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「不安になることないわ。そうね……来年度辺りまで待ってみたらどう? 
 例えば……後輩が入ってくるでしょう? そうしたら少しぐらいは交流が増えるかも」
「でも、私サークルも入ってないし……友達はいるけど、でも後輩と交流なんてあるのかなあ」
「大丈夫よ。えっと、確か妹さんがいるんじゃなかった?」
「うん。いるけど」
「その妹さんの友達と仲良くなるとかどう? 妹さんも志望はN女子大でしょ?」


 ムギちゃんの言葉に私は妙に不思議な感覚がした。
 妹の憂は何かとお節介焼きで、高校時代も私のお世話をしてくれていた。
 両親は海外や県外での仕事が多くほとんど家に帰らないので、家事はほとんど憂がしてくれていたんだ。
 だから今度も私と同じ大学に来て、一緒に暮らすことになっている。
 今は二月で、もうすぐ受験だ。


「憂の友達かあ」



 私は漏らした。
 確か、憂は夕食の席で友達の話をしていたことがあったなあ。
 鈴木……なんとかちゃんと。
 中野梓ちゃん。


「まだよくわかんないなあ」


 その鈴木さんと中野さんも、N女子大が志望かどうかは知らないけど。
 でも、なんとなく。
 中野梓ちゃんは、来るような気がした。
 本当に、なんとなくだけれど。


「私も、あの二人を見てたら帰りたくなったわ」


 ムギちゃんは愛おしそうに窓の外を見つめた。
 私をその視線の先を追うけれど、なんということはない車の往来がただあるだけだった。
 そこに何かあるからムギちゃんはそちらを見たのではないのだろう。
 きっと頭の中に何かを――誰かを想い浮かべていたんだ。



「恋人がいるんだ?」
「そうね。学校の先生よ」


 意外すぎる言葉に私は声を上げた。


「えっ!? 桜高の?」
「ええ」
「もちろん女の先生だよね」
「当たり前よ」


 ということは私も会ったことがある先生が相手なのかな。
 そう思う前に、女の子同士の恋愛がとても大好きで、そして女の子同士の恋愛を何度も成就させてきたムギちゃん。

 そのムギちゃん自身も、女の子同士の恋愛をしていたというのは驚きだった。
 いや、予想できたかな。

 取り残されたような気分になる半面、すごい、そしてなんて罪な先生なんだとも思った。


 しかし誰なんだろう。
 私は頭を悩ませて、できるかぎり出会ったことのある先生の顔を思い浮かべた。
 でも、ムギちゃんと並んで映えるような人は一人しか浮かばなかった。


「山中先生?」
「すごい。正解よ」



 ムギちゃんは小さく拍手した。


「なんでわかったの?」
「うーん、ムギちゃん合唱部だったし」


 やっぱり、誰かと出会うというのは部活とか交友関係が大事だと思う
 田井中さんと秋山さんはそうではなかった――というかあの二人はどうあってもくっつく運命だったと私は思っている。


 けど、もし私、平沢唯が何かの部活に入っていたら、きっとそこで誰かと出会って恋をしていたんだろうなって。
 だから、部活に入っていたムギちゃんは、そういう出会いがあったんだろう。
 先生で思い当たるのは、音楽系統の部活の顧問をやっている山中さわ子先生しか思い浮かばなかったのだ。
 美人だし、生徒の評判もいいし。


「唯ちゃんはすごいわね」
「うん?」
「なんでもないわ」


 ムギちゃんは幸せそうに笑った。
 恋をするって幸せなことだ。
 私はそれを知らないけれど、誰かと出会うこともあるだろう。


 そしたら、田井中さんと秋山さん――ううん、りっちゃんと澪ちゃんみたいな、あんなすっごい素敵で、愛し合ってて。
 仲良くて、支えあえるようなカップルになりたいなあ。


 それだけで、きっと毎日が楽しいんだろうなあ。
 りっちゃんと澪ちゃんは、毎日すっごく楽しそうだもん。
 今日だって、今頃二人は一緒にいるだろうなあ。



 私とムギちゃんはまた、窓の外を見た。


「あら?」
「どうしたのムギちゃん」
「あれ、りっちゃんと澪ちゃんだわ」


 私はムギちゃんの視線の先を目で追った。向かいの道を、手を繋いでいた。
 幸せそうな笑顔で。




 車の往来は激しいけれど、でも道を歩く人たちはみんな思い思いの時間を過ごしている。
 カップルで歩く人もいれば、一人で歩く人もいる。
 車に乗っている人だって、夫婦仲良く乗っている人も、家族で乗っている人も。
 はたまた一人で乗っている人だっているんだろう。
 世の中、それぞれの時間は動く。


 私もムギちゃんも。
 そしてりっちゃんと澪ちゃんも。
 きっと今、生きているんだ。




「私たちは、幸せね」


 ムギちゃんの言葉に私は、無性に感動した。


「そうだね」


 私は返した。


「あんなにも幸せなカップル、そういないわよね」
「うん。りっちゃんと澪ちゃんは、最高の二人だね」



 りっちゃんと澪ちゃんの幸せが、私たちの幸せになってた。
 あの二人を見てるだけで、ふわふわしててぽわーっとするんだよね。
 それぐらい、仲むつまじい相思相愛の二人なんだ。
 見てたらこっちがニヤニヤしちゃうもん。
 私たちは笑った。




 恋の力は、きっと私たちをいつだって包んでいるだろう。
 それは、どんな世界でも。


 世界の全ての恋人へ。
 お幸せに。




 春はもう、目の前だった。














 目の前にいる律と目が合った。




「澪?」



 私はじんわりと頬が熱くなるのを感じた。



「な、なんでもない」



 私は目を逸らして、ベースのチューニングの続きを始めた。



 律の部屋には、もう慣れていた。
 もうここは、私のもう一つの家みたいなものになってしまったから。


 律と出会った四月に初めて泊まった。
 あれは私が寝てしまったから泊まったとは言えないかもしれないけど、
 でもあれ以来何十何百と律の家――正確には律のこのアパートに泊まった。
 ほとんど私の下宿に帰らないこともあったぐらいだ。
 もうここに移り住もうかと考えているぐらいである。


 しかし、パパとママにどう律を紹介しようか。
 私は床に座ってペグを捻り、チューナーを見ながらそう考えた。
 律はと言えばすでにドラムの調整は終わり、立って私を見ていたり、 最近セッションしている楽譜を頭を抱えながら読んだりしていた。

 私はチラチラとそれを見る。
 私たちは恋人同士になっても変わらない。
 そう思ってたけど……。
 実際変わったなあと私は思う。


 昨日『した』から、やたらと床は散らかっていて、それを見るだけで私は火が出そうなぐらい恥ずかしくなるのだった。
 もし友達のままだったらあんなことはしない。
 ああやって、布団の中で抱き合って、キスしたり、名前を呼び合って喘ぐようなことはしないだろう。


 それをしたってことは、恋人になってるってことだ。
 それは嬉しかった。
 律に抱きしめてもらえること。
 キスしてくれることも。
 私の名前をいっぱい呼んでくれるようになったのも。
 好きだって言いあえるのも。
 本当に嬉しいことだらけ。


 まだ夢なんじゃないかって思うぐらいだから。
 私は幸せだった。


「おい、澪ー」
「えっ?」
「いつまでチューニングしてんだよー。早くやろうぜ」
「わ、わかった」



 私はペグをすぐに捻って終わらせた。
 立ちあがってストラップを肩にかける。
 律は座って、軽くスネアを叩いたりバスドラのペダルを実際踏んでみたりした。
 私もピックでとりあえず音階を弾いてみたりする。
 ハイハットの高さを調節する律。


 私はその横顔を、やっぱり何度も見てきた気がすると思った。
 ふわふわ時間か。
 あれにも書いたなあ。律の横顔。



 恋人同士になって、いろいろ変ったって言ったけど。
 やっぱり、あんまり変わってないかもな。
 私は思わず笑った。



「どした澪」
「いや別に」
「なんだよ気になるだろー?」
「律ってかっこいいなあって」
「ちょっやめろよ……は、恥ずかしいだろ」


 律は顔を真っ赤にして、口を尖らせた。
 可愛い。
 もっといじってやりたいところだったけど、さすがにいいかと思った。
 律が落ち着いてから、私たちはセッションした。
 楽しかった。




 終わった後、私たちは駅前に行ってデートした。
 デートとはいっても、やっぱりあんまり変わらなかった。
 こうやって笑い合いながら駅前のデパートに行くのも何度もあったし、一緒に歩いたりご飯食べたりするのは経験済みだ。
 ただ恋人同士なので、名前が『遊びに行く』から『デートに行く』に変わっただけ。
 でも、やっぱり気持ちは後者の方が嬉しかった。


 人目はばからず手を繋いで、人の往来の中を歩く。
 商店街みたいな感じで、それなりに人が多かった。



「お腹すいたなあ」


 律がお腹を撫でたので、私は尋ねた。


「そうだな。何か食べるか?」
「よし食べようぜ。えーと、どこかお店ないかな?」
「ってか律、お金あるのか?」
「ないんだよなあーこれが」
「……仕方ないな、私が払うよ。じゃあ喫茶店でいいか?」
「澪と食べれるならどこでもいいや」



 こいつは本当に……そういうドキッとする言葉を度々言うなよな。
 しかも臆面もなく言うもんだからこっちが気圧されるよ。


 その笑顔も。
 そんなこと言われたらもう私は……。
 律と繋いでる手に、ドキドキして汗かいたかもしれない。
 現に心臓はずっと高まりっぱなしだ。


 それに加えてさっきの一言で、さらに熱が出る。
 あーもう。


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最終更新:2012年06月01日 08:50