そういや、前に唯の家に集まって、
軽音部の皆と憂ちゃんでホラー映画を観た事がある。
私はホラーは平気な方だし、
ムギは何にでも興味津々だから目をキラキラさせてた。
唯はちょっと恐がってたみたいだけど、
その後に憂ちゃんが用意してくれたアイスクリームを食べたら、全部忘れちゃってた。
結局、恐がってたのは、毎度の如く澪だけだったな。
映画の内容より、あいつの叫び声の方が恐かったくらいだ。

そもそもC級に近いホラーだったから、勿論梓もほとんど恐がってなかった。
しかも、梓はホラー映画を映画館でたまに観てるらしいから、
一般的な女子高生に比べれば、ホラーにかなり耐性がある方だろう。
少なくともほとんどの女子高生は、ホラー映画をDVDでは観ても、
デート以外では映画館でホラー映画を観る事は少ない……はずだ。
よく知らんが。
とにかく、人には意外な趣味があるもんだよな。

そんな梓でも、今の状況は少なからず不安らしかった。
私の手のひらをかなり強い力で握ってるのがその証拠だ。
不謹慎だけど、ちょっと安心する。
何かがあっても、梓はそれを顔に出したり、口に出したりする事が少ないからな。

感情を素直に表現しがちな澪の幼馴染みをやってきたせいか、
私は梓みたいに自分の感情を隠しがちな子の相手が得意じゃないと思う。
勿論、梓の事は嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。
後輩だけど、同い年の子みたいに一緒に本気になって遊べる。
それが嬉しい。

でも、たまに、梓はどうなんだろう、って考える。
梓は私と遊んでて楽しいんだろうか。
いや、楽しいはずだ。楽しんでくれてるはずだ。
喜びを素直に表現してくれるくらいには、私は梓と仲良くなれたはずなんだ。

けど……、辛い時はどうだろう?
悲しい時は……、どうなんだろう……?
私は梓の悲しみのサインを見逃してないだろうか?
あいつに後輩を作ってやれなかった私は、
あいつの本当の寂しさを分かってやれてたんだろうか?

分からない。
分からないけれど……、今はちょっとだけ不安を見せる梓の姿が嬉しかった。
不謹慎だけど、出来れば梓にはもっとそういう弱さを見せてほしかった。
そうすれば、私にも何かしてやれるかもしれないからだ。


「心配すんなって、梓」


安心出来たせいか、自分でも驚くくらい優しい声が出ていた。
本当は梓以上に私が不安がってたのかもしれない。


「オカルト研の中に変な物があっても護ってやるって。
元部長は現部長よりも強いってのがお約束だ。
りっちゃん部長に任せろ!」


私がそう言って梓の頭を撫でると、
妙に冷静な言葉を淡々と返してくれやがった。


「お言葉は嬉しいんですけど、律先輩……。
それ、映画だと真っ先に死んじゃう人の台詞ですよ」


「中野ー!」


ちょっと大声を出して、私は中野の後ろに回ってチョークスリーパーを極める。
中野め、ホラー映画に通なせいか、
死亡フラグにも精通してるようじゃないか、この生意気な中野め。
でも、その言葉が生意気なだけじゃないってのも、私は知っていた。
チョークを極められながら、中……梓は嬉しそうに、楽しそうに笑ってる。
考えてみれば、梓とこんなに身体を密着させるのも久し振りだ。
何故か気持ちがとても落ち着く。
もしかしたら、梓も私と久し振りにくっ付きたくて生意気を言ったのかもしれない。

本当はすぐに梓から身体を離して、純ちゃんの話を聞くべきだったんだろう。
でも、それはすぐには出来なかった。
私と梓、二人ともがお互いの身体を離したくなかったんだ。
どうしようもないくらい。

梓と身体を密着させながら、気付く。
恐がったり、不安になったりした時、澪がよく私に抱き着いて来る理由を。
やっぱり、人肌の温もりは心を落ち着かせてくれるんだ。
だから、澪はよく私に抱き着いて来るんだろう。
それが私にとって、澪にとって、梓にとって、
いい事か悪い事かは分からないけどな……。

時間にして二分くらいだったと思う。
名残惜しく私が梓から身体を離した時、純ちゃんが苦笑しながら梓に言った。


「梓、律先輩とイチャイチャし過ぎ。
やっぱり愛人の私なんかより、本妻の方が好きなのね……!
よよよよ……!」


「何よ、愛人とか本妻とかって……」


梓が呆れて呟き、また肩を落とす。
つーか、本妻って私か?
でも、私と梓がくっ付いてるのを見守っててくれたのを見る限り、
純ちゃんは梓が幸せならそれでいいんだって思ってくれてるんだろう。
勿論、愛人とか本妻とかそういう意味じゃなくて、
一人の親友として、梓の幸福を願ってくれてるんだと思う。

一瞬、純ちゃんが真面目な顔に戻る。
それから、ちょっと苦々しげに言葉を続けた。


「でもね、梓。
そろそろそのハーレム体質、いい加減どうにかしないと。
唯先輩にはよく抱き着かれてるし、澪先輩とは姉妹みたいだし、
律先輩とはメールしまくりだし、最近はムギ先輩とも仲がいいみたいじゃない。
何よ、そのハーレム……。
あー、羨ましい!」


最後には本当に悔しそうに叫んでいた。
苦々しそうに見えたのは、単に羨ましかっただけか……。
まあ、確かに私が純ちゃんの立場なら、梓の事が羨ましくなるかもしれない。

私はともかくとしても、
澪はファンクラブもある上に面倒見がいいし、
ムギも優しくておやつを提供してくれるし、
唯も度が過ぎる所はあるけど後輩想いで面白い奴だからなあ。
こんな先輩達が居るなんて、確かに羨ましいな……。

純ちゃんのそんな叫びには慣れてるんだろう。
梓が苦笑を浮かべて、言葉を続けた。


「それより、純。
オカルト研の中に大変な物があるんでしょ?
それを見に行かなくていいの?」


「そうそう、そうだよ。
梓のハーレム体質のせいで忘れちゃってた。
ごめん、梓。律先輩もごめんなさい」


純ちゃんはそう言いながら、首を傾げて頭を掻いた。
舌こそ出してなかったけど、
そのポーズはさわちゃんがたまにやるポーズとよく似ている。
梓が何度か言ってた事だけど、さわちゃんと純ちゃんって結構似てるのかもしれない。
少なくとも発想や仕種はそっくりな気がするぞ。

さわちゃん……。
さわちゃんか……。
卒業以来、さわちゃんとは顔を合わせてない。
この夏休み、久し振りに会える予定だったのに、
人が居なくなるって奇妙な現象が起こったせいで、それが出来なくなった。
別にさわちゃんは何も変わってないはずだ。それは分かってる。
でも、その何も変わってないはずのさわちゃんを確かめられないのは残念だ。

さわちゃんは元気なんだろうか?
さわちゃんだけじゃなく、新入部員の子達、皆の家族も……。
そんな事は分からない。分かるはずもない。
だけど、せめて私達の知らない場所で、元気で居てほしいと思う。


「それじゃあ、これから私が見つけた物をお見せしますね。
多分、衝撃的な物なんですけど、律先輩、驚かないで下さいよ。
絶対に驚かないで下さいね。絶対ですよ?」


前振りかよ……。
つい突っ込みそうになったけど、
そう言った純ちゃんの優しい微笑みを見るとそんな気も失せた。
純ちゃんは私が少し暗い顔をしてたのに気付いたんだろう。
それでわざとふざけてみせてくれたのかもしれない。

ごめんな、ありがとう。
私は心の中だけで純ちゃんに礼を言って、軽く頷いた。
私が頷いたのを見届けると、純ちゃんは私の手を引いてオカルト研の部室の扉を開いた。
鍵は掛かってないみたいだった。
純ちゃんが鍵を見つけたのか、元から掛かってなかったのか、それはどっちでもいいか。

勝手に入るのには、勿論ちょっと抵抗がある。
でも、今更そんな事を言ってる場合でもなかった。
大体、非常事態とは言え、昨日私達は近所のスーパーから食べ物を持ち出してるんだよな。
悪い事をしてるとは思ったんだけど、他に食べ物を手に入れる方法は無かった。
一応、レジの中にお金を入れておいたけれど、勝手にやっちゃ犯罪だよな……。
もしもこの状況が解決したら、スーパーの人に謝らないといけない。
もしも解決したら、ではあるけど……。


「うわー……」


オカルト研の部室に入ってすぐ、梓が何とも言えない微妙な声を上げた。
多分、梓がオカルト研の部室に入るのは久し振りなんだろうし、私だって久し振りだった。
だから、梓が微妙な声を上げる気持ちも分かる。
久し振りのオカルト研は、私の記憶の中にあるオカルト研より遥かにパワーアップしていた。
前のオカルト研は少し怪しくて薄暗い程度の部室だったはずだ。
でも、今のオカルト研は違った。
何と言うか、こう……、単純な言葉じゃ言い表せない感じだ。

まず目に入ったのは等身大のチュパカブラの模型だった。
いや、チュパカブラの正確な体長を知ってるわけじゃないが、多分等身大だろうと思う。
それくらい大きな一メートルくらいの模型だった。
ロミジュリの時に借りたりっちゃんのお墓(平沢唯・談)と言い、うちのオカルト研は本格的だよな。
模型も墓も相当高いと思うんだけど、どこからそんな資金が……?
やっぱり部員の誰かが理事長の孫娘なのか?

それと窓や壁のあちこちがアルミホイルで覆われてるのも気になる。
銀色の光がちょっと目に眩しい。
一見異常な光景だけど、私にはそのアルミホイルの理由に心当たりがあった。
前に皆と百物語をしようと思って読んでおいたオカルト雑誌に書いてあった。
よく分からないんだけど、アルミホイルは人間を操る電波を遮断するんだそうだ。
人間を操る電波ってのが何なのかって事には触れないでくれ。

オカルト研の中で、そういう電波関係のオカルトがブームだった時期があったんだろうな。
でも、窓や壁がアルミホイルで完全に覆われてないのを見る限りじゃ、
結構すぐにその電波関係のオカルトのブームが過ぎちゃったんだろう。
オカルトにも流行り廃りはあるんだよな。
だからこそ、中途半端にアルミホイルが残ってるに違いない。

他にも色々何とも言いにくい物があったけど、それは置いておこう。
とにかく、オカルト研も順調に活動してるみたいで何よりだ。
軽音部も負けないように頑張らないとな。


「ほら、これですよ、これ。
律先輩、これをちょっと読んでもらえますか?」


私と梓がオカルト研の変貌に沈黙してる間に、
純ちゃんは昨日見つけたらしい大変かもしれない物を手に取っていた。
私は純ちゃんに差し出されたそれを手に取り、じっと見つめてみる。
純ちゃんが言う大変かもしれない物……、
それは黒い紐でとじられた一冊のレポートだった。
レポートのタイトルには『フィラデルフィア実験文書』と記されていた。

梓が私の後ろからレポートを覗き込んで呟く。


「フィラデルフィア実験……?
何、これ……?」


「そうだよ、梓。フィラデルフィア実験……。
驚くかもしれないけど、律先輩と一緒に読んでみて」


言って、純ちゃんが真剣な表情で梓の肩を叩いた。
梓が不安そうな表情で私の肩を軽く掴み、それでもレポートから目を逸らさなかった。
私は小さく息を吐いてから、レポートの表紙を捲る。
このレポートを書いたのはオカルト研の部員の誰かなんだろう。
妙に可愛らしい丸文字でそのレポートは記されていた。
ただ、その丸文字とは裏腹に、内容は私達を戦慄させるものだった。
以下はレポートに記されていた内容である……。


第二次世界大戦中にアメリカのフィラデルフィアで行われたフィラディルフィア実験。
戦艦をレーダーから不可視化するための実験に使われたエルドリッジ号。
数々の電気機器を用い、船体をレーダーのみならず肉眼からの不可視化にも成功。
しかし、実験中に予想外の現象が起こる。
エルドリッチが突如実験場から消失。
その後、千六百マイル離れたノーフォーク沖への顕現を確認。
つまり、艦全体がテレポートしたと言うのだ。
エルドリッジはフィラデルフィアにその後帰還するも、
乗員の中には肉体が船体に溶けてしまった者や、
衣服のみが船体に焼き付けられた者、精神に異常をきたした者も居たらしい。


そして、その文書の最後にはこう記されていた。
近くオカルト研もこのテレポート実験に挑戦したい、と。


「な、何だってーっ!」


私の叫びがオカルト研の中に響く。
その叫びに梓が怯え、私の肩を掴む手に力を込める。
純ちゃんは怯えた様子も見せず、満足そうに私を見つめながら頷いていた。


「分かって頂けましたか、律先輩……。
封印されたテレポート実験……、人々の消失現象……、
今の私達の状況はこのフィラディルフィア実験によく似ていると思いませんか?
それにその文書の最後の言葉……、
『近くオカルト研もこのテレポート実験に挑戦したい』って……。
もしかしたらなんですけど、今の私達のこの状況はオカルト研の実験で……」


「な、何だってーっ!」


もう一度、私は叫ぶ。
あまりにも衝撃的な事実に、身体を震わせて叫ぶふりをするんだ。
その叫びに梓は怯えず、私の肩を掴む手から力を抜いた。
純ちゃんは怯えた様子も見せず、少し呆れて私を見ながら突っ込んでいた。


「律先輩、二度はわざとらしいですよ……」


「あ? ばれた?
もうちょっとインパクトがあった方がいいかと思ったんだけど……。
このレポートも出来はいいんだけど、オカルト研が実験する予定ってのがなー……。
そりゃ可能性としてありえなくはないんだろうけどさ、ちょっとリアリティ無いよな。
だから、もうちょっとだけ盛り上げようかと思ったんだけど、やっぱわざとらしかった?」


「ばればれですよ、律先輩。
と言うか、いきなり叫ばないで下さい。
びっくりするじゃないですか」


非難するようにまた梓が私の肩を強く掴んだ。
やっぱり梓が怯えたのは、レポートの内容じゃなくて、私の叫び声の方みたいだった。
二度目はわざとらしかったけど、一度梓を驚かせられただけとよしとするかな。
ちょっと微笑んでから、私は手に持っていたレポートを純ちゃんに返した。


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最終更新:2012年07月09日 21:34