律「……へ? 廃部した?」
さわ子「正確には廃部寸前ね。昨年度までいた部員はみんな卒業しちゃって、
今月中に5人入部しないと廃部になっちゃうの」
律達は軽音楽部を存続させるために東走西奔したが、5人の部員が集まることはなかった。
1ヶ月後、軽音楽部は廃部となった。
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1年後。
梓(部活どうしようか…)
梓(軽音楽部は廃部になってしまったらしいし、入るとしたらジャズ研一択かな)
梓(見学期間だし、とりあえずお邪魔してみよう)
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ジャズ研部員A「あなたも入部希望かい?」
梓「あ、はい。今日は見学させてもらおうと思いまして」
ジャズ研部員A「お、ギター持ってるじゃん。じゃあ、練習に参加してみるかい?」
梓「はい。よろしくお願いします」
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ジャズ研部員B「中野さんでしたっけ? 随分上手ねぇ。中学時代から楽器やってたのかな?」
梓「父がジャズをやっていたんで、その影響で昔から練習していました」
ジャズ研部員B「そうなのー。即戦力として期待できそうねぇ」
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ジャズ研部長「はい。じゃあ今日の練習はここまで」
ジャズ研部長「ちょっと遅くなったから、みんなすぐに帰ってね」
ジャズ研部長「新入生の子は特に気をつけて。暗くなるの早いからね」
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梓(ジャズ研の先輩たちいい人だったな)
梓(指導も丁寧だし、練習熱心だし、ほぼ決定かな)
梓(…………あれ、ピアノの音が聞こえる。もう随分遅い時間なのに……)
梓(力強い音色……)
梓(この教室から聞こえる……ここは…合唱部の部室?)
梓(ちょっとだけ覗いてみようかな)
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梓(……女の人がピアノを弾いてる。綺麗な金色の髪……外国の人かな?)
梓(音も素敵だけど、私が入ってきたことに気づく様子さえないなんて、すごい集中力)
梓(見てるだけでわかる。この人はピアノに全てを捧げてるんだ)
梓(すごい!)
梓(終わっちゃった……拍手しないと)パチパチパチパチ
梓(って拍手なんてしたら気づかれちゃう)
紬「…? だぁれ?」
梓「あ、すいません勝手に入ってしまって」
紬「入部希望の子かしら、お名前は?」
紬「そう、梓ちゃんっていうの。梓ちゃんは合唱部に入部希望なのかしら?」
梓(違うけど、違うって言ったら、勝手に入ったことごまかせないよね)
紬「そう、違うのね。残念」
梓「す…すいません。あまりにいい音がしたから誘われちゃって」
紬「あらまぁ、それは嬉しいわ。ねぇ、ちょっとお話ししない?
ペットボトルのお茶ぐらいしかないけど、歓迎するから」
梓「じゃあ少しだけ」
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紬「じゃあ梓ちゃんはジャズ研に入るんだ。残念」
梓「本当は軽音楽部に入りたかったんですけど、去年潰れちゃったらしくて」
紬「けいおん部かぁ…。実は私も1ヶ月だけけいおん部に所属していたの」
梓「なんで辞めちゃったんですか?」
紬「部員が5人揃わなかったの。4人までは集まったんだけどね」
梓「それは…残念です」
紬「梓ちゃんはジャズ研よりけいおん部の方が良かったんだね」
梓「それはちょっと違います?」
紬「えっ?」
梓「ジャズは好きですし、仮に軽音楽部が存続していても、
軽音楽部とジャズ研のどちらか雰囲気のいいほうを選ぼうと思ってました」
紬「うんうん」
梓「軽音楽部が存続してたら、先輩と一緒に音が作れたじゃないですか
それがちょっと惜しいと思いまして」
紬「じゃあちょっとだけ合わせてみようか」
梓「えっ?」
紬「背中にしょってる楽器、弾けるんでしょ?」
梓(先輩と二人だけのセッションが始まりました)
梓(合わせてみて改めてわかったこと。先輩の音は深い)
梓(慣れている曲をお願いしたけど、これほどレベルの差があるとは…)
梓(そんな私のことを引っ張ってくれるように、先輩は鍵を弾く)
梓(音が生き物みたいにうねりあって、ひとつの曲として生まれ変わっていく)
梓(初めての体験でした)
紬「どうだったかな?」
梓「せんぱぃ…すごかったです」
紬「それじゃあそろそろ帰りましょう。もう下校時間はとっくに過ぎてるんだし」
梓「ねぇ、先輩」
紬「なぁに?」
梓「もしよろしければ、また合わせてもらえませんか?」
梓(結局ジャズ研には入らなかった)
梓(無理に部活に入る必要ないか、と思ってしまったから)
梓(理由は自分でもよくわかってない)
梓(ただ、私がそう思ってしまった原因が先輩にあることは間違い無い)
梓(放課後は純や憂とくだらない話題に花を咲かせ、二人と別れた後図書室へ行く)
梓(そこで私は勉強をしたり、本を読んだりして時間を潰す)
梓(部活動が終わる頃、私は作業を切り上げ先輩の元へ行く。ムスタングを背負って)
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部長「紬、頼まれてた部室の延長利用申請出しといたわよ」
紬「あ、部長さん! ありがとうございます」
部長「紬のピアノがなきゃうちのコーラスは成り立たないからね。あなたの頼みならなんでも聞いちゃうわ」
紬「うふふ…褒めても何も出ませんよ」
部長「でも紬の家ならピアノぐらいあるんじゃないの? 部室にあるよりずっと立派なのが、さ」
紬「確かにそうなんですか……」
部長「何か事情があるのね…いいわ。詮索はしないでおいてあげる」
紬「ご配慮に感謝します、部長さん」
部員A「あ、紬ちゃん。最近部活終わった後、部室に女の子連れ込んでるって本当?」
紬「そんなのじゃない…とも言い切れないのかな」
部員A「え、じゃあ紬ちゃんのコレなのコレ?」
紬「そうじゃないわ。でも大切な後輩なの」
部員A「ふーん。なんか進展あったら教えてよ。それじゃあバイバイ、紬ちゃん」
部長(…………ほどほどにね)
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梓(私が合唱部の部室にきても先輩は気づかないことが多い)
梓(いつも先輩は真剣な眼差しでピアノに向き合っている)
梓(一曲終わった頃になってやっと私に気づく。そして声をかけてくれる)
紬「あら、梓ちゃん、きてたのね。ちょっと待って、お茶を出すから」
梓(それから私と先輩は少しだけ雑談をする)
梓(憂や純のこと、昨日の夜ご飯のこと、授業中の些細なミスのこと…そんな本当に些細なことを)
紬「それじゃあそろそろ合わせましょうか」
梓「はいっ!」
梓(雑談が終わると、私はムスタングを取り出し、演奏の準備をする)
梓(先輩の音に追いつけるよう、精一杯の力を振り絞って演奏する)
梓(私はこの瞬間が大好きだ。とても短いけど濃密な時間)
梓(自分の音が先輩の音に引っ張られて高められていく、確かにそう感じられる短い時間)
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紬「梓ちゃんこの短期間で随分上達したわね」
梓「そんな…私なんてまだまだです」
紬「そんなことないわ。こんなスピードで上達するなんて普通じゃないもの。家ではギターばっかり弾いてるんじゃない?」
梓「はい。でも好きでやってますから」
紬「ちゃんと友達と遊んでる?」
梓「はい」
紬「毎日私のところに来てるから、学校の外で遊ぶ時間がなくなってないか心配なの」
梓「そんな…土日まで来てるわけじゃないんですし、友達と遊ぶ時間ぐらい確保できますよ」
梓(と言いつつ、最近外に遊びに行ってないけど)
梓(なんだか先輩納得してないような顔をしてる……じゃあ)
梓「先輩、今度の日曜遊びに行きませんか」
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梓(待ち合わせ場所はここでいいはず。流石に20分前だから先輩もまだ…)
紬「わっ!!」
梓「うわぁぁあ! え? 何!? 先輩!??」
紬「おはよう。梓ちゃん」
梓「せんぱぃ……やめて下さい…。心臓か止まるかかと思ったじゃないですか」
紬「ごめんなさい。梓ちゃんのこと驚かしてみたくて待ちぶせしてたの」
梓「待ち伏せ?」
紬「そう。そこの影で隠れてたの」
梓「じゃあもっと前から来てたんですか?」
紬「うん。30分ぐらい前から来てた」
梓「なんでそんな早くから……」
紬「私、『今きたところなの~』って言うのが夢だったから…」
梓「驚かしたんじゃ、言えないじゃないですか」
紬「……」
梓(先輩がシュンとしてしまった…今日の先輩はいつもの先輩と違う気がする)
紬「気を取り直してっと」
梓(あ、立ち直った)
紬「じゃあどこへ行こうか。梓ちゃんどこか行きたいところはある?」
梓「特に考えてないです。テキトーに街をまわればいいかなって」
紬「そうね。じゃあちょっと歩きましょうか」
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梓「あ、このお店でちょっと服見て行きませんか」
紬「うん。いいわね」
梓「あ、この服先輩に似合いそう」
紬「白いワンピースかぁ……ちょっと試着してくるね」
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紬「どう? 似合うかな?」
梓「これは…すごく似あってます。こんなに白のワンピースが似合う人ははじめてかもです」
紬「そうかな? あれ、手に持ってるのは?」
梓「あ、これ面白かったから持ってきたんです。なんでこの店こんな服があるんでしょう?」
紬「じゃあちょっと着替えるね」
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紬「どうかな?」
梓「すごく似あってますけど……なんでこの店にナース服なんてあるんでしょう」
梓(そして先輩はなんでノリノリで着こなしちゃうの)
紬「次は…これね」
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紬「じゃーん!」
梓「ゴシックロリータも完璧に着こなしちゃうんですね」
紬「梓ちゃんもこれ着てみてよ」
梓「嫌です。私にそんなの似合いませんよ」
紬「ダメ?」
梓(その上目遣いは反則です…)
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梓「ど……どうですか」
紬「そしてこれを装着」
梓「なんで猫耳なんてつけてるんですか。てかこの店なんで猫耳まであるんですか」
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紬「うーん。これはなんと言えばいいのかしら…」
梓「?」
紬「世の中にこんなにかわいいものがあるなんて知らなかったわ!!」
梓「うわっ! 突然抱きつかないでください!!!」
梓(胸が顔にあたってる。というか先輩の胸に顔が埋まっちゃってる)
梓「…………」
梓「…………」
梓「…………」
紬「…ハッ、ご、ごめんなさい。あまりに梓ちゃんがかわいかったから」
梓「別に…気にしてませんから」
梓(胸…やわらかかった……)
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紬「じゃあちょっとこれ買ってくるから待っててね」
梓「先輩、ナース服とゴスロリ服は要りません」
紬「えー。せっかく梓ちゃんが褒めてくれたのに」
梓「そんな声出さないで下さい。あんな服買っても着る機会なんてないですよ」
紬「……確かにそうね。じゃあワンピースだけ買ってくるね」
梓(先輩はしゃいでるなー)
梓(いつもの大人っぽくてミステリアスな先輩とは違うけど)
梓(明るくノリのいい先輩も悪くないかな)
梓(その後、私と先輩はお昼を食べ、それから雑貨屋を見て回りました)
梓(先輩は思ってたよりかわいらしい人です。今日一緒に遊んでそれがよく分かりました)
梓(演奏の時は恐ろしい集中力を発揮するけど、はしゃぐときは思いっきりはしゃぐ)
梓(それが先輩の人となりであり、魅力でもある、そう思います)
梓(そろそろ帰ろうか、なんて話をしながら歩いていると、路上ライブをやっている男の人が見えてきました)
梓(その男の人はギター一本で語り弾していました。そんなに上手くない。ギターの腕なら私のほうが上だと思うし、歌もそれほどじゃない)
梓(でもいいなと思った。ああいう風に人に音楽を聴かせるるのが)
梓「……いいな」
紬「梓ちゃん?」
梓「あ、口に出てしまいましたか」
紬「あの男の人がいいの?」
梓「ち、違います。ああいう風に人に音楽を聴かせるのが、です」
紬「梓ちゃんは路上ライブをやってみたいの?」
梓「それもちょっとやってみたいですけど、そうじぇなくて……人に自分の音楽を聴いてもらいたいなって」
紬「そうね……」
梓(あ、先輩が何か考えこんでる……たぶん私達が二人で放課後にやってる練習に関することだ)
梓(あの練習は先輩が善意で付き合ってくれてるものだけど、私はその成果を発表する場所がない)
梓(先輩と一緒に演奏するのはそれだけで楽しいけど、いつか誰かに自分の音を聴かせてみたいとも思ってる)
紬「いいこと思いついちゃった!」
梓「え?」
紬「梓ちゃん、私と一緒にバンドを組みましょう!」
梓「えええ!?」
最終更新:2012年06月07日 07:06