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恨み節みたいに梓が呟くと、
憂ちゃんがその梓の背中を慰めるみたいに撫でた。
いや、梓の言いたい事は私にも分かる。
折角のコラボユニットなんだ。
二つのバンドの名前を上手く組み合わせたネーミングにしたかったんだろう。

実を言うと、私も同じ様な事を考えてはいた。
流石にバンドの名前を組み合わせるのはそのままな気がしたから、
メンバーの特徴を組み合わせた名前ってのはどうかと思ってたんだ。
例えば梓は『猫』、『キャット』、『にゃんこ』的な名前。
憂ちゃんは『ポニー』、『リボン』、『妹』、『シスター』。
純ちゃんは『モコモコ』、『ボンバー』……、いや、何でもない。

とにかくそんな感じの名前を組み合わせようかと思ってた。
『にゃんこタイムボンバーシスターアンドロメダ』ってな感じで。
ちなみに『タイム』が和で私が『アンドロメダ』だ。
『タイム』は時間にうるさい和のイメージだけど、
『アンドロメダ』に深い意味は無かったりする。単に語呂です、ごめんなさい。
……流石にこの名前は、私の心の中だけに秘めておこう。


「律先輩はどんな名前を考えてるんですか?」


赤い顔が治まらないままチラリとだけ私を見て、梓がぼそっと呟いた。
普段は高めの声が妙に低くなってて何か怖い。


「ん? あー、私のは後でいいじゃん?
ほら、私って議長だし?
議長ってのは意見をまとめるのが仕事だからな」


『にゃんこタイムボンバーシスターアンドロメディア』(ちょっと変えてみた)。
とは、言えないよな。
私は梓から視線を逸らして、誤魔化して言ってみた。


「議長が名前の候補を出したっていいんじゃないですか?」


その誤魔化しに気付いてるみたいで、やっぱり梓は譲らなかった。
私より小さな身体をしてるくせに、その言葉には異様な威圧感があった。
私は梓に気圧されながら、どうにかもう一度言い訳してやる。


「いや……、だからな……。
そうは言っても、議長ってのはあんまり個人的な意見を口にしちゃ……」


「いいから教えて下さい」


「はい……」


負けた……。
つーか、怖いぞ、梓ちゃん……。
『ほうかごガールズ』って名前、そんなに恥ずかしかったのかよ……。
突っ込みはしたけど、私としてはそんなに悪い名前じゃないって思うんだけどなあ。
とにかく、根負けしちゃったからには、私の意見を出さないわけにはいかないか。
一応、候補が無かったわけじゃない。
私は頬を掻きながら、まだジト目の梓の瞳を見つめて言ってやる。


「そうだな……。
私が考えた新ユニット名は『真・恩那組』なんだけど、どうだ?」


「律先輩だってそのままじゃないですかっ!」


梓の激しい突っ込みが音楽室に響く。
予想はしてた事だけど、ちょっとびっくりした。
私と同じく純ちゃん達もびっくりしてるのかと思ったんだけど、
何故だか二人は楽しそうな表情で私と梓を見つめていた。
何だ何だ?
二人とも何でそんなに楽しそうなんだ?

私がその答えを出せない内に、梓が突っ込みを続ける。


「『恩那組』って、まだ『放課後ティータイム』って名前が決まってない時に、
律先輩が候補として挙げた名前じゃないですか……。
まだこだわってたんですか、その名前……」


「えー、いいじゃんかよー。
カッコいい名前だろ、『恩那組』?
バンド名ってのは、ちょっとダサいくらいが逆にカッコいいんだって。
しかも、『真』だぜ?
新しい『新』じゃなくて、真実の『真』の方なんだぜ?
いい名前じゃんか、『真・恩那組』!」


「自分でダサいって分かってるんじゃないですか……」


呆れた口振りで梓が呟く。
分かってねーな、世の中にはダサカッコいいって言葉もあるんだぞ。
ロボットとか特撮ヒーローも、微妙にダサい所があるからカッコいいんだよ。
半分ずつ二色で区切られてる奴とか、宇宙に行く白い奴とか、
一見は酷く見えるけど、慣れるとカッコよく思えて来るもんなんだ。

バンド名だってそうだ。
深い意味があって付けられたバンド名なんて、実はあんまり無い。
単に路面電車やホルモンが好きだから付けられたバンド名ってのもあるんだ。
でも、そんなバンドでも、今じゃ大勢のファンに受け容れられてる。
要は名前じゃなくて、何をやったかだと思うんだよな。
まあ、それを声を大にして主張するのは、
流石にどうにも気恥ずかしいから出来ないんだけどさ。


「それに『恩那組』ってパクリじゃないんですか?
いえ、昔居たらしいアイドルグループのパクリって話じゃないですよ?
それよりもですね、律先輩の大学のお知り合いの方に、
そういう名前のユニットがあるって聞いた憶えがありますけど……」


「えっ、実際あるユニットなのっ?」


梓が言うと、純ちゃんが目を丸くして軽く叫んだ。
意外と梓も私達の大学事情に詳しいな。
つーか、私がメールで教えたんだっけ?
……メールしたような気がする。
梓もよくそんな事憶えてるよな……。

憶えてるって言えば、
そもそも私が昔発案した名前って事もよく憶えてるもんだ。
あれ以来、話題にした事が無かったはずの、言わば一発ネタってやつだ。
でも、梓はしっかりと憶えていたらしい。
まあ、それだけインパクトのある名前だったって事なんだろうな。
ある意味、私の目論見は成功してたってわけだ。

私は嬉しくなって口の端を緩め、
梓の頭に軽く手を置いてから続けた。


「パクリじゃないぞ。オマージュでもない。
『恩那組』ってのは、実は私が中学の時から温めてたバンド名だからな。
思い付いてたのは私の方が遥かに早い……はずだ!
つまり、私がオリジナルだ。
私が……、私達が……、オリジナルだ!」


「自慢気に言う事ですかっ!
しかも、私達がオリジナルって事は、
もうバンド名が『真・恩那組』で決定してる……っ?」


梓がまた大袈裟に突っ込んでくれる。
結構律義な奴で、何だか嬉しい。
私の突っ込みは本来は澪なんだけど、
澪の奴、長い付き合いのせいか、和のやり方を学んだせいか、
最近はどうにも突っ込みがおざなりなんだよな……。
それもそれで仲が良い証拠なんだろうけど、やっぱたまにはこういう突っ込みも欲しい。

また何となく周りを見渡してみる。
思った通り、やっぱり何故か純ちゃん達が私と梓を楽しそうに見ていた。
うーん……、何なんだろうな、一体……。
滅多に見れない梓の突っ込みが面白い……、とかかな?

でも、梓って基本は突っ込み……だよな……?
純ちゃん達の前じゃ、突っ込みじゃないのか?
いや、梓の突っ込み体質は間違いないはずだから、
放課後ティータイムの前とわかばガールズの前では、
受け答えややり取りのテンションが違ってるのかもしれないな。
梓って純ちゃんの前じゃ妙にクールだったりするから、ひょっとしたらそうなのかも。

そう考えながら、梓の頭に置いていた手を離して首を傾げていると、
さっきまでのテンションの高さが嘘みたいなクールな梓の突っ込みが私を襲った。


「残念ですけど、律先輩、『真・恩那組』は却下します。
パクリはやっぱり駄目ですよ。
先に考えてたって、現実的には先に発表した者勝ちです。
裁判やっても、絶対に勝てないと思いますよ」


「いや、そりゃそうなんだろうけど……。
うーん……、やっぱそうなのかなあ……。
たまたま思い付いた名前が被ってただけだから、
私達もその名前を使いたい……、ってのは駄目なのか?
和はどう思う?」


おばあちゃんの知恵袋……じゃなくて、皆の辞書こと和に訊ねてみる。
こういう法律が関わって来そうな話は、和に訊くのが一番だ。
和はダージリンで一口喉を潤してから、真面目に応じてくれた。


「駄目ね。たまたま被ってるって話は法律的には通じないわ。
東に急ぐって書いて『のぼる』って読ませてた俳優が居たけど、
有名な会社と名前が一緒になるからって、裁判で負けた事があるのよ。
本名ならともかく、芸名だものね。
故意にしろ、偶然にしろ、法律的にそういうのは認められないの。
ちなみにその俳優は、今は東に生きると書いて『のぼる』さんになってるわ」


「その俳優……って、私だってその人の名前くらいは知ってるんだが。
でも、その裁判の事は知らなかったな。
そっかー……。やっぱ駄目なのか……」


ちょっと口を尖らせて呟いてみる。
別にそんなに残念ってわけじゃないんだけどな。
でも、恩那組って名前をもう使えないとなると、残念と言うか寂しい感じはする。

その私の様子を見たからなのか、和が軽く笑った。


「まあ、内輪だけの限定ユニットなんだから、そこまで深く考える必要は無いんだけどね。
何もメジャーデビューするってわけでもないんだし。
これはあくまで法律的には、って話よ。

それにね、私はそんなに悪くない名前だと思うわよ、『真・恩那組』って」


「えっ?」


声を漏らしたのは梓だった。
和が『真・恩那組』を悪くないって思ってたのが意外だったんだろう。
私だって意外だったけど、そんな信じられないって顔すんなよな……。
梓の方に視線を向けて微笑んでから、和が話を続ける。


「『真・恩那組』……。
名前自体のセンス云々はさておき、インパクトはあるわ。
素人考えで悪いんだけど、バンド名にはインパクトが必要だと思うの。
少なくとも、『真・恩那組』って一度聞いたら忘れられない名前よね?
私見だけど、名前ってそういうのでいいと思うのよ。
『放課後ティータイム』だって、単純だけどインパクトがあるものね。

それに梓ちゃんの話を聞く限り、
『恩那組』って貴方達だけの思い出の一つみたいね。
それって大切な事よ?
演奏を聴かせる相手は唯達なんだから、
貴方達だけに分かる単語を混ぜるのはいい考えだと思うのよ」

そこまで考えてたわけじゃないけど、和にそう言われるのはこそばゆかった。
何だか私の考えを全部分かってくれてるみたいだ。
ふと思った。
よく考えれば、私達のバンドに一番長く付き合ってくれてるのは和だ。
それこそ梓より、憂ちゃんよりも深く長く付き合ってくれてる。
ずっと見ていてくれたんだ……。
だから、私達の思い出を大切にしようって思ってくれてるんだ……。

やっぱり、無理矢理だったけど、和にメンバーに入ってもらってよかった。
参加して、感じてもらいたい。
和が支えてくれた私達のバンドがどんなものだったのかって事を。
心の奥底から。

こんな状況にならなきゃ、絶対に組めなかった私達の新ユニットか……。
私と純ちゃんと憂ちゃんと和と梓がバンドを組むなんて、何だか夢みたいだ。
ドリームチームだよな、マジで。
いや、生き物が居ないこの世界に感謝してるってわけでもないけどさ。
でも、まだ練習も何もしてないけど、本当にライブを成功させたいって思う。

不意に、和がペンと紙を机の上に置いた。
何処にあったのかと一瞬思ったけど、
どうやらさっきまで読んでいた地図に挟んでいた物らしい。
さらさらと何かを描いていく。
私は身を乗り出してそれを覗いてみる。
どうやら和は放課後ティータイムのマークと、
車に付けるわかばマークを重ねて描いてるみたいだった。
描き終えてから、和が宣言するみたいに強めに言った。


「皆にばっかり候補を挙げられるのも悪いから発表するわ。
これが私の考えたユニット名よ」


「おー……、ってユニット名?
マーク……じゃなくて?」


「ええ、これがユニット名。どうかしら?」


「どうかしら……って、読み方は?」


「決めてないわ。これがユニット名なのよ」


「何だよ、決めてないって……」


私は肩を落として呟く。
和の言っている事がさっぱり分からない。
記号がバンド名ってバンドもある事はある。
でも、流石にそういうバンドだって、読み方くらいはあるはずだ。
読み方を決めてないって、一体、何だってんだよ……。

憂ちゃんと純ちゃんに視線を向けてみる。
二人とも私と同じに意味が分からないらしく、首を捻っていた。
三人で視線を合わせながら肩をすくめていると、不意に梓が笑顔になって言った。


「ああ、『ジ・アーティスト』のオマージュですね!
和先輩も聴いてらっしゃるんですね、プリンス!
その話を知ってるなんて、和先輩も通ですね!」


「ええ、嗜む程度には聴いているわ。
唯が軽音部に入ってから、少しは洋楽も聴いてみようって思ったのよ。
それと高二の頃、澪が話す話題も洋楽の話題が多かったからかしらね」


プリンス……?
そのまま王子って事じゃないよな……?
洋楽って事は……、ああ、あのプリンスか。
澪の奴、高二の頃、和と何を話してるのかと思ったら、洋楽の話をしてやがったのか……。
それと和には気の毒だが、唯は洋楽聴いてないと思う。絶対聴いてねー。
まあ、和も分かってて、聴いてみてるのかもしれんが……。

和が苦笑を浮かべ、私と憂ちゃん、純ちゃんの順で顔を見回す。


「軽音部だから通じるかと思ったんだけど、意外と通じなかったわね。
『ジ・アーティスト』……、三人とも知らないの?
律から辺りの指摘を待ってたんだけど……」


「そうですよ、律先輩!
軽音部なんですから、『ジ・アーティスト』くらい分かって下さい!」


妙に高いテンションで梓が和に賛同する。
和と梓の立ち位置が同じなんて、妙な光景だな……。
つーか、自分の仲間が見つかったからって、そんなにはしゃぐなよ、梓……。
私だってプリンスくらい知ってる。
そんなに聴いた事は無いけど、相当なビッグネームって事くらいは分かる。
でも、『ジ・アーティスト』ってのが何なのかはよく分からない。
プリンスと何かの関係があるらしいって事だけは分かるんだが……。

埒が明かないと思ったのか、
梓が溜息を吐きながら私に説明を始めた。


「いいですか、律先輩?
プリンスは♂と♀のマークを組み合わせたような記号で名乗ってた時期があるんです。
錬金術に関連した意味のある記号らしいんですが、そこは省きましょう。
プリンスはですね、その記号に読み方を設定しなかったんですよ。
だから、音声では彼の名前を伝える事が不可能になったんです。
そのため、ファンやDJは彼を『ジ・アーティスト』、『元プリンス』、
もしくは『かつてプリンスと呼ばれたアーティスト』と呼ぶようになったんです。
軽音部なら常識な事ですよ?
それなのに律先輩ったら……」


いや、知らねーよ、そんな細かいエピソード……。
それって本当に常識なのかよ……。
と言うか、責められるの私だけかよ……。
純ちゃん達が知らなかった事についてはスルーなのかよ……。
多分、軽音部の中じゃ、梓と澪以外、誰も知らないと思うぞ。

しかし、梓の奴、はしゃぐ時はとことんはしゃぐよなあ……。
もしかすると、そういう話もしたくて、軽音部に入部したのかもしれないよな。
そうなると、期待に添えなくてすまんかったとは思うんだが……。


「まあ、候補よ、候補。
インパクトはあったでしょ?」


流石の和も梓にこんなに食い付かれるとは思ってなかったらしく、
ちょっとした苦笑いを浮かべながら、軽い感じに言った。
確かにインパクトはあった。
珍しく梓が食い付くくらいには、物凄くインパクトがあった。
だけどなあ……。

私は大きく溜息を吐いてから、はしゃぐ梓の頭をポンと軽く叩いた。


「落ち着け、梓。
おまえがプリンスを聴いてるのは分かった。
オマージュも悪くないと思う。
でもな、よく考えてくれ。
和の案を採用しちゃうと、
私達は『かつて放課後ティータイムとわかばガールズと呼ばれたアーティスト』、
……って呼ばれる事になっちゃうぞ?」


「……あっ」


はっとした表情で梓が呻くみたいに言った。
はしゃぎ過ぎてて、そこまで考えが至っていなかったらしい。
プリンスを聴いているとは言え、
梓もその名前で呼ばれるのは嫌らしく、それ以上の言葉を止めた。
まあ、『かつて放課後ティータイムとわかばガールズと呼ばれたアーティスト』じゃなあ……。
何か解散したみたいで気分が悪いしな……。

気付けば、和が私に苦笑を向けていた。
『変な話を振っちゃったかしら?』って感じかな。
妙に食い付かれたけど、別に和が悪いわけじゃない。
梓も、まあ、ほとんど初めて出来た軽音部らしい会話にはしゃいじゃっただけだしな。
場を収めるためにも、私は梓の頭を撫でながら、大真面目な顔で皆に言った。


「ユニット名としてはともかくさ、
私達のユニットのマークとしては採用してもいいんじゃないか、これ?
わかばマークとコーヒーカップの組み合わせなんて、私達に丁度ぴったりだしさ。

そこで私は考えたね。考えちゃったね。
純ちゃんと私の案は却下されちゃっただろ?
それを無効票の二票と考えると、
残った票は梓、和、憂ちゃんの三票って事になるよな?
その三票の内の二票が確実に集まる案が私にあるんだぜ」


「そ……それって……、まさか……」


薄々感付いているのか、梓が深刻そうに呟いた。
しかし、梓には悪いが、この案をただ撃ち貫かせてもらおうじゃないか。
私は立ち上がり、右手の親指を立てて宣言してみせる。


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最終更新:2012年07月09日 22:33