【9】

3駅すぎる間に1つ大きな駅があってそこで大半の人が降りたから空白の席がずいぶん目立つようになった。
小腹がすいたので憂の持たせてくれたおにぎりをわたしたちは食べた。
わたしは出かける少し前、憂と話したのを思い出した。

憂はあんまり自分のことを喋らない。
だから、わたしは憂のことで知らないことはいろいろある。
例えば、わたしが部活から帰ってくるまでの間、家で何をしているのかとか。
前に聞いたときは家事だと答えた。でも、そのときの憂は眠そうだった。
眠そうなときの憂は一番適当で簡単な返事しかしないのだ。
なんとなく話の切り口に困ったわたしはそれをもう一度聞いてみた。
その憂は眠気とは遠いところにいた。

憂「えー? ジグソーパズルとかかなあ」

憂はまさにそのジグソーパズルを組み立てている最中だった。
ぱちぱち、と音がした。

唯「へえーわたしは苦手だなあ。頭がごちゃごちゃってなっちゃうから」

憂「あはは。やってみると案外おもしろいよー」

唯「そりゃあ、できればやったああああってなるんだろうけどさあ」

憂「でも、ジグソーパズルの楽しいのはだれでもがんばれば完成できることだと思うな。すっごく難しいのもあるけど」

唯「えー。わたしはすぐピースなくしちゃうからがんばっても完成できないんだ」

憂「それはおねえちゃんに問題があるよー」

わたしたちは笑った。
完成させるのが好きなんだと憂は言った。

憂「おねえちゃんのせいだ。完成させる仕事ばっかりやらされたから」

憂はハッピーエンドの権威だった。
わたしは小さい頃、たくさんのお話を作って聞かせたが、そのほとんどはオチがテキトーで締まらなかった。
そんなわけで、憂には最良のおしまいをいつも考えてもらったものだ。

わたしが提示した条件はたったひとつだった。
ハッピーエンド。それも底抜けのめでたしめでたしであることだ。
だから、憂はハッピーエンドということに関しては人一倍正確だった。

唯「そう、最近、わたしまたお話を書いてるんだ」

憂「そうなんだ。どんなおはなし?」

唯「えーと……ファンタジーかな」

憂「おねえちゃん、覚えてる? どんなおはなしって聞かれるといつもそう答えたんだよ」

唯「えへへ、うん。まあ、まだどうなるかは自分でもよくわかんないんだけど」

憂「そっかあ」

唯「でも、少なくとも、あずにゃんを救えたらなって」

憂「聖書だね」

唯「え」

憂「世界で一番人を救ったファンタジーだよ」

唯「そんなにすごくないよ」

憂「でも、おねえちゃんの怪しい宗教の聖書にはなるんじゃない?」

唯「あやしくないんだってばー」

憂はあずにゃん教に否定的な唯一の人物だった。
もちろんこれは憂なりの冗談だ。
強い弾圧を乗り越えてその偉大さはより明白になる。
なーんてさ。

唯「ねえ、予言みたいな終わりはハッピーエンドなのかな? つまり、なんていうか……これからも幸せなんじゃないかって予想できるの」

憂は丁寧に考えたあとで言った。

憂「うーん……それは微妙だねー。天気予報くらいの正解率ならハッピーエンドだと思うんだけど。みんながみんなよかったって思わなきゃダメなんじゃないかな」

唯「そうかな」

憂「ほら、占いは信じる人も信じない人もいるけど、天気予報はみんな信じる」

唯「うーむ……どんなふうなのがいいんだろ?」

憂「今回はおねえちゃんが自分で考えなきゃだよ」

唯「むむむ……」

憂「あ、じゃあひとつコツを」

唯「なに?」

憂「昔ばなしなんかはだいたい幸せに暮らしましためでたしめでたしっていうふうに終わるよ」

唯「……ちょっと、大先生」

憂「どうしたの?」

唯「そんなふうに純粋なこどもをだますのは、ずるいんじゃないでしょうか」

憂「えー」

唯「もしかして、昔からいつもそれだった?」

憂「おねえちゃん気がついてなかったの?」

唯「うん。てっきり憂がすごいのかなあって」

憂「それだってじゅうぶんすごいんだよー」

忘れる前にかいておくことにする。
それからわたしたちは幸せに暮らし続けました。
めでたしめでたし。


『2030回目』

りっちゃんがいたんだ。
りっちゃんは何かをしゃべっていてね、わたしはそのうしろから驚かせようと試みた。

唯「わあっ」

律「うわあっ」

唯「えへへ」

律「……あ、じゃあそういうことで」

唯「なに?」

律「電話してたんだよ。それよりお前よくも驚かせてくれたなー」

唯「へへーん。てか電話なんて持ってないじゃん?」

律「ああ、それだよ」

りっちゃんが指さしたところにはなんと紙コップ。
負け続きで頭がおかしくなっちゃったのかな。
あーめん。

律「なにがアーメンだっ」

唯「じょーだんだよもう。それより紙コップで電話なんてどういうことさ?」

律「糸電話だよ」

なるほどなるほど。
たしかにりっちゃんの言うとおり紙コップのお尻のところにちゃんと白い糸がつながっていてそれがずっと向こう見えなくなるまでのびている。
その糸が振動してはるかかなたまでメッセージを届けるわけだ。
まさに糸電話。
わかる?

唯「でもなんで糸電話なんて使ってるの?」

律「いろいろあるんだよ」

唯「例えば?」

律「景観の問題とか? だってさ、天国に公衆電話ボックスなんてあったらおかしいだろ」

唯「それもそうだね」

真っ白い雲の上の真っ白い世界に真っ白い紙コップと真っ白い糸そして真っ白い心。
天国のキャッチコピーはこれでいこう。

唯「そういえば、誰からの電話?」

律「さわ子長官だ」

唯「ふうん、なんだって?」

律「工務部に発注を伝えてくれだってさ」

唯「工場に電話すればいいのに」

律「糸電話はりいいいいいいいいいいいってなんないだろ?」

唯「じゃあ、りっちゃんはなんで電話に出られたの?」

律「一日中、ここにいたからな」

唯「なんでまた?」

律「なんたってわたしは隊長だからな」

唯「隊長ってたいへんなんだねっ」

律「だから明日からは交代で電話番をすることにした」

唯「りっちゃんってひどいんだねっ」

律「なんだとー」

唯「じょーだんだよぉー」

いつもの秘密基地には、ムギちゃんはいなかった。
でもその代わりってわけじゃないけど別の人がいたんだ。

唯「あれ、むぎちゃんは?」

澪「さあ、どうしたんだろうな?」

梓「あの人、だれですか?」

唯「和ちゃんだよ」

梓「そのひとって?」

律「偉い人なんだ。ここだけの話、すっごい厳しいぞ、鬼だからな」

和「ちょっと律、変なこと言わないで」

律「ひゃあ」

和「もう……」

唯「でも、遠足なんてはじめてだねー」

和「遠足なんかじゃないわよ?」

律「お菓子は300円までだっけ?」

梓「わたし全部コーラ・グミだけでいっぱいになっちゃいました」

澪「わたしはスニッカーズにした」

律「それだと量が少なくね?」

澪「うるさい。スニッカーズは腹持ちがいいんだ」

和「この子たち……」

それから、わたしたちは工場に向けて行進をはじめたんだ。
出発する前、和ちゃんからいくつかの説明を受けた。
今回の発注は重要なものであそびじゃなくて任務だということ。これをうまく成功させるために和ちゃんがついていくということ。なのに、特に危険はないということ。くれぐれも注意すること。
和ちゃんは決して遠足気分になるなって言ったけど、それはまるで遠足前の先生のいろんな説明みたいでわたしはつい笑って、和ちゃんに怒られちゃった。

わたしたちは遊歩道の上をオレンジに光る街灯に沿って歩いて行った。
いつもと違うのがなんだか楽しくてわたしはずっとはしゃいでいて、なんども和ちゃんにお咎めをくらったんだ。
なによりもおかしかったのがさ、和ちゃん、澪ちゃん、あずにゃん、わたし、りっちゃんというように5人で縦にならんで歩いたってことなんだよ。

律「なあなあのどかー」

りっちゃんが後ろから大声で和ちゃんを呼んだ。和ちゃんが急に止まるからわたしたちは詰まってぶつかった。

和「なにかしら」

律「休憩時間とかないのかー?」

和「ないわ」

そしてまた歩き出す。
前へすすめー!

そんなわけで工場についたときにはもうわたしたちへとへとだった。

和「ごくろうさま。じゃあこれからわたしは発注を伝えに行くから、自由に工場見学でもしてていいわよ」

やったあっ。
と、みんな。

和「あ、律は一緒に報告よ」

律「なんでだよおおお」

和「だって、隊長じゃない。ほらいくわよ」

律「ああーーー」

ごくろうさまでーすっ。
と、みんな。

工場の中は珍しいものでいっぱいだったんだよ。
ベルトコンベアを流れてくるなんだかよくわからないかたまり。聞いてみると作ってるほうでももう何がなんだかよくわからないらしい。まあ、よくあることだよね。
その隣では水鉄砲を作っていた。澪ちゃんが言うには今の主流は空気銃から水鉄砲に移ってるんだって。時が流れる速さにはいつも驚かされるよ。
すっごい大きな風船も見た。そこでは風船の改良を進めているのだという。現場の人は誰も風船をあげないんだ。負けず嫌いなんだね誰もが。
そこを担当していた純ちゃんと少し話をした。

純「たまには、せっかくの風船を空にあげてやってくださいよ」

唯「タイミングがわかんないんだよー」

純「こーさんの合図ですって」

唯「あっちむいて、ほい」

純「……あ」

唯「純ちゃんの負けだ」

純「なんの勝負ですか」

唯「今、風船あげてもいいんだよ?」

純「そんなたいした負けじゃないですって」

唯「ほらあ、ねっ」

純「えーー」

そんな異世界を上機嫌で闊歩していると、おねえええちゃんと声がした。
振り向くと、憂が手をぶんぶん振っていた。
その隣にはなんとムギちゃんまでいたんだよ。

憂「おねえちゃんなつかしいねー」

唯「おー。あいたかったよー」

梓「家で会ってるでしょ」

憂「えへへー。梓ちゃんと澪さんもおひさしぶりです」

澪「うん。ひさしぶり」

梓「元気そうでよかったよ」

憂「そりゃもちろんだよー」

澪「ムギはなんでここにいるんだ?」

紬「バイトよっ」

梓「へえームギ先輩バイトしてたんですね」

紬「最近、はじめたのよ」

唯「どんなことしてるの?」

紬「見てみる?」

唯「うん」

案内されたのは、こぽこぽと音がする四角い部屋だった。その中央に大きな大きな雲があってね、そこからにょきにょきと何かが生えていたんだ。

唯「ここは?」

紬「ここから雲くずというか、天使もどきができるのよー」

唯「へえー。あずにゃん。えっちな気分にならない?」

梓「なんでですか?」

唯「だってさ、自分が生まれた場所だよっ。あそこだ」

梓「ならないですっ。ひわいですっ。ば-かば-か」

唯「そこまでっ?」

澪「妥当だ」

中央の雲はまるで呼吸でもするみたいに膨張と収縮を繰り返していた。
その動きのたびに鈍い音がして、それがまさに、こぽこぽ音の正体だったんだ。
雲から突き出た突起のひとつはすでに人の形をなしていて、じっと見ているとぽとりと下に落ちた。それから、その人は夢遊病患者みたいにふらふらふらふら、転んだり、つまずいたり、そのうちわたしたちとは反対側のドアから外に出ていちゃった。

唯「なんだかあの人見たことあるような」

紬「きっと、前に見たのよ」

唯「今、生まれたのに?」

紬「天使は死んだあと、自分の記憶だとか情報だとかをもって生まれ変わるのよ。唯ちゃんだってほんとは絶対ありえないはずなのに体験したように思えることあるでしょ? 同じ誕生日の記憶がいくつもあったり」

唯「そういえばそうだ」

ふだんそんなこと考えたこともなかったな。

唯「あのさ」

紬「どうしたの?」

唯「生まれ変わる前のわたしたちと今のわたしはおんなじ?」

紬「それは考え方によってどうにでもなるんじゃないかしら」

唯「そっか」

沈黙。
誰も何も言えなくなっちゃったんだ。
あずにゃんが隣で震えてた。
澪ちゃんは不安そうな顔をしてた。
こぽこぽって音が耳の奥の方の空洞でどんどんおおきくなっていってわたしは急にやるせなくなったんだ。

ねえ、昨日までの自分と今日の自分は同じだと思う?


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最終更新:2012年05月18日 21:04