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「純ちゃんもよく見つけたよな、こんなレポート。
上手い具合に私達の今の状況とそっくりな事が書いてあるじゃんか。
こりゃ、この実験の内容を知らない人が見たら信じちゃうよ。
だから、澪達には見せないでくれよな。
私と梓だからよかったけど、澪と唯なんかは本気で信じちゃいそうだからさ」


「はい! だから、梓と律先輩を呼んだんです!
期待通りの反応を頂き、ありがとうございます!」


純ちゃんが嬉しそうにピースをしながら笑う。
なるほど。純ちゃんも冗談を言う相手をちゃんと選んでるんだな。
残ったメンバーの中では、憂ちゃんとムギは半信半疑ながら信じかけそうだし、
和に至っては「そうなんだ。それじゃ私、生徒会室に行くね」とか真顔で言いそうだ。
そうなると、純ちゃんがこのネタを使えるのは、私と梓しか居なくなるよな。


「もー……、純ったら変な事にばっかり夢中になるんだから……。
律先輩も純の変な話に乗っからないで下さいよ……。
純が調子に乗るじゃないですか」


言ってから、純ちゃんに向けて梓が頬を膨らませる。
何だ。梓の奴、私達以外にもそんな顔が見せられるんじゃないか……。
拗ねたり、怒ったりも出来るんじゃないか……。
よかった……。

いつの間にか私は軽く微笑んでいた。
その私の表情に気付いたらしく、純ちゃんが悪びれた様子もなく微笑んだ。


「えー、いいじゃん。
これで梓もちょっと気が晴れたでしょ?」


「えっ……?」


驚いた感じで梓が呟く。
瞬間、「隙あり!」と言いながら、純ちゃんが梓の頭を強く撫でた。
撫でられるのが気持ちいいのか、梓はしばらく目を細める。
数秒後、私に見られてる事に気付いたらしく、梓は恥ずかしそうに純ちゃんの手を払った。


「撫でないでよ、もー!」


「照れるな、照れるな。
梓だって撫でられるの好きなんでしょ?」


「照れてないもん!
撫でられるのも好きじゃないもん!」


大声で否定する梓には悪いけど、私も純ちゃんと同意見だった。
梓は人との身体的接触が好きなんだと思う。
唯にはよく抱き締められてるし、私のチョークスリーパーにも抵抗しない。
澪やムギに頭を撫でられて目を細めるのもしょっちゅうだ。
本当に猫みたいだな、と思う。
あずにゃんとはよく言ったもんだよな。


「照れるなよ、あずにゃん」


何となく思い付いて言ってみると、梓は急に顔を真っ赤にして俯いた。
耳元まで赤くしてるのを見ると、よっぽど恥ずかしかったんだろう。
しかし、何で梓はそんなに恥ずかしがってるんだろうか。
『あずにゃん』なんて唯に呼ばれ慣れてるだろうに。
そう思いながら私が首を傾げると、純ちゃんが楽しそうに私に耳打ちしてくれた。


「梓はですね……、
律先輩に『あずにゃん』って呼ばれるのがくすぐったいんですよ」


「もうっ! 純っ!」


純ちゃんの言葉が聞こえていたらしく、
梓が顔を真っ赤に染めたままで純ちゃんを非難する。
仲が良さそうで何よりだ。

でも、私に『あずにゃん』って呼ばれるのがくすぐったい……?
確かに呼ばれ慣れてはいないだろうけど、そんなに恥ずかしがる事なのか?
そこまで考えた直後、ちょっと変な事に気付いて、私も自分の顔が赤くなるのに気付いた。

梓の事を『あずにゃん』と呼ぶのは、私の周りでは唯だけだ。
唯以外の誰かが梓を『あずにゃん』と呼んだら、梓はどう反応するんだろう。
普通にその呼び方を受け容れるんだろうか。
多分、唯が相手だから、梓は『あずにゃん』って呼び方を受け容れてるんだとは思う。
でも、もし……。
誰が相手でも『あずにゃん』って呼び方を受け容れるんだとしたら、
今の純ちゃんの言葉の意味は、つまり……。
いやいや、何を考えてるんだ、私は。

ありえない考えだと思うけど、そう考え始めるとどうにも気恥ずかしい。
自分が梓にとって特別な先輩だって考えるなんて、それは自意識過剰過ぎるよな。
頭では分かってるのに、ついつい私は黙り込んでしまう。
その私の様子に気付いているのかいないのか、梓もしばらく顔を赤くして黙っていた。
何とも言えない空気がオカルト研の中に漂う。


「それにしても、梓」


その不思議な沈黙を破ってくれるためか、
純ちゃんが微笑みながら妙に明るい声で切り出してくれた。


「よく騙されなかったよね、フィラディルフィア実験のレポート。
もう少し驚いてくれるかと思ってたんだけど、結構反応薄くて残念だったな。
ひょっとして、この実験の事、知ってたの?」


深呼吸した後、赤かった顔を少し元に戻して梓が頷いた。
流石は優等生の梓。色んな知識を持ってるもんだ。
純ちゃんに乱された髪型を直しながら、梓が小さく口を開く。


「うん。知ってるよ。
この実験をモチーフにした映画が家にあって、ちょっとだけ観た事があるの。
でも、律先輩もこの実験の事を知ってたなんて意外でした。
映画で知ったってわけじゃなさそうですし、何処で知ったんですか?」


「ああ、私はゲームだな。
ロボットが出てくるやつなんだけど、その実験って複雑怪奇な話じゃんか。
SFのネタにしやすいのか、結構その筋じゃ有名らしいんだよな」


「あ、やっぱり律先輩もあのゲームをプレイしてましたか。
前に話題にしてた事があったから、そうじゃないかなって思ったんですけど」


純ちゃんが嬉しそうに私の顔を見つめる。
その顔にはゲームの話が出来る仲間が増えて嬉しいと書いてあった。
梓はあんまりゲームをやらないタイプだし、
憂ちゃんもやるのはパズルゲームがメインみたいだから、ゲーム仲間が少ないんだろう。
あの作品、ロボットの出てくるRPGだからなあ……。
女子の中でプレイしてる子は少ないだろう。私も女子ではあるが。
純ちゃんにはお兄さんが居るらしいから、そういうゲームに触れる機会も多かったんだろうな。

あのゲームをプレイしてた仲間が増えるのは私も嬉しい。
ディスク2から始まる無茶な演出とか、
難解過ぎる裏設定も含めて話し合いたい所だ。
でも、それはまた今度にしよう。
どうして純ちゃんがそんな限られた人にしか分からない話を持ち出して来たのか。
それを話す方が先決だろうからな。
純ちゃんの言葉を聞く通りなら、多分、いや、間違いなくその理由は……。

フィラディルフィア実験……。
昔、都市伝説レベルだけど、そういう実験が行われたという噂がある。
現実に行われたのかどうかは分からない。
ホラーの雑誌に載ってる事から考えれば、
どっちかと言えばリアリティのある話と言うよりはオカルトに近い。
だからこそ、オカルト研もフィラディルフィア実験に興味を持って、実行しようとしてたんだろう。
予想以上の規模を持ってるオカルト研だから、もしかしたら既に実行も出来てるのかもしれない。

その実験が成功したか失敗したかはさておき、
それと私達の今の状況を繋げて考えるのは急ぎ過ぎだと思う。
特にフィラディルフィア実験は結構有名な実験らしいし、
オカルト好きの人達は世界中で真似た実験を行ってきたに違いない。
そんな下手したら百を下らないくらい行われてきたはずの実験が、
私達と関係してるなんてどうしても思えないんだよな。

確かにフィラディルフィア実験は今の私達の状況と似通っている。
でも、それだけだ。
何かと何かが似通ってるってだけで関係があるってんなら、
例えば髪を下ろした姿が唯に似てるって言われる私は、唯と姉妹って事になるじゃないか。
流石にそれは無茶な話だよな。

それに何となく思うんだ。
これはきっと遠い誰かの実験や、何かの陰謀かなんかで起こった事じゃない。
私達に深く関係のある何かから起こってる事なんだって思う。
何となくだけど、そう思うんだ。
じゃなきゃ、私達八人だけがこの世界に取り残されてる説明が付かないしな。

そういう風に考えているのは私だけじゃない気がする。
様子を見る限りじゃ、梓も純ちゃんもそう考えてるみたいだ。
わざわざオカルト研に私達を連れて来た純ちゃんもそう考えてるって事は、
純ちゃんは私と実験の話をする事じゃなくて、私を連れ出す事が目的だったんだろう。
勿論、梓と一緒に……。


「なあ、純ちゃん。
純ちゃんは私と実験の話をしたいわけじゃなくて、ひょっとすると私と……」


私と梓を連れ出したかったんじゃないか?
とは、口に出せなかった。
流石にそれを言うのは、気を遣ってくれた純ちゃんに悪い気がした。
純ちゃんはきっと梓に元気が無い事が分かっていたんだろう。
私も梓に元気が無いのは分かっていたけど、何も声を掛けられてなかった。
ずっと一緒に居た澪とすら話せてないのに、何を話せばいいのか分からなかったんだ。

でも、それはやっぱり甘えだったのかもしれないな。
大体、後輩に気を遣わせるなんて、先輩としては情けない事この上ない。
元部長としては、後進の手本とならなきゃな。

……よっしゃ。
まだ何を話せばいいのか分からないけど、何とか声を掛けてみよう。
何だって始めてみない事にはどうなるか分からないんだ。
ドラマーに必要なのは勢いだ!


「そういやさ、梓」


「あのですね、律先輩」


見事なくらいに私と梓の言葉が重なった。
梓も純ちゃんが気を遣ってくれてる事に気付いてたんだろう。
梓だって周囲の皆の事を気に掛けられる現部長なんだから。
だから、私と話をしようと声を出してくれたんだ。
でも、流石に私達のタイミングが合い過ぎた。
それだけで、私の口にしようと思っていた言葉が、頭から完全に飛んでしまっていた。


「いや、その……だな……」


思わず口ごもる。
二人の言葉が重なっちゃった時くらい、新しい話題を出しにくい時は無い。
もう一度声を出してまた言葉を重ねちゃうのは恥ずかしいし、
だからと言って「どうぞどうぞ」と譲った所で、変な譲り合いになっちゃうだろう。
軽く視線を向けてみると、梓もまた話を切り出すべきかどうか迷ってるみたいだった。
ど……、どうしよう……。


「あ、そうだ!」


そうやっていきなり大きな声を出したのは、私達じゃなくて純ちゃんだった。
手を大きく叩いて、何かを思い出した……ふりをしたみたいだった。


「そういえば、憂とギターの練習の約束してたんだ!
ごめんね、梓。私、憂の所に行かなきゃ!
律先輩もすみません。自分から連れて来ておいて、ご迷惑お掛けしました!
後はお若い二人に任せますんで、実験について新しい事が分かったら教えて下さいね!
あー、やばいやばい! 急げ急げー!」


その言葉が完全に終わるより先に、
純ちゃんはオカルト研から大急ぎで飛び出して行った。
嵐みたいな子だな……。
私、純ちゃんと似てるって言われた事があるけど、私ってあんな感じなのか?
嫌じゃないけど、何だか複雑な気持ちだな……。


「もう……。何なのよ、純ったら……」


呟きながら、梓が苦笑する。
それは呆れたから浮かべる苦笑じゃなくて、優しい笑顔の交じった苦笑だった。
梓も分かってるんだろうな。
私達に二人きりで話をさせてあげようと考えて、純ちゃんが飛び出して行ったんだって事を。
純ちゃんが本当に憂ちゃんとギターの練習をするのか、それは今はどうでもいい。
私に出来る事は、こんな機会を作ってくれた純ちゃんに感謝して、梓と話す事だけだと思う。


「あのさ、梓」


「ねえ、律先輩」


また私と梓の言葉が重なる。
どれだけタイミングが合ってるんだ、私達は。
これって逆に間が悪いって言った方がいいのか、もしかして。
何だか恥ずかしいな……。

でも、そんな恥ずかしさなんて、もう気にする必要はない。
私はちょっとだけ微笑んで、梓の頭に軽く手を置いて続けた。
今度は言葉が重ならなかった。


「純ちゃんに気を遣わせちゃったな……。
今晩、純ちゃんの好きなドーナツのスーパーオールスターパックでも持って行こうぜ。
賞味期限がちょっと心配だけど、まあ、まだ大丈夫だろ、多分……」


「駄目ですよ、律先輩。
そんなに純を甘やかさないで下さい。
純ったら甘やかすとすぐ調子に乗るんですから。
……せめてスーパーじゃないオールスターパックくらいにしておくべきです」


言って、梓が軽く微笑む。
釣られて、私も笑った。
純ちゃんは不思議な子だ。
普段、我儘を言って梓を困らせてるみたいに見えるのに、いざという時は梓を全力で支えてる。
自慢してもいいくらい立派な梓の親友だ。
純ちゃんに似てるらしい私も、梓にとってのそういう存在になれるんだろうか?
それは分からないけれど、そうなれるように今は少しでも努力したい。


「梓と二人きりで話すのも久し振りだよなー……」


話題を少し変えてみる。
純ちゃんの話もしたかったけど、
純ちゃんの想いに応えるためにも、まずは私達自身の話をするべきだと思った。


「そうですね。
メールのやりとりは結構してた気がしますけど……」


何かを思い出してるみたいに、梓が遠い目をしながら話す。
そうだ。私達が二人きりで話すのは久し振りだった。
卒業以来、私は意識して梓とあんまり話してなかった。
電話もほとんどしてない。しない方がいいんだと思った。
部長の梓が一人で頑張るのを見守るべきなんだと思ったから。
そのおかげだと思いたいけど、梓は立派に部長をやってるみたいだ。

その代わり、私と梓はよくメールしていた。
意外に梓から送られてきて始まるメールが多かった気がする。
勿論、唯達とも沢山メールをしてるんだろうけど、
梓が私の事を忘れてないらしいメールのやりとりは、単純に嬉しかった。
好かれてる方だとは思ってないけど、嫌われてないらしいのは本当に嬉しい。


「メールで読む限りは元気そうだけどさ、最近は元気か、梓?
新入部員の子達ともちゃんとやれてるか?
何か問題が起こったら、この元部長に相談するといいぞ」


ちょっとからかいながら梓の頭を撫でると、
梓は私の手を優しく振り払ってから頬を軽く膨らませた。


「ご心配には及びません。
今の軽音部は律先輩達が居た頃より、
ずっとずっと、ずーっとすごい部になってるんですからね!
律先輩こそ、ちゃんとドラムの練習をしてるんでしょうね?」


「さってなー……。
最近忙しかったから、ちょっと腕が落ちちゃってるかもなー?」


それは単にふざけて言ってみただけの言葉だった。
本当は皆と猛練習してるのはまだ内緒にしておきたかったし、
久し振りに梓に「ちゃんと練習もしましょうよ!」と叱られたかったからでもある。
梓に叱られると、何だか元気になれるんだよな。
やってやろう! って、そんなやる気が湧き出て来るんだ。
いやいや、別に私は人に叱られて喜ぶ趣味は無いぞ。
梓に叱られるのが特別ってだけだ。

だけど、どれだけ待っても梓のお叱りはこなかった。
待ち構えても、期待してた事は起こらない……。
私は不安になって、目の前の梓の顔に視線を向ける。
梓は辛そうな表情で、「そんな……」と小さく呟いていた。


「そんな……、律先輩のドラムが……?
それじゃ、私は……、私はどうしたら……」


瞬間、やってしまった、と思った。
私は、私達が遠く離れてた事を、全然深く考えてなかった。
梓が軽音部で頑張ってる事は知ってる。
メールでそういう話もしてたし、真面目な梓だからその辺の心配はしてなかった。

でも……、考えてみれば、
私の方からバンドの練習について話した事はほとんど無かった。
言わなくても分かってるだろうと思ってたけど、
これまで言わなくても分かってもらえてたのは、近くで同じ部活をしていたからだ。
遠く離れてしまったら、言わなきゃ分からない事が増えていくってのに……。
高校二年の時、澪が違うクラスになった時、
私の言葉が足りずに澪と喧嘩しちゃった時に、それが分かってたはずなのに……。


「あの……、ごめん、梓……。
私、そんなつもりじゃなくて……。私、今でも練習はちゃんと……」


掠れた声をどうにか絞り出す。
どうにか私の本当の気持ちを伝えたかった。
でも、今更言葉を重ねても、何もかもわざとらしくなってしまう気がした。
折角、二人きりで梓と話せる時間が出来たのに、どうして私はこんな失敗をしちゃうんだ……。

言葉が止まる。
オカルト研の中に気まずい沈黙が流れる。
今にも逃げ出したい雰囲気。
でも、逃げちゃいけない。
逃げたら本当にどうしようもなくなる。
どうにかしなきゃいけないんだ。
だけど、私はこれ以上どうしたら……?


「律先輩」


不意に梓が少しだけ大きな声を出した。
表情はさっきより明るくなっていた。
でも、声色は暗いままだった。


「ちょっと、二人で散歩でもしませんか?
少しだけですけど、学校も色々変わったんですよ。
だから、その辺を案内させて下さいませんか?
それに……」


「それに……?」


「この大きなチュパカブラの模型に見られながら、話を続けるのはちょっと……」


チュパカブラの模型に視線を向けながら、梓が苦笑する。
それは確かにその通りで、梓の言葉は正しかったし、笑う所だったんだろう。
でも、梓の声はやっぱり暗いままで、私もこんな状態で無責任に笑う事は出来なかった。


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最終更新:2012年07月09日 21:36