31 : ◆6P3ORP3Fjs 2012/05/06(日) 19:37:08 ID:.Z0Ao/iU0



 無心になって文章を書き進めた私は次の日、二年生の教室に忍び込んだ。
 一人増えたぐらいで誰も気づかない。誰も“認識”していないのだから、私が見えるわけがない。

 監視すべき対象は二人いる。澪先輩と、和先輩。
 澪先輩がどこまで“認識”したのかはわからない。
 だが、私と違ってこの世界にしっかりと存在している澪先輩が、私の側につくわけがない。
 だから、とりあえずこの空間から引き離した。
 ファンクラブに隔離させたおかげで、あの人は和先輩どころか誰とも話すことができない。

 ならば、和先輩だ。
 私は適当な人物を装う。クラスメイト……えっと、13ぐらいでいいかな?
 手遅れにならないうちに和先輩の“設定”を書き換えて、さもなくば説得して私の側に、

クラスメイト13「ねえねえのどっちー、ちょっとトイレいこ?」


和「あら? 一年生の教室はここじゃないわよ」

クラスメイト13「……え」

 その目が、まっすぐに私を“認識”しきっていた。

32 : ◆6P3ORP3Fjs 2012/05/06(日) 19:37:42 ID:.Z0Ao/iU0



 凍り付いた。息がつまる。
 気づかれた? そんなはずない、先輩方が、私の存在なんかに気づくはずがない!
 私の身体はすでに薄くなって透明な存在となって百年の孤独に沈んだはずなのに――

和「というかあなた、誰なのよ? 桜ヶ丘高校では見たことないんだけど」

 眼鏡の奥の二つの双眸が私を射抜く。
 顕微鏡で私の心の中まで覗かれているみたい。読まれているみたいに。
 極めつけのイレギュラー。私に気づく人なんて、あの人だけでも十分なのに・・・!


茜「・・・三浦茜っていいます。桜高の一年生です。デビちゃんって呼んでくださいね!」

 なんとかそう言い返してやった。もう指が震えて、言葉も浮かばない。

33 : ◆6P3ORP3Fjs 2012/05/06(日) 20:07:01 ID:.Z0Ao/iU0



  ◆  ◆  ◆

茜「・・・つまりあなたは、どうしたって一年後には唯先輩から引き離されます」

 二人きりの生徒会室で、桃色の髪の女の子がそう言った。
 どことなく得意げに、まるで子供に道理を教えてやるかのように。
 実際、三浦さんは私よりも背格好の高い人だったから、
 電源の切れたディスプレイに映り込む二人を見ても、どう見ても私の方が年上とは思えなかった。

 三浦さんの言ったことのすべてを理解できたわけではない。
 彼女自身も、この世界の仕組みのすべては把握できていないらしい。
 ただ、彼女が“書き手”であり、私たちの行動を書いていたこと。
 そして私が“認識”、つまり“読み手”として必要な素質を持ってしまったこと。
 それだけは、どうやら確定事項らしい。

和「……でも、私たちに“原作”があるとして、そうなるとは限らないじゃない」

 無理に言い返すと、彼女に鼻で笑われた。
 思わず声を荒らげそうになって……彼女の目に気づく。
 何もかも諦めてしまったような、ずっとひとりぼっちだったような。
 彼女の境遇を聞いて、単に同情しただけかもしれないのだけど。

34 : ◆6P3ORP3Fjs 2012/05/06(日) 20:07:46 ID:.Z0Ao/iU0



茜「さっきググってみてわかったでしょう? この世界はもともとマンガとアニメなんです」

和「でも、私たちがこんな話をしてる描写なんてどこにも、」

茜「そりゃそうですよ。私を含め、今の私たちを“書いて”いるのは、また別の人なんですから」

 彼女の話を聞く限り、この世界の神様=“原作者”にあらがうことはできない。
 そして三浦さんは言う。和先輩も、“書き手”になりませんか、と。

和「……いやよ。そんな、神様みたいなことはしたくない」

茜「そうですか? 唯先輩や憂ちゃんといくらでも仲良くできるんですよ?」

 それに、と三浦さんは付け加える。

茜「再開した原作で、和先輩の存在感だってどんどん失われてってるらしいじゃないですか」

35 : ◆6P3ORP3Fjs 2012/05/06(日) 20:08:53 ID:.Z0Ao/iU0



 それはあざ笑うような声ではなく、むしろいたわるような、なぐさめるような声。

和「……バカにしないで。未来のことなんて、どうなるか分からないじゃない」

茜「ぶっちゃけ私や和先輩だけ“認識”能力を身につけたのも、存在感が薄いからだと思うんですよ。
  メタ視点っていうんですけど、ほら、『ゆるゆり』の赤座あかりだってメタネタが」

和「そんなことは聞いてないわ! 私は、あなたみたいに人を駒みたいに――」

茜「はぁ。交渉決裂ってことですか」

 次の瞬間、私は生徒会室の壁に突き飛ばされた。

36 : ◆6P3ORP3Fjs 2012/05/06(日) 20:21:09 ID:.Z0Ao/iU0



 あ、そういえば私、父親が傭兵やってるって設定あるんですよね。
 私の首をしめながら、今度は本当に笑ってそう言う。
 だから私がそれなりに力強くても、キャラ崩壊じゃないですよね?

茜「もう分かってるんでしょう?
  私たちはみんな、登場人物でしかないんです。
  語られなければ、描かれなければ、この世界はどんどん薄まって消えていくだけです」

茜「……いい加減、勝手に目覚めてキャラ崩壊とかはじめるのやめてください。迷惑なんですよ」

 そう言って、私の喉を締め付けて、くるしい、息が、

茜「さようなら、和先輩」



?「――そっちこそ、人間をバカにするのもいい加減にしてくれないかな。デビちゃん」

 はっ、と手が離れた隙に三浦さんを蹴飛ばす。
 声の主に思わずにじり寄る。三浦さんがこっちをにらむ。声の主が咳き込む私の背中をなでた。

茜「な、なんであなたが……!」

37 : ◆6P3ORP3Fjs 2012/05/06(日) 20:33:19 ID:.Z0Ao/iU0



澪「なんでって、今日の“日常風景”。ファンクラブの描写、なかったでしょ?」

和「げほっ、かはっ……み、みお……!」

 なにか声をかけようにも咳き込んでしまって、横隔膜が痛くて言葉が出てこない。
 そんな私を澪はずっと支えて、背中をさすってくれている。

茜「私の設定だと、澪先輩に、こんな勇気なんて、」

 きっ、と睨み付けた三浦さんの台詞を澪が制した。

澪「デビちゃん。人間はロボットじゃないんだから、成長だってするんだよ?」

 最初にダメダメだった唯だって、いまやHTTのギターボーカルなんだ。
 私だって人前に出る勇気もなかったけれど、みんなのおかげでなんとかやってこれている。
 突き飛ばされたままへたりこむ三浦さんが表情を変える中、澪はそう言い聞かせる。

澪「和、唯、ムギ、梓、それに律。みんながいたら、私だって弱虫のままじゃいられないよ」

茜「……あははは。この期に及んで律澪ですか? やっぱ鉄板カプですねー」

 デビちゃん。悪いけど、人間は成長する生き物なんだ。
 だから……“書き手”を、そろそろ辞退してくれるかな。
 澪は、あくまでもやさしく三浦さんをそう諭した。


茜「――あなたたちに、私の気持ちがわかるもんか!!」

38 : ◆6P3ORP3Fjs 2012/05/06(日) 20:52:20 ID:.Z0Ao/iU0



澪「……」

和「……」

茜「……ええ分かってましたよ。私と和先輩じゃ格がぜんっぜん違うなんてこと。
  私は、モブにすらなりきれないただのボツキャラです」

澪「デビちゃん、それはあなたを好きな人に失礼なんじゃ…」

茜「いいですよ。次に来る“書き手”さんに譲りましょうか」

 三浦さんは私たちに携帯電話を投げつける。
 表示された画面……どこかの掲示板だろうか?

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  1 名前:いえーい!名無しだよん![] 投稿日:2012/05/05(土) 00:02:56 ID:BWlSYryo0 [1/5]
  和(無事2年生に進級できた私だけど唯とクラスが離れちゃったわ)

  和(幸い澪が同じクラスだからお昼の相手に困ることはないけど)

  和(ひとりで寂しいランチタイムを過ごすはめにならなくてよかったわ)

  和「澪、お昼食b

  「キャー!!!生秋山さん!!秋山さんよ!!」

  「すごーい!!!動いてるぅー!!!」

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茜「今の私たちを操っているのは、この掲示板に書かれた文章です。
  いいですよ、好きなように書いて。物語を完結させてください」

 成長、できるものならしてみてくださいよ。自由意志とやらがあるのなら。
 三浦さんが私たちをそう挑発する。


 澪が介抱してくれたおかげで、だいぶ咳は弱まっていた。

澪「和、大丈夫? とりあえず続きは私が――」

和「いいわ。今回だけよ」

 私は投げつけられた携帯電話を拾い上げる。
 棒切れみたいに使い古された携帯は、どこかリレー競技のバトンのようにも見えた。

39 : ◆6P3ORP3Fjs 2012/05/06(日) 20:52:45 ID:.Z0Ao/iU0


乱文しつれいしました
それでは次の方、お願いします


和「澪、お昼食べよう」 5

最終更新:2012年05月07日 07:55