澪憂

「憂ちゃん、私の愛人になりなよ」

 澪さんは、いっそ清々しい態度でそう言った。
友達の梓ちゃんや純ちゃんがそうであるように、私も澪さんの事が好き。
でも、素直には喜べない。
だって、澪さんの告白の動機なんて、お姉ちゃんへの当て付けに過ぎないんだから。
或いは、律さんへの対抗か。

「どうして、ですか?」

 理由なんて分かりきっているのに、私は訊いていた。
それはきっと、繕った答えを期待しているからで。
当て付けや対抗と言った動機を隠してくれるのなら、
澪さんの誘いに私は喜んで頷くだろう。

「さっき言ったようにさ、私の律が、唯相手に浮気してるんだ。
勿論律だって悪いよ?でも、友達のカノジョを寝取るような、唯も悪いんだ。
だから、その妹の憂ちゃんが責任取って、私の愛人になりなよ。
可愛い妹を奪って、唯に復讐してやるんだ。
律にも、私が泣いてばかりの女じゃないって事、理解させてやるんだ」

 私は嘆息したくなった。
澪さんは繕う事なく、赤裸々な動機を吐露している。
もしその理由で澪さんの誘いを受けるのならば、
私はお姉ちゃんへの敵意に手を貸す事になる。
大好きなお姉ちゃんを、裏切りたくはない。

 それに、結局私は愛人どまりなんだ。
律さんの影を、澪さんから追い出せやしない。

それでも──それでも私は、澪さんの事が──

「そうですね。責任を取るという訳ではありませんが、
お姉ちゃんの不始末、この身体で償いたいと思います」

 あーあ、言っちゃった。
お姉ちゃんの事が大好きとは言っても、それは家族愛。
私は欲深い女だから、肉欲に家族愛を優先させちゃう。
ごめんね、お姉ちゃん。

「ふふ、いい返事だね。じゃあ、たっぷりと、味わい尽くさせてもらうよ。
そして、唯と律に、見せ付けてやろうな」

 澪さんの長い髪が、私の唇に触れる。
鼻腔を擽る甘い匂いが、私の肉欲を昂ぶらせていく。
まるでクラック。

「ええ、律さんに、見せ付けてやりましょう」

 勝てない相手だと分かっていて、対抗心を剥き出してしまう愚かな私。
きっと私は、最終的には澪さんから捨てられるんだろう。
それは、律さんがお姉ちゃんを捨てて、澪さんの下に戻るという確信があるから。

 その時私は、きっとズタズタになっているだろうから。
澪さんに捨てられて、身も心も窶れているはずだから。
それを裏切るお姉ちゃんへの、償いにしよう。

 ああでも、お姉ちゃんもその時は、律さんに捨てられてボロボロだよね。
そうなったら、お互い慰め合おうか。
壊れた身体を寄り添い合わせて、傷を舐め合おうか。
その時に、また私とお姉ちゃんは、似た者同士の仲良い姉妹に戻るんだろうね。

 だから、その時までは、澪さんに溺れさせていて。
あはは、本当にクラック依存症の末期患者だ。

「そうしような。好きだよ、憂ちゃん」

 今度は、澪さんは繕った愛を語ってきた。
さっき、告白した時に、繕って欲しかったのに。

「私も、大好きです。澪さん」

 澪さんの嘘に対して、私は本気で答えた。

<FIN>



澪「今日は一人、留守番で怖いなー。宗教の勧誘とか怖いセールスの人とか来たらどうしよう……うわっ怖い」

ぴんぽーん

澪「……居留守しよう」

ぴんぽーん

「あけろっ」

澪「ひっ……い、今開けますからー」

憂「こんにちは」

澪「憂ちゃん? ていうかさっき開けろって……」

憂「まあまあいいじゃないですか。それよりこのおねーちゃんグッズ買いませんか?」

澪「いや。そういうのはちょっと……」

憂「ほらこんなにかわいいぬいぐるみなんですよ。『澪ちゃんかってーかってー』」

澪「なんか怖いよ。夜とか目が光りそう……」

憂「じゃあ、このおねーちゃんが使ってる種類の筆ペンなんて……」

澪「それ唯の要素ないじゃん」

憂「まあいいじゃないですか」

澪「悪いけど他をあたってくれないかな」

憂「うぅ、今週中に1000売らなきゃだめなんですよぉ」

澪「それは気の毒に……いやだまされないぞっ」

憂「ちぇ」

澪「さっきちぇって言った?」

憂「まあいいじゃないですかー……じゃあへっぽこあずにゃん人形つけますから」

澪「いらないよっ作りテキトーだし」

憂「わたしをつけますっ」

澪「え?」

憂「だから、おねーちゃん人形を買えばわたしが澪さんの家にとどまります」

澪「えーーうーんーーダメダメ。ママにセールスは絶対悪だと教わったんだから」

憂「おねがいしますっ。せめてわたしだけでも買ってくださいっ」

澪「えー」

憂「うわっ外に局長的な大雨が!中に入れてくださいっ」

澪「……どこに降ってるんだ」

憂「じゃあ、もう逆にわたしがお金はらいますからっ!」

澪「なんでそんなに……」

憂「言わせないでくださいよ」

澪「わかったよ。ほら、上がって」

憂「わーい」

澪「かわいいなあ」

憂「そういえば今日、一人なんですよね」

澪「うん。そうだけど?」

憂「にこにこ」

澪「やっぱり騙された///」

憂「あ、えっちなこと想像した」

澪「またタメ口だー」

憂「すいません。でも、これからはいい……ですよね?」

澪「うん」

憂「わーい」

澪「かわいいなあ」

おわり!



なかのけ!

唯『でねーあずにゃん、そしたら和ちゃんなにもってきたと思う? アスパラガスだよ?!』

唯『アスパラガスはないよね、だってうち、鍋やるって言ったんだよー?』

唯『……ええー? ホイップティラミス鍋はわたし的にアリなんだけどなぁ(オネエチャーン』

唯『あ、ごめんねあずにゃん、憂が呼んでるから』


唯『……ふぅ』

唯『それでねあずにゃん今度の新作はカッコよくチョコレートごはんで…』

唯『あ、うん。澪ちゃんのこと。憂がねー、どっちの服が似合う?って』

唯『うん。うん、聞いてる聞いてる』

唯『あははっ、あーでも昨日はたのしそうだったよー』

唯『うん? ええーっとね、たぶんマッサージしてもらってたんだよ! 憂、ツボを知ってるもん!』

唯『お父さんもきもちいいーって言ってたから。澪ちゃんもすっごい声だったもん』

唯『え? こう、「ぅあああっ…はぁっはあっ……そこ、やめ・・・あはあっ」って』

唯『――どっどしたのあずにゃん?!』


唯『あー、うーん…そうかなあ? あっでも最近ういと澪ちゃん仲いいよねぇ』

唯『こないだね、めずらしく憂が寝坊してたから起こしに言ったらお布団で澪ちゃんと電話してたみたいで』

唯『澪ちゃんの名前をたくさん言ってたんだ。あれ? でも憂のケータイ、リビングに置きっぱで…』

唯『……ええっ、あずにゃんが聞いたんだよ?!』

唯『え、憂? いままだお風呂に……てかねー、憂、最近お風呂長いんだよね』

唯『こないだなんか私が先に歯みがきしてたら変な声が聞こえて、溺れてるんじゃないかってあせっちゃって』

唯『えええっ、この話もダメなのあずにゃん?!』

唯『うーん……「そんなそぶり」って、どんなそぶり?』

唯『えー、教えてよー。あずにゃんも憂や澪ちゃんのこと気にならないの?』

唯『ぷ、ぷらいばしー? なにそれたべもの?』

唯『言ってることがわかんないよ…あ、そうそう、昨日うち帰ったらね』

唯『澪ちゃんってあわてんぼさんなんだよ? お風呂はいるのに着替えわすれてっちゃうんだもん!』


唯『え? だって憂の部屋からはだかで出てきたから、わたしてっきりお風呂入るのかなって』

唯『それで憂の部屋のぞいたら憂もはだかで寝てたからカゼひくよ?って思ってお布団かけてあげて』

唯『……って、あずにゃん聞いてるのー?! あれ、あずにゃん? もーしもーし、きこえてますかー』

唯『はあ…あれ、ういもうあがったの? (オネエチャンダメエッ!! オクチチャックー!!)ああっあずにゃん?!
  なんでかわかんないけど憂がすっごい怒ってるからまたかけな』


プツッ
ツー ツー

おわり



唯梓

校庭

梓「音は空気を伝わっていくんですよ。それで……」

唯「ねえ、あずにゃん糸電話なんてどこにあったの?」

梓「教室です。純が作ったやつで」

唯「ふうん。あ、宿題はあった?」

梓「おかげでありましたよ」

唯「でも、夜の学校に侵入するなんてあずにゃんもだいたんだねー」

梓「唯先輩が家庭科室から入れるとか言ったんじゃないですか」

唯「だって夜の学校おもしろそうだったから」

梓「まったく」

唯「それで糸電話が何だっけ」

梓「空気が震えて音が伝わる代わりに糸が震えてより集中して音を伝えるっていうしくみなんです」

唯「なんだかおもしろいね。音がリスみたいに震えながら糸の上を走るのかー」

梓「なんですかそのたとえは」

唯「あ、じゃあテレパシーはどういう仕組みなの?」

梓「知らないですよ」

唯「UFOがワープして音を伝えるとか?」

梓「はあ……いみわかんないです」

唯「ばあっ」

梓「わっ。なんですかびっくりするじゃないですか」

唯「音のチーターだよ」

梓「チーター?」

唯「糸電話なんか使わなくても大声で話せば伝わるよー」

梓「例えば、東京駅の真ん中で告白するときどうするんですか」

唯「大声で叫ぶよっ」

梓「恥ずかしいじゃないですか」

唯「糸電話だって十分変だよー」

梓「じゃあここが悪代官の屋敷の屋根裏部屋だとします。言葉を伝えてみてください」

唯「いいよー」

梓「もっとさがってください……おーけーです。」

唯「かなり糸が長いんだなあ……けっこう離れちゃったよ……おーーーい、あずにゃーーん」

梓「ぐさりぃっ。先輩は槍で刺されましたっ!」

唯「よけたっ!」

梓「ぐさりっ」

唯「さらによける」

梓「もういいですっ! じゃあ今から、糸電話で話しますからああ」

唯「わかったああ」

梓「今日の夕食はなんでしたか」ゴニョゴニョ

唯「……なんだろ?もごもごしてよくきこえないや……でも流れ的に告白のシチュエーションだよねっ……あずにゃあああん。わたしも好きだよおお」

梓「え? 遊んでるのかな…………ふざけないでくださいっと」ゴニョゴニョ

唯「えーわかんないけど……あずにゃあああんわたしはもっと、もーーっとすきだよおお」

梓「もしかして聞こえてないとか…………ばあかばあか」ゴニョゴニョ

唯「もごもごもごもごって……ああっまどろっこしいっ!」

梓「うわっ怒って猛獣みたいにこっちに走ってきた! 逃げよう」

唯「なんでにげるのさっ」がしっ

梓「ごめんなさいー食べないでくださいー」

唯「どうしたの?」

梓「いえ」

唯「あーあ、聞こえなかったね糸電話」

梓「そうですね」

唯「なんて言ってたの?」

梓「今日の夕飯聞いただけです」

唯「なあんだ」

梓「それなのに勘違いするんですから」

唯「あずにゃんはわたしのこと好きじゃないの?」

梓「どうでしょう」

唯「ちゃんと言ってよー」

梓「でも糸電話は届かなかったですけどUFOはちゃんとそっち行ったじゃないですか」

唯「む……むむ?」

梓「あーいいですいいです忘れてくださいー……それにしても今日は月が綺麗ですね」

唯「……あ」

梓(先輩、もしかして知ってた?)

唯「ばああああっ」

梓「わあっ」

唯「わたしこと平沢唯は月の光を浴びるとオオカミ少女になるのだ」

梓「は?」

唯「食べちゃうぞーー」

梓「逃げよう」

唯「ああ、待ってよー」

おわり!




 二人の輪郭を溶かし合った熱が、梓の身体から蒸発してゆく。

 落ちていくような感覚が引き潮のように薄れてゆくと、
 また自分が小さな体躯に閉じこめられてしまったように感じて、
 彼女はもう一人の少女の背中へと手を伸ばす。
 汗に濡れた掌が触れる、陶器のようになめらかな手触り。
 だが既に眠りに落ちていた彼女の背中は自分の指先よりも冷たく感じられ、
 梓はその冷たさに指先を引っ込めた。

 置き場所をなくした指は二人の間で戸惑い、やがてシーツの奥へ、思い出したように繋ぎ合わせた熱の部分へとのばす。
「ん…」
 粘つくような感触に小さく声が漏れた。
 指が動きそうになるが、それより深い溜息が灯りかけた熱を押し流した。
 すると溜息とともに身体の熱まで流れてしまったのだろうか、露わになった肩が急に寒気を感じて布団をかぶる。
 隙間から流れる、赤とも青ともつかない色の薄暗い照明が不愉快だった。――不愉快。

 そうだ、不愉快、だったのかな、私。でも、なにが? すべてが?

 彼女は泥の海のようにうねる感情に名前を見つけると、とたんに居心地を悪くした。

 頭の中にここ数時間の記憶が去来する。

 部活終了時刻、憂たちとの別れ、畳んだ制服、自室で選びなおした下着、
 東京へ向かう列車から見た夕陽(それはなぜか、一年前の土手で見た色と違って見えた)、
 めまいを起こすネオンライト、垢抜けた表情の先輩、触れた指先、明滅するライト、
 隠れて買ったチューハイの味、身体に灯された熱、高ぶり反響する自分の声、滴り落ちる粘ついた滴、

 ――梓は発作的に頭を掻きむしった。乱れた髪がまた広がる。

「ごめんね」
 眠っていたはずの唯が、独り言のようにつぶやいた。

「もう、会わない方がいいよ。私たち、ゆいあずじゃない気がする」

 背中を向けたまま、唯は乱れた黒髪の方へそんな言葉を投げる。
 同じベッドの中の数十センチメートルの距離が急に遠く離れて行く。
「……違うんです、私が、勝手に会いに来ただけですから、」

 その背中が遠い海へ流されていきそうで、思わずしがみついた。
 膨らみに当たる肩胛骨すらも自分を引き離しているように感じて、
 当てつけのように自分の身体を押しつける。
 だが、輪郭がどうしても解け合わない。
 ああもう、どうしてこんな風になっちゃったんだろう。
 記憶の中で、ソフトケースを背負ってアイスをほおばる制服の二人の姿が、どんどん遠くなってしまう。


 ――私の見える範囲にいてください。でなきゃ、だめなんです。

 口からついて出た後でよけいに一年前の自分たちが焼き付いて、彼女は苦笑いをかみしめる。
 いつか自分で投げた言葉のボールが、こんな風に返ってきて、自分を打つとは。
 そして、振り返った愛する人の首をかしげるのが見えて、
 梓は二人の遠さをもう一度かみしめる。

 二人を縫い合わせるように重ねなおした唇は、どこか泥のような味だった。


おわり。



唯「あずにゃんごはん~」

梓「もう、仕方ありませんね」

唯「あずにゃん食べさせて~」

梓「もう、仕方ありませんね」

唯「あずにゃんお水~」

梓「はいはい」

唯「あずにゃーん、お口拭いて~」

梓「しょうがないですねぇ」

唯「あずにゃんごちそうさまでしたー」

梓「はい。味はどうでしたか?」

唯「うん。いつも通り美味しかったよー!」

梓「それは良かったですね」

唯「あずにゃんあずにゃん」

梓「はい?」

唯「いつもありがとー」

梓「・・・はい」





最終更新:2012年06月20日 23:20