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純「猫と私と週末に」


土曜日。
今日は私の誕生日。

誕生日なんだ。
でも、折角の誕生日なのに、
私は家で猫の頭をずっと撫でて過ごす事に決めていた。
この子の頭を撫でてると、気持ちが良くて何だかにやけちゃう。
にやけちゃうんだけど……、ちょっと溜息。

いやいや、誕生日を家族に祝ってもらえない寂しい子ってわけじゃないよ。
誕生日会は一昨日にもうやってもらってるんだから。
一昨日にやってもらったのは、お兄ちゃんの予定が合わなかったからなんだ。
でも、誕生日は家族皆でお祝いしたいからね、って、お兄ちゃんは言ってくれた。
誕生日当日にお祝い出来ない事を謝りながら、お兄ちゃんは大きなケーキを買ってくれた。
それと可愛い真っ白なリボンと、ドーナツのスーパーオールスターパックもね。
ドーナツは凄い好きってわけじゃないんだけど、
私が前にスーパーオールスターパックを買った事があるのを、お母さんがお兄ちゃんに教えてあげてたみたい。
一人でこんなに食べたら太っちゃうよ、お兄ちゃん……。
まあ、ドーナツは結構好きだからやっぱり嬉しいけどね。

そのせいもあるけど、スーパーオールスターパックはまだ半分くらい残ってる。
これを二日で一人で食べ切るのはかなり大変。
前に梓と憂と一緒に食べた時は、もっと食べられたはずなんだけどなあ……。

そこまで考えて、私は気付いちゃう。
また自分が梓達の事を考えてるって事に。
ううん、梓の事を考えてる事に。
手のひらで猫の毛並みの柔らかさを感じてるのも原因の一つかもしれない。

梓……。
小さくて、一生懸命で、
まっすぐな黒髪とまっすぐな性格の、
私の……、親友……。
親友……でいいよね?
ちょっとした思い付きに不安になって俯いちゃって、
でも、すぐに思い直して、首を横に振りながら言ってみせる。


「駄目駄目! 私と梓は親友! 親友っ!」


当たり前だけど、その言葉には誰も反応してくれなかった。
お父さんとお母さんは近所付き合いでお花見に行ってるし、
大体、今日は私が自分で一人で居ようって思ったんだから。
ううん、反応してくれた子は一匹だけ居たかな。
私の少し大きな声に驚いたみたいで、尻尾を軽く立てて硬直してる。
私は軽く苦笑して、また柔らかく私の膝の上に寝転ぶ猫の頭を撫でた。

「ははっ、ごめんね、驚かせちゃって……」


何度か時間を掛けて撫でると猫も安心したみたいで、
しばらく経ってからリラックスした様子を見せてくれるようになった。
もう……、駄目じゃん、私。
この子を怖がらせちゃったって、何が変わるわけでもないのにさ。
でも、湧いて来る言葉は止まらない。
私は溜息がちに、今度は小さく呟いちゃう。


「親友でいいよね……」


梓と私が親友だって事を疑ってるわけじゃないよ。
少なくとも私は親友だと思ってるしね。
出来れば梓にも私と同じ事を考えててほしいけど、それはちょっと我儘だよね……。
それにそんな強制したみたいな親友ってのも寂しいじゃん?
だから、私は私が梓と親友だって信じ続けたいんだ。

でも……、親友って関係に胸が痛くなる私が居るのも確かなんだよね……。
勿論、梓と親友になれたのはすっごく嬉しいよ?
梓と一緒に居ると楽しいし、反応が見たくてついからかっちゃう。
唯先輩や律先輩が梓に構うのもよく分かる。
反応が可愛いもんね、梓は。
一緒に笑ってると、幸せになれるもんね……。

幸せなんだけど、やっぱり胸の奥が変な感じになる。
梓と視線が合う度に、心臓がドキドキする自分に気付いたのはいつ頃からだろう?
最初は軽音部の部員ってだけの認識だった。
同じクラスだから、この子……、猫を預かってもらっただけの関係のはずだった。
でも、本当にいつからなんだろう?
気が付けば私は梓を親友と思うようになって、ずっと目で追うようになってた。

それをはっきり自覚したのは、去年の学祭の軽音部のライブの時だと思う。
ううん、正確に言うと、学祭の時には気付かなかった。
それからもう少し後、学祭のライブの話を梓としてた時に気付いたんだ。
梓の演奏以外、よく憶えてないって事に。
ライブで私が梓しか見てなかったって事に。
私の憧れのベーシスト……、
澪先輩も出てるライブなのに、私はずっと澪先輩より梓の方を見てたんだ。


「変だよね、これ……」


また溜息。
変だ。自分でも分かるくらいに変だ。
分かってるのに、でも、止められない。
意識し始めると余計に梓の事が気になっちゃう。
好き……なのかなって思う。
親友としてじゃなくて、もっと違う意味で……。

男の人の事が嫌いってわけじゃないと思う。
そりゃ私だって年頃の乙女ですから?
情熱的な牡羊座ですからね?
好きな男の人の一人くらい居た事あるし?
まあ、好きな男の人って、お兄ちゃんなんだけどね……。
それでも、私にだって人並みに色恋沙汰に興味がある。
いつか素敵な恋をしてみたいって思ってた。
まさか……、その相手が梓になるだなんて、夢にも思わなかったけど……。

これが恋だなんて、はっきりとは言えないよ?
でも、この胸の痛みが恋じゃなかったら、何が恋なんだろう?
まだ経験不足なだけかもしれないけど、そう思えちゃうんだ。

今日、梓は軽音部の先輩達と憂と一緒にどこかに遊びに行ってる。
場所は聞いたはずなんだけど、忘れちゃった。


「来週、先輩達と遊びに行くんだ!」


って、嬉しそうに言う梓が眩しくて、私は自分の誕生日の事を言い出せなかった。
憂に「よかったら純ちゃんも一緒に来ない?」って誘われたけど、それは断った。
その日はお父さんとお母さんが居なくて猫の事が心配だから、って言い訳して。
嘘は言ってないけど、でも、限りなく嘘。
猫なら預けられる友達も居るし、本当は梓と一緒に遊びたかった。
でも、先輩達と一緒に遊ぶのは、何か……辛いんだよね……。

先輩達の事が嫌いってわけじゃない。
澪先輩は憧れの人だし、ムギ先輩と唯先輩は面白い人だし、律先輩も見てて楽しくなる人だから。
そこに梓が交じらなければ、私は喜んで憂達と一緒に遊びに行ってたと思う。
「実は今日は私の誕生日なんですよー」なんて、お昼ごはんの時にでも言っちゃったりしてね。

だけど、梓と先輩達が一緒に居るとなると話は別になる。
最初は先輩達と一緒に居る所を見るのが好きだった。
私達と一緒に居る時より高いトーンで、高いテンションで反応する梓を見るのが楽しかった。
この子にもこんな面があるんだ、って嬉しくなった。
でも、今はそれが何か辛い。
私に見せない顔を他の誰かに見せてるんだと思うと、
嫉妬しちゃう自分が居て、そんな自分が嫌で、だから、私は今一人で家に居る。
誕生日、一人と一匹で家に閉じこもってる。

梓は唯先輩の事が好きだと思う。
唯先輩に抱き着かれる度に嬉しそうな顔をしてるし、ゆいあずってユニットも組んでたし……。
その気持ちが私が梓に感じてるみたいな気持ちかどうかは分からないけど、それでも……。
やっぱり……、辛いよ……。
私ってこんなに我儘だったのかな、って思う。
何度か梓に「純って自分勝手で我儘な所あるよね」って言われた事がある。
冗談交じりの言葉だったけど、それが梓の本音だったらどうしようって泣きたくなる。

梓が好き。
梓と一緒に居たい。
でも、梓に嫌われる気持ちの方がそれより何倍も大きい。

この恋かもしれない気持ちはどうにか押し留められると思う。
まだ恋かどうかも分かってない気持ちだもん。
女の子同士だし、何かの勘違いって事もあるかもしれない。
無理矢理な考えだけど、この『好き』はどうにか止められると思うんだ。

だけど、思うんだよね。
大学に進学しても、梓は変わらず親友でいてくれるのかなって。
梓は唯先輩達と同じ大学に進学すると思う。
梓にはそれだけの学力もあるし、唯先輩達と一緒に居るのが一番幸せな事のはずだから。
私も出来れば梓と同じ大学に進学したい。
学力……はちょっと足りないけど、頑張れば何とかなる……はず。
どうやっても手が届かないほどに難しい大学でもないしね。

でも、流石に梓と同じ学部にはならないと思う。
梓には梓のやりたい事があるし、私だって私の進まなきゃいけない学部があるんだから。
それに梓を追い掛けて同じ学部に入ったりしたら、梓は怒るんじゃないかな。
私の事を考えて、心の底から私の事を心配して。
「純は純の進路に進まなきゃ!」って、私の好きなまっすぐな瞳で。
だから、学部は梓と別々の方がいい。

別々の学部……。
ちょっと考えてみただけで、自分の不安がどんどん膨らんでいくのを感じちゃう。
お兄ちゃんから聞いた事があるんだけど、
同じ大学でも、学部が違うと全然友達と顔を合わさないらしいんだ。
後一年で、例え同じ大学に進学出来ても、梓とは今みたいに会えなくなるんだ。
今みたいに会えなくなっても、梓は私の親友で居てくれるかな?
こんな自分勝手で我儘な私より、もっと素敵な友達が出来るんじゃないかな……。


「やだな……。すっごくやだな……」


呟きながら、猫の背中を撫でる。
サラサラした指通りのいい毛並みで梓の長髪を思い出して、
それとは逆にひどいクセのある自分の髪の毛に気付いて、余計に辛くなった。
そんな……、一人ぼっちの誕生日。




膝の上から重さが消えてる事に気付いて、顔を上げてみる。
ちょっとびっくりしちゃった。
いつの間にか辺りは橙色で、夕陽に照らされてたから。
色々考えてる内に寝ちゃってたみたい。
座ったまま寝ちゃったせいか、何だか身体のあちこちが痛い。
立ち上がって、軽く屈伸運動をしてみると、痛みも少し取れる気がした。


「そういえば、あの子は……?」


屈伸運動を終わらせてから、あの子を探して首を回してみる。
膝から重さが消えたって事は、どこかにふらりと行っちゃったはずだよね。
鍵は閉めてるから外には出てないと思うけど、前に変な所に挟まってた事もあるもんね。
ソファーの下とか……。
私はあの子を探して家の中を歩き回ってみる。

あの子……、猫はすぐに見つかった。
玄関の前に座り込み、じっと扉を見つめてるみたい。
……散歩にでも行きたいのかな?
でも、いつもなら、散歩に行きたい時は扉をガリガリ引っ掻くはずなんだけど……。
まあ、いいや。


「はいはい、ちょっと待ってね」


私は猫を抱き上げてから、靴を履く。
この子を一匹で散歩させるのは怖いけど、一緒に散歩するなら大丈夫なはず。
何度もそうやってこの子と散歩した事もあるしね。
左手で抱えて、右手で鍵を開け、ドアノブを掴む。
今日は一人ぼっちだったせいか、変な事を考え過ぎちゃったよね。
気分転換に夕焼けの中の散歩ってのも悪くないかも。

梓は唯先輩の事が好き。
私は梓の事が多分好き。
それでいいんだと思う。
梓とずっと親友で居られるかどうかは、
この高校三年の一年にかかってるんだよね、きっと。


「……うん」


頷いてから、扉を開く。
ここからが私の新しい一歩! ……なんてね。
折角の誕生日なのに、いつまでもうじうじしてたって勿体無い。
空元気でも元気!
今の所はそれでいいのかもね。
後一年、頑張らなきゃね。


「……えっ?」


「あっ……」


扉を開いた途端、時間と空気が止まった。
いやいや……、そりゃびっくりするのでしょ……、だって……。
扉を開いたら、今一番逢いたかった子が目の前に居るなんて……。


「何やってんのよ、梓……?
人の家の玄関の前で……」


ドキドキする胸を抑えて、軽く深呼吸してから梓に訊ねてみる。
梓は焦った様子で、胸の前で手をふるふると動かした。


「あ、えっとね、別に変な事しようとしてたわけじゃなくてね、
純が家に居るかどうか気になったって言うか……。
あ、そ、それより、どうしたの?
あずにゃん2号抱えて、これからどこか行くの?
お散歩とか?」


あ、誤魔化した。
梓、誤魔化した。
いやいや、それより……。


「あずにゃん2号……」


私が呟くと梓は顔を真っ赤にして、軽く叫んだ。


「しまったっ……!」


梓、可愛い……。
じゃなくて、そんな事より今はあずにゃん2号の事だよね。
あずにゃん2号……、というのは多分、この猫の事なんだろう。
前に梓に預けた事があったから、勝手に名前を付けて呼んでたのかも。
そういえば、本当の名前、教えてなかったっけ……。
と言うか、あずにゃん2号って……。
梓、やっぱりあずにゃんってあだ名、気に入ってたんだね……。
面白いし、嬉しい気もするけど、ちょっと切ない。

私と梓の言葉が止まる。
話をどう展開させていいのか分からなくて。
夕陽の中、二人の影が伸びていく……。
そのまま何も言い出せないまま時間だけが進むのかと思い始めた頃、
急に私の腕の中のあずにゃん2号(仮)が玄関に飛び降りると、そのまま居間の方に戻って行った。

あれっ?
散歩に行きたいんじゃなかったの?
何しに玄関で座ってたわけ?

猫の単なる気まぐれ……、
って考える事も出来たけど、私は何となく変な事を考えちゃってた。
ひょっとすると、この子は梓が来る事が分かってたから玄関の前で座ってたのかもって。
猫って第六感があるらしいし、もしかしたら……。
変な話だけど、そんな気がしたんだ。

本当の所はどうなのか分からない。
でも、本当にその通りなんだとしたら、
この子の気遣いを無駄にするのは飼い主として悪い気がする。
私は居間に戻ったあずにゃん2号に心の中だけでお礼を言うと、
大きく頷いてから、まだ赤い顔をしてる梓の手を取って笑ってみせた。


「何の用なのかは分かんないけどさ、入って入って。
春だって言っても、まだまだ夜は寒いしね。
お父さんもお母さんも出かけてるから、遠慮せずに自分の家みたいにくつろいでよね!」


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最終更新:2012年04月18日 20:15