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更に数日後。
ほうかごガールズのメンバーで、
出来る事はやり切るくらいに練習した頃、音楽室の扉が急に開いた。
扉の先に視線を向けると、そこに立っていたのは唯だった。


「やったで、憂!
お姉ちゃんはやったったんやでー!」


よっぽど興奮してるのか、何故かよく分からない方言を使って叫んでる。
残暑も厳しいし、扇風機もあんまり使えないから、遂に壊れたか……。

……いや、ごめん、冗談だ。
唯は突飛な行動を取る奴ではあるけど、意味も無く突飛な行動を取る奴じゃない。
何か理由があるんだ。
それに唯がこんなに興奮する理由は私にも思い当たる。


「やったんだよ、憂!
やっとね……! やっと完成したんだよ!
今すぐに憂に聴いて……って、あっ……」


方言こそ治まったけど、
興奮冷めやらぬ表情で唯が言葉を続けようとして、途中でそれが止まった。
見る見るうちに『やっちゃった……』と言わんばかりの表情に変わっていく。


「ど、どうしたの、お姉ちゃ……」


「待てよ、唯ーッ!」


「唯ちゃん、待ってー!」


憂ちゃんが訊ねようとした途端、
ドタバタした足音と澪達の声が遠くから聞こえた。
十秒も待つと、息を切らした澪達が唯の後ろから顔を出した。


「興奮し過ぎだろ!
これはサプライズなんだって何度も釘を刺したじゃないか!
後でさり気無くライブの予定を訊くはずだっただろ!」


「そうよ、唯ちゃん!
新曲が完成したのが嬉しいのは分かるけど、って、あっ……!」


ムギが慌てて口を押さえたけど、言っちゃった言葉はもう取り消せない。
胸の前で手を合わせ、傍の唯と澪に向けて頭を下げる。
唯がおろおろと視線をあちこちに向け、
澪は怒っていいのか呆れていいのか分からないという感じの表情を浮かべていた。

何つーか……、いいチームだ……。
と言うか、私もこのチームに入ってるんだよな……。
傍から見てると、私達ってこんな感じなのか……。
嫌なわけじゃないんだが、何とも複雑だ。

澪達がサプライズでライブを企んでるんだろうって事は何となく分かってた。
だけど、新曲まで用意してたとは思わなかった。
道理でやけに時間が掛かってたはずだ。
正直、澪達の実力なら、
ほうかごガールズより先に練習が終わっててもおかしくなかったもんな。
私達と違って、昔取った杵柄ってのがあるわけだし。
それでも、私達よりも時間が掛かっちゃってたって事は、
つまりは新曲の準備に予想以上に手間取ってたって事なんだ。

しかし……、こういう時はどう反応するべきなんだ、私は。
新曲が単に完成したってだけなら、唯もいきなり音楽室に顔を出したりはしないはずだ。
新曲が完成して、練習も完全に終わったからこそ、
ライブの時を待ち切れずに駆け出して来ちゃったんだろう。
気持ちはよく分かる。
私だってライブは早くやってやりたい。

やってやりたい……んだが、
この状況でそれを言い出せるほど私も肝が据わってない。
どうしたらいいんだろうか……。
誰かが話を切り出すべきなのは分かってるんだけど、
やっぱ私が切り出すべきなんだろうなあ、部長なわけだし……。
空気が途轍もなく重いが、仕方ないか……。
大きく深呼吸をして私が話を切り出そうとすると、私より先に誰かが言った。


「じゃあ、今からライブをしましょうか、唯」


言ったのは和だった。
あっさりだな、オイ!
まあ、和らしいか……。
と思いながら和に視線を向けると驚いた。
和が顔を紅潮させて、緊張した表情をしていたからだ。

そっか……。
和だってずっと待ってたんだよな……。
だから、誰よりも先に言い出してくれたんだ……。

ありがとう、和。
私は心の中だけで和にお礼を言って、
座っていたドラムの椅子から立ち上がってから宣言した。


「よっしゃ、善は急げだ!
今すぐ私達のバンドのライブを開催してやるぜ!
これから準備するから、お客さん達も手伝ってくれよな!」


「おいおい、律……。
今すぐって早過ぎないか?」


少し戸惑った様子の澪。
戸惑う気持ちも分かるけど、今はそれを気にしない事にした。
今は勢いで進んでもいい時のはずだ。
私は口を尖らせて、澪に言ってやる。


「何だよー、澪は今からライブやるの反対なのかー?」


「だって、いきなり過ぎ……。
いや、いきなりでも別にいいよな。
皆、待ってたんだもんな……。
分かったよ、律。今からライブの準備をしよう。
唯もムギもそれでいいか?」


澪が納得するのも早かった。
澪の言葉に唯達も嬉しそうに頷く。
やっぱり、皆早くライブをやりたかったんだよな……。
私は梓、純ちゃん、憂ちゃん、和の順番で顔を見回していく。
四人とも嬉しそうな顔で頷いてくれた。
澪達も含めて、皆の気持ちは一つだってわけだ。

遂にライブの開催だ。
内輪以外に観客が一人も居ない寂しいライブだけど、そんな事は関係無い。
出来る限りの、やれる限りの演奏を響かせてやろう。
異世界なんだか、誰かの夢なんだか、
この閉ざされた世界と真正面から向き合うために。





ライブ会場は私達が三年の頃に使っていた教室に決めた。
講堂を使うって選択も悪くなかったけど、
観客がほとんど居ない状態で広い空間を使っちゃうってのも何だか寂しい。
それにこれは私達の新しい決意のためのライブでもあるんだ。
高校時代、最後に人前でライブをやった場所で、
新しい世界での最初のライブをやってやるってのも悪くないじゃん?

準備はほうかごガールズの皆でする事になった。
勿論、澪達も手伝ってくれようとしてたけど、それは私から断った。
私達の後で澪達がサプライズライブをするとしても、最初にライブを開催するのは私達なんだ。
お客様には手間になる事をさせたくない。
別に八人でやるような作業でもないしな。
前みたいに時間制限があるわけじゃない。
教室をライブ会場に変えるくらい、五人も居れば十分だ。

机を端に寄せて、楽器を配置するのはすぐに終わった。
簡単なもんだ。
一度やった事だし、前もライブ会場設立の指揮をしていた和も居るんだ。
作業が速いのは当然ってやつだろう。
そりゃすごくあっさりと教室はライブ会場に変わっていた。

少し、胸が高鳴る。
その鼓動が緊張からのものなのか、興奮からのものなのか、自分でも分からない。
ただ、胸が高鳴る。
深呼吸。
衣装に着替えながら、配置された楽器に目を向ける。

私のドラム。
梓達のギターやベース。
そして、和が弾くキーボード。
ちなみにキーボードは梓の両親の物を借りて来たものだ。
やっぱり和もムギのキーボードを借りたがらなかった。
私が菫ちゃんのドラムを使うのを遠慮したのと同じく、
和もムギの相棒のキーボードを使おうとは思わなかったらしい。

それは勿論、ムギ達のためではある。
人のパートや相棒を借りたり奪い取ったりなんて、そんなのはしちゃいけない事だ。
絶対にしたくないし、私はされたくない。
例えムギ達が気にしないと言ってくれても、絶対に。

そして……。
二人の楽器を借りなかった理由の中には、私達の重要な信念も含まれていた。
私達は助っ人だけど、誰かの代わりじゃない。
最初は菫ちゃんの代わりを務められればそれでいいって思ってた。
わかばガールズの手助けが出来ればそれでいいと思ってた。

だけど、皆でセッションしてて、気付いたんだ。
私は菫ちゃんの代わりにはなれない。
和もムギの代わりにはなれない。
梓達もそれを望んでないんだって気付いたんだ。
私達は誰かの代わりになるんじゃなくて、
私達だから出来る新しい演奏を皆に届ければいいんだって。
放課後ティータイムじゃなく、わかばガールズでもなく、
新ユニットのほうかごガールズとして。


「よっしゃ!」


衣装に着替え終わった後、私は軽く自分の頬を叩く。
気合は十分。やる気も十分。
実力も……、多分、十分。
さて、やってやろう!
やってやろうじゃんか!

不意に。
梓が私を見つめてる事に気が付いた。
衣装と私の顔を交互に見ながら、何とも複雑そうな表情を浮かべてる。


「……何だよ、梓」


じろりと梓の顔を見つめて言ってやる。
すると、梓が躊躇いがちに口を開いて答えた。


「本当にその衣装でよかったんですか……?」


「何言ってんだよ、おまえだって同じ服着てるだろ」


「いえ、そりゃ私は問題無いですよ。
いつも着てる服ですし、着慣れてますから、
私達のライブにはぴったりの衣装だと思います。
でも、律先輩とがその服を着るのはちょっと……」


梓が言うその服ってのは、桜高の制服の事だった。
実家に片付けてたのを引っ張り出して来たやつだ。
パッと思い付く私達のライブ衣装って言ったらやっぱりこれだからな。
制服が私達の戦闘服ってやつなんだ。
さあ、どこからでもかかって来い。

まあ、梓が言おうとしてる事も何となく分かる。
女子大生が高校の頃の制服を着るのはどうかって言いたいんだろう。
梓の気持ちはよく分かる。
半年前まで普通に着てたはずなのに、
久々に高校の制服に袖を通すのは何だか恥ずかしい。
スカートもこんなに短かったっけ? って本気で思う。

だけど、そんな恥ずかしさよりも、
梓とまた同じ衣装を着る事が出来たって事が嬉しかった。
そもそもサプライズライブをやるつもりではあったけど、
流石に制服で乱入するつもりはなかったからな。
それこそ下手すりゃ、
一生梓と制服でライブをする事なんて無かったかもしれない。
そう考えると不思議な感覚になって来るよな。
勿論、こんな異常事態を歓迎してるわけじゃないけどさ。

だから、私は開き直って、梓の頭をぐりぐりと撫でてやった。
意外に気持ち良いのか、梓が目を細める。


「いいじゃんか、梓。
これが私達の戦闘服なんだ。
最高のライブをやってやるには、それに相応しい服を着てやらなきゃな。
制服着たら、それいけりっちゃんはいつだって元気百倍なんだぜ!」


「そうですか……。
律先輩がそうおっしゃるんでしたら、私はそれでいいんですけど……」


言ってから、梓が微笑む。
梓も私と同じ衣装でまたライブが出来る事を、嬉しく感じてくれてるのかもしれない。
妙な巡り合わせだよな、本当に……。

と。
急に梓が口元に手を当てて笑った。
今度は微笑んだわけじゃなくて、心底面白くてしょうがないって表情だった。


「それにしても……。
女子大生が高校の制服とか……、ぷっ!」


……卒業してから、こいつの態度が余計に生意気になってる気がするのは気のせいか?
正直、私の事を先輩とは思ってない気がするぞ……。
「中野ー!」と普段通り絡んでやろうかと思ったけど、何となくやめておいた。
今回ばかりは梓の突っ込みが正確だった気がしたからだ。
まあ、たまには許してやるか。

でも、それはそれで逆に梓を不安がらせちゃったみたいだった。
私としては何となく絡まなかっただけなんだけど、
私の突っ込みを待っていたらしい梓は、急に上目遣いで寂しそうな表情を浮かべていた。
め……、面倒臭い奴だなあ……。
だけど、別にそれは嫌じゃなかったし、逆に嬉しかった。
四ヶ月以上遠く離れていたけど、梓は私の事を忘れないでいてくれたんだよな。
傍に居ても、私が普段通りの行動を取らないと寂しがるくらいに……。
今になって、それを実感する。

こうなると、ちゃんと絡んでやらなきゃな。
でも、今更梓に突っ込むのも間が抜け過ぎていた。
はてさて、どうするべきか……。
ちよっと困って周りに視線を向けてみると、
丁度、私と同じく制服姿に身を包んだ和の姿が私の目に入った。
梓の頭を軽く叩いて、和の方に視線を向けさせる。
苦笑を浮かべて、寂しそうな梓に言ってやる。


「ほら、見てみろよ、梓。
和だって女子大生なのに高校の制服を着てんだぞ?
あれはいいのかよ?」


私に言われ、梓がまじまじと和の姿を見つめる。
しばらく鑑賞した後で満足したのか、わざとらしく肩をすくめた。


「和先輩はいいんですよ。
元生徒会長なんですから、高校を卒業した後も制服に袖を通す事は多いはずです。
特に優等生ってわけでもない律先輩が、
女子大生にもなって高校の制服を着るって事が変なんですよ。
何かいかがわしい邪な陰謀が関わってる気がしてなりません……!」


「中野アズラエルー!」


そこまで言われちゃ絡まざるを得ない。
梓を寂しがらせないためにも、
先輩をからかいまくってる生意気な後輩を懲らしめるためにも、
今度こそ私は梓に大声で掴み掛かってやった。
勿論、身体に掴み掛かったわけじゃなく、掴んだのは梓のツインテールだ。
残暑厳しい事もあって、まだ梓の日焼けは治ってない。
特に昨日は梓が食糧調達の当番だったからな。
そんなヒリヒリする身体を酷使してやれるほど、私は鬼先輩じゃない。

梓のツインテールを両側で引っ張ってやる。
私はツインテールが結べるほど長い髪にした事は無いけど、
何回かツインテールにした事のある澪の話によると、
両側で引っ張られると脳が半分に割れるような感覚がするらしい。
それは流石に大袈裟な言い方だろうけど、
つまり殺傷力は低く苦痛は大きめって事なんだろうな。


「きゃー、すみません、律先輩……!
いたいいたい……!」


痛いのか嬉しいのか、何とも言えない声を上げる梓。
それ自体は普段通りだったけど、やってて何だかむず痒くなってきた。
いつもやってるチョークスリーパーと違って、
最近やってた頭クルクルとも違って、
ツインテールを両側で引っ張るって攻撃は、攻撃される側の梓の顔がよく見えたからだ。
そして……、攻撃を受ける梓の表情が笑顔だったからだ。

何だよ……。
こいつ、私の技を受けながらこんな顔してたのか?
私が梓に技を掛ける度に、
特に純ちゃんと憂ちゃんが楽しそうな表情をしてたのは、そういう理由だったのか?
仲が良い先輩後輩だなあって、微笑ましく見てたって事なのか?
うっわあ……、何だか物凄く恥ずかしくなって来たぞ……。
しかも、こいつの笑顔、すっごく嬉しそうだし……。

こんな恥ずかしさを感じるのは初めてだ。
自分で自分の顔が赤くなっていくのを感じる。
澪との絡みをクラスの奴らからからかわれた時とは比べ物にならないぞ。
多分、今まで気付きもしなかったって事が、余計に恥ずかしく感じさせるんだろうな……。

胸が高鳴るのを感じる。
緊張でも、不安でもない妙な鼓動……。
その鼓動にどう反応するべきなのか迷っていると、不意に小さな音が教室に響いた。
シャッター音……か?
音がした方向を探してみると、その場所はすぐに見つかった。
その場所では、純ちゃんが首から掛けたポラロイドカメラを手に持って、楽しそうな表情を浮かべていた。


「純ったら、もー!
勝手に写真撮らないでよー!」


私にツインテールを掴まれた状態で、梓が右手を上げて頬を膨らませる。
解放してやろうかとも思ったけど、
ちょっと嫌な予感がしたから、しばらくはそのままで居る事にした。
純ちゃんがポラロイドカメラから排出された写真を軽く振りながら、ニヤニヤと笑う。


「えっへへー、いいでしょ、このカメラ。
お父さんのなんだけど、この日のために家から持って来たんだ。
私達の新しい門出の日じゃん?
やっぱしっかり写真に収めとかなきゃね!」


「凄いね、純ちゃん!
それってとってもいい考えだよ!」


チューニングが終わったらしい憂ちゃんが、ギターを置いて純ちゃんの隣に駆け寄って言う。
和もやる事が終わったのか、その更に横に陣取って微笑んだ。


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最終更新:2012年07月09日 23:13