私はきっと毎日笑っていられる。

もしこの先、誰もいない世界に一人取り残されたとしても。


―――――

律「澪ーっ!!!」バタバタ

澪「朝から元気だな、律は」

律「そうかー?私は普通だぞ?」

澪「じゃあ普通がやかましいんだな」

律「澪しゃんひどい!!」グスッ

澪「うそうそ」

律「んもー!せっかく澪ちゅわんが一人で寂し~く登校してるから、私が来てあげたのにー」

澪「別に寂しくないけどな?」

律「またまたぁ~!この前私が一緒に帰れなかった日……
澪「!?うるさい!!///」ボカッ

律「あいたっ」

澪「バカ律」

律「ちぇーっ」

??「りっちゃーん!!」

律「んあ?」クルッ

唯「りっちゃーん、おはよ~!!」ヒラヒラ

律「おぉ!唯隊員ではないか!!」ビシッ

唯「はっ!おはようございます隊長!!」ビシッ

澪「……置いてくぞ?」

??「お姉ちゃーん、ピック置きっぱなしだったよー?」タッタッ

唯「おぉう!忘れてた!ありがと~憂~」

憂「気をつけてね?」

唯「了解であります!」ビシッ

憂「そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ~」クスッ

唯「わかってるよ~」

憂「私当番だから先行くね?」
憂「律さん、澪さん、お先に失礼します」ペコッ

律「おう!頑張れ!」

唯「りっちゃん澪ちゃん!私たちも行こ~」

律「そうだな」

澪「早く行かないとムギ待ってるぞ」

唯「そうだね~。あ、今日のお菓子なんだろ~」ウキウキ

澪「まったく…」

律「よぉし、唯!そこの校門まで勝負だ!」

唯「負けないよ!!」


ここまでは、見る人のほとんどがほんわかとした“日常”の雰囲気。

私の些細な思いつきによる一言が、日常を壊していくなんて思いもしなかった。

そして、その日常ではない世界――すなわち“非日常”は、私を苦しめる世界だということを、あの時の私はまだ知らなかった…


―――――



唯「りっちゃん!!!!!」

澪「律……!!!!」

律「……イ…ミ……デヨ……タ…」

澪「り…つ……?」

律「」

唯「りっちゃん!!誰か!!誰かあぁぁぁ!!!」


―――――



律「唯も澪も無事でよかった…」



そう言ったあとは、覚えてない。

あれ、その前に何があったんだっけ。

二人が私の名前を呼んで……。

その前は―――

おかしい。

思い出せない。

でも、“無事でよかった”ってことは、二人に何かが起こりそうだったってことか?

あれ、唯って誰だ?

澪って名前の人、知り合いにいたっけ?

そもそも、私の知り合いって誰だ?

私を呼んだ人ってどんな顔だったっけ?


“私”って――――誰だ?



―――――


紬「りっちゃん…」

澪「………」

唯「……りっ…ちゃ……」グスグス

梓「…律…先輩……」



誰かが何かを言っていて。

誰かが啜り泣いていて。

誰かが何かを呟いていて。

それは、私に対しての言葉なのかさえわからない。

上手く耳が機能してないらしい。

でも、楽しそうな話をしているわけじゃないということは、何となくわかった。


徐々に意識がはっきりしてくる。

最後に呼ばれた“りつ”という名前。

ということは、おそらく“私”=“りつ”なんだろう。

“りつ”は“律”とでも書くのだろうか。
さすがに“率”とか平仮名ってのもおかしーし。

まあ、目が覚めたら思い出せるよな。


で、私はどうして眠っているんだ?

こんなに自問自答ができるほど意識がはっきりしているというのに。

自分とか他人とかについての記憶はないが、知識とかの記憶は残っているのに。

目の開け方がわからない。

周りで誰かが何か喋っているけど、言葉として聞こえてこない。

なんで?どうして?

最後に私が言った言葉、あれが、今の私の状況に関係しているのだろうか。


“唯も澪も無事でよかった”


…無事?

ってことは、私はその無事じゃない出来事に巻き込まれたってことか?

だから、今こんな状況に立たされているのか?


わからないけど、多分そうなんだと思う。

というか、そうであって欲しい。

原因もなくこんなのになったなんて、理解できないしその事実から目を背けたくなるから。


このまま、私はずっとこのままで生きていくのか?

そんなの嫌だ。

目を覚ましさえすれば、きっと、元の生活が待ってると思うから。

早く、思い出したい。

自分のことも、こうなった経緯も、私が“唯”“澪”と呼んだ二人のことも。


―――――



唯「私のせいだ………」グスッ

紬「唯ちゃん…」

唯「私が…ちゃんとしてれば……」グス

唯「そしたら…そしたらりっちゃんは…こんなにならなかったのに!!!!!」ポロポロ

梓「…唯先輩…」ギュッ

唯「あず…にゃん…?」

梓「その時の状況はよくわかりませんが、後悔したところで、今は何も変わりません。今は……今は、律先輩のためにできることをしましょう…?」ポロポロ

唯「…でも…!」

紬「唯ちゃん…。私もその場にいなかったからわからないけど、きっと唯ちゃんのせいじゃないと思うの。仮に、唯ちゃんのせいも含まれてたとしても……それは唯ちゃんだけのせいじゃないわ…」

唯「…私のせいなんだよ…!!!!全部!!」

唯「私が…私があの時……!」

紬「唯ちゃん、落ち着いて?」

唯「落ち着いてなんていられないよ…!!!!」

唯「私が……………」ポロポロ

紬「唯ちゃん」

紬「大丈夫、唯ちゃんのせいじゃないから……」ナデナデ

唯「……でも!……それとも、りっちゃんが悪いっていうの?」

紬「ううん、りっちゃんは悪くないわ……。誰も悪くないの」
紬「誰も悪くないのよ………」ポロポロ

唯「………」


梓「…もう面会時間終わりですね……」

紬「明日は土曜日だし、また明日来ましょう…?」

梓「そうですね…」

唯「…うん……」

紬「私、澪ちゃん呼んでくるから、先帰ってていいわよ?もうこんな時間だし……」

梓「でも…待ってますよ?」

紬「いいわよ、二人は方向違うし。もし何かあったら嫌だから、二人で先に帰ってて?…それに」

紬「…澪ちゃんも、きっと一人で気持ち整理したいだろうし……」

唯「………」

梓「…そうですね……では、また明日…」

紬「ええ…」

梓「…行きましょう、唯先輩…」

唯「………………うん…」ボソッ

紬「…バイバイ、唯ちゃん、梓ちゃん」

唯「………」

梓「はい、さようなら」


紬「…………」ガラッ

紬「………澪ちゃん…帰りましょ……?」

澪「…………」

紬「澪ちゃん…」

澪「…………」

紬「澪ちゃん」

澪「…………」フルフル

紬「ダメよ…面会時間すぎてるもの……」

澪「…………」フルフル

紬「澪ちゃん、こっち向いて?」

澪「…………」

紬「……向いてよ…」グイッ

澪「!………」ポロポロ

紬「…!……辛いよね、澪ちゃん、……とっても辛いよね…」ギュッ

澪「…………む…ぎ………」ポロポロ

紬「りっちゃん、目覚ますから………絶対絶対…りっちゃんは、目覚ましてくれるよ……」ポロポロ

澪「…………」ポロポロ

紬「だって…りっちゃんは…、りっちゃんは、澪ちゃんをほっとくはずがないじゃない………」

紬「…ずっと一緒にいたんだもの……」

紬「……りっちゃんを信じよ…?……ね、澪ちゃん…?」ギュー

澪「…………」
澪「……………そう…だよな…」

澪「……りつ………」ポロポロ

澪「……はやく、おきてよ………」ポロポロ


―――――

どのくらい寝ていたんだろう。
なんか夢を見た気がするけど、覚えてない。

次夢を見たら、ちゃんと覚えておこう。

記憶を取り戻す手がかりになるかもしれないから。

相変わらず目は覚めないままで、頭だけが働いている。

こんな生活いつまでつづくんだろう?

今、私はどこにいて、どんな服を着て、どんな風に寝ているように見えているんだろうか。

やっぱり病院にいるのかな。

病室のベッドの上で、テレビドラマみたいに青だかピンクだかの患者服を着て、心電図とか脳波とか測られてるのかな。

そこに自分の姿を当て嵌めようとしても、どうしても顔が、体型が、髪型が、全てが思い出せない。

ちくしょう。こんなにもどかしい思いをするのは初めてだ。

いや、初めてかどうかは、今眠っている私に聞かないとわからないな。


何か、耳に違和感がある。

違う。そうか、音だ。

誰かの声…だろうか。

『はやく、おきてよ………』

!?

聞こえた。

それは一瞬で、すごく小さい声だったけど。

誰だ?

今の声、聞いたことがある気がする。


もう一度聞いてみようとするけど、もう聞こえなかった。

訪れたのは、再び静寂。


途端に感じるのが、寂しさだった。

今まで感じなかったのに、どうして急に…?

一気に寂しさと絶望が込み上げてきて、どうにもならない悔しさと一緒に、ひたすら耐える。

耐えるのも、一人。

苦しくて辛くて、逃げ出したくなる。

でも、いつまでたっても逃げる術なんてないままで。

いっそ、死んでしまった方がよかったんじゃないかって思ったくらいだった。

辛いよ、辛いよ………。

一人は、嫌だよ………。

助けてよ……………澪…。

“澪”。

無意識に、口にしていた。

どこの誰かも、顔や姿さえもわからない、“澪”という存在。

でも、今だけは、私に確かな安心感を与えてくれた。

それだけで、十分だった。


―――――



梓「唯先輩、つきましたよ」


梓「チャイム鳴らしときますね」ピーンポーン

憂『はーい』ガチャ

梓「こ、こんばんはー?かな?」

憂「あ、梓ちゃん、お姉ちゃんは…………」

唯「…………」

憂「……お姉ちゃん、おかえり」

梓「……あ、じゃあ私は帰るね?…」

憂「梓ちゃんも、泊まって行ったら?…もう遅いし」

梓「でも…」

憂「無理にとは言わないけど…その…暗いから、心配なんだ」

梓「……」

憂「今だって辛いのに…梓ちゃんにまで何かあったら嫌なの…」ウルッ

梓「憂…」

唯「………泊まって、あずにゃん」

唯「……ね?」

梓「…わかりました。ごめんね、憂、お世話になるけど…」

憂「私が提案したんだから、謝らなくていいよ」

憂「ご両親に連絡しとこうか?」

梓「ううん、自分で言うよ」

憂「そっか、じゃあ二人とも、早く入ろ?」


―――――



私は自分らしきものを見た。

目の前にパッと現れて、また消えてしまった。


黄土色に近い明るい茶髪のショートカットで、はくせっ毛なのか寝癖なのかところどころはねていて、前髪は長く、鼻の頭くらいまであるのを、無造作にわけて下ろしていた。

目の色も髪色に似たような色をしていた。

そして、青い患者服を着て、素足のままで立っている。


これは、私?

見覚えがあるような気もするし、ないような気もする。


私(?)は、一瞬私に向かって勝ち誇ったかのように笑い、一言だけ言い残してそのまま消えた。


“みんなが待ってるから、私は乗りこえられる”


その時、目が合った。

一体、あれは何だったんだろう。

夢、か…?


あれが、私の、“今まで”の姿なのか…?


頭が痛い。

痛い。痛い。痛い。

耐えられない痛みが私を襲う。

なんだ、これ。

あれ、何か、大切なことが。

大切なことがある気がする。

痛い。痛い。

思い出せるかもしれない。

今なら…。

この痛みと共に、頭の奥底から引っ張りだしてこれるかもしれない。

痛い…痛い、痛い痛い痛い痛い!!!!!!!


律「うああああああぁぁぁぁぁああああ!!!!!!!!!!」


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最終更新:2012年07月01日 01:14