータイム』のバンド名の所有権は唯にもあるということを主張してやればいい。 そうすれば奴らはバンド名を変えざるを得なくブツブツ……」
唯「…………」
神経質そうに呟く恋人の傍らで、唯は考えていた。
この男の自分への態度が著しく変わったのはいつごろだったが。
あまりにも前衛的過ぎたシングル『ギー太のマインド・ゲームス』の売上が低調になった頃からだ。
男『フザケンナ! 俺の芸術じゃ金にならないっていうのか!?』
途端にお金に執着するようになり、酒の量も増え、荒れに荒れた。ハードドラッグにまで手を出し始めた。
この男は私が生み出すお金にしか興味がないのではないか――いくら鈍い唯でも、そんな疑問を持ち始めるのにさほど時間はかからなかった。
そういえば自分は付き合い始めてから彼と肉体関係をもったことすらない。
最近ではデートらしいデートすらしていない。これは恋人の関係といえるのだろうか……と。
そして自分を顧みればどうだろう。
放課後ティータイム時代は仲間と相談しながら、二人三脚で、やりたい音楽を演奏してきた。
それが偶々、世間のニーズと合致し、瞬く間に世界的な人気を得ただけだ。
今はといえば、好き勝手にやっているようでその実、オノヨースケの言いなり。
自分の意思などなく、ただカレの芸術を代弁して集金する機械のような私――。
唯「(やっぱり私は放課後ティータイムで音楽をやりたい……)」
唯はヒステリックに喚き散らす男の声が聞こえるバックシートで、再結成に参加する意思を改めて固めた。
車は唯と男が住む高級マンションへと着き、二人はそそくさと降りる。
男「部屋に戻ったらまずは弁護士に連絡だなブツブツ……」
相変わらず一人でイラツいているオノを見て唯が溜息を吐きかけた時、
?「フ、フヒヒヒ……あの……平沢唯さんですよね?」
振り返るとそこに立っていたのは、どこにでもよくいそうなキモオタであった。
オタ「フヒフヒ……ボク、放課後ティータイム時代からの唯タンのファンなんです」
オタはカバンから放課後ティータイムのCDとペンを取り出すと、
オタ「サインして下さい。あと握手も……フヒッw」
唯「あっ……はい」
唯はオタに近づき、CDとペンを受け取ろうとした。
放課後ティータイム時代から、こういうことはよくあり、唯は特段の抵抗も感じなかったが――。
男「ダメだダメだ! 消えろキモオタ!」
オタ「フ、フヒッ!?」
オノヨースケが間に割って入り、オタを制止した。
唯「別にサインくらい……」
男「ダメだ! こういうキモオタのことだ、どうせCDにサインしてやったところで、オクで高値で捌かれるのがオチさ」
オタ「フヒッ……そ、そんなこと……」
男「それにテメエ、どうやってこのマンションを調べやがった!?」
オタ「ネットの掲示板の書き込みで……」
男「ケッ! 気色悪いストーカーが! 今度唯の前に現れたら、警察に通報するからな!」
オタ「ううっ……」
男「行くぞ! 唯!」グイッ
唯「あっ……」
元来ファンサービスに熱心な唯とはいえ、全てのサインに応えられるわけではない。
中には断られてしまう不幸なファンがいることもある。ここまでならよくある話。
但し、それが『普通の』ファンであったならば、の話だ。
その後、一度自宅に戻った唯は、夕刻、ニューアルバムの最終ミキシング作業のために再度スタジオへと出向いた。勿論、オノも一緒だった。
そして全ての作業がつつがなく終了し、夜半、唯とオノはリムジンで自宅マンションへと戻った。
唯が車を降りたその時だった。
?「唯タン――」
振り向くとそこにいたのは昼間のキモオタだった。
だが様子がどこかおかしい。
運転手もオノも、状況には気付いていない。
オタ「唯タンは……ボキの唯タンは……男の言いなりでサインを断るようなビッチじゃない!」
唯「?」
オタ「お前は……ボ キ の 唯タ ン じ ゃ な い !」
男の右ポケットから現れたのは、見紛うことなき、どす黒いボディの拳銃――。
――パン パン パン パンッ!!!!
まるで往年の唯のカスタネット捌きのごとき小気味のよさで、4発の銃声が、星一つない夜空に響き渡った。
唯「う――そ――?」
ロックコンサートの聖地、日本武道館。
高校時代の放課後ティータイムのメンバー達が目標とし、そして実際にそのステージにも立ったこの伝統的な地で、今日、1人の伝説的なミュージシャンの死を悼み、その功績を称えるセレモニーが行われていた。
最終更新:2010年01月22日 04:23