12 : ◆PXMKYXNma6 2012/05/05(土) 20:12:13 ID:gP3eQLew0


しかし、次の日も。

「みんな! 今日は第二回澪たんとのお昼ごはん記念日よぉー!!!」

「この間、一緒に食べられなかったから嬉しいッ!!」

「いい? まだ順番待ちの子もいるから、一回目に参加した子は二周目までがまんよ!!」

和「あばばばばばばばば」

その次の日も。

「みんな! 今日は第三回澪たんとのお昼ごはん記念日よぉー!!!」

「やっと私の番ッ!!」

「会員ナンバーが若い子はもう少し待ちなさい!
まずは50番台までの古参メンバーが優先よ!!」

和「あばばばばばばばば」

そのまた次の日も。

四日目、五日目にしても同じだった。

さらに週をまたいでも、昼休みが始まった瞬間に澪はどこかへと連れて行かれてしまった。

澪「お昼ご飯記念日なんだから、もっと日をおいても……」

という、澪の当然の主張も、

「私たちファンクラブの会員にとって、澪たんと過ごす一日一日が記念日なんです!!」

「私にとっては、澪たんと食べるお昼ご飯は初めて……
 今日が、その記念日なんです!!」

「わ、私、澪先輩と話すのもこれが初めてで……」

などといったファンクラブの子の主張に流されてしまったのである。

13 : ◆PXMKYXNma6 2012/05/05(土) 20:33:29 ID:gP3eQLew0



唯「しょうがないよ、澪ちゃんやさしいから」

紬「でもちょっとかわいそうね」

こんな風に、唯たちと昼食を囲むのも、もはや恒例になってしまっていた。

和「いくらなんでも、とは私も思うのだけれど……」

そう、和もただ手をこまねいていた訳ではなく、
何度かはファンクラブの女の子と澪の間に割って入ろうとはしてみたのだ。

しかし、ある時は涙目の懇願で、またある時は
「澪た……澪先輩がいいよ、っていってくれているんですよ?」という台詞で、
そのまたある時は「曽我部先輩が大至急生徒会室に来てほしいって言ってましたよ?」
という急な用事によって阻まれてきた。

そもそも、当人である澪が彼女たちに対して強く出ないのだ。

これでは、クラスメイトであり、生徒会役員でもあるとは言え、和に口出しは出来ない。

14 : ◆PXMKYXNma6 2012/05/05(土) 21:04:48 ID:gP3eQLew0



唯「さあてと、っと。もうお昼の時間も終わりかあ。ふぁーあ」

紬「てんきが良いから、今日の午後は眠くなっちゃうかも」

唯が机につっぷして伸びをし、ムギがお弁当をしまい始める。
結局、今日も澪とはお昼を食べることが出来なかった。

和「そういえば、律は今日も?」

唯「ろっかいめの挑戦だけど……」

紬「そうね……うまくいったのかな」

下手をすると、澪が解放されるのはずっと先なのかもしれない、
とそう思い始めた和と違い、律は相変わらず澪とのランチを諦めてはいないようだった。

毎日毎日、お昼の時間が始まると、澪をつかまえるために東奔西走しているらしい。

唯「ろうかには、誰よりも早く飛び出していったけど……」

和「きっと、今回もダメでしょうね」

いくら、終礼のチャイムが鳴り終わった瞬間に教室を飛び出したとしても、
階段を下りているうちに、澪はさらわれてしまう。

何しろ、テレポートでもしてきたように、ファンクラブの子たちは現れるのだ。

唯「がんばっているから、なんとか成功してほしいなぁ」

紬「つらい試練を乗り越えてこそ、愛は育つのね!」きらきら

唯「くりかえされる試練に、りっちゃん王子は挑む!」

紬「かなしみを越えて、麗しの澪ちゃん姫を手に入れるその日まで!!」

和「なに言っているのよ……はぁ」

突然芝居のような口調で話始める二人を見て、和はため息をつく。

そして、お弁当の包みを持って立ち上がった。

15 : ◆PXMKYXNma6 2012/05/05(土) 21:35:16 ID:gP3eQLew0



和「それじゃあ、私クラスにもどるね」

唯「うん、またね」

紬「明日も、もしよかったら一緒に食べましょう?」

和「ええ、ありがとう」

和は小さく手を振り、教室の扉へと向かう。

その時――――

『……まだか』

という声が聞こえた。
ぼそっ、という呟きにも似た小さな小さな声だ。

和「え? 唯、何か言った?」
思わず振り返ると、唯はすごく驚いた顔をした。

唯「ううん、何も言ってないよ?」
和「おかしいわね、今、『まだか』って声が聞こえたんだけど……」
唯「し、しらないよ? 気のせいじゃない?」
和「まあ……そうよね……
  って……唯あなた何か隠してない?」
唯「た、多分、何も……」
和「……教えてくれる?」
唯「つまらないことだよ?」
和「いいから、早くね? 早くしないと……」
唯「言う! 言うから、和ちゃん、そんな怒った顔で迫ってこないでよぅ……」
和「っとにもう、私のどこが怒ってるのよ?」
唯「ちかい! 近いよ和ちゃん!! 言う言う! ちゃんと言うってばぁ!!」
和「まった、 く。 私のどこが怒っているっていうのかしら」

16 : ◆PXMKYXNma6 2012/05/05(土) 22:01:28 ID:gP3eQLew0



ようやく和が離れると、唯はおそるおそる、という風に話始めた。

唯「……なんだかさ、ちょっとだけ寂しいなって思ったんだ」

唯「こんなふうなことに澪ちゃんがなっちゃって、
和ちゃんが毎日私やムギちゃんと一緒にご飯を食べてくれるのは嬉しいんだけど、
りっちゃんと澪ちゃんも一緒に食べられたらなぁ、って」

唯「……りっちゃんにとっての澪ちゃんって、
  きっと私にとっての和ちゃんなんだろうなって思うから」

唯「だからさ、さっきみたいに、『きっと、今回もダメ』なんて
和ちゃんが言うのを聞くと……」

唯「……もし私が澪ちゃんの立場になった時に、
和ちゃんはどうするのかなって考えちゃって……」

唯「だから、さっき……心の中で名前を呼んでみたんだ」

唯「『まどかちゃん』って。
  それが聞こえたのかなぁ……?」

17 : ◆PXMKYXNma6 2012/05/05(土) 22:31:26 ID:gP3eQLew0



結論から言ってしまえば、唯が言ったことは全くの見当違いのことだった。

確かに、和は『まだか』という声を聞いたのだし、
それは自分の名前を呼ぶ声でもなければ、唯の声とも違う、
今まで聞いたことのない男の声だった。

しかし、廊下を急ぐ和にとって、そんなことはどうでもいいことだった。

和(変だわ……何かがおかしい)

和(今まで――そう『唯に言われるまで』気づかなかったけれど、
  どうして私はただ漠然とあきらめてしまったのかしら?

  他人に対して強く出れないのが澪の性格だと知っていたとしても、
  澪がそれほど昼食会に気乗りでないことは分かっていたはずじゃない。

  普段の私なら、間に入って両方の意見をすり合わせることぐらいは
  してもいいんじゃないかしら?

  いえ、そうでなくとも、ずるずると既成事実が出来上がる前に、
  少なくとも一度は澪とゆっくり昼食を取れるようにするはず。

  それに――)

和(私が『あばばばばばばばば』なんて言う訳ないじゃない!)

和(さらに言えば、私はあれから『一度も律と会っていない』し、
  最後に「明日は、教室で一緒に食べような」と話したあと、
  『一度も澪と会話もしていない』。

  律はともかく、澪と会話すらしていないのはおかしいわ。

  『同じクラスにいるはず』なのに。

  澪と『簡単な相談が出来るほど』には『仲が良いはず』なのに……!

  律にしたって、同じクラスの私に、澪を引きとめてもらうくらいの
  お願いをしてきたって不思議じゃないはずなのに……!)

18 : ◆PXMKYXNma6 2012/05/05(土) 23:09:20 ID:gP3eQLew0



和(とにかく、律か澪を探さなくちゃ――)

その考えに至った瞬間、和の頭の中に衝撃が走った。

和(……二人はどこにいるの?)

澪と最後に会話を交わしたのは、『廊下』だった。

――放課後、部活へ向かおうとする澪を廊下で捕まえて、和は話し掛けた。

『同じクラスにいるはず』なのに、『教室内』ではなく、『廊下』なのだ。

和(どうして私は、澪と教室で話していないの?)

そこに気づいた瞬間、背筋に冷たいものが走る。

和(おかしい……!
  
  私は、お昼前まで、何の授業を受けていたの?
  
  その前は? 今日朝は何時に登校したの? 何時に家を出たの?

  朝食は何を食べたの? 何時に起きたの? 何時に寝たの?
 
  ……昨日は何をしていたの?

  おとといは? その前の日は? 先週は?

  まるで、私の意識している行動以外、世界に起こっていないみたいじゃない!
 
  ……違うわ、唯やムギたちは自分たちのクラスでお昼の用意をして待っていた。

  律は、『終礼のチャイムが鳴り終わった瞬間に教室を飛び出し』ている。

  私の意識していない部分でも、世界は動いている……)

19 : ◆PXMKYXNma6 2012/05/05(土) 23:38:39 ID:gP3eQLew0


和(でも、【き】っとそれは限定されている……!

  今確実に決定【づ】けられて【い】るのは、
  
  ・昼休みになっ【た】と同時にファンクラブの子が現れること。
 
  ・昼休みが始まった瞬間に澪はどこ【か】へと連れて行かれてしまうこと【。】

  ・律が澪と昼ご飯を一緒に食べようとしている【こ】と。

  ・終【れ】いのチャイムが鳴り終わった瞬【か】んに、
   律が教室か【ら】飛び出してしまうこと。

  ・唯とムギ【が】お昼休みは教室で私を待っていること。

  それ以外はど【う】なの?
 
  ……今の状態【で】は全然わからない。
  
  こんなに長く考え事をしていても、『午後【の】予鈴が鳴らない』。

  それは、『午後の授業』【み】たいなものが、【せ】界に存在しないからなのかしら。

  ……【ど】うかしてる!

 【こ】んなことを考えるなんて、私は気でも狂ってしまったの?)

【ろ】う下に立ち止まって、思わず両手で顔を覆う。

20 : ◆PXMKYXNma6 2012/05/05(土) 23:59:28 ID:gP3eQLew0



けれど、不思議なことに、私は自分の想像が的外れでないことを『認識していた』。

なぜか分からないが、それが『確かであること』が『分かった』のだ。

―――え?

ちょっと待ってほしい。

今、私は何と言った?

『廊下に立ち止まって』?

いや、それも重要だが、その前だ。

『私は』と、私は言ったのだろうか?

そう、私は今廊下に立っている。

その廊下は、唯たちのクラスから、自分のクラスへ向かう階段へと続いている。

あぁ、そうだ。『私』は『私がいる場所』をしっかり『認識している』。

『私がいる廊下』は、
『唯たちのクラスから、自分のクラスへ向かう階段へと続いている廊下』だ。

その認識は誰に決定された訳ではない。

私自身による『認識』がその『認識の及ぶ範囲』、
つまり『今いる自分の場所』から『自分のクラス』という
自分の認識の先へと繋がっている。

私は、今まで自分が閉じ込められ、好きなように操られていた『「(確固)」』たる檻から、自分が抜けだしたことが『分かった』。
  
誰かが『”賛”じた”認証”』によるものではなく、
自分自身という個人に『”一任”された”証”』を獲得しているのだと『認識した』のだ。

そうか、これからは、『私らしく』――自分が好きなように振る舞えば良い。

これからどんな結末に至ろうとも、それは私が私らしく振る舞った結果であるならば、
それを受け止めよう。

ともかく、明日だ。
  
これが現実かどうかは分からないし。

『ここまでの私』も単なる夢のような存在なのかもしれない。

ただ、明日になったとき、私は私のやりたいようにやる。

頭の中では、さっき聞いた唯の声が響く。

――――和ちゃんが毎日私やムギちゃんと一緒に
      ご飯を食べてくれるのは嬉しいんだけど、

――――りっちゃんと澪ちゃんも一緒に食べられたらなぁ

――――りっちゃんにとっての澪ちゃんって、
      きっと私にとっての和ちゃんなんだろうなって思うから

そうね。
律にとっての、澪とは――――

私にとっての――――

21 : ◆PXMKYXNma6 2012/05/06(日) 00:06:16 ID:ciDsN3jE0


ながながとごめんなさい。
次の方、よろしくお願いします!


和「澪、お昼食べよう」 3

最終更新:2012年05月07日 07:52