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 それは、近いうちの再会を示していた。
 私は、溜まらなく嬉しかった。
 前までの、『出会う事への嫌悪』が嘘みたいだった。
 また皆に会えるんだって。


 唯ちゃんの言っていた通りだ。
 高校時代の私たちは、集まる事に楽しみを感じていた。
 でも、いつからかそんな想いは無くなっていた。


 だけど。
 今ははっきりと感じるもの。
 会うことの楽しみを。
 『放課後ティータイム』として集まることへの、想いを。












 駅のホームに行くと、ベンチに唯ちゃんが座っていた。
「えへへ」
 こっちを見て笑った唯ちゃん。
「久しぶり、唯ちゃん」
 私も、笑った。













「ムギちゃん」
「なあに?」
「私、ロックな曲がやりたいな」
「どうして?」
「ロックってね、自分の中の強い想いを形にする音楽らしいんだ」
「全部が全部とは言い切れないけど、そうね」
「なんかねー、今の私たちにピッタリだと思わない?」
「――」
「ムギちゃんも、暖かい気持ちとか、そういう想いでいっぱいじゃない?」
「……うん。すっごく気持ちいいわ。ぽかぽかしてるし、何より優しい」
「でしょ? 多分澪ちゃんもりっちゃんも、あずにゃんも。
 今頃すっごい優しくて、穏やかで、楽しくて、幸せな気持ちなんじゃないかなって思うんだ」
「私も今すっごく幸せよ」
「だからね、ロックだよ! 私たちはロックなんだ!」
「ロック……」
「ある意味で放課後ティータイムって、ロックバンドじゃないかな?」
「うん……そうね! 私たち、ロックだわ!」
「おおー、ムギちゃんが乗ってきた!」
「よーし、唯ちゃん。今から私の家に来ない?」
「え? 何するの?」
「練習よ練習。澪ちゃんたちに言われたもの。そのうちまた放課後ティータイムで集まろうって」
「そうだったね。わかった、ギー太取りに戻ったらすぐ行くよ!」
「私も唯ちゃんの家までついて行くわ」
「うん。それでギー太持ってすぐにムギちゃん家!」
「それでね、梓ちゃんも呼ばない?」
「いいね! あ、でも、昼から部活だって言ってたよ憂」
「そう……あ、それじゃあ、私たちも部活に行かない?」
「ムギちゃんナイスアイデア。二人で部活行こう!」
「じゃあ私も、キーボード取りに帰らなきゃ!」
「うん。じゃあ、昼の一時に部室に集合!」
「あ、唯ちゃん……」
「えっ?」
「……ありがとう」
「……えへへ、どういたしまして」
「じゃあ、お昼にね。梓ちゃんにも連絡しなきゃ」
「あずにゃんには私が連絡するよ! それじゃあね!」
「うん! またあとでね!」












 梓と別れて、私は澪の家に行った。
 随分久しぶりに訪れる気がするなあ。半年ぶり位だろうか。


 受験に失敗してからは家からほとんど出なかったし、澪は私の家に住むようになったから。
 ここは私にとってもう一つの家みたいなものだけど、それでも懐かしい感じはした。

 家に入ると、澪のお母さんに出会った。それも随分久しぶりだ。


「あらりっちゃん。久しぶりね」
「どうもー」
「……」


 玄関の扉を閉めながら挨拶をするが、お母さんは私をじっと見つめた。目を白黒させている。
 顔に何かついているのかと思ったけど、別にこれという違和感はない。
 お母さんは、優しく宥めるように目を細めて続けた。


「なんか、澪から聞いてた話と違うわね」
「え?」
「あの子、半年くらい前から、たまに家に帰るとりっちゃんの事ずっと話しててね。
 元気がないとか、あんまり笑わないみたいな事漏らしてたの」


 澪は週に一度だけ自分の家に帰っていたけど、そんな事を話していたのか。
 申し訳ないと思う反面、それでも私の事を想ってくれてたんだなあって嬉しい気持ちもあった。
 それに、澪が私の元気のなさに憂いていたのは、もう『過去』のことなのだ。



「でも、拍子抜けしたわ。どんな暗い顔のりっちゃんが来るんだろうって想像してたのに、以前と全然変わらないじゃないの」


 つまり澪は、昨日あたり私が澪の家にお呼ばれすることをお母さんに話していたのだろう。
 そしてお母さんは、澪が以前より話していた『笑わない私』が来ると思って構えていたら、 立ち直ってえらく普通な私が登場して驚いたというわけか。
 なんか笑えないな。


「ま、それでこそりっちゃんよ」
「なんか照れますね」
「その顔が可愛いって澪もよく言うわ」


 さらっと言うなよ。


「澪は二階よ。ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」


 お母さんは、手を振って家の奥――まあ正確に言うとキッチンの方へ行ってしまった。
 その後ろ姿は、とても澪に似ていた。




 私は、懐かしい空気の中、階段を上がって澪の部屋に向かう。
 いきなり入って驚かせよう。
 私はあまり足音を響かせないように階段を――。




「律?」



 上がれなかった。
 私は諦めて階段を普通に上って、部屋に入った。



「超能力者か」
「わかるんだよ、律の足音は……というより驚かそうという魂胆がさ」
「むう」


 澪は勉強机についていた。机の上には何も広がっていない。
 勉強してたわけでもなさそうだし、特に何かしていたというわけでもなさそうだった。
 私は澪のベッドに座って、左右に手をつきつつ澪に尋ねた。



「ムギ、どうだった?」



 つい数時間前、私は梓と、澪はムギと話してきた。けじめ、というより話をしておきたかったのだ。
 私が昨日そう澪に提案すると、澪もムギと話したいと思っていたらしく、唯との会話の後にメールでそれぞれ誘ったのだった。
 それをちょうどさっき話をつけてきて、ここに来ている。



 もう十一時で、梓と話したのは二時間も前だ。
 それから、話が終わり次第澪の家に戻るように決めていた。
 それは澪の提案で、なぜ私の家ではなく澪の家なのか皆目見当もつかなかったけど、それもいいかなと思ってやってきたのだった。



「やっぱり、最初は落ち込んでたけど……でも、最後は笑ってくれたよ」
「そっか」


 ムギには色々と悪い事をした。うるさい、なんて怒鳴ったりもした。
 だけど、私はムギの事を嫌ってなんかいないという事は、澪は澪の言葉を通じて伝えてくれたと思う。


「梓は、どうだったんだ?」
「同じだったよ。私と澪を別れさせたのを、すごく後悔しててさ……」


 私は手元が寂しかったので、澪のベッドの脇に寄せてあったうさちゃん人形を手にとって抱いた。
 さっきの梓の様子は、簡単に思い出された。


「でも、最後はやっぱり笑ってた。澪を幸せにしてくれってさ」


 私は澪に笑いかけた。
 澪は、それに顔を赤くして目を逸らす。



「……もう十分幸せだけどな」
「え?」
「い、いや何でもない。それより……ちょ、ちょっと待っててくれ」



 澪は振り払うように急いで部屋を出て行った。


 本当は聞こえてたけど。
 私も恥ずかしくって、お礼も肯定もできなかった。



 少しして、澪が帰ってきた。
 お盆の上に乗せた、丸いケーキと共に。







「あ」


 それを見て思い出した。



 ……今日、私誕生日じゃん。



 澪は部屋の中央の小さなテーブルにそれを乗せて、私に言った。


「その様子だと忘れてたみたいだな」
「いやあ……すっかり忘れてた」



 澪は微笑みながら蝋燭をケーキの上に立てて行く。一本二本……と目で数える。
 十九本かあ。
 私、十九歳なんだなあ……。
 しんみりと暖かい思いに浸る。
 もう十九年も生きてる。
 その内の九年、澪と一緒なんだ。


 手際良く蝋燭に火をつけていく澪。
 私はそれを茫然と見つめた。


 九年前。もう九年前なんだなあ。
 澪と出会って。あの公園で落ち込んでる澪ちゃんに声を掛けてから。
 あの瞬間から、すでにこの気持ちは始まってた。
 それが今も続いてるなんて。
 幸せだって思う。




「な、なんだよじろじろと」
「んーにゃ、なんでもないよ」



 澪は電気を消した。
 部屋を、十九個の炎だけが照らした。
 澪の顔はぼんやりと浮かんでいて、目が綺麗だった。


「……で?」


 少し静かになったので、私はそう漏らす。
 澪は狼狽した。


「あ、いや……えっと、その……」


 何にそんな態度を取っているのかわからなかった。
 照れてるような恥ずかしがっているような。
 それがなんでかは、直後にわかった。



 澪は歌いだした。



「はっ……はっぴばーすでー、とぅーゆー……」



 いつも歌う時は上手なのに。
 緊張と恥ずかしさで、酷く詰まった歌だった。
 いつもならからかってた。
 でもそうはしないまま。
 澪の歌を聞いていた。



 ――ハッピバスデーディア



「りーつー……」



 微笑ましくて。
 可愛くて。
 頬が緩む。



「ハッピーバースデー、トゥーユー……」



 澪が目配せした。
 私は頷いて。


 十九個全部吹き消した。
 ドラムの体力と肺活量舐めんなよと思った。





「……ああ、恥ずかしかった」


 澪は手で顔を仰いだ。
 電気をつけて、ケーキから蝋燭を取り除く私。



「面と向かってそれ歌ったの、久しぶりだったからな澪」


 出会ってからずっとお互いの誕生日は、二人だけで祝ってきた。
 だけど高校生ぐらいになると、あんまりその歌は歌わなくなってた。
 やっぱり思春期というのもあるし、恥ずかしいし、ちょっと大人になってた時期だったから。


 でもさっき澪が歌ってくれたのは。
 恥ずかしいのに歌ってくれたのは。
 私たちがまた新しく踏み出した一歩を、祝ってのことだったんじゃないかと思った。
 澪は咳払いをして、ナイフでケーキを切り分けるにかかる。丸いケーキの中央に乗っているチョコレートが目に入った。



「チョコどうする?」
「主役は律だし、律が食べろよ」
「馬鹿野郎。澪だって主役だろ」
「いや誕生日なのはお前だろ!」


 澪と見つめあった。
 私は、どういうわけか吹き出した。


「……ぷっ」
「……ふふ」
「あははは!」


 しょうもない。
 本当に些細な事だけど。
 どうでもいいような事だけど。
 失って気付くこともある。
 だから、こんな会話も幸せで。
 思わず笑っちゃうんだ。



「ほら律……ケーキ」
「サンキュ」


 澪はナイフを器用に使って、一緒に持ってきていた皿に小分けしたケーキを移し替えた。
 それからケーキの中央のチョコを手で掴み、私の皿にちょこんと置いた。
 澪が自分の分を皿に移し替えると同時に、私は気付いたように声を掛ける。



「澪、やっぱりこのチョコ半分な」
「いいのかよ」
「よくよく考えると、主役は二人って言っておいて私だけチョコっておかしいじゃん」
「なんだよそれ」



 澪はくすくす笑った。
 私も釣られて笑った。
 パキンとチョコレートを半分に割って、澪の皿に置いた。



「じゃあ食べようぜ」
「ああ……本当に、誕生日おめでとう」
「ありがと、澪」




 ケーキにフォークを入れた。
 ふわふわした感触は、どうも私の心の中みたいだった。
 おいしすぎた。




「律……」
「ん?」



 二人がフォークを置いたと同時に、澪が私の名前を呼んだ。
 澪の顔は、とても真っ赤だった。



「……実はさ、昨日まで誕生日忘れてたんだ……ごめん」


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最終更新:2012年06月01日 01:35