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「何かさ、不毛って気がしてきた」


私はつい口にしてしまう。
気を悪くするかと思ったけど、和は微笑んだままで私の言葉に頷いてくれた。


「やっぱり情報が足りなさ過ぎるわよね。
情報不足でいくら推論を組み立てたって、真相に辿り着けるはずも無いわ。
昨日、律が資料を集めてきてくれなかったかしら?」


「すみません、真鍋生徒会長」


「それは冗談としても、とにかく推論は推論のままにしておくべきでしょうね。
可能性を論じる事は無駄じゃないけど、それに囚われ過ぎるのは無駄だと思う。
それに今はこの状況の原因より、これからどうするかの方が大切よ」


和らしからぬ発言だと思った。
何でも原因を確かめてから、その後に対策を立てるのが和の性格だと思ってたからだ。
首を傾げながら私がそれを訊ねると、和はまた軽く笑った。


「時と場合によるわよ。
情報が足りないわけだし、何にせよ、今はこの状況に適応するのが第一よ。
いずれは真相を明らかにしたくはあるけど、
真相を知った所でどうしようもない事もあるじゃない。
この状況に適応出来てない内にそんな真相に辿り着いてしまったら、
少なくとも私も冷静でいられる自信は全く無いわ」


「恐い事をさらりと言うよな、和も。
勿論、考えておかなきゃいけない事だと思うんだけどさ……。
でも、知った所でどうしようもない真相ってのは、例えばどんなのなんだ?」


「勿論、これも可能性なんだけど、こういうのはどうかしら?
私達はもう死んでいて、この世界は三途の川みたいな世界。
この世界は生前の罪や穢れや煩悩なんかを洗い流すための禊ぎの空間なのよ。
この世界での生活が何らかの形で終わった時、
私達は一つの生をやっと終えて、新しい輪廻の円環に至る……とか」


「うわっ……。
そりゃ確かに縁起でもないし、どうしようもないな……」


私が呟くと、「勿論、可能性よ」と和は付け足した。
可能性なのは私も分かってるけど、
その可能性が間違っていないとも言い切れない。
それは頭の片隅ででも、考えておかなきゃいけない事なんだ。

でも、まあ、今はまだいいだろう。
まずは和の指摘通り、私達がこれからここでどうやって生きていくかを考えるべきだ。
その答えは私にはまだ出せそうもないけど、
和に考えてもらいながら、少しずつ話し合っていければいいと思う。

にしても……。
私は感心して和に声を掛けていた。


「色んな可能性を考えるよなあ、和も。
流石は頭脳労働担当ってか?」


「律達に動いてもらってる分、色々と考えておかないと申し訳ないもの。
それが私に出来る事だものね。
でも、出来ればたまにでいいから律達にも考えてほしいわ。
私の頭は固い方だって自分でも思うのよ。
試験とかの決まり切った答えなら出せるけど、柔軟な発想じゃ唯達にはとても敵わないから」


「唯の発想と比べたら、誰の脳味噌も筋肉みたいなもんだと思うけどな……」


「それでも、よ。
唯ほどでないにしても、律も私には思いも寄らない発想をしてるもの。
そして、その発想を実践する行動力もある。
唯も発想力はすごいんだけど、突拍子が無さ過ぎて実践出来ない事があるものね。
だからね……、本当に頼りにしてるわ、律」


なるほど……。
和が私を頼りにしてるのは本当らしい。
その期待に応えられるかは分からないけど、出来る限り応えたいな。

私は親指を立ててウインクをして言ってみせる。
ウインクは苦手だけど、それは放置の方向で。


「頼りにされついでに、一つ私の推論を和にお聞かせしようじゃないか。
そうだな……、この世界から生き物が消えたのは火星人の仕業ってのはどうだ?
UFOで皆をキャトってったんだよ」


「キャトってって……、キャトルミューティレーション?
キャトルミューティレーションは家畜の事を指すから、
正確にはヒューマンミューティレーションになるわね……。

その可能性も無いとは言い切れないけど、
実際に火星人の仕業だったら律はどうする気なのよ?
UFOを見つけ出して殴り込みでも掛けるわけかしら?」


「モチのロンよ!
私達の戦力では無理なんて心配はノープロブレム!
私達には音楽があるからな! 音楽で殴り込むぜいっ!
知ってるか、和?
火星人は音楽を聞くと頭が爆発して死ぬんだぜ?」


「あったわね、そんな映画……。
あ、でも、唯達はいいとしても、律とムギはどうするのよ。
ムギはキーボードを首から掛ければどうにか移動も出来るだろうけど、
律の方は流石にドラムを自由に持ち運ぶのは、やっぱり無理なんじゃないかしら」


「それもノープロブレム!
ドラムを身体中に巻き付け、背中に背負って移動してやるからな!」


「何、その雷様……」





時間は少しだけ前の話になる。
真夏の朝、私が一人で屋上を訪れていたのには、深いようで浅い理由があった。
そもそも自分でも真夏に屋上で佇むなんて、
風流どころか熱中症を心配したくなるけど、何故だかあまり暑さは感じなかった。
暑いはずなのに、暑さをあんまり感じないんだよな。
それは精神的な問題なんだろうか。
それとも本当に体感温度が下がってるのか?

そういや、ヒートアイランド現象って言うんだっけ?
クーラーやら何やらの排気熱のせいで、都市全体の温度が上がっちゃう現象の名前って。
今の状況、少なくともこの町では誰一人クーラーを使ってないはずだ。
私達も含めて、だ。
人が消えてから、ほとんどの電化製品は全く動かなくなった。
難しい話じゃなくて、単純に町全体に電気が通ってないだけだ。
だから、使いたくてもクーラーなんて使えないんだよな。
そういう意味で町全体の温度が下がっちゃった……、ってのはあるのかな?
まあ、どっちでもいいか。

とにかく、電気が通ってないわけだから、電灯だって点かない。
そのせいもあって、何と私達は昨日は午後の九時に消灯……、じゃないや、就寝した。
九時だぞ、九時。
健全な女子大生が眠っていい時間じゃないよな。

でも、電灯が点かないんじゃ、
テレビゲームどころかボードゲームも出来なかった。
自宅や学校から集めてきた蝋燭を無駄遣いするわけにもいかない。
電池で動く電化製品は動くみたいだけど、
電池を消耗させてまで遊ぶ気力も度胸も残ってなかった。
結局、私達はそれぞれに寝る事しか出来なかったわけだ。

ちなみに全員がまとまって寝るのも手狭だろうって事で、
ひとまずの間だけど、私達は二つのグループに分かれて眠る事になった。
生徒会室で眠る事になったグループが私、和、梓、純ちゃん。
軽音部の部室で眠る事になったグループが唯、憂ちゃん、ムギ、それに澪だ。

勿論……、って言うのも変な話だけど、
私と澪が違うグループになった事は、梓と純ちゃんに心配された。
特に純ちゃんが必死な表情で、私を説得しようとしていた。


「澪先輩と一緒じゃなくていいんですか?
よければ私が澪先輩と変わりますよ!」


って、そう申し出てくれた。
それだけ私達がいつも一緒に居るって思われてるんだろう。
一緒に居なきゃいけないんだって。

それはとても嬉しかった。
純ちゃんは本当に優しい子だ。梓と親友なのも納得出来るよ。
私はそんな純ちゃんに感謝しながら……、でも、ちょっと卑怯な事を言った。


「別に澪と一緒じゃなくても大丈夫だよ。
それとも、純ちゃんは私と一緒のグループが嫌なのか?」


我ながら卑怯な言い方だったと思う。
そんな事を言ったら、純ちゃんの方が引き下がるしかないって分かり切ってるのにさ。
予想通り、純ちゃんは「そんな事ないですけど……」と残念そうに引き下がってくれた。
気を遣ってもらいながら、純ちゃんには本当に悪い事をしちゃったと思う。

でも、今はまだ、面と向かって澪と話せそうになかった。
家に閉じこもろうとした澪の事を怒ってるわけじゃない。
澪の気持ちはよく分かるし、出来る事なら支えてやりたい。
だけど、澪に掛けられる言葉が見つからないんだ。
何を言っても、わざとらしい気休めになっちゃいそうな気がしてる。
私が澪に掛けたい言葉はそんな気休めなんかじゃない。

いや……、ひょっとしたら、気休めでもいいのかもしれなかった。
気休めでも何でも、とにかく澪に言葉を掛けるべきなのかもしれない。
少しずつ言葉を掛けていく内に、
本当に言いたかった言葉が見つかるものなのかもしれない。

頭では分かってるつもりだ。
それでも、身体と……、心が動き出せないんだ。
頭の中で見つけた言葉を喋ろうと口を開いても、
うるさく響く心臓の鼓動が、一瞬で私の言葉を消して口を閉じさせる。

恐いんだと思う。
澪を失うのが恐いんだ。
澪だけじゃない。
唯も、梓も、ムギも、和も、憂ちゃんも、純ちゃんも……。
皆を失うのが恐くてどうしようもない。

当然だけど、誰かを失うのはいつだって恐い。
大切な人達を失くしたくない。
こんな状況じゃなくたって、恐いに決まってる。

でも、今の世界がこんな状況だから、余計に私は動き出せなくなってる。
下手な事を言ってしまって、もしも誰かから少しでも拒絶されてしまったら……。
私はそれに耐えられる自信が全然無い。
今だって不安を必死に押し殺してるのに、
これ以上誰かを失ってしまうなんて、考えただけで身体が震えるのを感じる。
世界に私達以外誰も居ないこの状況。
こんな状況で仲間を失ってしまったら、その先にあるのは完全な孤独だけじゃないか。

馬鹿みたいだって自分でも思う。
『完全な孤独』だなんて、思春期の中学生かよ……。
私はもう大学生なんだぞ?
自分が誰からも愛されてるって考える事と同じくらい、
自分が誰からも拒絶されてるって考える事は馬鹿な事だって知ってる年頃だろ?

そう思うのに、やっぱり動き出せない自分はまだ本当に子供だ。
少しは成長出来たつもりだったのに、本当に私はまだまだだ。
高校三年間、どうにか軽音部の部長をやり遂げられたと思ってたのにな……。

そんな事を考えてたせいだろう。
休みの日はかなり寝入っちゃう私なのに、今朝に限って早く目が覚めた。
寝袋の中から身体を引きずり出して、
家から持ってきた目覚まし時計に目を向けると、まだ六時にもなっていなかった。
勿論、早寝のせいもあるんだろうけど、
こんな早い時間に目を覚ますなんて滅多にない事だ。

周りを見回してみると、和と梓はまだ眠っていた。
和と梓は静かな寝息を規則正しく立てている。
でも、梓の隣の布団で寝ていたはずの純ちゃんの姿が無かった。
布団だけ残して、純ちゃんの姿は影も形も見当たらない。

部室の方にでも行ったんだろうか?
私もちょっと校内を散歩しようかな……?
そう思いながら、生徒会室の扉を開いてみて……、私は息を呑んだ。
廊下、生徒会室から少し離れた場所に、純ちゃんの変わり果てた姿が転がっていたからだ。
昨晩、一緒に寝ていた時とは、明らかに違っている純ちゃんのその姿……。
髪型は無惨に乱れ、可愛いデザインのパジャマも見る影もなく……。


「純ちゃん……!」


小さく叫んで、私は廊下に転がる純ちゃんに駆け寄る。
駆け寄りながら、多くの事を一瞬で考える。

一体、何だってんだよっ?
誰も居ないはずのこの世界に、エイリアンみたいな奴でも居たってのか?
エイリアンが純ちゃんを襲ったってのか?
この世界から人を消したのもそいつ……?
もしかすると、そいつは私達を一人ずつ狩るために世界をこんな風に……?
今もそいつは何処かで私達を監視して……?
ああ、もう、とにかく!
今は純ちゃんだ!

私は仰向けに転がる純ちゃんの頭を抱え、自分の胸元に引き寄せる。
純ちゃんの肌は暖かかった。
でも、暖かいからって、安心出来るわけでもない。
喉から心臓が出そうなほどに緊張し、自分の手が痙攣しているのを感じる。
それでも、私はそれを必死に耐えて、
昨晩とは全く違ってる姿……、
パジャマも纏わず下着だけの姿になってる純ちゃんの異常を探る。

下着だけの姿とは言っても、
寝る前はパジャマだったわけだから、当然ブラジャーも着けてない。
そんなパンツしか履いていない姿の女子高生が、
学校の廊下に転がってるだなんて、そんなのただ事であるはずがないじゃないか。


「純ちゃん……!
どうしたんだ、純ちゃん……!」


頭を揺さぶりながら、目を皿のようにして純ちゃんの全身を見渡す。
純ちゃんの裸を見るのは初めてだが、そんな事を言ってる場合でもなかった。
一見した限りじゃ外傷は無さそうだけど、
人は外傷が無くても死んじゃう事だってあるんだ。
もしも純ちゃんに何かあったとしたら、それは年上の私の責任だ。
そうだとしたら、後悔してもし切れない。
無事でいてくれ、純ちゃん……!

不意に。
私の後ろからとぼけた様子の声が響いた。


「あーあ、純ったら……。
あれだけ気を付けてって言ったのに……」


驚いて、私は声の方向に振り返る。
そこには寝ぼけ眼の梓が、呆けた様子で立っていた。
その梓の表情からは、驚いた様子は一切見受けられなかった。

何だよ……。
何を言ってるんだよ、梓は……。
「気を付けて」ってのは何の話なんだ?
梓は何を知ってるってんだ?
学校の中でエイリアンが歩き回ってる事を知ってたってのか?


「律先輩の声で目が覚めちゃいました……。
何があったのかと思ったら……、純のせいだったんですね……。
大丈夫ですよ、律先輩……。すぐ慣れますから……」


梓が何の感動も無く、淡々と言葉を続ける。
背筋が凍る気がした。
こんな異常事態に冷静でいられる梓の事が、心底恐ろしくなってくる。
慣れるってのはどういう事なんだよ。
また何度もこういう事が起こるって言いたいのか?
それとも、梓はこういう事を何度も経験してきたってのか?

私は喉から声を絞り出して、
震える身体を抑えながら、掠れた声でどうにか梓に言った。

「大丈夫ってのは何なんだよ、梓……。
こんなのただ事じゃないだろ……。
だって、純ちゃんが……、純ちゃんが……!」


「確かにただ事じゃないですよね……。
純のこの寝相の悪さ……」


「寝相かよ!」


早朝の学校全体を震わせるくらいの声で、私は絶叫した。
朝も早くから申し訳ないが、絶叫せずにはいられなかった。
寝相って何やねん!
その私の声で意識がはっきりしたのか、大きな目を見開いた梓が困った様子で囁いた。


「いきなり大きな声を出さないで下さいよ、律先輩。
和先輩達はまだ寝てるんですから、迷惑になりますよ」


「いや、でも寝相って、そりゃいくらなんでも……」


言いながら、恐る恐る自分の耳を純ちゃんの口元に近付けてみる。
耳を澄ませば、すぐに純ちゃんの口元から安らかな寝息が聞こえた。
それはそれは安らかな寝息じゃったそうな。


「本当に寝てるだけかよ!」


「だから、大きな声を出さないで下さいってば。
さっきからそう言ってるじゃないですか、律先輩。
純ってばいつも『気を付けて』って言ってるのに、全然寝相の悪さが直らないんですよ。
人の布団に入ってくるし、人の顔は蹴ってくるし……、
ひどい時は今みたいに寝ながら服を脱ぎ散らかしたりもするんです。
特に昨日はクーラーを使えなくて寝苦しかったんで、
パジャマを脱ぎたい気持ちはちょっと分かりますけど……。
まあ、もう『慣れ』ましたけどね」


「でも、廊下で寝るってのは、寝相にしてはひど過ぎないか……?」


「あ、いえ、寝相と言うのは言葉のあやですよ、律先輩。
多分、純は半分眠ってる状態でトイレに行って、帰り道で力尽きたんだと思います。
ほら、あそこにパジャマもありますし、蒸し暑いから脱ぎながら帰って来てたんでしょうね。

実は純にはよくある事なんです。
前に純の家に泊まった時の話なんですけど、
私と一緒に部屋で寝てたはずなのに、目が覚めたら純は何故か玄関で寝てましたよ」


仕方が無い子ですよね、と付け加えてから梓が苦笑する。
すげー……。
純ちゃんもすげーけど、それに慣れ切ってる梓もすげー……。

そういや、さっき私は今の純ちゃんの髪型を無惨とか考えてしまってた。
何かの事件に巻き込まれたのかと思ってたけど、
こうして眠ってるって事は、今の髪型は単なる寝癖だって事か……。
何か、ごめん……。
無惨な髪型とか考えて、本当にごめん……。


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最終更新:2012年07月09日 21:25