「コラボユニットなら、新しいユニット名を考えたらどうかって思うのよ。
放課後ティータイムじゃなく、わかばガールズでもなく、
完全に新しい貴方達だけのユニット名を……。
それが本当のコラボレーションじゃないかしら?」


「新しいユニット名……」


ワクワクした様子で純ちゃんが呟く。
ワクワクしてるのは私だって同じだった。
何も出来なかった私に、出来るかもしれない何かがやっと見つかったんだ。
このユニットのライブで澪やムギ、唯を元気にしてやれるかもしれない。
でも、私はそれより先に和に伝えなきゃいけない事があった。


「貴方達だけのユニット……って他人行儀だな、和」


「どういう事……?」


和が首を傾げ、梓達も一緒に不思議そうな視線を私に向けた。
私は笑顔になって、和の肩を叩いて言ってやる。


「新ユニットには和にも参加してもらいます!
丁度キーボードが空いてるから、和のパートはキーボードな!」


「ちょっと、律……!
いきなりそんな事言われても……!」


珍しく和が動揺した表情を見せる。
予想もしてなかった突然の展開だろう。
私だって数分前まで考えもしてなかったんだ。そりゃ流石の和だって驚く。
無茶な事を言ってる自覚はある。
でも、このユニットのキーボードは、もう和しか考えられなかった。
こうなりゃ勢いで攻めるだけだ。


「頼むよ、和。
ホント言うとキーボードはムギでもいいんだけど、
でも、出来る限りこのユニットには、放課後ティータイムのメンバーを入れたくないんだ。
そもそもがムギ達にわかばガールズの曲を聴かせるためのユニットなんだしな。
無茶を言ってるのは分かるけど、頼む。
分からない所があったら、私も教える。
楽譜くらいなら私も読めるしさ。
だから……!」


「で、でも……、私もキーボードなんて触った事も……」


「和ちゃんがキーボードをしてくれたら、私も嬉しいなあ……」


「ちょっと……、憂までっ?」


憂ちゃんが甘えた視線を向けると、和が軽く叫んで頭を抱える。
誰にでも毅然とした態度を崩さない和だけど、憂ちゃんには弱いらしい。
年下の幼馴染みなんだ。
そんな妹みたいな子の頼みを断れるほど、和も冷たい人間じゃない。
梓達も和に視線を向け、最後の駄目押しとばかりに憂ちゃんがまた言った。


「和ちゃん、ピアノ弾けたよね?
小さい頃、ピアノを上手に弾ける和ちゃんが羨ましかったんだ。
また和ちゃんのピアノを聴かせてくれたら、私、すっごく嬉しい!」


「いつの話してるのよ、憂……。
ピアノが弾けたのはすごく昔の話よ?
今じゃ犬のワルツが軽く弾けるくらいだし……」


「犬のワルツ……?」


私が訊ねると、梓が私の耳元で囁いて教えてくれた。


「『猫踏んじゃった』のロシアでの曲名ですよ、律先輩」


「ああ、『猫踏んじゃった』か。
梓も変な事知ってんな……。あ、和もか。
でも、それなら私も知ってる事があるぞ。
『猫踏んじゃった』って、楽譜で見るとすっげー難しそうな曲なんだって。
それが弾けるんなら大丈夫だよ、和。
何も私達は難しい課題曲でコンテストに参加するわけじゃないんだし。

なあ、梓?
私達に聴かせようとしてた曲って、そんなに難しい曲じゃないんだろ?」


「はい、新人も多いですし、それほど難しい曲じゃないです。
えっと、ですね……。
私達が演奏するつもりだった曲は……」


少し躊躇いがちに梓が私の耳に口を寄せる。
何を恥ずかしがってるんだろうと思ったけど、聞いてすぐにその理由が分かった。
なるほどな……。
確かにその二曲を演奏してくれるなんて、私だって照れ臭くなる。
私達の中で特に思い入れの強い二曲だしな。
そんなに難しい曲ってわけでもない。
練習すれば、和だってすぐに弾けるようになるはずだ。

もう一度、私達は和に視線を向ける。
強い強い視線。
和は顔を赤くして、何度か眼鏡に触れてたけど、遂に折れて言った。


「分かったわよ……。
どうしても嫌ってわけじゃないし、私だって唯達の喜ぶ顔は見たいもの。
ただし、教えるって言ったからには、ちゃんと教えてもらうわよ、律?
いつもの書類みたいに忘れるのは許さないわよ?」


私は「分かってるよ」って笑った後、
和の手を取って「ありがとう!」って大声で叫んだ。
こうして、私達の新ユニットの結成が決まった。

先の見えない世界だけど、
私達のライブで、澪達を元気付けられたらいいなって思う。





「というわけで、
これから新ユニット第一回企画会議を始める」


和の手を握るために歩み寄っていた元ムギの席の近くから、元梓の席に戻って座る。
そのまま机の上で手を組んで顎を乗せ、私は凛々しい表情を浮かべてみせた。


「律さん、格好いいです!」


いつかの唯みたいに、憂ちゃんが私を褒めながら拍手する。
それに続いて純ちゃんと梓、和も軽く拍手をしてくれる。
何だか懐かしい感覚だ。
同時に新鮮でもある。
私と和が留年してたら、今頃は本当にこういう軽音部になってたのかもしれない。
いや、私はともかく、和が留年する事は無いだろうけどさ。


「それでまずは何を会議するつもりなのかしら?」


会議には慣れ親しんでるはずの和が、私に静かに訊ねる。
自分も関係する事になったってのに、
騒ぐわけでもなく、緊張して様子もなく、落ち着いた態度だった。
そりゃ元生徒会長なんだ。
自分が関係してようと、会議なんてお手のものなんだろうな。

企画会議の議長は和に譲るべきかも、
って一瞬思ったけど、すぐに思い直した。
言い出しっぺは私なんだ。
会議は苦手だし、私じゃ力不足なんだろうけど、
出来る限りは私が責任を持って、このユニットを引っ張っていきたい。
練習の指示なんかは梓にやってもらう予定だけどな。

いやいや、手を抜いてるわけじゃないぞ。
この新ユニットはあくまでわかばガールズメンバーの臨時ユニットなんだ。
私や和は単なる助っ人なんであって、
練習の仕方や指導、演奏する曲目なんかは現部長の梓に任せた方がきっといい。
その方が本来のわかばガールズに近い演奏が出来るはずなんだから。

勿論、梓一人じゃどうにもならなくなった時には、
さりげなく手助けをするつもりだけど、多分、そんな心配は無いだろう。
この四ヶ月、梓は新軽音部を引っ張って来た。
憂ちゃんや純ちゃんの助けがあったからでもあるんだろうけど、
それだけ部員に慕われるのも梓の実力だし、きっと梓は私よりも部長に相応しい人材だとも思う。

まあ、前の軽音部の部長に相応しかったのは、私だってのは譲らないけどな。
つーか、部長が出来た奴が他に居なかったとも言うな。
澪は人の前に立てる性格じゃないし、
ムギは陰から人を支えるタイプだし、唯については言わずもがな。
あ、でも、唯が部長ってのも意外と面白かったかもしれない。
あいつの発想は毎回どこかずれていて、それが私達に驚きと新鮮さをくれる。
唯が部長なら、どこかずれてるけど、面白くて特別な軽音部を結成出来たかもな。

でも、唯が部長だと色々大変そうだな……。
そう思えて、何だかちょっと苦笑してしまう。


「……律? どうしたの?
会議の議題、考えてなかったの?」


和が首を傾げて私に訊ねる。
おっと、今は企画会議の最中だった。
言い出しっぺとして、ちゃんと最低限の責任は果たさなきゃな。
私は咳払いして、「悪い悪い。ちゃんと考えてるって」と和に謝ってから続ける。


「会議の議題は和の発案通り、新ユニット名から考えたいと思ってるんだ。
実は一年以上バンド名を考えてなかった私が言う事じゃないんだけど、
やっぱり名前ってのは大切な物だと思うんだよな。
結局、さわちゃんに付けてもらった名前なんだけど、
『放課後ティータイム』ってバンド名が決まってから、皆の心が近付いた気がするんだよ。

最初こそ『放課後ティータイム』っバンド名は無いだろって思ってた。
私としては、もっとカッコいい名前が良かったしな。
でも、その内、愛着が湧いて来て、
いつの間にかこの名前しか考えられなくなってた。
勿論、唯や澪達もそうだと思う。
だからさ、名前を付けておくのは大切な事だって気がするんだよ。
思い付いた名前があったら、どんな名前でもいいから各自言ってくれないか?」


言い終わってから、私は全員の顔を見回した。
純ちゃん、憂ちゃん、和、梓がそれぞれ真剣な顔で考え込んでるみたいだった。
皆、どんな名前を考えてるんだろう。
私の中でも何個か候補はあったけど、
正直、どんな名前でも良いんじゃないかって思ってる。
皆で考えて、皆で納得出来る名前があれば、どんな間抜けな名前でもそれでいいんだ。

十秒くらい経った頃、
真剣な表情を私に向けて、純ちゃんが手を挙げた。


「はいっ! 田井中議長っ!」


「はい、佐々……鈴木さん!」


「……律先輩、また私の苗字、間違えませんでした……?」


「気にしないでくれ。
では、鈴木さん、思い付いたユニット名をどうぞ!」


「もう……、律先輩ったら……。
んー……、ま、いいか。
んじゃ、私の考えたユニット名を発表しますね。
『ウィー・アー・レジェンド』ってのはどうでしょうかっ?
カッコいいと思うんですけど、どうですかねっ?」


純ちゃんが立ち上がって、興奮気味に拳を握る。
本気で推したい名前なんだろう。
確かにカッコいい名前なんだけど、何処かで聞いた事がある気がするぞ。
何だったっけ?

私が首を捻って考えていると、呆れ気味の口調で梓が突っ込んだ。


「純……、それ映画のタイトルのパクリじゃない……。
前、純の家で一緒に観たの憶えてるよ。
まあ、あっちは『アイ・アム・レジェンド』だけどね」


あー、あの映画か。
私も聡がレンタルして来たのを一緒に観た事がある。
そういや、確かあの映画の設定は……。
私の考えをよそに、純ちゃんが少しだけ頬を膨らませて続ける。


「パクリじゃないよ。オマージュって言ってよね。
それにこれはあの映画と私達の状況が似てるって意味も込められてるんだから。
誰も居ない世界で伝説となる私達のロックバンド……!
どう? カッコいいでしょー?」


そうそう。
あの映画はそういう設定だった。
まあ、誰も居ない世界って設定だったはずが、
CMでは人の姿が映ってるっていう速攻ネタバレがあったんだけどな。
いいのか、それ。
別にそれは重要な設定じゃないって事なんだろうけどさ。

でも、純ちゃんの言う通り、カッコいい名前ではあった。
今の私達の状況とぴったり合ってるっていうネーミングの由来もある。
やるじゃん、純ちゃん。
こりゃ反対意見が無かったらこれで決まりかな?

私はそう思ってたんだけど、
それには梓が首を振って「その名前はやだな……」って言った。
その表情は少しだけ辛そうに見える。
梓の表情を見た純ちゃんは、表情を曇らせて訊ねる。


「どうして?
私は普通にカッコいい名前だと思うんだけど……」


「うん……、確かにカッコいい名前だとは思うよ?
でもね、純……。あの映画の結末って……」


「結末……?
ん……、そっか……。そうだったよね……」


純ちゃんが席に座り、申し訳なさそうに呟く。
あの映画の結末か……。
はっきりとは憶えてないけど、確か主人公が伝説になっちゃうんだよな。
伝説になる事自体はいいんだけど、主人公個人としてはあんまり幸せな結末とは言えない。
私だって……、この状況がその主人公と同じ結末を迎えるのは嫌だ。
伝説になんかならなくていい。
元の生活に戻れさえすれば、
私達にとっちゃそれでハッピーエンドなんだから。


「ごめんね、梓。
私、カッコいい名前だって思ってから、それ以上の事をよく考えてなかったみたい。
そうだよね……。そういう事も考えておかなきゃね……」


純ちゃんが頭を下げると、梓も苦笑しながら頭を下げて謝った。


「ううん、こっちこそごめん、純。
我ながら神経質だって思うんだけど、ついそんな風に考えちゃって……。
カッコいい名前を考えてくれてたのに、ごめんね……」


どっちも悪くない、って私は思った。
純ちゃんはカッコいい名前を思い付いて、皆に発案した。
梓はそのネタ元の結末に嫌なイメージを持った。
それだけの事なんだ。
二人とも間違った事なんかはしてない。
それだけに、これから梓と純ちゃんに出来る事は、お互いに謝り合う事だけになってしまう。
二人とも悪くないんだから……。

だけど、そんな事をさせちゃいけないんだ。
こんな時こそ、普段はあんまり役に立たない私の言葉が必要なんだ。
私は軽く笑ってから、表情を曇らせる純ちゃんに言葉を届ける。


「純ちゃんが考えてくれた名前、カッコいいと思うよ。
でも、悪いんだけど、私も梓と同じくちょっと反対だな。
映画の結末がどうのって話じゃなくてさ……」


「え……?
どうしてですか、律先輩?」


「略称が作りにくいんだよね。
『ウィー・アー・レジェンド』じゃん?
やっぱ、バンド名は略しやすくて憶えやすい名前が一番だよ。
『ウィーレジェ』って略せなくもないけど、ちょっと語呂が悪いよね。
『We Are Regend』の頭文字だけ取って、W・A・Rで『ウォー』ってのもアレだし」


「それは確かに……。
『ウィーレジェ』は言いにくいし、
『レジェンド』だけだと他のバンドと被りまくりそうですよね……」


純ちゃんが少し笑って頷いてくれる。
視線を向けてみると、梓の表情も緩んでるみたいだった。
どうやら、少しは議長の役割を果たせたみたいだ。
そう思った瞬間、和が深刻そうな表情で呟いた。


「ねえ、律……。
こんな時にすごく言いにくいんだけど……」


「な、何だよ、和……」


「レジェンドのスペルはL・E・G・E・N・Dで頭文字はLよ。
律……、W・A・Rでウォーって事はスペルをR・E・G・E・N・Dって間違えてたでしょ」


「うっそ、マジで!?」


思わず叫んでしまった。
スペル間違いとか恥ずかしい……。
しかも、確か受験の時の英語の長文で、伝説をRegendって書いた覚えあるぞ……。
あそこ配点高かったのに、間違えてたって事かよ……。
よく受かったな、私……。

恥ずかしくなって頭を掻いてると、
梓が今にも笑い出しそうな顔で私を見ている事に気付いた。
完全に馬鹿にされちゃってる気がするぞ……。
梓が笑ってくれたのは嬉しいけど、馬鹿にされるのはちょっと悔しい。
私は口を尖らせて、梓に向けて呟いてやる。


「何だよー……。
私のスペル間違いより、今大切なのは新ユニット名だろー……?
梓は何か名前を思い付いてないのかよー……?」


「私ですか……?
いえ、思い付いてなくはないんですけど……、まだちゃんと固まってなくて……」


「ちゃんと固まってなくていいんだよ。
そのための会議だろ?
思い付いた先からとりあえず言ってみてくれよ。
駄目なら駄目って事にしておかないと、新しい名前も考えられないだろ?」


「それはそうなんですけど……。
うー……、そうですね……、分かりました。
じゃあ、単に思い付いただけの名前ですけど、笑わないで下さいよ?」


「笑うかどうかは聞いてみないと分からん。
ま、とりあえず言ってみてくれよ」


私が言うと、梓が顔を少し赤くした。
そんなに変な名前を思い付いたんだろうか?
いや、変な名前って言うより、自分のネーミングセンスに自信が無いのかもな。
梓は私と同じく作詞とかには全然関わって来なかったから、
新ユニットにはどんな名前が合うのか見当も付かないんだろう。
数秒躊躇ってから、ぼそっと呟くように梓が言った。


「『ほうかごガールズ』……。
ほうかごは平仮名です……」


「まんまかよっ!」


「そのまんまっ?」


私と純ちゃんの突っ込みが重なる。
途端、梓が顔を真っ赤にして、顔を伏せた。


「だから……、ちゃんと固まってないって言ったんですよー……!」


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最終更新:2012年07月09日 22:29