唯「でもムギちゃんが雇ってくれるとは思わなかったよ~」
紬「斎藤……という家のお世話をしてくれている一族がいるんだけどね」
紬「夏の間オーストラリアに里帰りすることになってしまい猫の手も借りたい状態なの」
唯「ふーん。そんな事情があったんだー」
唯「でもそのお陰でムギちゃんの家でメイドさんのバイトできることになったんだから、斎藤さんさまさまだね」
紬「じゃあさっそく唯ちゃんにやってもらう仕事について説め…」
唯「!?」
紬「…?」
唯「あれ…急にお腹が痛くなってきちゃった」ガクッ
紬「唯ちゃん?」
唯「……はぁ…はぁ………はぁ…」
紬「唯ちゃん! しっかりして唯ちゃん!! 大変!! 救急車を呼ばなきゃ!!!」
___
憂「お姉ちゃんっ!! 大丈夫!!!?」
唯「あっ、憂!」
憂「お姉ちゃ~ん!!! 無事なんだね、良かった。突然手術したって聞いたから心配したんだよ!!」
唯「えへへ~。心配かけてごめんね憂。急に盲腸になっちゃってさ」
紬「うん。薬で散らせれば一番良かったんだけどね。わりと症状が酷かったから手術することになってしまったの」
憂「あ、紬さん。こんにちわ。この度はお姉ちゃんがお世話に…」
紬「そんなに畏まらなくいいのよ……それで唯ちゃんのことだけど10日間ほど入院しなきゃならないの」
憂「そうなんですか…? お姉ちゃん……一人で大丈夫?」
唯「ういー。それは私の台詞だよ」
憂「へっ?」
唯「私が入院してる間、憂が一人になっちゃうでしょ。それが大丈夫かなって」
憂「お姉ちゃん…私なら大丈夫だよ!」
唯「だめだめ。憂はかわいいんだからさ。やっぱり一人だけで家に居るのは危ないよ」
紬「それでさっき唯ちゃんとお話してたんだけど、憂ちゃん。唯ちゃんが入院してる間だけ家にこない?」
憂「紬さん……そんなの悪いですよ」
紬「いいのよ。憂ちゃんなら大歓迎だわ!」
紬「それに私の家ってこの病院の裏にあるの。家に泊まればお見舞いにもいきやすいわよ」
憂「うーん。確かに家からこの病院は結構遠いんですよね」
唯「うんうん。ムギちゃんのところなら私も安心だよ」
憂「お姉ちゃんがそういうなら……紬さん、どうぞ宜しくお願いします」
☆琴吹宅
紬「とうちゃーっく」
憂「すごい。本当に病院の裏にあるんですね」
紬「ちょっとした大人の事情でね」
憂「へー」(大人の事情かぁ…)
紬「憂ちゃんにはこの部屋に泊まってもらおうと思ってるんだけどいいかな? 狭くない?」
憂「あ、はい。大丈夫です」(うわぁ。私の部屋の3倍以上の広さだよ)
紬「私はこれからちょっとやることがあるんだけど……そしたら憂ちゃん暇よね」
紬「憂ちゃんって普段は何してるの?」
憂「普段…ですか?」
紬「うん」
憂「うーん。家事やってることが多いです。うちってあんまりお父さんとお母さんが帰ってこないので」
紬「なにか趣味とかないの?」
憂「お姉ちゃんのお世話かな」
紬「うふふ。憂ちゃんはお姉ちゃん大好きなのね」
憂「はい!」
紬「とは言っても今は唯ちゃんもいないし、お客さんを暇にさせておくのもねぇ…」
憂「私なら大丈夫です。さっき紹介してもらった書庫の本でも読んでますから」
紬「……そうね。じゃあ急いで掃除をおわらせてしまおうかしら」
憂「掃除ですか?」
紬「うん」
憂「それって…お姉ちゃんがやるはずだった仕事ですか?」
紬「まぁ…そうなるのかな」
憂「それ、私にやらせてもらえませんか!」
紬「えっと……。別に憂ちゃんをそういうつもりで誘ったんじゃないんだけど」
憂「やらせてください!!」ペコリ
紬「うーん。じゃあ頼んじゃおっかな」
紬(唯ちゃんが手術したことで憂ちゃんもナイーブになってるみたいだし)
紬(体でも動かしたほうが落ち着くかもしれない)
紬「じゃあ書庫から行くね」
紬「ここが琴吹家の書庫。お祖父様が古書の収集を趣味にしていたおかげで本の数は1万冊を超えてるの」
憂「さっきも紹介してもらいましたけど、凄い広さ」
紬「古過ぎて読めないような本がほとんどなんだけどね。隅っこの方に漫画もちょっとだけあるわ。好きなときに読んでいいから」
憂「それって紬さんのですか?」
紬「そんなところかな」
憂(あ、これ私のお気に入りの漫画だ。妹×姉のイチャイチャが最高なんだ)
憂(あ、あっちも妹×姉。こっちは……幻といわれてる姉×妹ものの絶版本)
憂(紬さんも妹×姉が好きなのかな?)
紬「書庫は本棚の上を軽く雑巾で乾拭きしてから掃除機をかければいいの」
憂「はい、わかりました」
____
紬「憂ちゃん随分手際がいいのね」
憂「紬さんこそお嬢様とは思えないほどの動きでした」
紬「うん。慣れてるからね」
憂「お嬢様なのに?」
紬「そんなにお嬢様お嬢様いわないで」
憂「あ、ごめんなさい」
紬「実はね、家の家事を一手に引き受けてる斎藤という一族がいるの。今バカンス中なんだけどね」
憂「それでお姉ちゃんがバイトに?」
紬「うん。でね、斎藤のところの一番末の子が私の妹同然に育ったの」
憂「へー」(姉妹! 姉妹!)
紬「その子と一緒にいろいろ家のことやってるうちに、掃除にも慣れちゃったの」
憂「ひょっとしてあの漫画も?」
紬「うん。妹が買ってきてくれたものなの」
憂(妹さんかー。私と話が合いそうだな。一緒にお姉ちゃんトークしたら楽しそう)
憂(…………お姉ちゃん)
___
紬「よしっ! 掃除はこれでおしまい」
憂「えっ? お屋敷の1/10も終わってないんじゃ」
紬「うふふふ、憂ちゃんったら屋敷全部を掃除するつもりだったの?」
紬「お手伝いさんは何人も残ってるし、私がやるのは唯ちゃんがやる予定だった仕事だけだもの」
憂「あはは…そうですよね」
紬「そろそろ夕ごはんの時間ね。部屋までもってきてもらうから一緒に食べましょ」
憂「はい」
___
紬(それから憂ちゃんと一緒にゴハンを食べて、お風呂に入った)
紬(話には聞いてたけど、憂ちゃんはなんでも手際がいいし、物覚えも早い。本当に出来た子だ)
紬(でも、あんまり元気がなさそう…)
紬(一緒に掃除をしていたときは結構元気だと思ったんだけどな…)
紬(大切なお姉ちゃんが手術になったのだからナイーブになるのはわかるわ)
紬(でもこの落ち込み方は尋常じゃないと思う)
紬(顔は笑っているけど、たぶん必至に不安を押し殺そうとしてる)
紬(……やっぱり、家に連れてきたのは正解だったのかもしれない…)
紬(一人だと寂しすぎるから)
紬(もう12時過ぎだけど……ちょっと様子を見に行ってみようかな)
トントン
憂「……はい」
紬「憂ちゃん…? 目元が真っ赤よ。泣いてたの?」
憂「あはは…なかなか眠れなくて……。恥ずかしいところ見られちゃいました」
紬「ちょっとお邪魔してもいいかな」
憂「はい……」
紬「ねぇ、なんで泣いてたのか聞かせてもらってもいい?」
憂「……話しても仕方ないです」
紬「話すだけでもちょっとは楽になるって言うし、お金の力で解決できることなら私がなんとかしちゃうから」
憂「……じゃあちょっとだけお話します」
憂「私は。……ですね……」
紬「うん」
憂「……本当に怖かったんです。お姉ちゃんが救急車で運ばれたって聞いて」
憂「最悪の想像が頭の中で膨らんじゃって、自分はどうしたらいいんだろうって」
憂「もしもお姉ちゃんがいなくなったら、私はこれからどうすればいいんだろうって」
憂「私にとってお姉ちゃんは生き甲斐そのものなんです」
憂「だからお姉ちゃんのいない日々は本当に全然想像できないんです」
紬「憂ちゃん……唯ちゃんはただの盲腸だから…」
憂「わかってます。今回のことでお姉ちゃんが死んだりしないっていうのは。でも想像しちゃうんです」
憂「交通事故とか、突然の病気とか、事件に巻き込まれてだとか、お姉ちゃんがいなくなる可能性なんて一杯あります」
憂「それを想像しちゃったら、とまらなくなっちゃって、不安が止まらなくなってしまうんです」
憂「夕方まではそうでもなかったんです」
憂「でも一人で真っ暗な部屋にいると悪いことばっかり頭の中で巡っちゃって、どうしようもなくなるんです」
紬「……ねぇ、憂ちゃん。私は憂ちゃんの不安を解消してあげられない」
憂「……」
紬「だから、こうやって手を握ってる」
憂「……」
紬「少しでいいから、体を休めてちょうだい」
紬「明日は唯ちゃんのお見舞いに行くんでしょ?」
紬「憂ちゃんが寝不足で疲れた顔してたら、私が唯ちゃんに怒られちゃうんだから」
憂「……はい」
紬「いいこいいこ」
___
憂「朝だ……私眠っちゃったんだ……」
紬「憂ちゃん、おはよう」
憂「紬さん? ずっと手を握っててくれたんですか?」
紬「うん。いい夢見れたんじゃない? 何度も甘い声で「お姉ちゃーん」って寝言いってたわよ」
憂「へ? 本当ですか?」
紬「嘘」
憂「え?」
紬「私は今日は朝からお父様の付き添いで人に会わなきゃならないの」
紬「厨房に行けば朝ごはんを出してもらえるから、食べてから唯ちゃんのところにいってきなさい」
紬「お昼前には帰ってくるから」バタン
憂「行っちゃった……」
憂「紬さん……寝てないのに大丈夫かな…」
憂「考えても仕方ないや。朝ごはん食べて、お姉ちゃんのところへ行こう!」
___
紬(ふぅ……やっと終わったわ。でも午後からもお願いされちゃった)
紬(大切な取引先との面会が急に入ったとか……今は憂ちゃんのほうが大切なんだけどな)
紬(でも私が憂ちゃんの傍にいたからって何ができるってわけでもないし…)
紬(そうだ! いいこと思いついちゃった!!)
___
紬『もしもし、梓ちゃん?』
梓『ムギ先輩ですか? 珍しいですね。ムギ先輩からかけてくるなんて』
紬『唯ちゃんが盲腸になっちゃったのは聞いた?』
梓『聞きました。それで憂がムギ先輩の家に泊まってるってのも』
紬『それなら話が早いわ。唯ちゃんのことで憂ちゃんがちょっとナイーブになってるみたいだから、遊んであげて欲しいの?』
梓『憂が? もちろんいいです。でもムギ先輩の家がどこにあるのか私知りませんよ?』
紬『3分後にタクシーが行くから乗って。お金は要らないから』
紬(これでよしっ!)
最終更新:2012年06月12日 20:23