澪「今年は律と違うクラス…か」
二年になったその日、私は少し憂鬱だった。
はっきりした理由はわからない、もしかしたら私だけクラスが違ったせいなのかとも思うけど…でも、和と一緒だ。そこまで不満は無いハズ。
帰りに律と寄った本屋で買った雑誌をぱらっと捲っても興味が出ない。
澪「…練習するか」
♪~
澪「あ、違った…」
間違えてしまい手が止まると苦笑いを浮かべる。
そう言えば、いつもここは律が走るとこだな。とか思って直ぐに笑みに変わる。
って、私…さっきから律の事ばっか考えすぎだろ!
澪「うっ…ダメだダメ。今日は寝ようっ」
楽器をしまってからベッドに身体を放り出す。
こうやってクラスが離れたんだし、もしかして律が自立する様に応援してやるべきなのかもしれない…。卒業したら今みたいに四六時中一緒じゃないんだし…
…そうだよ、な。少しは律に自立させなきゃ。私も少しは律に構わない様にしないとな。
そうして私はゆっくり瞼を閉じた。
―――
澪「あんまり寝れなかった…」
翌朝、私はいつも律が迎えに来る時間より早く家を出た。
…一人だけでの登校はちょっと寂しい。…いや、だめだめ。
澪「そんなこと思ってたらダメだっ」
つい声に出してしまい、はっと周りを見回す。
よ、良かった…誰もいないや。
でも恥ずかしいから少し駆け足で学校へ向かった。
和「あ、澪。おはよう、今日は早いの?」
澪「の…和。おはよ。うん、ちょっと朝練でもしようかなって」
和「へー、頑張ってるのね」
昇降口に入り靴を履き替えるとそのまま並んで教室に入る。
鞄を置くとベースだけ持って教室を出る。
…どうしようかな。
朝練とは言ったけど、音楽室だと律が来るかもだし…
私の足は自然と屋上に向かっていた。
―――
「きりーつ」
1限目が終わるチャイムが鳴り終わるより前にクラスの扉が開いた。
律「澪ー!!」
扉を開けたのは律。ざわざわとクラスがざわめく中、律はお構いなしにクラスに足を踏み入れる。
澪「り、律っ!まだ授業終わってないから!」
律「そんな事よりなんで朝は私を置いてったんだよー!」
澪「べ、別に理由はないけど…って一回出てけって!」
周りからクスクスと笑い声が聞こえて顔が赤くなるのを感じる。
漸く律が離れて挨拶が終わると、再び詰め寄られる。
律「でっ?なんでだよー」
澪「だからなんでもないって」
律「何でもないのに私を置いてくなよなっ。全くさー」
澪「…別にいいだろっ。律はさっさと教室戻れよ」
律「…なんだよー、澪のバーカっ!」
澪「なっ!」
バタバタと足音を立てて律が出て行く。…これでいい、んだよな。
その日の部活は、どこかぎこちないものだった。
練習が終わると私はなんとなく直ぐに音楽室を出た。
***
唯「澪ちゃん、どうしたのかなー?」
紬「ちょっと心配ね…」
律「…一人だけクラスが違うから、多分拗ねてんだよ。ほら、新入生にビラ配りにいこーぜっ」
―――
午後9時。
この3日間、私は律と一緒に学校へ行くことはなかった。
たかが3日、されど3日。
律とあんまり話さない日はなんだか長くて。新歓ライブも近いのに、私の心はみんなから離れていた。
ライブ、明日なのにな…
自業自得ではあるけど、溜め息を吐かずには居られなかった。
数学の宿題を片付けようと机に向かっても、練習しようとベースを手にしても捗らない。ただただ机に突っ伏すと、携帯が鳴った。
澪「はい?」
紬「あ…澪ちゃん?」
澪「ムギ…どうかしたの?」
紬「う~ん、私は大丈夫。ただ、律ちゃんの事が気になって電話したの」
澪「律の?」
ムギの言葉にドキッと胸が鳴る。
正直私は悔しかった。律は私とあまり話さなくなっても変わった様には見えないし、ましてやずっと唯と楽しそうにしていたから。
紬「律ちゃん、最近元気がないと思って。澪ちゃんなら理由を知ってるかなって思ったの」
澪「あ、あはは。私なら知ってるなんてないよ」
紬「そう…?…あと、澪ちゃんも最近、演奏が落ち着かないというか…よね?何か悩みがあったら聞くけど…」
もしかして、ムギは遠まわしに私が律の事を避けていると言ってる?
…いや、まさか。わ、私そんな露骨にやってない…と思う…けど…
澪「あ、はは。ライブが近いと思うと緊張しちゃってさ」
紬「…………そう?それなら…いいけど。何かあったら私、なんでも聞くから言ってね?」
澪「うん、ありがとうムギ。それじゃおやすみ」
紬「ええ、おやすみなさい」
プツッと電話が切れると、身体が冷える様な熱くなる様な…妙な感覚。
携帯を置くと、うさぎのぬいぐるみを手にしてベッドに寝転ぶ。
もう、限界かも。
律と…話したい。
…でもそれじゃあ、まるで私が律から自立出来てないみたいで嫌だ。
もう少し、もう少しだけ。
次の日。唯が迎えに来た。
唯「えへへ、おはよー澪ちゃん!」
澪「お、おはよ。えっ、と…まだ準備出来てないんだけ…」
唯「じゃあ待ってる!」
満面の笑みで押し切られると、急いで準備をして家を出る。
澪「どうしたんだ?急に」
唯「うーんとね。澪ちゃん、りっちゃんとなんかあったのかなーって思って…」
つい足が止まる。
唯にまで、バレてる?
…でも、そんなこと…
唯「澪ちゃん?」
唯に顔を覗き込まれてハッと身体がこわばる。
ぎこちない笑みを浮かべて首を横に振った。
澪「はは、まさか。そんな事無いってば」
唯「そう~?最近二人の様子がへんな気がしたんだぁ。何でもないならいいんだけど…」
唯が離れて歩き出すと、ふと律と唯の仲が良さそうな瞬間を思い出す。
無意識の内にまた足が止まる。
なんだよ、唯ばっかりずるいじゃん。
唯「ほぇ?澪ちゃん?」
澪「ご、ごめん忘れ物!先に行ってて!」
まるで唯から逃げるように駆け出す。
前も見ずに走った。
…気がつくと、小さい頃によく律と遊んだ公園に居た。
懐かしいな、ここ。
平日の朝だからか、子供の姿も無く、怖いくらいに静かな公園。
ブランコに近付いて鞄を置くと、腰掛ける。
キィ、と少し錆びた鎖の音。あの頃と変わって無い。
静かな公園に静かに響く音。
…授業はそろそろ始まったかな。
私が授業に出なくても、みんなはクラスが違うからきっとわからないよな…
俯くと、目頭が熱くなりじわっと涙が溢れる。
澪「…律…」
どうして、私…こんなバカな事をしたのかな。
後悔したって遅い。
自立ができないのは、私の方だと…こんなに思い知らされるなんて。
澪「律ぅっ…」
嗚咽が漏れ、涙がぼたぼたと零れ落ちる。
律と話したい、律の笑顔が見たい、律と一緒にいたい。
涙は止まらない。
私はこんなに律が必要なのに。
…律は、私が居なくてもあんまり変わらない。
律、私の傍に居てよ。私の事を頼ってよ。私の事、想っててよ。
こんなわがまま、届かない。
「澪!」
私の嗚咽だけが響く静かな公園に響いたその声は紛れもなく、私の待ち望む声。
澪「り、つ…?」
恐る恐る顔を上げると、公園の入り口に息を切らせた律の姿があった。
律はゆっくりと私の方へ歩き出し、目の前に立った。
律「おーおー、こんなに泣いちゃって」
ぎゅっと律に抱き締められて涙は更に溢れる。
澪「律…りーつー…っ…」
律「はいはい、私はここにいますよーっと」
少しおどけた口調の律。それとは裏腹に優しく慰める様に頭を撫でてくれる。
律「…唯が澪の事、急に走ってったって言うから心配したじゃん」
澪「ごっ…め…ッ」
しゃがんだ律が、下から私を覗き込む。
律「…澪、さ…ここ暫く私を避けてた、よな。クラス変わって寂しかったんだろ?」
上手く話せない私は、ただ泣きながら必死に頷く。
律「私だって寂しかったんだぞー?…私にとって澪は唯とムギとは別なんだからさ」
澪「べ、…つ…っ?」
律の言葉に、ゆっくり瞳を開く。
涙で滲んだ律の顔。
律がここにいてくれてる。それだけでまた涙が零れる。
律「私は澪の事、大好きだからな。澪と話が出来ないなんてつまらないだろ?」
そっと律の顔が近づくと私はぎゅっと目を閉じる。
頬へ何か柔らかいものが触れると、そのままその感覚が目尻まで這う。
律「泣くなよ、澪。私、澪の泣き顔も好きだけど笑ってる方が好きだからさ」
澪「……っ!」
律の言葉に、胸がじんとする。縋る様に律の制服の裾を掴む。
澪「ごめん…なさい、律…」
律「…ん。…ったく、澪はほんっと私が居なきゃだめだなー」
むにむにと頬を弄られながらも、今回は文句を言わずにじっと律を見つめる。
律「…仕方ない、今回はこれで許してやるよ」
澪「…え?」
ちゅ、と唇が触れ合った。でも私は、それがキスだと気付くまで数秒かかった。
気付いた頃にはかぁっと顔を真っ赤にしていたんだろう。
律「ほら、行くぞ澪!もう今日は授業サボってライブ練習だ!」
澪「う、うんっ…」
きっとこの繋がれた手を私から振り解ける日は来ないだろうと、そう思った。
最終更新:2012年05月09日 21:52