を繋ぐ。
決して離れないように、二度とこの手を離すものかと強く繋いでる。
私達は指を絡ませ、お互いの体温を肌で感じ合う。
もう何も失くしたくはないから。
失くすわけにはいかないから。

そして、私達は繋いだ手を更に繋ぐ。
お互いの手首周辺を包帯で巻き縛って、そのままで固定する。
もうこれで私達が離れる事はない。
離れたくない。
ずっと皆、一緒だ。
安心。
だけど、同時に不安感。

皆で居るのは幸せだ。
皆と一緒に居れば、どんな困難でも笑顔で乗り越えていけそうな気だってする。
何だって乗り越えられる。
それは私だけが感じてる事じゃない。
ここに居る全員がそう感じてるんだって、私には確信出来る。
それは皆の手が強く繋がっているから。
離したくない、離れたくないという強い意志を、皆の手のひらから感じるからだ。
嬉しい……。
本当に嬉しいんだ。
こんなにも大切な仲間が私にも出来た事が。
生涯の仲間どころか、永遠に一緒と確信出来る仲間達に出会えた事が。
私達の卒業で小さな後輩が少しの間だけ私達と離れる事になりはしたけど、
それでも私達の想いは絶対に揺るがない。揺るがしちゃいけないんだ。
だから、あの夏休みの日。
離れていた距離と離れていた時間を埋めようとして、私達は小さな天使と一緒に……。
そうして、私達は今ここに居る。

でも、胸の中で激しく動く鼓動が私に不安を覚えさせる。
私達は手を繋いでる。
自分達の意思で強く強くお互いの手を繋いでいる。
離れないために。
繋いだ手を更に包帯で強く繋いでまで。
これで私達はずっと一緒に居られる。居られるはずだ。
それは私が心の底から望んだ事のはずなのに、心の底からの笑顔を皆に向けられなくなった。
私達を繋いでくれたもう一つの絆である音楽すら、心の底から楽しめなくなってきて……。
そんな偽物の希望、偽物の笑顔と偽物の音楽に溢れた日常の中で、不意に私は気付く。
ひょっとしたら、私達は手を繋いでるんじゃなくて……。




「ちょっと、律。
頼んでおいた資料がまだ提出されてないわよ」

和が眉を歪めて、私に向けていつものお説教を始める。
こんな時の和は少し苦手だけど、そもそものお説教の原因は私なんだから仕方がないか。
でも、提出する予定の資料なんかあったっけか?
私は軽く頭を掻きながら、首を捻って和に訊ねてみる。

「あれ? そうだったっけ?
ごめんな、和。何の資料だったっけ?」

「やっぱり忘れてたのね……」

大きな溜息。
それから和は、仕方ないわね、と言わんばかりの苦笑を浮かべた。
どうやら本気で怒っていたわけではないらしい。
怒ってはいないけれど、元生徒会長の立場だった者として、
今の私達のリーダー的立場として、とりあえず私に注意しておくべきだと思ってくれたんだろう。
高校時代、そんな和の真面目さはたまに窮屈に感じる事もあったけど、
こんな状況ではとても頼もしくて頼り甲斐があるし、
和はきっとこんな状況でも慌てないために皆に厳しくしてたんだろうと思う。
流石は私達の生徒会長だ。

一方、軽音部元部長の私はと言えば、
企画こそ言い出しっぺなんだけど、後の事は澪や梓に丸投げしがちだ。
普段ならそれもいいかもしれないけど(いや、あんまりよくないかもしれないけど)、
こんな状況でリーダー的存在になれる自信は無かった。
卒業旅行でロンドンに行った時も散々だったもんなあ……。
最近気付き始めてきたんだけど、どうも私は突発的状況ってやつに弱いらしい。
予想もしてなかった状況に追い込まれると、それこそ澪並みに取り乱しちゃうんだよな。
普段はぼんやりしていて駄目駄目だけど、
本番には強いってキャラがカッコいいのに、私ってばそんな性格とは正反対みたいなんだ。
漫画の主人公にはなれなさそうなキャラ性で、ちょっと落ち込む。
まあ、誰だってそんなもんだろうとは思うんだけど。
唯は除いて、だけどな。

苦笑を崩さず、眼鏡を掛け直しながら和が続ける。

「昨日、書店で周辺地図を探してきてって頼んでたでしょ?
まあ、有り余るくらい食材を集めてきてくれたのは助かったけどね。
大方、律と一緒に行ってた唯が「地図よりごはんが大切だよ!」とか言い出したんでしょう?」

「大当たり。流石は唯の幼馴染みだな」

感心して、軽く拍手する。
和の御推察通り、昨日、私は唯の提案でありったけの食材を集めていた。
それで調理は私と澪でやって、豪勢な食事を皆に振る舞ったんだ。
こんな状況だ。
食事くらいは豪勢にやってやらないと、気が滅入るじゃないか。
和もそれを分かってくれていたのか、昨日は書類……地図については私達に訊ねなかった。
きっと食事で盛り上がる皆に水を差したくなかったんだろうな。
それで今日になって落ち着いてから、私に頼んでおいた地図の件を訊ねる事にしたんだろう。
私は自分の迂闊を恥ずかしく思いながら、今度は大きく和に頭を下げた。

「でも、ごめんな、和。
皆に美味しいごはんくらいは食べさせたいと思った瞬間にさ、
和に頼まれてた事を全部忘れちゃってたみたいだ。
和も和で大切な仕事をやってくれてるのに、
私なんか自分の事ばかり考えてみたいで申し訳ないよ」

「いいわよ。焦る事でもないし、律のごはんも美味しかったしね」

私の謝罪に和は笑顔で応じてくれた。
久し振りに会ったせいかもしれないけど、何だか高校時代よりもずっと大人っぽく見える。
きっと大学でも持ち前のリーダーシップを生かして、皆を引っ張っているんだろう。
ほとんど何も変わってない私達とはえらい違いだよな。

不意に和が、笑顔から真剣な様子の真顔に表情を変える。
笑顔になるべき場所と、真顔になるべき場所を弁えてるって事だ。
私も和に褒められて笑顔になりそうだった自分の表情を引き締めた。
私の表情を確認すると、和が重い口振りで話し始める。

「でもね、律。
焦る状況じゃないし、焦ってどうなる状況でもないけれど、
打開策を練らなきゃいけない時ではある事も分かってくれてるわよね?
こう見えて私も動揺してるんだから、少しは律を頼りにさせてもらっていいかしら」

「頼りにって……、私なんかでいいのかよ?」

「律しか居ないし、律がいいと思うわ。
こんな無茶苦茶な状況、解決出来ないまでも打開策を考えられるのは律か唯しか居ないと思う。
でも、唯は憂につきっきりだし、頭を使うのは苦手な子だものね。
だから、こんな無茶苦茶な状況に適応出来るのは、いつも無茶苦茶な律しか居ないと思うのよ」

「褒めてんのか? 貶してんのか?」

「褒めているのよ」

真顔で和が答える。
そもそも和は冗談を言うタイプの人間じゃない。
非常に微妙だけど、一応褒めてはくれているんだろう。
それにこんな無茶苦茶な状況ってのは、確かに和の言葉通りだ。
軽く溜息を吐いてから、私は立っていた場所から数歩歩いて、
屋上の柵から身を乗り出して私達の母校の桜高を大きく見渡してみる。

グラウンドには誰も居なかった。
校庭にも、通学路にも、廊下にも誰も居ない。
誰も、居ない。
夏休みだからってわけじゃない。
夏休みだって部活動の生徒は居るはずだし、
仕事をする先生や補習する生徒だって大勢居るはずだ。
でも、やっぱり、
誰も、居ない。

学校だけじゃない。
町の方に視線を向けても、まだ午前十時過ぎだってのに、車の一台も見かけない。
通りすがる人すら居ない。
こんな事になってから、何十軒もの家を訪ねてみた。
どの家にも誰も居なかった。
会話の音も聞こえない。
人の生活音すらしない。
風や風に靡く植物の音程度しか聞こえてこない。
誰も、居ないんだ。

私達以外、誰も居ない世界。
それが、あの夏休みの日以来、私達に訪れてしまった無茶苦茶な状況だ。




二週間前、大学と高校が夏休みに入った事もあってか、
梓から軽音部の新入部員を本格的に私達に紹介したいというメールを貰った。
紹介してくれる場所は音楽室こと軽音部の部室だそうだ。
……ん? 軽音部の部室こと音楽室だったっけ?
まあ、いいか。

梓からたまにメールは貰ってたけど、
新入部員がどんな子なのか私はまだよくは知らなかった。
ムギみたいな子と眼鏡の子が入部してくれたって事を辛うじて知ってるくらいだ。
その子達がどんな子なのか気になりはするけど、それ以上の事を私は梓に訊ねなかった。

そういや、新生軽音部には憂ちゃんと純ちゃんも入部してくれているらしいし、
それもあってか梓のメールの文面からは、本当に楽しそうな梓の想いが感じられた。
新入部員の事をあれこれ聞くよりも、それだけで十分なんだと私は思った。
大体、卒業後にも無闇に口を出すOGが一番嫌われるって話もよく聞くしな。

だから、卒業して以来、
私はわざと梓や憂ちゃん達と連絡を取るのを少なくしていた。
勿論、梓の事が嫌いになったわけじゃない。
梓が一人で軽音部を引っ張っていけるんなら、
私があれこれ口出しするのは大きなお世話ってもんだろう。

でも、もしも梓に何か困った事があれば、いつでも助けてやりたい。
一人ではどうも出来ない問題に直面して、
梓が私に頼ってきたなら、何だって手助けをしてやりたい。
それが元部長ってやつなんだからな。

それが元部長ってやつなんだが……、
でも、梓の奴、私に頼ってくれるのかなあ。
あいつは唯に懐いてて、澪を慕ってるから、
私に悩みを相談してくれる事はあんまりないかもなあ……。

まあ、それはそれで仕方が無いか。
万が一……、いや、百が一……、いやいや、十が一……かな。
自分で考えた事ながらちょっと悲しいが、
それくらいの確率で梓が私に悩みを相談しなかったとしても、
それは梓が悪いわけじゃなくて、相談されなかった私の責任なんだ。
梓を責める気はない。

それでも、澪か唯かムギか、
流石にその中の誰かには相談するはずだし、
澪達も梓が悩んでる事を知れば、私に教えてくれるだろう。
その時、私は陰ながら、間接的にでも梓の助けを出来れば嬉しいと思う。


「……嬉しいな」


だから、梓からメールを貰った時、私は思わずそう呟いてた。
悩み相談じゃなくて新入部員紹介のメールだったけど、
これといった悩みが無いんならそっちの方がずっといいよな。
私は久し振りに梓達と顔を合わせられる事が嬉しくて、
梓から貰ったメールを何度も見ながら、雑誌を積み上げた即席ドラムを叩いた。

梓の事だ。
きっと単に新入部員の紹介をするだけじゃなくて、
新生軽音部のセッションを見せてくれるつもりのはずだ。
サプライズだの何だのって私達に内緒にしながら、それこそ今頃は猛練習に励んでるに違いない。
それでそのサプライズのセッションが終わった後、
「もう先輩達が居なくたって、軽音部は安泰なんですからね」とか言うつもりなんだろう。
相変わらず生意気な後輩め。

そうだとしたら、軽音部の先輩の元部長としてはじっとしてるわけにゃいかん。
新生軽音部のセッションが終わった後で、
元祖軽音部の華麗なセッションを見せてやらないとな。
それで私達の超絶演奏に圧倒される梓に「まだまだだね」と言ってやるのだ。
ふふふ、首を洗って待っているがよい、梓よ……。

だけど、大学での新生活に力を注いでいたせいか、
そんなに怠けていたつもりはなかったのに、予想以上に私のドラムの腕は落ちていた。
ついこの前までは、ハイテンポの『カレー』や『ぴゅあぴゅあ』が簡単に叩けていたはずだ。
それが今じゃローテンポの『天使』や『ホッチキス』でも結構きつかった。
音楽から離れる時間が高校時代から少しだけ増えた事が、
そのまま今の私の実力に跳ね返っちゃってるって感じだな。
それこそ、始まりだけは軽いノリで、知らない内に厚くなったってか?
ううむ、恐るべし、音楽という魔物。

でも、そんな事で落ち込む私じゃない。
むしろ逆に燃えてきた。
連絡を取ってみると、唯達の方もかなり実力が落ちてしまってるらしかった。
これじゃ梓達を見返すつもりが、逆になめられたままになってしまう。
そうはさせん。そうはさせんぞ。
だから、それから私達は時間を見つけては四人で集まって、
新生軽音部に負けない音楽が演奏出来るように猛練習を積んだんだ。

そうして迎えた新入部員紹介ライブの当日
(ライブってのは私達の中で勝手に決めた事だけど)、
登校中に私達がよく合流してた横断歩道の前で、私達四人は梓を待っていた。
待ち合わせの予定時刻よりはかなり早かったから、
私達を出迎えてくれる梓達がまだ来てないのは分かってた。

でも、私達は一刻も早く待ち合わせ場所に来たかった。
新入部員の紹介を楽しみにしてるからってのも勿論あるけど、
梓達の前でまた演奏出来るのが、四人ともすごく嬉しかったんだ。
どれだけ実力を取り戻せたのかは分からない。
ひょっとしたらひどい演奏になるかもしれない。

だけど、そんな事よりも私達は演奏したくてたまらなかった。
やっぱり、私達は音楽が大好きなんだろうと思う。
きっと音楽という魔物に魅入られちゃってるんだろうな。
ううむ、恐るべし、音楽という魔物。


「あれっ? 先輩達、もう着いてたんですかーっ?」


待ち合わせの予定時刻の大体十分前、
普段より少しだけ甲高いあいつの声が周囲に響いた。
ああ……、久し振りだな……、って思った。
卒業以来、電話で何回も話した事があるのに、
電話で聞くのと直接聞くのじゃ本当に全然違う。
それだけあいつは私達の心の中に残ってる存在なんだな。

私は自分が笑顔になるのを感じながら、
あいつの……、梓の声が響いた方向に視線を向ける。
私達に向けて駆け寄って来る梓と憂ちゃんの姿、
その後ろから少し遅れて歩いて来る純ちゃんと和の姿が見えた。

あれ? と私はちょっとだけ首を捻った。
どうして軽音部じゃない和が居るんだろうか。
梓からのメールにも和が来るなんて書いてなかったし……。

ま、いいや、と私は首を振る。
ひょっとすると憂ちゃんが和に頼んで来てもらったのかもしれない。
あんまりそう見えないけど、憂ちゃんだって和の幼馴染みなんだもんな。
それに軽音部でこそないけど、和だって軽音部を支えてくれた一人なんだ。
仲間外れにするのはあんまりだろう。
久し振りに和に会えるのは私だって嬉しい。


「おーい、あず……」


「あずにゃーんっ!」


私が手を上げて梓を呼ぶより先に、唯が梓の方に走り寄って行っていた。
予想通りだが、少しは自重しろ、唯。
道路も近いし、夏休みだから人通りも車も多いんだぞ。
流石に梓だってそろそろ嫌がって……なかった。
私の視線の先では梓が足を止め、苦笑しながら唯が来るのを待っている。
これは唯に抱き締めさせてあげる気が満々ってわけだな。

梓は本当はすごく寂しがり屋だ。
唯と会う機会が減っただけに、
溜まりに溜まった寂しさはただ事じゃないはずだった。
久し振りに唯の温かさを感じたいんだろう。

唯も唯で梓とあんまり会えなくなったせいか、
抱き着き癖の相手が私になる事が結構多くなっていた。
梓と体型が似てる私に抱き着いてるわけだ。
断じて私は梓ほど小さくはないけど。色んな所が。

でも、寂しがってた者同士、
今日は久し振りに二人で存分にくっ付き合えばいいと思う。
しっかり唯の言う『あずにゃん分』をチャージするといい。
いや、私もスキンシップは旺盛な方なんだけどさ、
大学の構内で抱き着かれるのはちょっと気恥ずかしいんだよな。


「やれやれ……」


呟きながら、苦笑した澪が和と視線を合わせる。
和も軽く肩を竦めながら、澪と視線を合わせて微笑んでいた。
二人とも何だか嬉しそうだ。
久し振りに会えた事を喜んでるのは、唯達だけじゃないって事だな。

私達の中で唯の次に和と仲が良いのは澪だろう。
真面目な性格同士で気が合うのか、
傍から見ていても二人はいい親友だと思う。
それがちょっと嫌で澪と喧嘩した事もあったけど、
今は和が澪と仲が良くなってくれた事に私は感謝してるんだ。


「んじゃ、行くか」


私はムギに目配せをしてから、梓達の方に向けて歩き始めた。
「うん」と頷いて、ムギが私の後に続く。その更に後に澪も続いた。
視線を戻すと、既に唯が梓に抱き着いて顔を寄せ、その頭を撫でていた。
暑い上に通りすがりの人も横目に見てるのによくやるよなあ、
とはいつも思うんだけど、唯達にはそんな事なんか関係無いんだろう。

また少しだけ私は周囲を見渡してみる。
見る限り、新入部員らしい子達とさわちゃんの姿は見当たらない。
私達を驚かすためにわざわざ隠れてるって事もないだろうし、
多分、その子達はさわちゃんと一緒に部室で私達を待ってるんだろうな。

どんな子達なんだろう、と私はその子達の姿に思いを馳せる。
何度か梓に写メールで見せてもらった事はある。
眼鏡の子と、何だかムギっぽい子の二人。
梓のメールの文面から性格の想像は出来るけど、それは単なる想像だ。
話に聞くのと実際に会うのとじゃ大違いなんだ。
きっと私の想像とは全然違う一面を持ってたりもするんだろう。
だから、楽しみなんだよな。

私達は唯に抱き着かれる梓に近付いていく。
和と純ちゃんも、少し遅れて梓の傍に辿り着いていた。
久し振りに顔を合わせる八人。
あれから少しは何かが変わったのか、それとも何も変わってないのか。
離れてた時間のギャップは、今から皆で話しながら埋めていけばいいんだ。

そう考えながらもう一歩だけ歩いた私は、
唯に抱き締められる梓の頭に右手を軽く伸ばした。
久し振りに会ったんだ。
頭くらい撫でてやってもいいじゃないか。
そのくらいの軽い気持ちで伸ばした手だった。

不意に。
強い風が吹いた。

夏なのに春一番みたいに強い強い風。
空気の圧力が私の瞳を擦り、
目を空けていられなくなった私は瞼を閉じる。
「うわっ」、「きゃっ」、
と周りで上がる声を聞く限りじゃ、
唯達も強い風に目を開けていられなくなったみたいだ。

少しの時間、強風が私達を包み込む。

その風はすぐに止まった。
文学的に言えば、一陣の風ってな感じになるのかな。
そう呼んでもいい一度だけ強く吹いた風だった。


「いやー、すごい風だったよなー」


ぼやくみたいに呟きながら、
私は閉じていた瞼を少しずつ開いていく。
その私の呟きには唯が応じてくれた。


「だよねー、すっごく強い風だからびっくりしちゃったよ。
ね、あずにゃん?」


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最終更新:2012年07月09日 21:15