「私達の新ユニット名……、
それは『ほうかごガールズ』だ!
和の案はマークとして採用させてもらう事にするぞ!
これで残った三票中二票だ!
マークとして考えると『わかばティータイム』の方が正しいが、
語呂が悪いし、梓の案を無駄にするわけにもいかないからな!」
「やっぱりいっ!」
エコーでも掛かりそうな梓の大声が音楽室に響く。
分かっていた反応だったが、許せ、梓。
これが一番いい形なのだ。
梓が私の左腕を掴み、必死な形相を浮かべてまた叫ぶ。
顔どころか耳まで真っ赤だ。
「私の案なんて無駄にしてくれてもいいですって!
それにさっき律先輩、その名前は駄目だって言ってたじゃないですかっ!」
「いやいや、よく思い出すんだ、梓。
『おもいだす』コマンドを使って、よーく思い出すんだ。
私はまんまかよって言っただけだ。
駄目だとは一言も言っていないぞ!」
「何ですか、『おもいだす』コマンドって……。
えーっと、えーっと……!」
私に言われ、律義に梓が私の言葉を思い出そうと頭を捻り始める。
ふふふ、愛い奴じゃ。
しかし、それこそ私が狙っていた展開だと気付かなかったようだな、梓くん!
私は右手を頭の上に掲げると、早口に宣言してやる。
「新ユニットの名前、『ほうかごガールズ』でいいと思う人っ!
はいっ!」
「んもうっ! ずるいっ!」
その梓の言葉は一瞬だけ遅かった。
既にニマリと笑った純ちゃんと真顔の和が手を挙げていた。
「私も賛成しますっ!」
「マークを採用してもらえてるわけだし、異論は無いわ」
純ちゃんと和の言葉に追い込まれる梓。
これで三対一だ。
多数決としては決まってるんだけど、梓は諦めなかった。
すがるような視線を憂ちゃんに向ける。
ぶっちゃけ、それをやられると私としては弱かった。
三対一ではあるけど、その内の二票はさっき私が無効票って言った票なんだ。
梓がそれに気付き、憂ちゃんに反対票を投じさせると私達は逆転されてしまう。
でも、そうはならないでほしかった。
そのまんま過ぎるけど、『ほうかごガールズ』って名前は実は好きなんだ。
特に梓が苦肉の策でほうかごを平仮名にしたってのが可愛らしい。
いい名前だって思うんだ。
全員から視線を向けられる憂ちゃん。
私の左腕から憂ちゃんの肩に手を置き直し、梓が必死に説得を始める。
「もっといい名前があると思うよね、憂っ?
憂の案もまだ聞いてないし、
憂の考えたユニット名も聞いておかないといけないよねっ?
ほらっ、憂の案を皆に教えてあげてっ!」
「えっと……ね……」
困った顔で憂ちゃんが呟く。
ここまで慌てた姿の梓が見せる事は少ないから、戸惑ってるんだろう。
数秒躊躇って、憂ちゃんが左手を挙げた。
「ごめんね、梓ちゃん……。
私も『ほうかごガールズ』って素敵な名前だと思うの。
妙に凝った名前より、『ほうかごガールズ』の方がお姉ちゃん達も喜ぶと思うんだ。
だから、律さん……。
私も『ほうかごガールズ』に一票入れたいです!」
「よし、決定だっ!
これからは私が……、私達が……、『ほうかごガールズ』だ!」
「えええええええええええええっ!」
私が拳を握って宣言すると、
梓は茹でた蛸みたいに顔を真紅に染め、また大声で叫んだ。
こうして、私達の新ユニット名は『ほうかごガールズ』に決まったのだった。
いよいよ活動開始ってわけだ。
ちなみに。
後で聞いたんだけど、
憂ちゃんが考えていたユニット名は『ジャンル』だったんだそうだ。
純、梓、和、律、憂をローマ字に変換して、
JUN、AZUSA、NODOKA、RITSU、UIの頭文字を取って『JANRU』なんだとか。
やっぱ一番凝ってる名前だよな、憂ちゃん……。
流石だ……。
◎
唯と澪が風呂後の散歩から戻り、
最後に残っていた私と和が風呂に入る事になった。
一瞬でも早く澪達に新ユニットの事と、
新ユニットで行うライブの事を伝えたかったけど、それはどうにか我慢した。
それぞれの先輩に一人ずつから伝えましょう。
そっちの方がカッコいいので。
澪達が戻る前、そう言っていたのは純ちゃんだった。
どうも純ちゃんって、そういうカッコよさにこだわる子なんだよな。
勿論、それに反対意見があるわけじゃない。
皆、嬉しそうにその純ちゃんの案に賛成した。
唯には憂ちゃんから、ムギには梓から、そして、澪には私から。
三人が、三人に伝えようと思う。
皆、多分、私の事をずるいって言うだろう。
唯なんかは頬を膨らませて、
「どうしてりっちゃんだけ」って言いながら、ポカポカ私の胸を叩くかもしれない。
でも、こればかりはどうにもならない事だ。
何しろ私達八人の中でドラムが出来るのは私だけなんだからな。
そんな感じに、ドラムスってのは必然的にどんなバンドにも入れるようになるもんなんだ。
ふふふ、自分達がメジャーな楽器を選んだ事を後悔するがいい。
それは単にドラムス人口が少なめっていう悲しい現実があるからだけど、
今は純粋にドラムって楽器の演奏を選んだ昔の自分に感謝したい。
こんな時にでも出来る事があった。
たまたまなんだろうけど、それが出来るようになった。
本当に嬉しい。
絶対最高のライブを届けなきゃって思う。
「キーボード……か」
五右衛門風呂の湯船(で、いいんだろうか?)に浸かりながら、和が独り言みたいに呟いた。
多分、独り言だったんだろうと思う。
和の視線は私の方に向いてなかったし、
その声は誰かに伝えようと思って出された声には聞こえなかった。
でも、私はその独り言を拾って返した。
「和、ごめ……」
ごめんな、って言いそうになって、ギリギリで言い留めた。
今はごめんって言うより、もっとふさわしい言葉があるはずだ。
小さく深呼吸してから、私は言い直す。
「ありがとな、和。
キーボード、引き受けてくれてさ」
少し照れ臭かったけど、それはもう一度和に伝えるべき言葉だった。
正直、和には感謝してもし切れない。
元からドラムスの私はともかく、和の方は完全に素人なんだ。
憂ちゃんの話を聞く限りじゃ、
幼い頃にはピアノが弾けてたみたいだけど、それにしたって相当昔の話だろう。
だから、和には本当に感謝してるんだ。
妙に真剣な視線を向けてしまったせいだろう。
和が小さく微笑んで目を細めた。
目を細めたのは、眼鏡を外してて私の顔がよく見えてなかったからだろう。
「いいのよ、律。
引き受けたのは私なんだし、私だって唯達……、
それに憂達の力になりたいって思ってたのは事実なんだもの。
律にはその機会を与えてもらえて、感謝してるわ。
私一人じゃ、自分が憂達のバンドのメンバーになるなんて事、絶対に思い付けなかったから」
「そりゃ、まあ……、普通は思い付かないよな……」
つい苦笑してしまう。
我ながら無茶な事を言ったもんだ。
しかも、バンドを組むだけなら、実はキーボードは要らなかったんだよな。
梓からのメールに書いてあった事なんだけど、
どうもわかばガールズにはキーボードのパートが居ないらしい。
つまり、わかばガールズの手助けをするってだけなら、本当は私一人で十分だった。
でも、私がパッと浮かぶバンドにはキーボードが居たし、
一度、和と演奏してみたいって気持ちも随分前からあった。
そういや、かなり前、軽音部存亡の危機があった時、
唯が和を軽音部に引き込もうとした事があったよな。
あの時のあれは冗談ではあったけど、
和も軽音部に入ってくれたらな、って私は結構本気で思った。
パートに空きがあるわけじゃない。
でも、和とは一回一緒に演奏してみたかった。
何ならボーカルでもいいから、とにかく参加してほしかったんだ。
私達の楽しい気持ちを、和と共有したかったんだよな。
ボーカルと言えば、
そういや、ほうかごガールズのボーカル、決めてなかったな。
まあ……、多分、梓で大丈夫だろう。
歌はそんなに得意じゃないらしいが、
特訓してるって話を憂ちゃんから聞いた事もある。
何だったらコーラスくらい付き合って……、
いや、考えてみたら、あの曲には私も歌で参加しなきゃいけないのか。
うわっ、今更だと思うけど、何か照れ臭いな……。
でも、照れ臭さや緊張で言ったら、
私のなんて和の数分の一にも至ってないだろう。
『感謝してる』って話してくれながらも、和の表情はやっぱり少し不安そうだ。
私は五右衛門風呂に漬けていた腕を出すと、和の頭に軽く手を置いた。
「私こそすっごく感謝してるよ、和。
私の無茶振りに付き合ってくれて、本当にありがとう。
練習、本気で付き合うよ。
弾けるってわけじゃないけど、知識としてならそこそこある。
発案者なんだもんな。和が嫌って言うくらい、つきっきりで練習に付き合う」
「練習に付き合ってくれるのは助かるんだけど、
私が嫌って言ったら、流石に離れてくれないかしら?」
「ははっ、そりゃそうか」
「そうよ」
私が笑うと、和も笑ってくれた。
眩しい笑顔のまま、和が続ける。
「ねえ、律。
私ね、実はもう緊張してるの。
生徒会の会長を務めて、全校集会にも何度も出たし、
卒業生代表の言葉も務めたのに、そういう緊張とは全然違うのね……。
唯や律達はずっとこんな緊張と付き合って来たのね……。
正直、尊敬するわ」
「それは仕方無いよ、和。
特に和は初ライブなんだし、初めてってのは誰だって緊張するもんだ。
私だって初ライブの時は結構緊張してたんだぜ?」
「そうなんだ。
澪はともかく、律達はいつもと変わらなかったから、
緊張してないように見えたんだけど、そういうわけじゃなかったのね」
「強がってただけだよ。
特にさ、澪の次に緊張してたのは私だったと思う。
ムギは落ち着いてたし、唯は楽しそうだったしな。
だから、和も大丈夫。
和はライブじゃないけど人前に出る場数は踏んでるんだし、
今はまだ練習してないから、不安になっちゃってるだけだよ」
「そうね……。
私は律ほどヘタレじゃないから大丈夫よね」
「そうだな……って、うおいっ、真鍋ー!」
和が軽口を叩き、私は和の後ろからチョークを掛ける。
和は笑顔で私の腕をタップしたけど、もう少しだけ解放してやらない。
しかし、まさか和の口からヘタレって言葉が出るとは思わなかった。
自分でもヘタレの自覚は結構あるけど、和に言われるのは意外だった。
しっかりしてるけど、結構普通な所もあるんだよな、和って。
前に「マジで!?」とか言ってたしな。
二人で顔を近付けて笑う。
そういや、和にチョークスリーパーを掛けるのは初めてだ。
一緒に風呂に入るのも初めてだよな。
私と和は友達だけど、何故かそういう一線があった。
いや……、ひょっとすると私のせい……かな……。
和は誰にでも優しくて、澪にも優しくて、
私にはそれが嫌だった時期があったんだよな。
あの時の事は解決したけど、私の心の底では遠慮があったのかもしれない。
だから、和ともっと仲良くなるきっかけが掴めなかった気がする。
勿体無い事をしたな、って思う。
和はいい奴なのに、楽しい奴なのに、
大学も別になって、どんどん疎遠になってしまう所だった。
下手をすると、同窓会か誰かの結婚式でしか会わない仲になってたかもしれない。
よかった……。
そんなに疎遠になる前に、勢いだけど和と新ユニットを組めてよかった……。
新ユニットのライブを成功出来れば、
きっと私は和と本当の親友になれる気がする。
ただの親友じゃなくて、離れてても心から信頼し合える親友に……。
そのためにも、私はライブを成功させるんだ。
と。
不意に和がまた不安そうな表情を浮かべた。
私は和の首に回していた腕を離し、真剣な顔になって訊ねる。
「どうしたんだ、和?
まだ何か心配事があるのか……?」
「そうね……。
ムギに悪い気がして……、ちょっとね……。
本来、キーボードはムギのパートでしょ?
私ね、律にキーボードに誘ってもらえたのは、勿論、嬉しいわ。
自信は無いけど、頑張りたいって思ってる。
皆を楽しい気持ちにさせてあげられるなら、私だって何でもしたいわ。
でもね、ムギも同じ気持ちだったんじゃないかって思えるのよ。
ムギも音楽で誰かを楽しませたいって思ってたはずなのよ」
「そうだな……」と私は頷いた。
ムギは今日、自宅まで電池を取りに行った。
勿論、今後の事を考えての行動でもあるんだろうけど、
何よりも自分のキーボードを演奏するための行動だったはずだ。
ムギだって演奏したかったんだ。
だから、ほうかごガールズに参加出来る私を、ずるいって思う事もあるはずだ。
でも、「大丈夫だよ」って私は和に言った。
「大丈夫だよ、和。
ムギはきっと分かってくれると思う。
ムギは皆の気持ちを分かってくれてる、私達の大切なキーボードなんだ。
私達の気持ち、きっと分かってくれると思う。
そんな事は無いと思うけど、
もし怒られたら、私が何度だって頭を下げて謝るよ。
元の世界に戻れたら、ムギの望む事を何だってしてあげるつもりだぜ?」
「そうよね……。
ムギは私達の気持ちを分かってくれる子だものね……」
そう言いながらも、和の表情はまだ晴れなかった。
ムギの事は信頼してると思う。
私の言ってる事も……。
つまり、ムギの事以外で、和は不安を感じてしまってるんだ。
こんな時に他に不安になる理由なんて、当然だけど一つしか無かった。
和が静かに口を開く。
「元の世界……。
律は……、私達が元の生活に戻れると思う……?」
絶対に戻れる!
とは自信を持って口に出せなかった。
今朝だって冷静だった和が、不安そうな口振りでそう言うんだ。
それだけの理由があるんだと思えた。
私達と別れた間に、何か新しい気付きがあったのかもしれない。
ただ、澪と憂ちゃんの様子を見る限り、
それに気付いてるのはまだ和だけらしかった。
つまり、私とムギが皆に内緒にしてる事があるように、
和も皆に内緒にしてる……、内緒にしなきゃいけない何かを抱えてるんだろう。
その何かを聞くより先に、私は和に今日の昼に起こった事を伝えた。
突然、生き物の姿が見えるようになった事。
晶といちごの姿を見つけた事。
道路の真ん中を自転車で走っていたせいで、ムギがトラックに轢かれそうになった事。
一瞬にして、また生き物の姿が消えてしまった事。
そこが私達の普段使う待ち合わせ場所の横断歩道の前だった事。
全てをそのままに伝えた。
和がどんな重い隠し事をしてるにしろ、
これを伝えれば少しは希望を持てるようになるはずだって信じてたからだ。
少なくとも、人の姿が見えたって事は、
多少は現状の打破のために前進出来たって事で間違いないはずだから。
だけど……。
私の話を聞いた和は、余計にその表情を沈めた。
私の願いは、打ち砕かれてしまったようだった。
最終更新:2012年07月09日 22:34