「ねぇ 唯は知ってる?」

「へ?なんのこと、和ちゃん?」

5月の夕方の

暑くもなく 寒くもない帰り道

久々に唯と一緒に並んで歩く

茜色の夕焼け空には 雲一つ無かった

「隕石が降ってくるんだって」

「えぇ!?」

「ち、地球に・・・!?大変だよぉ!」

大きく目を見開いてリアクションを取る

あなたホント話し甲斐があるのよね

「海外の研究で大きいのが見つかったらしいわよ」

「1年後にはひょっとしたら、ぶつかるかもって」


「ひょっとしたら・・?」

「うん、25,000分の1の確率だって」

「なぁんだそんなの当たりっこないよぉ!」

「まぁそうよね」

ホントかも怪しいし

考える事自体馬鹿馬鹿しいかもしれない

安心したこの子の顔

いつ見ても変わらないわね

「でも、もし当たるって分かったらどうする?」

「地球が一瞬で吹き飛ぶような大きさの隕石が」

唯は即答

「アイスをお腹一杯食べる!」

うん。予想はしてたけど

「和ちゃんならどうするの?」

「そうね・・」

「いつも通り過ごして、何事もなく死ぬわ」

唯は口をぽかんとあけて しばらく私の顔を眺める

魚みたいね

「どうしたのよ・・?」

「何もしないなんて勿体無いよぉ~!?」

「最後に悔いの無いようにぱぁーっと遊ばなくちゃっ」

腕を大きく広げて 笑顔で叫んだ

塀に止まっていたカラスが飛んでいく

「・・その辺りは人それぞれだろうね」



次の日

淡々と授業をこなし

しばしの憩いである昼休みの時間

いつも通り澪と一緒に昼食を食べる

「来週からテスト習慣だなぁ」

可愛らしいタコさんウィンナーを摘まみながら

澪は溜息をついた

「あら テストで澪が溜息つくなんて」

「部活が出来なくなるし、それに・・」

「唯が追試になるとまた廃部の危機になるんだよ・・」

もう一度溜息をつく

苦労してるのね

「あ、今日唯にテスト週間のこと伝えておかないと」

あの子は言わなきゃ気付かないままテスト受けちゃうもの

「大丈夫だよ。今年は憂ちゃんもいるし」

「・・それもそうね」

世話を焼く手間が減ったけど

なんだか少し寂しい感じもする

お互い弁当箱を空にして

話題の切れてきた頃

昨日の唯との会話を思い出す

「澪は知ってる?隕石の話」

澪はその単語を聞くと一瞬怯えた表情を見せる

「あ、あぁ この前ちょっとだけニュースでやってたの見たよ」

「に、25,000分の1って ありえないよなぁ!」

わかりやすいわね

「飛行機が事故に遭う確率が200,000分の1なんだって」

「それよりずっと高いのよ?」

まぁこんなのホントか知らないけど

午後の授業も終わり

未だに震えてる澪を部室まで送ってあげる

唯とはまた違う世話焼かせね

「さ、着いたわよ。いつまで怖がってるの・・?」

「い、いや・・まさか私でも・・い、隕石なんか、怖がらないって・・・」

私にはガタガタ震えてるように見えるけど・・


音楽室の扉が開いて

元気で呑気な声が聞こえてくる

「澪ちゃん、早く入りなよぉ・・」

「ってあれ、和ちゃん?」

「ちょっと澪をね」

唯は涙目の澪をちらりと見て事を理解できたらしい


「大丈夫だよ澪ちゃん!隕石なんて当たらないよぉ」

励ましてる唯を横目に、綺麗なカップに淹れられた紅茶を頂く

あのあとなんだかんだで

お茶を勧められちゃった

軽音部の練習風景は1年前から変わって無い様で

軽食部と言っても なんら差し支えはなさそうね

「ハハハ、隕石怖がるって相当なもんだな~」

「ぅ・・・ で、でも死んじゃうんだぞ!もし25,000分の1が起きたら!」

澪の激しい主張も律は笑い飛ばして

安心させるように言う

「いいか澪、そんなら交通事故や電車のホームから足踏み外したりする方がよっぽど危ないぜ?」

「そんな低確率に怯えてちゃ生きていけないぞっ」

「う、うん・・」


家に着いて

夕食を食べている最中、ふとテレビを見る

夕方のニュース番組

流行りのファッションについて都心の人間に取材をしたり

ゴミの不法投棄に怒る地主の声を紹介したり

至極どうでもいいような企画が続いていた

視線を卵焼きに戻し 口へ運ぼうとしたその時

ニュースキャスターが隕石の単語を口にする

『先日観測された巨大隕石は地球への衝突の可能性を含んでいるとされ・・・』

馬鹿馬鹿しい確率と言っておきながら気になってしまい

卵焼きを一旦小皿に置き画面に注目していると

『最新の研究では20,000分の1とも・・・』

どうやら地球の危機に一歩近づいたようだ


しかしその後

隕石関連の報道はめっきり減り

特に進展の無いまま

何時の間にか夏休みが終わっていた

「澪、それ どうしたの?」


昼休み

澪の付けていた携帯電話のストラップを

少し無作法ながらも箸で指差す

「あぁ、合宿行った帰りに買ってみたんだ」

「夏の思い出らしくていいかなって・・」

小さな巻貝のストラップ

控え目ながらも澪らしいかもね

「貝殻って綺麗だよね。これが生き物の一部だったっていうのも素敵だよ」

「セミの抜け殻もそんな感じよね」

澪が呆れたような顔で私を見る


「い、いや あんなグロテスクなものと一緒にされちゃ・・」

「そう?同じだと思うよ」

「見た目だけで差別されるけど、命が宿っていたっていう意味では」

「そうかもしれないけど・・・」

澪は弁当に目を向けると 少し眉をしかめる

あら 食事中は不味かったかしら




その日の帰り道

電信柱に止まっているセミの抜け殻を見付けた

手にとって ほんの少し力を加えただけで

パキリと砕ける

頭上ではまだ生き残ったセミ達がけたたましく

最期が来るまで合唱していた



数日後

唯が顔色を変えて話しかけてくる

朝から忙しい子ね

「の、和ちゃん!今日のニュース見た!?」

「最近テレビの調子悪くて見れてないんだけど・・どうしたの?」

「速報でね、隕石の当たる確率、500分の1なんだって!」

隕石

すっかり忘れていたその単語

そして前回の数十倍の確率

唯も顔色変えるわけだわ

「突然ね」

「大変だよぉ 前よりずっと高いんだよ!?」

「そうね。当たるかもしれないわよ」

「落ち着いてるね和ちゃん・・」

「騒いでも変わらないし、まだホントか分からないじゃない」

全部鵜呑みにするわけにもいかないわよね

「そ、そうだよね!えーと500分の1っていうと・・」

唯は頭を傾げながら

うんうん唸って500分の1の事象を考える

私もパッとは浮かばない

まぁ浮かんだところで 比べる意味なんてないんだけど


教室に着くと

部屋中その話題でもちきりになっていた

これは澪がマズいんじゃないかしら

「の、和ぁ・・・」

案の定涙目の澪が抱きついてくる

以前の何倍も怖がってるわけね

「大丈夫。あんなの嘘っぱちよ」

「でも、でもニュースで・・・」

「騒がせたいだけなのよ、マスコミっていうのは」

とりあえず安心させるために適当なことを言っておく

一度こうなると手に負えないんだから

「いい?たとえ隕石衝突の確率がわかってても、それを政府が発表すると思う?」

「大騒ぎになるだけよ。助からない大きさなら尚更」

澪が子犬のような目で見つめている

もうひと押し

「こんなのガセネタよ。何カ月も前から途切れてたニュースが今更なんて・・」

さ、泣きやんで頂戴


澪は目に涙を溜めたまま

弱々しく口を開く

「ホント・・?」

「かもしれないわね」

どうも腑に落ちないという顔をしながらも

とりあえず落ち着いてくれた

「さ、授業始まるわよ」



教室はいつもの数倍騒がしい

どの生徒も 冗談混じりに話しているようだ

澪の周りの空気だけ 

本気の暗さが漂っていた


律がまたしても書類を提出してないので

この日の放課後は部活に催促せねばならない

なんで毎回しっかりと忘れるのかしら

「律、また出し忘れてるでしょ!?」

お菓子の並んだ机を囲んで

呑気に紅茶を啜っていた軽音部員達が

一斉に私に目を向ける

「あちゃー・・すっかり忘れてた・・」

目を丸くして驚く律は

またすぐケーキを頬ばり始めた

まったく反省してないわね・・

「律先輩って確実に不手際残しますよね」

「ぅ・・いつも机に入れっぱなしにしちゃうんだよなぁ」


書類を急いで書かせて とりあえずの仕事を終える

その後いつもの唯の一言

「和ちゃんも食べていきなよぉ」

「まぁ今日はもうすることないし、構わないけど・・」

席に着き、紅茶を手にしたその時

律が元気よく話しかけてきた

「なぁなぁ隕石の話聞いたか!?」

「朝唯から聞いたわ。500分の1らしいね」

0,2%

無きにしも非ず

「あり得ないよなぁ~ 500個飛んできて1個しか当たらないんだぜ?」

律はなんの心配もしてないようだ

楽観的だけど まぁこんなものよね

「澪はひどく怯えてるけどさ、こんなの平気だって!」

澪の方をちらりと見ながら、慰めるように言う


「私は当たると思いますよ」

「あずにゃん?」

たった一人の一年生は無表情のまま

静かにぽつりと呟いた


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最終更新:2010年01月29日 00:02