律「遊ぶぞーっ!」
澪「こら、まずは練習だろっ」
律「えー」
新入部員の梓も加わり、一段と賑やかになった今年の夏休み。私たちは今年もムギの別荘で合宿をする事になった。
あれから私と律はギクシャクした関係も無くなり、今までとなんら変わりなく互いに傍に寄り添っていた。
でも私はどこかそれに物足りなさを感じていて…。
あの日、律がしてくれたキス。
私はずっと忘れられる事はなく、それを思い出すだけで心臓は高鳴るし、顔は真っ赤になって嬉しいような、恥ずかしいような…そんな気持ちになっていた。
…こんな風に思ってるの、私だけなのかな。
海だ!とはしゃぐ律を、少し複雑な気持ちで見つめていた。
練習が先か、遊ぶのが先か。多数決で思わぬ裏切りに合い遊ぶ事が先になった。
水着に着替えると、一応みんなで準備体操をしてからパラソルの下に腰掛ける。
綺麗な海…ムギはほんとにお金持ちなんだな…。とか、ぼんやり考えていると僅かな砂の擦れる音と共に隣に梓が腰掛けた。
梓「もうっ!強化合宿なら普通練習が先じゃないですかっ!?」
澪「あはは、ほんとだよ。多数決でこう決まっちゃったから仕方ないけどさ」
苦笑を浮かべながらビーチバレーをする律と唯に視線をやる。
…本当は練習がしたかったけど、律が楽しそうだからまぁいいか…
澪「ってよくないだろ!」
梓「えっ!?ど、どうしたんですかっ?」
澪「あ、な…なんでも…」
つい声に出す癖、治さなきゃ…凄い恥ずかしかった…
律「あーずさー、澪ー。んなとこ居ないで二人も来いよ~」
火照った頬を冷まそうとパタパタと仰いでいると、律に声を掛けられる。
…あ、今なんかチクッとした。なんで?
梓「行きませんっ!」
律「なんだよー。梓は運動苦手なのか?」
梓「んなっ!それくらい出来ますからっ!」
梓をからかう様にしながらも、なんだかんだで遊びに引きずり込む律。
…ああやって私も乗せられてるんだろうか…。
…あ、また。
またチクッとした。
紬「みーおちゃん、どうかしたの?」
澪「ひゃあっ!ムギ!?」
ぴと、と頬に冷たいものが当たると一気に体の熱が冷えた様に背筋がぞわっとした。
驚いて振り返ると、クーラーボックスを持ったムギが居た。
紬「うふふ、冷えてるでしょ?喉が乾くだろうからジュースを持ってきてたの」
澪「なるほど、さすがはムギ。ありがと」
さっきまで梓が座って居た場所にムギは腰を下ろす。
紬「それで…何かあったのかしら、澪ちゃん?」
目が合うと、改めてさっきの言葉を投げかけられた。
ムギの目は、じっと私を見ていて。なんだか何もかも見透かされているような、そんな気分になる。
澪「な、なんにもないって」
紬「そう?それならいいけど」
クスっと笑ったムギ。慌てて視線を逸らして砂浜を眺める。
やっぱりムギはただ者じゃない様な気がするんだ…。
唯「みぃーおーちゃーん~っ!一緒に遊ぼうよぉ~ん」
澪「うわっ!ゆ、唯…急に変な声だすなよっ」
突然後ろから抱きつかれたと思い軽くそちらを向くと、甘えたな声を出した唯にそのまま頬擦りをされる。
全く、唯のおねだりには適わない。
そう思っていると私の横をすり抜けてボールが唯の顔面に直撃した。
律「あ、ごっめーん!手が滑っちゃった!」
唯「もうっ!りっちゃんってばこの鬼畜ーっ!」
ボールを拾いに来た律が、目の前で唯と楽しそうに話ているのを見て少し嫌な気分になる。
…私はわがままなのかな…
律「ほら澪!いこーぜっ」
澪「えっ?わ、わわっ!」
ぐいっと手を引かれるとそのままみんなと少し離れた波打ち際まで連れて行かれる。
もう、なんなんだよ。
ちょっと不満そうに心の中で文句を言うけど、繋がれたままの手にドキドキして顔が熱くなる。
律「澪」
波が押し寄せて足を奪われそうになった瞬間、名前を呼ばれた。
束ねきれなかった髪が風で遊ばれるのを手で直して律を見つめた。
律「今年も水着、似合ってんじゃん!可愛いなっ」
多分、律にとっては何気ない一言。でも私の心臓はバクバクと鳴り響いて。
繋いだままの手からですら、私の鼓動がバレてしまうんじゃないかと言うくらいだった。
澪「あ、ありが、とう…」
練習も終わり食事を食べ終えた私達は各自少しだけ休憩時間になっていた。
とは言え、ムギには別荘を提供して貰ったし、唯は皿を割りそうだし…梓は唯に絡まれているしで、私だけは皿洗いをしていた。
私も少しは休みたかったかも…なんて。
ぼんやり洗っていると、ぽん。と肩を叩かれた。
律「澪、手伝ってやるよ」
澪「えっ?あ、悪いな」
律「気にすんなって~」
カチャカチャと皿が重なる音が響く。
アイランドキッチンの向こう側で唯と梓がじゃれあって騒いでいるのが遠く感じた。
二人並んで洗うとすぐに片付いてしまって唯や梓、ムギの笑い声が戻ってくる。
律「澪」
澪「ん?」
律の方を向くと、唇が触れた。
こんな不意にだなんて、反則だよ…律。
律「…………さぁーってみんなー!お待ちかねの花火やるぞ花火ーっ!」
唯「待ってましたぁー!」
赤くなる私を、律はチラリと見て目を細めた。その表情にすら、ドキッとした…。
打ち上げも手持ちも無くなり、後は線香花火だけになると騒がしかった面々も静かに見入っている。
ぱちぱちと揺れる小さな火花を、私は眺めていた。
傍に誰かがしゃがんだと思い、視線を向けると律が居た。
律「綺麗だなーっ」
澪「そうだな。…あ」
その瞬間にしゅん、と火花が落ち、急に少し周りが暗くなった様な錯覚を覚える。
目が合うとつい笑ってしまって、二人で笑いあった。
だから、正面からの気配には、正直気付いてなかったんだ…
さ「やぁーっとついたぁああ」
澪「うわぁあああああああああ!!」
唯「さ、さわちゃん!?」
律「わっ!み、澪ーっ!」
―――
気が付いたらリビングのソファーに横たわっていた。
紬「あ、気付いた?体は大丈夫?」
澪「ん…あれ?私なんで寝てたんだ?」
唯「あははー、さわちゃんが急に出て来てびっくりしたんだよね」
律「心配したんだからなっ!」
梓「先輩…大丈夫ですかっ…」
さ「ごめんねー?」
四方八方から声が聞こえてくる中、繋がれた手の温かさを感じた。
…律だった。
澪「せ、先生…」
でも先生の顔見てうっすら思いだす。うう、まだちょっとぞわぞわするっ…
律「ま、とりあえず風呂でも入って落ち着いたら寝ようぜ」
みんなそれぞれに賛成の声が上がり、浴室へ向かった。
夜。
広い部屋の広いベッドにポツリと自分一人で寝転んで天井を見上げる。
…天井も高いな。
暫くごろごろと転がってみても落ち着かない。
そうだ。
昼間の胸に何かが刺さるような感覚。あれはなんだったんだろう?
…あのとき…律が梓と私を呼んだ。
その後のは…律が梓と仲良くしてた。
……嫌だった。んだと思う。
私はこんなに律のことばっかり考えて余裕が無いのに、当の本人は梓にばっかり構って。
本当は私の名前を先に呼んで欲しかった…んだよ、私。
律に、会いたい。
今、会いたい。
ベッドから降りて扉へ向かう。薄暗い部屋に響くのは大きな扉が開く音。
廊下も薄暗くて、私の足音だけが響いた。
隣の律の部屋まで思ったより距離あったな。どれだけ広いんだよ、ここっ…
静けさを破る様にノックの音が響く。
張り裂けそうな心臓。
もう、寝たかな?
どきどき、高鳴る。
まだ、起きてるかな?
扉が静かに開くと、暗い廊下に光が刺して律の姿が隙間から見えた。
律「…どうした?」
澪「あ、いやっ…部屋、広くて落ち着かなくてっ…一緒に寝ないか?」
律「あはは、澪は子供だからなー。…ほら、入んなよ」
招き入れられると電気を消してそのまま二人でベッドに寝転ぶ。
律「なんかこうしてると、修学旅行の事思いだすなー」
澪「え?」
律「怖い話の特集見て寝たら、澪が怖いからって私の布団に潜り込んできたのを思いだしたよ」
澪「あ、あー…そんな事もあった、かも…」
律「あったよ。朝起きたら澪が隣に寝てたから何かと思ったし」
一度目が合ってクスクス笑い合う。
笑いが収まるとどちらともなくぎゅっと手を握った。
律「……怖くなったり、寂しくなったらいつでも私のとこに来たらいいから」
澪「うん…」
律「おやすみ、澪」
澪「…おやすみ」
寄り添い合うみたいに向かい合って目を閉じる。
律が隣にいると思うだけでなんとなく穏やかな気分になった。
…おやすみ、律。
手を繋いで、目を閉じて。はっきりこの気持ちが繋がる。
私は、律がやっぱり好き。
これからもこの手が握るのは、私の手でありますようにとお願いをして、眠りについた。
合宿から帰って来ても夏休みはまだまだあった。
…でも、私としては2年にもなったんだし、来年の事を考えて夏期講習くらい受けておかないとちょっとだけ不安だった。
…だから私は、この暑い中、夏期講習を受けに学校へと来ていた。
でも、出ようと思った理由は実は他にもあって…
夏期講習は他のクラスも一緒に行うから、もしかしたら律も一緒に受けれるかも、と思っていた。
だけど昨日…律に夏期講習の話をすると、律は参加しない。ときっぱり言い切った。
そ…そりゃ、よくよく考えてみたら…あの律が夏期講習なんか受けにくるわけがないよなぁ…。
でも…やっぱり私は残念で寂しい。
講習だろうがなんだろうが、二人で隣合える事に意味があるから。
講習中、先生の話を聞きながらもつい律の事を考えてしまう。
律は今、何してるかな?律は今、私の事考えてくれてるかな?
…なんて思いながら時間はすぎる。
そう言えば、律に好きだとはっきり言って貰ったことはあまりない。
最初の1回か2回くらいなのかな。
…私も、あんまり言ったことない…から仕方ないけど。
ましてや付き合うなんてはっきりした約束は交わしていなかったし。
…律と私は、一緒に居るのが当たり前だったから。
だから、進歩はあれど…はっきりした関係の変化はない。
澪「…ふぅ」
昼休みになり、弁当を取り出していると和がゆっくりと近付いて来た。
和「澪、ご飯一緒にたべよ?」
澪「あ、うん」
和「さっきの問題、解けた?」
澪「あー、あれ。途中までは合ってたんだけどさぁ…」
いつも学校でするのと同じ他愛ない話。
…でも、今の私は物足りなさを感じてしまう。
和「……ちょっと澪?聞いてた?」
澪「…えっ?!な、なんだっけ?」
和「やっぱり聞いてなかったのね。まぁいいけどさ。…律の事でも考えてた?」
和の一言に、私はつい固まってしまう。
でもその言葉をやっと飲み込むと、ぼんっ!と音がなるくらいに顔が熱くなっていくのを感じた。
澪「うええぇっ?!な、何言って!!」
和「当たりなんだ?律の事、好きなのね。澪って結構わかりやすいよね」
クスクスと小さく笑ってみせる和を見て、私は恥ずかしくて居たたまれなくなる。
…うう、恥ずかしいっ。
…普通に考えたら女の子が女の子を好きだなんて…きっと一般的に考えておかしいんだろうとは思う。
でも和はそれをおかしいだなんて言う事もなく、ただ優しく笑っていた。
…これは私の勝手な考えなんだけど…私が律を好きな様に、もしかしたら和も唯を…
澪「もしかして…和…」
和「…ん。言わなくてもいいよ。私は…今の関係でも十分だから」
澪「和…」
…やっぱり、当たってるんだろうな。
講習も終わり、帰り支度が終わると和へと近づく。
澪「和、一緒に帰らないか?」
和「んー、そうしたいんだけど…これからちょっと用事があって。ごめんね」
澪「そっか。和も大変だなー。それじゃあまたな」
和「うん。じゃあね」
用事があるなら仕方ないよな…。残念だけど。
仕方なしに和と別れ、一人で校舎を出た。
3時か…律は、何してるかな。
直ぐに律の事ばかりを考える自分に苦笑いを浮かべてしまう。
「澪っ」
門を出ると不意に呼び止められて、慌てて声の方を向く。
…慌てた理由なんて、一つしかない。
その声が…律の声だったから。
澪「律!講習に出た訳じゃないのに何やってんだよー」
嬉しくて少しだけ声が高くなりながら律へと駆け寄る。
ああ、律だ。
…今日はずっと会いたいと思って勉強してた私に、神様からのごほうびなのかな。とか勝手に思ってしまうよ。
それでも私ばっかり会いたいなんて思ってたのがバレたら嫌だから、軽くからかう。
律「なんだよー。迎えに来てやったのにさっ」
澪「迎え?」
律「そうだよ。一緒に出掛けようと思ってさ!」
ぎゅっと手を取られた瞬間、講習中に感じていた寂しさは一気に消えてしまった。
律が、こうして私を待っていてくれた。
どうして心の中ではこんなに嬉しいのに、言葉には中々出せないんだろう。
ちゃんと、言わなきゃ。
嬉しいって。
ありがとうって。
…でも、言葉が、喉に引っかかって出て来ない。
素直になりきれない自分に、少しだけ嫌気がさす。
律「澪?」
澪「えっ?」
律「ちゃんと聞いてろよなー。ほら、一回澪の家で着替えてから急いで出発だぞっ」
どこに?なんて聞く暇もなく律に力強く手を引かれて、足は勝手に動き出した。
昔から律は、強引な所があるなぁ…。
でも、そんな行動が…いつも一歩引いてしまう私をそうやって勇気付けてくれているのはよくわかってる。
律の言う通りに、一度家で着替えるとバスに乗った。
律「澪、ほら!」
澪「あ。これっ…」
並んで座るバスの中、律が鞄の中から二枚のチケットを取り出して見せた。
それは…遊園地の招待券。
律「知り合いに譲って貰ったんだ。澪さ、ナイトパレード見たかったんだろ?」
合宿から帰ってきた後、律が私の家にあそびに来ていた日。
律が持って来た雑誌に載っていた夏休みのパレード特集があった。
写真に収まったキラキラ輝くネオンが凄く綺麗で、私はずっとそれを見ていた。
口に出してパレードを見たいなんて言わなかったのに、律は分かっていたんだと思うとつい頬が赤くなる。
澪「…うん」
律「へへ、よかった。朝から来れなかったけど、今日までらしいから間に合ってよかったよな!」
にかっと笑った律を見つめると胸を締め付けられる。
ありがとうって言わなきゃ。ちゃんと分かってる…分かってるんだ。
律「あ!ついた。降りるぞっ」
澪「う、うん」
…ああ…言いそびれちゃった。
どうしてなんだろう。もっと素直になりたいのになりきれないよ。
律は、こんな私…嫌いになったりしないよね…?
ジェットコースターにコーヒーカップ、バイキングにカーレース、それから…観覧車。
お化け屋敷行くのは嫌だから…逃げ出したけど。
私たちはまるで走り回るようにはしゃいでいた。
あっと言う間に時間は過ぎて行き、あたりも少し暗くなってくるとパレードが始まった。
人混みの中、離れないように強く握った手。
目の前を過ぎる煌びやかで賑やかなパレード。
眩しい光が差し込む中、私は律の様子が気になってちらりと視線を向ける。
…目が、あった。
その瞬間は長くて、周りの音も消えて。
律「澪…」
ゆっくり、重なる唇。
二人だけの世界。
パレードはあっと言う間に終わり、バスから降りて二人手を繋いで帰り道を歩いていた。
互いに少しだけ無言になりながら…でもその無言も苦じゃなくて。
…今なら、きっと素直になれる。
そんな気がした。
澪「律…」
律「ん?」
澪「今日は…いや、いつもありがとう…っ」
少し緊張しながら、私からキスをする。
恥ずかしくて顔を合わせていられないから、慌てて顔を背けた。
律「…言わなくても分かってるよ。私は澪の事がずっと好きなんだからなんでもわかるし」
律の小さな声が、私の心に染み込むように響く。
強く握った手の指が、自然に絡んだ。
私が、こうやって素直になれないのも…律は知っていて。
きっと…それでもいいんだと、言ってくれているんだ。
だから律は…
澪「…律、…す…好きだよ…」
こうやって、私が必死に言った素直な言葉も、笑って…
律「知ってる!」
…そう、答えるんだ。
…そんな律が、私はやっぱり…好きなんだ。
ただ、私は律をずっと好きでいよう。律はきっと応えてくれる。
何も不安になることはないんだから。
…な?律。
end+
最終更新:2012年05月09日 21:53