【#15】
純「――んじゃお邪魔虫は出かけてくるよ。ヨロシクやっときなさいな」
梓「そーゆーのいいから」
憂「いってらっしゃい」
純「夕食までには帰るよ、どんなに遅くても。んじゃねー」
……という感じで、二人での話が一段落したところで純はさっさと着替えて出て行ってしまった。
きっと憂を除け者にしてしまったことへの償いか何かだろう、言葉から察するに。
でもまぁ、その気持ちはわかる。
憂は何も悪くなんてない。なのに私達は憂を除け者にしないといけない。
それが憂のためだとわかっていても、その間一人ぼっちの憂の寂しさを思うと……ね。
……憂が死んで、唯先輩が死んで、私達の周囲は大きく変わってしまった。
誰も悪くなんてないけど、それでも原因の人は責任を感じてしまう。そういう事例だ、これは。
だから隠し通さなければいけない。スケールこそ違うものの、私と純が憂に吐いた最初の嘘と本質は変わらない。
嘘に嘘を重ねる心苦しさは消えないけれど、憂を悲しませないためなら隠し通さないといけないんだ。
……たとえ、憂が今、悲しそうな顔をしていたとしても。
梓「……どうしたの? 憂」
憂「……ううん、なんでもないよ……」
「なんでもない」だなんてそんな訳はない。そんな思い詰めた顔と声で言われて納得できるわけがない。
でも踏み込んだ質問をしていいのかもわからない。思い詰めている原因がハッキリしないから。
……もしかしたら私達の会話を聞いていたのかもしれない。そうだとしたら踏み込むのは自分で自分の首を絞めることになる。
普段の憂なら盗み聞きなんてしないだろうけど、私達の隠し事が『憂に背負わせないため』のものだと気づいていたなら話は別。
優しい憂はそういうのを一番嫌うから、むしろ積極的に盗み聞きするだろう。そして今のように悲しい顔をして一人で背負うのだろう。
……だとしたらやっぱり、ここで一歩踏み込むのは「なんでもない」と言ってくれた憂の優しさを否定することになる。
優しさを否定し、純と一緒に隠し事をして罪悪感を背負ったことまで無意味なものとして、私達が最初に恐れた通りに憂を悲しませることになるんだ。
そういうことなら、私は、
梓「……なんでもないわけないよ。もしかして、話、聞こえてた?」
そういうことなら、もう考えていたこと全部投げ捨てよう。隠し通すのも諦めよう。
悲しませないためにやっていたはずなのに、憂が今悲しい顔をしているのなら、隠し通す意味なんてもう無い。
憂「……聞こえてないよ。聞こうともしなかった。梓ちゃん達に嫌われたくないから、約束はちゃんと守るよ」
……あらら、墓穴だったみたい。
梓「……じゃあ、どうしたの?」
憂「……聞こえなくてもわかるよ、梓ちゃんと純ちゃんが私に気を遣ってるのは。気を遣って私を遠ざけてるんだから、それは当然、私が知れば悲しむようなことを隠してるんでしょ?」
梓「っ……!」
言われてみればそうだ。
お互いを大切に想い合っている私達が、誰かを遠ざけるということは。それは相手の事を思っての行動なんだから、その人にとって知ることが一切プラスにならなくて、そしてその分を残りの人が背負っているに決まっている。
『行動の全てが相手に対する善意から来ている』と信じ合っている私達だからこそ、その場から遠ざけられるということは、それだけで相手に何かを背負わせていることを示しているんだ。
……どうしてこれで隠し通せると思っていたんだろう、私達は。
これで隠し通せる可能性なんて『憂が私達に無関心だった場合』しか存在しないじゃないか。
憂「私は…そんな重荷を、二人に背負わせてるんでしょ?」
梓「……重荷なんかじゃないよ。それにこれは私達が背負うべき――ううん、憂が背負う理由だけは絶対に無いモノだから私達が背負ってる。それだけだよ」
憂「……わからないよ…梓ちゃん……」
梓「……憂は何も悪くない。憂は絶対に何も関係ない。そういうことなの」
憂「関係ないなら……聞かせてよ…」
梓「…絶対、抱え込まないって約束できる?」
憂「……わかんない」
梓「……だよね。憂は優しいから」
隠し通すことは諦めた。ここで言わないと憂はきっとずっと悲しい顔のままだろうから。
でも、ただ言うだけじゃダメだ。それだと最初に危惧した通り、優しい憂はそれを抱え込んでしまうから。
どうすればいいんだろう。
どうしていつもいつも、お互いを想い合う気持ちがすれ違うんだろう。
悲しみを、苦しみを抱え込んで欲しくない。好きだから。互いにそう想ってるだけなのに。たったそれだけなのに、どうして。
憂「……ごめんね……」
梓「憂は悪くないって…言ってるでしょ…」
憂「それでも、私に聞かせたくない理由があったんだよね? 梓ちゃんとは恋人で、純ちゃんとは親友なのに、一緒に向き合えない理由があったんだよね?」
梓「………」
憂「……ごめんね、もう聞かないから」
梓「っ……」
だめだ。きっとそれじゃダメだ。
私の行動の全ては憂のため。それなのに、その行動が憂を悲しませ、悩ませている今のままじゃダメなんだ。
ここで私が口をつぐみ、何もしなかったら何も変わらない。恋人の私は、憂に笑顔をあげないとダメなんだ。
恋人の私に出来ることは、何なんだろう。
隠し事をせず、悲しませず、安心させてあげるにはどうすればいいんだろう。
梓「……憂」
憂「…何?」
梓「言うよ。ちゃんと言う。憂に隠し事なんて、本当はしたくないから」
憂「……いいよ、無理しなくて……」
梓「……憂にも、無理させたくないから。だから言うけど、でもその前に――」
その前に、恋人として出来ることをしておきたい。
何もわからない私だから、それに賭けたい。
梓「……デート、しよっか」
――初めてデートと口にした。ハッキリと形にした。
デートは恋人の特権だと思ったから。私にしか出来ないことだと思ったから。
全てを告げる前に、恋人として笑顔をあげることが出来たなら。
その後に続くいろんな苦しみも悲しみも、恋人として乗り越えていけるんじゃないかと思ったから。
そんな私らしくない精神論に、縋るように全てを賭してみた。
……私らしくない? いや、そんなの今更だよね。憂のことを考えるだけで、私はすぐに私らしくなくなる。
私らしさって何だったか思い出せないくらい憂のことしか見えなくなる。だって私の全ては憂だから。
今だって、目の前にいる憂しか見えない。『あの時』と同じ服装をした憂しか。
梓「……その服、お気に入りなの?」
憂「…うん。変…かな?」
梓「そんなことない。一番似合ってると思うよ」
憂「…よかった」
梓「……じゃ、行こっか」
ちょっとした謎も解けたところで、憂の手を握って出発する。
なるべく自然に見えるように握ったつもりだけど、そもそも憂の表情が沈み気味だからそのへんは気にするだけ無駄なんだと思う。
デートが嬉しくないわけじゃない、けどその後に待ち構えていることを思うと…といったところだろう。
そんなどっちつかずの憂の心を、私だけに向けることが出来るのか。楽しいこと、嬉しいことだけに向けることが出来るのか。
……ううん、やらないといけないんだ。それが恋人にしか出来ないことなんだから。
静かな決意を心に秘めて、街へと繰り出す。
――憂の手を引き、カフェ、アクセサリーショップ、甘味屋にショッピングモールにちょっと有名なブランドの洋服屋などなど。思いつく限りのいろんなデートスポットっぽい処を回ってみたけど、
憂「……梓ちゃん、疲れてない?」
梓「あはは……大丈夫大丈夫」
成果は芳しくないどころか、逆に気を遣われてしまう始末。
うーん、上手くいかないなぁ。私なりにテンション上げて楽しませようとしてるんだけど。
……というか、それがいけないのかもしれない。
無理をしているように見えてしまうのかもしれない、憂からすれば。
梓「……やっぱり休憩していい?」
憂「うん、もちろん」
どこかで少し頭を冷やそう。空回りなんてみっともない。
でもこれは時間的にちょっと遅めの昼食、になるのかな。軽食屋さんを何軒か経由しているからたくさんは食べれないだろうけど。
梓「どこか入りたいお店ある?」
憂「んー……じゃあ、あそこ」
そう言って憂が指差したのは、何の変哲もないハンバーガー屋さん。高校時代、憂とよく一緒に食べに行ったチェーン店のものだ。
デートらしくはないけど、私達らしい店だと思った。そしてそんな店を希望するという事は、今まではやっぱり私が一人で空回りしていただけのようで。
そう思い知った私は、憂と手を繋ぎながらも横に並んで入店することしか出来なかった。
――窓際の席に座り、心の中で昔を懐かしみながらハンバーガーを食べ、ジュースを飲んで。
あの頃と変わらないような何気ない会話を続けていると、徐々に憂の雰囲気が緩んでくるのがわかる。
そして、たぶん私の雰囲気も。
結局、お互いに余裕がなかったんだと思う。
恋人として気負いすぎてた私と、私の好意と先の不安に板挟みの憂。お互いにいっぱいいっぱい。
だって、憂を笑顔にするとか言っておきながら、きっと私自身は無理して笑っていた。
憂を楽しませようとして、まず先に私が笑顔である必要があると思い込んで。
……二人が同時に笑えるのが、一番幸せなはずなのにね。
それでも、私の最初の決意自体は間違ってないはず。
憂を笑わせることができれば、この先の何もかもを乗り越えていける。それは事実のはず。
だから、考える。
梓「……次は、どこ行こうかな」
憂「……ここでいいよ、私は」
梓「あ、あれ、声に出てた?」
憂「…うん」
……どうも詰めが甘いというか、変なところで迂闊だなぁ、私。
まぁ、それはそれとして。憂がここでいいと言うということは、憂はやっぱりこういう雰囲気を望んでいるということ。
背伸びしない、普段の私達っぽい雰囲気を。
梓「でも、まだ私は今日の目的を達成してないから」
憂「目的?」
梓「うん。まだナイショだけど、もう少し付き合って。ちゃんと考えるから」
憂「う、うん…そういうことなら……」
……と憂の承認も得たところで、真剣に考えよう。憂を自然に笑顔にする方法。二人で笑い合える方法。それでいて恋人ならではの方法。
背伸びせず、ありのままの私として。それでも恋人としてしてあげられることを。
梓「…うーん」
難しい。けど、そうだ、方向としてはちゃんと思いついた。
私らしく、それでも恋人として出来ること。
無理にデートらしくしようとしないで、ちゃんと憂のことを考えてあげる。
その上で、私が恋人として勇気を出す。そんな思い出を憂に残す。これでどうだろう。
オシャレな店とかも女の子としては心躍るとは思うけど、女の子である前に憂は憂なんだ。
どことなく、唯先輩の言葉を思い出す。友達それぞれの『個』をちゃんと見ていた唯先輩。そして、後輩の私の事もただの私として見てくれていた唯先輩の言葉を。
……そして今私の目の前に居るのは、そんな唯先輩の妹。
梓「…そうだ……憂、ゲーセン行こう、ゲームセンター」
憂「え? いいけど……急にどうしたの?」
梓「嫌いじゃないでしょ?」
憂「まぁ……そうだけど」
憂が嫌いなわけがない。憂の雰囲気にはちょっと合わないかもしれないけど、嫌いであるはずがない。
だって唯先輩もゲームセンターを嗜む人だったから。いつだったか、UFOキャッチャーで取れたぬいぐるみを自慢していたあの唯先輩の妹が嫌いなわけがない。
というか唯先輩に誘われるまま一緒に行ったんだろう。目に浮かぶような光景だ。
ムギ先輩も律先輩に誘われて行って好きになったらしいし、憂はそもそもあの純と中学時代からの腐れ縁なんだ。何度か経験もあるはず。
そして、ゲームセンターといえば『アレ』があるはず。だいたいのところには。そこで――
梓「~~~っ///」
憂「……?」
自分がしようとしていることを思うと緊張するけど、勇気を出そう。
『アレ』ほどいろんな意味でピッタリなものは他にないはずだから。
憂「――これ…プリクラ?」
梓「うん」
一通り店内で散財してから目的地へやってきた。プリクラ機がいろいろ密集してる区域へ。
厳密にはプリクラっていうのは初期のころにあった『プリント倶楽部』っていう筐体のことを指すような言葉だった気がするけど、まぁそういうのは今はいいや。
とりあえず、私が目的としたのはコレだ。こうして写真として形にも残せる思い出っていうのはいいものだと思うし、思い返してみればこうして二人で写真を撮ったりしたことは無い…はず。
恋人としてどうなの、と思いつつ、同時にそれを今日脱却するという決意を秘め、憂を誘う。
梓「ほら、入ろう?」
憂「う、うん……」
ちょっと気後れしている感じなのは、やっぱりこんな気分では写真に写れるような顔ができない、という不安からだろう。
そうわかってはいても、その不安を晴らす言葉を私は知らないし、知っていても口には出来ない。
梓「……大丈夫。自然にしてれば大丈夫だから」
笑って、とは言わない。あくまで自然に、だ。それだけ。
そう言われた憂の戸惑いもわかるけど、これ以上説明しちゃ意味がない。不安げな顔を尻目に操作パネルに手を伸ばす。
梓「……よし。これでいい?」
憂「うん」
久しぶりだけど特に戸惑うこともなく設定を終え、二人でカメラに向かう。
画面に映る憂の顔は、かろうじて微笑んでいるものの私からすれば違和感ばかりの顔。
そして私の顔は、内心の緊張を隠すかのように憂と同じように僅かだけ微笑んだ顔。もしかしたら引きつってるかもしれないけどまぁいいや。だって今の表情に意味なんてないんだから。
『じゃあいくよー?』
機械音声が撮影を告げる。姿勢を正し、ジッとカメラを見つめる憂。
それに反し、私は動いた。意を決して動いた。
『はい、チーズ――』
憂の頬に、顔を一気に近づけた。唇を押し付けた。
憂「ふえっ!?」
パシャッ
……そして私の計画通り、思い出の写真が出来上がった。
最終更新:2012年04月02日 23:04