帰り道

唯「澪ちゃん。大丈夫?」

澪「うん、もう大丈夫だよ」

梓「澪先輩。病み上がりなんですから、無理しないでくださいね」

澪「ありがとう、二人とも」

唯「あのね、澪ちゃん。もしかして、りっちゃんと何かあった?」


律の名前が出て、ドキっとしてしまった。
言葉に詰まる。


梓「また律先輩が何かしたに決まってます!」

梓「澪先輩、気にしないでくださいね。」

梓「今日なんて廊下を歩いてたら、律先輩に後ろから膝カックンされたんです。」

梓「膝がカクってなった拍子に持っていた教科書を律先輩の足に落としてしまって。」

梓「そしてら律先輩『いってえええええええ!! 絶対血ぃ出た!」

梓「絶対血ぃ出た!』って騒ぐから、私ビックリしちゃって、」

梓「ゴメンナサイゴメンナサイって謝ったんです。」

梓「それで律先輩が廊下で靴下脱いで足を確認したら血なんて一滴も出てなくて、」

梓「血、出て無いですねって言ったら、」

梓「律先輩『そういやそれほど痛くないやwwwwww』」

梓「って言って、そのまま走って行っちゃったんですよ!?」

梓「気が付くと周りは私にすっごく注目してて、」

梓「本当に恥ずかしい思いをしたんですから!」

唯「あはははは!!! りっちゃん面白い!!!」

梓「笑いごとじゃないです! 同じクラスの子には漫才部にでも入ったのかって言われるし!」


休み時間になると教室から出て行っちゃうから、
どこで何をしていたか分からなかったけど、そんなことをしていたのか。
律らしいというか、なんというか。
律に避けられてるのにそれでもこういう話を聞くと嬉しく思ってしまう私は、
もう色んな意味で手遅れなのかもしれない。


梓「だから、きっと澪先輩は悪くないです!」

梓「律先輩が何かしたに決まってます!」


これは梓の優しさ。
きっと私を元気づけようとしてくれてるんだ。


澪「ふふ。ありがと、梓。でもな、律は悪くないんだ」

唯「あ! 笑った! 今日初めて澪ちゃんの笑顔を見たよ」

唯「澪ちゃんを泣かせるのも笑わせるのも、りっちゃんなんだね!」

澪「え!? ちちち違う! そんなんじゃない!!」

澪「私が具合悪かっただけで、何でもないから!!」

唯「そっか、何でもないのかぁ」

唯「休み時間になるとどっか行っちゃうし、」

唯「澪ちゃんの涙を見ても何もしないなんてりっちゃんらしくないと思ったんだけど、」

唯「澪ちゃんがそう言うなら、きっとそうなんだね」

これは唯の優しさ。
澪ちゃんが言いたくないなら、もうこれ以上は聞かないよって。
そう言ってくれているんだろう。

私、みんなに甘えてばかりだ……。


澪宅

澪「ただいま」

澪ママ「おかえりなさーい。早かったわね?」

澪「うん。まだ本調子じゃなくてさ。部活しないで帰ってきちゃった」

澪ママ「そうだったの。あら? りっちゃんは?」

澪「え? 律? 居ないけど?」

澪ママ「澪が具合悪い時はいつも送ってくれていたから、一緒だと思ったわ」

澪ママ「お夕飯になったら呼ぶから、それまで少し休むといいわ」

澪「うん、そうするよ」


ここでも律か。
私の中は律で溢れてると思ってたけど、
私の周りも律で溢れてるんだな。
嬉しいな。
でも、胸が痛いよ。


今日はたくさんみんなに心配かけて、たくさん甘えちゃったな。
みんなごめんね。
でも、もう大丈夫。
私決めたから。

律が好き。

やっぱり律がいないと私、上手く笑えないんだ。
だから、どんな形もでいいから、律の傍にいさせて。




翌日

律視点

朝。

洗面所の鏡の前に立ち歯を磨く。
あぁ、寝不足だ。
眠い。

澪があんな涙みせるから、眠れなくなっちゃったじゃないか。

澪と唯と梓が帰った後の教室に残された、私とムギ。

律「さて、二人じゃあ練習にならないし、私達も帰るか」

ムギ「りっちゃん。澪ちゃん、泣いてたね」

律「あぁ、そうだな」

ムギ「なんで泣いてたのかな?」

律「具合が悪かったからじゃないのか?」

ムギ「そうね」


沈黙が流れる。
あぁ、きっともうみんな気が付いてる。
何があったかまでは分からないだろうけど、
私と澪の間に何かあったってこと、気が付いてるんだ。

ムギ「りっちゃん」

律「ん?」

ムギ「私ね、最初、合唱部に入ろうと思ってたの」

律「あぁ、そうだったな」

ムギ「でも、軽音部に入った」

律「ありがとな、ムギ」

ムギ「ううん。私ね、りっちゃんと澪ちゃんを見て、楽しそうだなって思ったの。」

ムギ「それから、羨ましいなって思ったの」

律「私、ゲンコツされてたのに?」

ムギ「うふふ。そうよ、それが羨ましいなって思ったの」

律「ムギ、あのゲンコツはゲンコツなんてもんではなく、鉄拳制裁だぞ?」

律「こう、タンコブなんてぷくーって膨らむし、頭の芯まで痛むしぃ……」

ムギ「でも、りっちゃんは嬉しそうだったよ?」

律「いやいやいや!! 私、そういう趣味無いから!」

ムギ「趣味? 趣味でそういうことをやってる人がいるの?」

ムギ「ちょっとその話、詳しく聞かせてもらえないかしら?」

律「知らん! 私は知らないぞ!! そんな所に食いつくなよぉ!」

ムギ「うふふ、冗談よ。でも、羨ましいって思ったのは本当。」

ムギ「イタズラされても、ゲンコツされても、」

ムギ「それでも二人は仲良しでしょ?」

ムギ「それはね、お互いのことを知ってて、信頼し合ってなきゃできないと思うの。」

ムギ「許すとか許されるとかじゃない、もっと固い絆で結ばれてるって感じね。」

ムギ「私は、そんな二人が大好きなの」

律「……」

ムギ「りっちゃん、何かあったらいつでも相談に乗るから、」

ムギ「私達に出来ることがあったら何でもするから、」

ムギ「無理しちゃダメよ?」


ムギは優しくほほ笑んだ。

私は、涙をこぼさないようにするのが精いっぱいだった。


――――

気が付くと聡が私と鏡の間に割って入っていた。


律「邪魔だからあっちに行け」

聡「姉ちゃん、いつまで磨いてんだよ!」

聡「そんなに磨いても美人にはならないんだからな!」


全く生意気なヤツめ。
聡が左手に持ってるコップの水を口に含み、うがいしてやった。


聡「あ! きったねぇ! 自分のコップ使えよ!」


朝からテンション高くて、小学生かっつーの。

準備をすませ、家を出る。


律「いってきまーす」

律ママ「あ、律! 午後から雨降るらしいから、傘持って行きなさい!」

律「いらなーい。降ったら澪の傘に入れてもらうから」


言って、自分でハッとした。
そうだ。
今は澪を避けなくちゃいけないんだった。


律「やっぱり傘……」

律ママ「まったくアンタは澪ちゃんにお世話になってばかりなんだから!」

律ママ「澪ちゃんが居なかったらどうするのよ!」

律「あはは。行ってきまーす」


通学路。

あの先の角を曲がれば、いつも澪が待っていた。
今日は……さすがに居ないかな。

角を曲がると、見慣れた背格好の女子高生が立っていた。

澪しゃん、健気過ぎだろ!!

昨日あからさまに澪を避けてあんなに泣かせたのに、
それでもこんな私を待っていてくれるのか?


『彼氏が出来るまで、私に近づくな』

あれ、撤回しようかな。
さすがの澪でも、そんなすぐに彼氏できるわけないし。
親友でいても、きっといつか澪には良い彼氏ができるよな。

澪は私に気が付くと走り寄って来た。


澪「律! おはよ。あのさ、私、か、か、かかか彼氏が出来たんだ!」

律「おはよ、あぁ、彼氏ね……ええええええええええええええ!!!!!」

澪「きゃあ! 急に大声出すな! びっくりするだろ!」

律「澪、今、なんて言ったの?」

澪「だから、えっと、そのぉ、私、彼氏が出来たんだ」

はぁ、びっくりした。
なんだ嘘か。
澪、目が泳ぎまくってるじゃんwwwwww
バレバレだぞwwwwww
面白いから、からかってやろーっと。
私達は歩きながら話した。


律「んで、どこで知り合ったんだ?」

澪「えっと、去年の夏期講習で知り合ったんだけど、」

澪「先月の三月にやってた春期講習でまた会ったんだ」

律「ふーん」

澪「えっと、それで、昨日、告白されてさ。」

澪「良い人だったし、その、OKしたんだ」

律「そっか。んで、彼氏が出来た御感想は?」

澪「え? えっと、えっとぉ、昨日の今日だから、まだ実感湧かないっていうか……」

律「んで、澪は今、幸せ?」

澪は私の目を真っすぐに見つめて言った。

澪「うん。幸せだ」

その真っすぐな目は自信に溢れ、
そのしっかりとした声は嘘が混じる隙も無い程だった。

それは、いつもの澪だった。
さっきまできょどってた不安定な嘘っぽい澪なんかじゃなく、
自信のある時の澪そのものだった。

そして今、澪の口元にたたえる微笑。
もはや疑う余地など無かった。

澪に彼氏が出来たんだ。

あぁ、良かった。
これでもう澪を避けなくてもいいんだ。
これでもう澪が泣くこともないんだ。
これでもう私の恋が叶うことはないんだ。
良かった…、
良かった……。


放課後

今日はほとんど寝て過ごした。
授業も、休み時間も。
いや、本当は寝てなんかいない。
寝たフリをしていただけなんだ。

澪に彼氏ができたことに、私は想像以上にショックを受けていた。

私ってバカだなぁ。
自分で言ったんじゃないか。

『澪に彼氏ができるまで、私に近づくな』

まいっちゃうよなぁ。
澪を幸せにするのは私じゃないって。
これでいいんだって。
いっくら言い聞かせても、ちっとも心がついてこないんだ。

あぁ、部活行きたくないなぁ。
そうだ、ちょっと遅れて行こう。
暇潰しにクラスメイトとおしゃべりでもすっかな。

律「よっ! いちご!」

いちご「何?」

律「今日も体操服姿がかわいいね!」

いちご「律……」

律「ん?」

いちご「キモイ……」

律「」

いちご「早く秋山さんと仲直りしなよ。じゃ」


暇潰しにならなかったwwwwww
ってか、なぜかダメージ喰らったwwwwww

はぁ……。

やっぱ帰ろっかな。


のそのそ準備。
廊下をダラダラと歩く。

立ち止まり窓の外を見ると、雨が降り出していた。
あちゃー、本当に雨降ってきちゃったよ。
傘持ってないなぁ。

突然膝に衝撃が走る。
そのまま膝から崩れ落ちそうになるのをなんとか堪えた。


梓「ぷくく。見事にカックンってなってましたね。ぷくく」

律「梓! コラ!」

梓「きゃーっ!」ダダッ!

律「あ! 待てーーー!!!」

なんて追いかけてたら、ついつい音楽室まで来てしまった。
今なら引き返せる。
よし、帰ろう。

音楽室の中から梓の声が聞こえる。

梓「律先輩来ましたよ」


手遅れだったwwwwww

音楽室に入り、しぶしぶ澪の前に腰かけた。


澪「遅いぞ! 律。何してたんだ?」

律「あぁ、ちょっとな」

梓「律先輩は廊下で雨を眺めていましたよ」

唯「りっちゃん、雨は食べられないよ?」

律「食べんわい! 唯と一緒にすんな!」

唯「ヒドイ!!」

ムギ「あらあら」

澪「律。傘忘れたんだろ?」

律「う……うん」

澪「仕方ないなぁ、律は。帰りは私の傘に入ってきな?」ニコニコ

律「う……うん」


澪のヤツ、やけにニコニコしやがって。
彼氏ができたことがそんなに嬉しいのか。
なんか分かんないけどイライラする。

澪「律、今日の授業寝てただろ?」

唯「そうそう。一番前なのによく眠れるね」

ムギ「あら、唯ちゃんもよく寝てたわよ?」

唯「でへへ」

梓「律先輩も唯先輩も受験生なんですよ? そんなことで大丈夫なんですか?」

唯「大丈夫だよ! なんてったって三年生は始まったばかりだからね!」

みんなが喋っている中で、澪が目配せしてきたので小声で話す。

律「なんだよ」

澪「ノート、貸そうか?」


なんなんだ、なんなんだ、いったいなんなんだ!!
澪からノート貸してくれるなんて、有り得ない!!
これが、彼氏ができたヤツの余裕なのか!?
余裕って言うヤツなのかあああああああ!?


律「ムギ! 悪いんだけどさ、ノート貸してくんない?」

ムギ「えぇ、いいわよ」

ムギが長椅子に置いたバッグから、今日受けた授業のノートを貸してくれた。


律「うわあー!! ムギの字は綺麗だな!!」

唯「見せて見せて! わあ! 綺麗!」

梓「あ、私も見たいです。本当だ、綺麗ですね。それに、なんだか良い匂いもします」

ムギ「そんな、恥ずかしい……」

律「これはラベンダーの香りかな?」

唯「えぇ、フローラルだよ!」

梓「え? 私はローズだと思いましたけど」

律「バラバラじゃん!!」


ノートを急いで写す。
ついでに隣りに座ってる唯もムギから借りたノートを写していた。


澪「律、それ終わったら練習するからな」


私は澪の目も見ずに、生返事を返した。


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最終更新:2012年04月12日 13:39