憂『私の……血を浸したからだよ。……もうだめ、お姉ちゃん達は堕辰憂に殺されるんだ』

憂『私の大事なお姉ちゃん。手を伸ばしても届かないお姉ちゃん。……私のものじゃないお姉ちゃん』

憂『私から全部奪った世界。私を見捨てた世界。……そんなの、もうどうでもいい』

憂『とりあえず今は。……目の前のお姉ちゃんだけ、殺せればいいや……』トサッ


唯「憂!」

唯(どうしよう、どっちの憂もこのままじゃ死んじゃうよ!)

唯「どうしよう、どうしようどうしよう!」

『ゥゥゥゥゥゥゥウウウウ!』
ドスッ

唯「きゃあ!」ガンッ


唯「う、うう。動きが早いから刀も石太も上手く当てれそうにないや。……どうしよう」


『……そうだねぇ、このままじゃちょっと危ないかもねぇ』

唯「……誰?」

『あ、もしかして私の声が聞こえてるの?』

唯「う、うん。え? 誰?」

『よかったあ。憂にしか聞こえてないから。このままじゃ寂しいなあって思ってたんだ』

唯「憂? ……えっと、もしかして中の人!?」

『うん。そうだよ。……いや~、あの時の演奏は上手だったよね~』

唯「いやいやそんな~。中の人も上手だったよ~」

『あはは、自画自賛だね』

唯「ほぇ?」

『それよりも、今はアレを倒すことの方が先決でしょ』

唯「うん。……でも、どうやって」

『そのことなんだけど、アレは実はよく見ると、単純に早くなっただけの堕辰憂じゃないってことがわかるんだ』

唯「早くなっただけじゃないの?」

『うん。あの速度で憂にぶつかったら多少なり凹むと思うんだけど、それがないってことは、防御力も高いみたい』

唯「そんな……」

『だけど、多分ういえんなら効くと思うよ』

唯「ういえん?」

『えっと、石太の事だよ』

唯「おお、石太! やっぱりやればできる子だったんだね」

『でも、闇雲に撃ったんじゃ逃げられると思う。だから』

唯「何か策を考えないといけないんだね」

『……ううん、実はもう考えてあるんだよ』

唯「え?」

『いい、今から私の言うとおりに動いてね』



『ゥゥゥゥゥウウウウウウ!』

唯「来た……!」


『なるべくここから離れたところ。……周りが全部平坦なところがいいかな。そこに立っていてね』


唯「えぇい! くらええええ!」

カチッ

『そしたら、自分の向いてる方向の後ろに石太を放って。……そうしたら多分、当たると思うから』


『ッゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウ!』


唯「当たった!」

『やったね。私の予想通りだよ! さぁ、今度こそ!』

唯「うん。……もう、今度こそ復活しないように!」

唯「まっぷたつだよ!」


スパッ



『ゥ       ウウウウ……』

『ウウウウウウウウウウウウ……』


シュウウウウウウゥゥゥゥゥ


唯「……堕辰憂が」

『消えていく。……これでいいんだよ。これで』

唯「……そうだ、憂は!」

『……多分大丈夫だよ、どっちもまだ息がある。……でも』

唯「こっちの憂は大丈夫みたい。……でも、こっちの血を流してる方は」

『……もう、無理、かな』

唯「そんなことないよ! きっと、なんとかなるよ!」

『いいんだよ。きっと、憂も、生きてるよりも死んだほうがいいんだ』

唯「よくないよ!」

『……』


唯「だって、死んだって何もいいことないよ! 演奏もできないし、美味しいものも食べられないし! ゴロゴロもできないんだよ!」


『じゃあ、どうすればいいの!?』

唯「それは……」


憂『……ああ、そうか。……私の血を浸した堕辰憂でも、……負けちゃったんだ』

唯「憂!」


憂『あーあ。……あんなに頑張ったのに。……でも、最後の結末だけは見て無いから、しょうがないか』

憂『でも、私が今ここにいるってことは、結局そういうことなんだよね』

唯「憂?」

憂『お姉ちゃん、覚えておいて。……この惨劇は、また起きる。……ふふ、また起きるんだよ』

唯「な、何を言って」

憂『だって、そういう風になっちゃってるんだもん。私の前も、その前も、その前も。……皆ずっと繰り返してきたこと』

憂『さようなら、お姉ちゃん。私はここで死んじゃうけど、きっとこの後、お姉ちゃんはずっと苦しみ続ける』

憂『いい気味。……だなぁ』

唯「憂? どういう事!? ねぇ憂!」

憂『変わらないんだよ。私を倒しても、そこにいる憂ちゃんが同じことを繰り返すから、ねぇ』



「そういうことをさせないために、私たちが頑張ったんじゃない」



唯「さ、さわちゃん先生!」

さわ子「やっほ、唯ちゃん。……とく頑張ったわね」


唯「とく?」

さわ子「よく」


憂『今更、何しに現れたんですか』

さわ子「つれないわねぇ。……はい」

憂『これは……?』

さわ子「見て分からない? 一応の治療道具を持ってきたんだけど」

憂『いりません』

さわ子「まぁ、そういわずに。……はい」

憂『やめて! このまま私を』

さわ子「ダメなの。……唯ちゃんとの約束だしね」

唯「え? 私?」

さわ子「違う違う。未来の唯ちゃんとの、ね」

唯「え? 未来?」

さわ子「ああ、唯ちゃんにも話してなかったんだっけ。……と、そっちの憂ちゃんも手当してあげないと」


さわ子「さ、これでよし。と」

憂「……」

唯「憂、大丈夫?」

さわ子「ええ、打撲だけだったから、そんなに心配しなくていいわ」

憂『……』

さわ子「そんなに睨まないでよ」

憂『何を、したいんですか。何でこんなところにいるんですか』

さわ子「そうね。……それじゃ、ま。向こうに戻った後から話しましょうか?」



さわ子「羽生蛇村。かつて、その村では大量失踪者が出たって事で、その手のマニアには有名になった話しね」

澪「た、大量失踪!?」

紬「ええ。……お父様も、それに興味を持っていましたわ。……その羽生蛇村、というのが、私のお母様の故郷でもあったから」

律「え!? ってことは、ムギのお母さんはムギん家に失踪したってことか!?」

澪「何をいってるんだお前は」


紬「……ともかく、そのことがあって、お母様の誕生日だったあの日、お父様は羽生蛇村へと出かけました」

さわ子「ところが、その日、またもや羽生蛇村で失踪事件がお来たのよ」

さわ子「いなくなったのは、ムギのお父さんとSPが何人か、それと当時まだ小学校を出たばかりの少女だった」

澪「少女?」

さわ子「何でも、以前一回失踪事件に巻き込まれて、ただ一人だけ生還した少女らしいけどね」

律「ふ~ん」

紬「お父様が失踪したその日から、私の家では大騒ぎでした。……むりもないですよね」

梓「それは、だって頭首……というか、そんな感じの人が失踪したってことは大事件ですからね」

紬「ええ。幸い、圧力をかけてマスコミには報道させませんでしたけど」

澪「……すごいな」

律「それで、結局お父さんは帰ってきたんだろ?」

紬「はい。……嵐が酷い晩に、傘もささず、一人で戸を叩いて」

紬「異様な光景でした。……まるで、お父様一人だけ悪夢を見ているような、そんな顔で」

紬「私を見るなり、言ったんです。『私が居なかった間のことは全て忘れろ』と」


紬「その他にも、前述した通りのことなどを言われました」

澪「一体、何があったんだ?」

紬「……わかりません。ですから、先生! 教えてください、その日、何があったのかを!」

さわ子「わかったわ、私の知ってる限りで、だけどね」

紬「ありがとうございます」




唯「あ、そういえば、あれを倒したから、その話聞けるんだよね」

憂『……ああ、そういえば、そんなこと言った気もするな』

唯「教えて、何があったの?」

憂『……あれはね、私が過去に戻って、結構たったある日の話だよ』



……

さわ子「ある日、憂ちゃんが目覚めると周りが見知らぬ森の中だったそうよ」

さわ子「それで、心細くなって歩いていたら一人の男性に出会った」

さわ子「結果から言うと、その男性がムギちゃんのお父さんだったらしいんだけど」

さわ子「結局そこが羽生蛇村だったらしく、今のこの街と同じような状況だったらしいわね」

さわ子「まぁ、結局何だかんだあってムギちゃんのお父さんと憂ちゃんは助かって、ういえんを地中深くに埋めてお父さんは帰ってきたってわけ」




澪「……え? それで終わりですか」

さわ子「終わりだけど……? え、何? ダメだった?」

律「駄目って言うか。……びっくりするほど短かったな」

梓「重要なところを『なんだかんだ』で済ませましたよね。……知らない名前まで出てきたし」

さわ子「だって私だってそこまで詳しく効いたわけじゃないもん! なんか急に憂ちゃんが昔の話をしだしたときに断片的に聞いただけで」

紬「……な、なんだかんだ」

律「ほら、ムギが落ち込んじゃったじゃないか!」

さわ子「ええぇえ!? じゃ、じゃあどうすればいいのよ! 私これ以上しらないわよ!?」

和「じゃあ直接行って聞いてくればいいじゃないですか」


さわ子「ちょ、直接行くって言われても……あの世界行こうと思っていけるわけじゃないのよ」

和「気合を出しなさい」

さわ子「それで行けたらこんな苦労はしてないわよ!」

澪「そもそも、あの世界って何なんですか?」

さわ子「何か、憂ちゃんが羽生蛇村に言ったときに見つけた世界らしいけど、詳しくは知らないわね」

和「はぁ……」

さわ子「あの、露骨なまでにため息つかないでくれるかしら」

和「申し訳ございません」

さわ子「し、視線がいたい……!」


紬「そ、そういえば、お父様がこの騒ぎが起こる直前に、電話をしていましたけど!」

さわ子「ああ、それは多分憂ちゃんね」

和「何でもかんでも憂ちゃんなのね」

さわ子「仕方ないじゃない。これは憂ちゃんの恨みが招き起こしたことだもの。私たちはその補佐をしただけに過ぎないわ」

澪「それで、その電話の内容は……」

紬「大方、予想はつきますけど……」


さわ子「この計画は、ムギちゃんのお父さんの協力を元に、私と憂ちゃんで作っていたものなのよ」

律「こんだけのことをたった二人でやってたのかよ」

さわ子「まぁ、ムギちゃん家の協力は凄まじものがあったからね」

紬「でも、なんでお父様はその計画に協力したのですか?」

さわ子「憂ちゃんと面識がったと言うのが一つ、一緒の怪異を経験したと言うのが一つ。あとは脅迫じみたこともしたらしいけど」

梓「脅迫ですか!?」



……

憂『うん。……もしも協力しなかったのなら、娘さんをあの山奥に放置しますよ、ってね』

唯「そ、そんなこと言ったの!? ムギちゃんのお父さんに!?」

憂『他にも色々言ったけど、この一言が一番効いたみたいだね、母親についで娘まで失いたくなかった……ってところかな』

唯「憂! そういうこと言っちゃだめだよ!」

憂『駄目って言われてもね、もう言っちゃったし』

唯「あ、そうか。……えっと、じゃあ、これからはそういうこと言っちゃだめだからね!」

さわ子「なんだか間の抜けた会話ねぇ」

憂『……知りたかった最後が、こんな分に終わるなんて、わかっていたけど寂しいなぁ』

唯「最後?」

憂『そ、さいご。……だって私はこの時ずっと寝ていたから。……最後がどんなふうになるか知らなかったんだ』

さわ子「……そうね、私も、最後がどうなるかはわからなかった」

憂『でしょう? ……まぁ、皆に一泡吹かせたからいいかなぁ』

さわ子「そうかしら? むしろ、私はあなたがずっと泡吹いていたように見えたけど」

憂『何が……?』

さわ子「憂ちゃん。あなたはずっと自分のことしか考えていなかった。そうでしょう?」

憂『それが、何か?』

さわ子「だから、あなたは他人が向ける自分への慕情に気がついていないのよ」

憂『な、何を言って……!』

さわ子「唯ちゃん。……きっとあなたなら会ったはず。あなたにそっくりな黒い影を」

唯「黒い影? ……えっと、あ! もしかして中の人のこと?」

さわ子「な、中の人かどうかはわからないけど、多分それで合ってると思うわ」

憂『中の人?』

唯「うん! ……えっと、たしかそこにいるはず。あ、いたいた!」

憂『……なっ、何でこの中に人が!?』

さわ子「その人影、よく見てみなさい。誰かに似てるとおもわない?」

憂『……! お、お姉、ちゃん……!』


唯「え? 私?」

『違う違う。私のことを言ってるんだよ』

唯「おお、中の人にも妹さんがいたんだね」

『うん。ほら、そこにいるでしょう?』

唯「……あれ? あれは憂だよ」

『だから、憂のお姉ちゃんなんだって』

唯「? 憂のお姉ちゃんは私だよ?」

『え? 私だって憂のお姉ちゃんだもん』

唯「……?」

『……?』

さわ子「はいはい、変な話し合いしないのそこ!」

憂『……こ、これはどういうことなんですか!』

さわ子「あのね。あなたが一人過去に取り残されてるのに、私たちが何にもしないなんて本気で思っていたの?」

憂『そ、それは……!』

さわ子「確かに、タイムマシンは壊れてしまったし、あなたの血も現代には残っていなかった。でもね」

さわ子「それでも私たちは、一生懸命になってあなたを探そうと頑張ったのよ」

さわ子「その中で一番頑張ったのは誰だと思う? ……わかるでしょう?」

憂『……お姉ちゃん』

さわ子「そう、だってあんたのお姉ちゃんだから、周りから見たらいつ倒れるか心配だったわよ」



唯「なんだか、話に付いていけないんですが」

『う~ん、まぁ。単純に言ってしまえばね、私も憂を助けるために頑張ったってことなんだよ!』

唯「おお~、やっぱり中の人も憂を心配してくれたんだね」

『まぁ、私の妹だしね』

唯「だから私の」

さわ子「変な話し合いを再開させないの!」


憂『でも、どうやってここに……私は呼んでないですよ、お姉ちゃんなんて』

唯「え? でも私はここにいるよ」

さわ子「えっとね、つまりここに唯ちゃんが二人いるってことなのよ」

唯「おお、私が二人も!」

『そう! 最初からそう言えばよかったんだぁ』

唯「え? と言うことは、中の人は平沢唯なの?」

『そう、私の名前は平沢唯だよ!』

唯「おお、初めまして、平沢唯と申します」

『御丁寧にありがとうございます。私の名前は平沢唯と』

さわ子「ええい! さっきから漫才してるんじゃないわよ! 話進まないでしょう!?」

唯「おお!」


24
最終更新:2010年01月31日 11:54