あずにゃんが笑ってなくても、私が笑うから。
 あずにゃんがいつまでも傷を引きずってても。
 私はそれが、あずにゃんだったらなんとかできると思うんだ。
 そんなの、あずにゃんにしか分からないことだとは思うけど……。


 もう言ってること、意味わかんないけど!
 めちゃくちゃだし、何言ってるのかわかんないって、あずにゃんは思ってるかもしれないけど。
 でも。



 私は――皆に笑ってて欲しいんだ。



 そんな簡単にいくわけないけど。
 私だけが思ってることじゃないと思うけど。



 笑ってて欲しいんだ。
 りっちゃんと澪ちゃんは、一緒にいればいいと思うんだ。
 嫉妬しちゃうのは、想いを告げてないからだよあずにゃん。


 あずにゃんが、澪ちゃんに告白したら――好きだと言えば。
 多分だけど、あずにゃんの気持ちに少しだけ示しがつくと思う。
 ムギちゃんに、恋を知らないって言われちゃった私だけど……。
 だけど澪ちゃんは、絶対にりっちゃん以外を好きにならないから。
 りっちゃんも、きっと澪ちゃん以外を好きになりはしないから。


 だからあずにゃんは、澪ちゃんとちゃんと話をした方がいいよ。
 そして、りっちゃんとも話をした方がいいと思う。



 それでね、皆の気持ちに整理がついて。
 また一緒に集まる勇気が出たら。


 絶対、皆で演奏しよう!



 この前は、まだ中途半端だったから。
 皆の気持ちが、まだ楽しさに向いてなかったから、きっと会えなかったんだ。



 だって、高校生の時ってね。


 放課後がすっごく楽しみだった。
 授業中もね、音楽の事や部活の事ばっかり考えてて。
 休憩時間も部室に行きたくなっちゃったりしてたんだ。


 それは多分、私だけじゃなかった。


 だって集まることは『楽しいこと』だったんだから。



 だけど、十六日に集まる時は、まだ皆無理をしてたと思うんだ。



 集まることに、楽しさを感じていなかったんじゃないかって。



 それじゃあ、まだ『放課後ティータイム』になれないんじゃないかって。



 私は思うんだ。



 だから、皆で――それぞれできちんと気持ちを整理しようよ。
 それですっきりして。



 ホントのホントに、『会いたい』って。
 皆と一緒に演奏したい、おしゃべりしたいって思えたら。


 その時、やっと会う事にしよう?



 それがきっと、私たちが笑えるための第一歩だから。



 だからあずにゃん。



 私……私たち、待ってるから。



 ずっとずっと、待ってる。



 あずにゃんが部室に笑顔で飛び込んでくるの、皆待ってるからね。



 それじゃあね』










 待ってる。


 昼にも言われた、唯先輩の言葉。



 ――待ってる。








 私なんか、待たないで。



 私は……人の気持ちもわからず律先輩と澪先輩を別れさせちゃった最低な子なんだ。
 今の軽音部を、以前の軽音部と比べて文句を言う駄目な部長なんだ。
 そんな私が、皆と一緒にいるのは間違いなんだ。



 そう思うのに!




 待ってるって言葉が、こんなにも響くのはなんで……。
 その言葉が、心の中で嬉しいのはなんでなんだろう……。




 私は……。



 皆で集まる事に、楽しみを感じていなかった。
 十六日に全員で集まることが、『怖かった』んだ。



 去年はどうだった?



 唯先輩の言った通り、毎日放課後が待ち遠しかったんだ。
 澪先輩と律先輩が一緒にいるのを見るのは、ちょっとだけ胸が痛かったけど。


 でもそんなの関係ないと思うぐらい楽しくて。
 澪先輩とおしゃべりしたりするのも。
 律先輩といるのも確かに楽しかった。



 私の嫉妬とか、そんなの忘れられる時間でもあった。
 たまに胸が疼いちゃっても、それでも。



 それでも楽しかったんだ!
 嬉しかったんだ。愛おしかったんだ。



 そんな時間が……。
 もう戻ってこないなんて嫌だ!
 私は、私はそんなの嫌!



 あの時間が大好きなんだ!
 澪先輩と律先輩が笑ってくれてたあの時間が。
 確かにちょっとだけ胸は痛んでたけど。
 でも楽しかったんだ。



 確かに毎日が楽しかった。
 それを、過去形のままにしたいなんて思ってない。


 だから取り戻したい。
 だけど取り戻せないことをやってしまった。
 澪先輩と律先輩を別れさせてしまった。
 それはもう変わらない。





 変わらないから、何もしない。
 変わってほしいと思うのに、何もしない。
 私は、結局逃げてるだけなんだ。




 それじゃ駄目なのはわかってるよ。
 唯先輩の言ってることもわかるよ。



 だけど、そんなに私は綺麗じゃない。
 過去に縛られるとか、未来に生きるとか。
 そんな事わかってる。
 わかってるけど!



 終わったことに縛られてしまう。
 怖い。
 律先輩の気持ちがよくわかるんだ。


 受験に失敗して、落ち込んじゃった律先輩の気持ちが。
 今になってわかるんだ。



 澪先輩から離れた律先輩を、内心笑っていた私。
 苦しみも分からず、澪先輩が悲しいのは全部律先輩の所為にしていた。





 最低だった私。


 律先輩は……本当の本当に苦しんでいたのに!
 澪先輩のこと一番に――それこそ私なんかよりも考えていたのに。


 それを私は……。




 ――待ってる。




 唯先輩の声がこだまする。





 嫌だ。



 待たないで。
 私みたいなのを待たないで。



 ――あずにゃん。




 まだ聞こえる。
 私を呼ぶ声が。
 頭の中に残ってる。



 葛藤なんて、もういらないのに。
 嬉しいのに、悲しいなんて。



 もう苦しいのなんか、嫌だよ……。





 私……。



 私は……。





 その時だった。
 携帯電話がバイブした。
 ……今は、あまり誰かと話したくないのに。
 そう思って、側面の画面を見た。
 メールだった。



「律、先輩……?」



 間違いなかった。



 律先輩からメールだった。



 手が震えた。
 最後に見た律先輩の悲しく笑った顔を思い出したのだ。
 澪先輩の事が大好きなのに、『そうだよな』と笑ったんだ。
 それがどんなに律先輩にとって辛いことか、私はわからず。
 酷いこと、言っちゃったんだ。


 だからそれが思い出されて、一層辛い。
 心の傷は、ちょっとずつ深みを増していく。


 でも。
 律先輩だって同じはずだった。
 私につけられた傷が、痛まないわけないのに。
 どうして私にメールなんかするんだ。
 どうして。


 私は、ゆっくりとメールを開いた。





『梓、明日、話がしたいんだ。二人だけで。


 何処かで会えない?』


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最終更新:2012年06月01日 01:30