「いい考えね、純ちゃん。
私もそれは完全に失念してたわ。
そうよね。折角のほうかごガールズの初ライブだもの。
しっかり写真で残したいわよね……。
思い付いてくれてありがとう、純ちゃん」


まさか元生徒会長の和に褒められるとは思ってなかったんだろう。
純ちゃんはモコモコを軽く揺らしながら、ちょっと顔を赤くして笑った。


「えへへ、どういたしまして。
記念日ですもん。形としても残したいじゃないですか。
あ、そうだ。
これ、そろそろ現像が終わったはずなんですけど……」


言って、純ちゃんはさっき撮った写真を憂ちゃん達と一緒に覗き込む。
私と梓の方からは角度的に見えない。
どんな写真になっているのかは、純ちゃん達の反応から想像するしかなかった。


「あら」


「わあっ」


「いい写真でしょー?」


和と憂ちゃんの感嘆の声が上がり、純ちゃんが鼻高々に腰に手を当てる。
何だよ……、どんな写真が撮れてるってんだ……?
すっげー気になる……!
そもそも被写体は私達じゃんか。
勝手に撮られて、勝手に感心されるのは恥ずかし過ぎる。


「ちょっとちょっと……!
私にも写真見せてくれって……!」


「私にも見せなさいよ、純ー!」


私達が口を尖らせて言うと、
純ちゃんが笑顔のままでその写真を差し出してくれた。
梓のツインテールを離して写真を受け取ろうとして……、
途中で思い直して右手だけを離し、左手で梓の頭を鷲掴みにした。


「ちょっ……!
何するんですか、律先輩……!
離してくださいよー……!」


梓が頬を膨らませて抵抗したけど、
私はその言葉を聞いてやるわけにはいかなかった。
はい、非常に嫌な予感がします。
いや、もう確信って言ってやってもいいんじゃないかな。
純ちゃんが急に私達の写真を撮った理由……。
その写真を見た和と憂ちゃんの反応……。
その二点から導かれる答えは一つ……!


「すまん、梓。
写真は私が先に見させてもらう。
それで問題が無ければおまえにも見せてやるから、ちょっと待っててくれ」


「何なんですか、それー……!」


まだ抵抗してる梓の頭を左手で掴んだまま、
私は右手を伸ばして、純ちゃんから写真を受け取る。
返って来たテストの点数をチェックする時みたいに、ちょっと薄目で確認してみる。
ほとんど確定してるけど、どうか変な写真になってませんように……!


「うげっ!」


一目見た途端、思わず変な声が漏れた。
分かってはいた事だけど、私の願いは音を立てて崩れ去ってしまったみたいだ。
何なんだよ、この写真は……。
私は一瞬にして制服のポケットの中にその写真を入れると、掴んでいた梓の頭を解放してやった。
吹けもしない口笛を吹く振りをして、梓から視線を逸らしてやる。


「吹けないのに口笛っぽい声出さないで下さいよ……、じゃなくて!
一体、どんな写真だったんですかっ?
私にも見せて下さいよー!」


「この写真は封印します」


「それ前言った私の台詞じゃないですかー!」


そう叫びはしたけど、梓は無理矢理私のポケットに手を突っ込んだりはしなかった。
その辺、常識があって、私の気持ちを尊重してくれる後輩で助かる。
本当はそんな梓の願いを叶えてやりたくはある。
でも、悪いとは思うんだけど、そうするわけにはいかなかった。
いくら何でも、この写真を梓に見せてやるわけにはいかない。

思い出すだけで恥ずかしくなる。
私の予感通り、写真には嬉しそうな表情の梓が写ってた。
私にツインテールを引っ張られながらも、幸せな表情の梓が……。
いや、それだけならいい。
それだけなら梓に見せても問題無いし、
「嬉しそうな顔しやがって」ってからかってやる事も出来た。

問題なのは写真に写ってるもう一人の人物……、
つまり、私の表情だった。
写真の中で、私は笑顔で梓のツインテールを引っ張っていたんだ。
それも単なる笑顔じゃなくて、
私にもこんな表情が出来るんだ、って思えるくらいの幸せそうな笑顔で……。

こんな写真見せられるかよ……。
他の誰かに見せられたって、梓にだけは絶対に見せられない……。
うわあああああ!
何か私、今すっごく恥ずかしい!
私ってひょっとして自分で思ってる以上に梓の事が大切なのか?
いや、一人しか居ない後輩だから、
楽しい部活動くらいは経験させてやりたいって思ってたけどさあ……!

……うん、今は深く考えるのはやめよう。
とりあえず、この写真だけは厳重に封印しとかなきゃな……。


「律先輩……?」


写真より私の様子が変な事の方が気になったらしい。
梓が首を傾げながら、心配そうな表情で私の顔を覗き込んで来る。
うっ……、そんな顔されると何か罪悪感が……。
私はわざとらしく咳払いすると、何とか話題を変えてみせる。


「それより純ちゃん、カメラ持って来るなんていい判断だよ!
澪の奴も写真が好きだからさ、
あいつにでも渡してライブの様子を撮りまくってもらおうぜ!」


「あ、律先輩、誤魔化しましたね。
まあ……、いいですけどね……」


梓が呟きながら苦笑する。
どうやら写真を気にするのもやめてくれたみたいだ。
ごめん、梓。
いつか……、いつかは分かんないけど……、
おまえに見せられるって思えたら、この写真、見せるからさ……。


「そうですね!」


嬉しそうな顔で純ちゃんが私の方に駆けて来る。
その後から和と憂ちゃんも続いた。
純ちゃんが首から掛けていたカメラを外して、私に手渡してくれた。


「私達の勇姿、澪先輩にしっかり写してもらっちゃいましょう!
先輩達を泣かせちゃうくらいのライブにしちゃいましょうよ!
あ、澪先輩には律先輩からカメラ渡して下さいね。
私からカメラ渡すのって、ちょっと恥ずかしくて……」


純ちゃんが可愛らしい照れ笑いを浮かべる。
澪の素の姿を知ってても、まだ澪に憧れてるんだろう。
あいつの何処に憧れてるのかはよく分かんないけど、幼馴染みとしてはちょっと嬉しいかもな。
私は軽く笑って、純ちゃんの頭に軽く手を置いた。


「了解だ。澪には私からカメラを渡しとくよ。
あ、でも、それより先に……」


言い様、私は皆の身体を自分の方に引き寄せた。
引き寄せられながら、和が首を傾げて私に訊ねる。


「どうしたのよ、律?」


「集合写真だよ、集合写真!
私達、ほうかごガールズの記念すべき最初の集合写真だ!
撮った後は和もほうかごガールズのマーク書くのを頼むぜ!
こりゃ将来的に高く売れるぞー!」


「売る気なんですかっ?」


梓が呆れた表情で突っ込んでから、すぐに笑顔になった。
売るかどうかはともかく、集合写真ってアイディアは悪くないと思ってくれたんだろう。
視線を向けてみると、和達も嬉しそうな表情で笑ってくれていた。
本当なら組めるはずもなかったドリームバンド、ほうかごガールズ。
実力としてはまだまだだと思うけど、いい曲を皆に、自分達に届けてやりたい。


「よっしゃあっ!」


教室が揺れるくらいの大声を出してから、皆をフレームの中に入るよう集める。
腕を精一杯伸ばして、出来る限りの笑顔を浮かべてみせる。


「ほうかごガールズーッ!
ファイッ! オーッ!」


「ファイ、オーッ!」


「声が小さーい!」


「ファイッ! オーッ!」


皆の声が揃う。
そして、笑い出す。
それは新しい門出への決意と覚悟の顔。
元の世界には戻りたい。
でも、戻れなくたって、八人でなら乗り越えていけるはずだ。

それは形こそ変だけど、映画のハッピーエンドに相応しいシーンに思えた。
未来に進む決心を持てた私達のハッピーエンドだ。
映画だったら、いい終わり方だったと思う。
希望に満ちたいいラストじゃないか。

まあ、勿論、まだまだ現実は続いていくんだけどな。
ライブはこれから始まるんだし、
この世界がどう転ぶか分かったもんじゃない。
でも、この時、私達が笑顔を浮かべられた事だけは確かなはずだ。
そのはずなんだ。

そう思いながら、私はカメラのシャッターを押した。
夢みたいなバンド……、
ほうかごガールズの姿を写真に収めるために。





集合写真を撮り終え、
ほうかごガールズのマークを和に書いてもらった後、
写真は梓に渡してから、私以外の四人で澪達を呼びに行ってもらった。
澪達は部室で待ってるはずだから、帰ってくるまで十分くらいは掛かるだろう。
私は急いで最後の準備を始める。
私だけ残ったのはそのためだ。

最後の準備……って言っても、大した事をするわけじゃない。
ポケットに入れておいたマジックを取り出し、私は自分のスティックにマークを書いた。
わかばマークとコーヒーカップを合体させた変なマーク……。
勿論、ほうかごガールズのマークだ。
実は和の書いたマークを見ながら、隠れて書く練習をしてたんだよな。

うん、我ながら中々いい出来だ。
頷いてから、次に梓達の置いて行ったピックにもマークを書いていく。
勝手に書くのは悪い気もするけど、皆、怒ったりはしないはずだ。
全部のピックに書き終えると、私はそのピックを自分のポケットの中に入れた。
帰って来た後、自分のピックを探す三人に渡そう。
どんな反応をするんだろうな……。
憂ちゃんは喜んで、純ちゃんが苦笑して、
梓が「勝手な事しないで下さい」って頬を膨らませるかな。
それを和が傍から見ていてくれる……って所だろう。
その時がちょっと楽しみだ。

澪達が来たら、ひとまずMCを始めてやるかな。
MCの担当は梓だ。
あいつのMCはどんな感じになるんだろう。
何度か見た事はあるけど、あいつがメインでMCをやった事は無い。
現部長として練習もしてるだろうから、どんな語りを見せてくれるか楽しみだな。

演奏する曲は『天使にふれたよ!』と『U&I』だ。
二曲しかないけど、二曲だけに絞ったからこそ、いい感じの曲に仕上げられたはずだ。
和のピアノ……、じゃなくて、
キーボードのレベルもかなりのものになったし、
梓の歌だってかなり聴けるレベルになってきたと思う。
『天使にふれたよ!』は五人で分担して歌うし、
『U&I』でもコーラスでフォローするつもりだから、梓の歌も何とかなるだろう。
まあ、もしアンコールがあったら、『翼をください』を演奏するのも悪くないかな。

……にしても、だ。
ピックにマーク書くだけなら、何も一人だけ残る必要は無かったよな……。
所要時間、二分も経ってねーよ……。
残り八分は待たなきゃいけねーのか……。
携帯も無い状態で八分も待つのは結構辛い。
最後の練習をするってのもいいけど、
八分じゃちょっと中途半端だしなあ……。

ま、いいか。
教室でゆっくりしてりゃ、すぐ皆も来るだろ。
私達の元教室ってのも結構懐かしいしな。
閉ざされた世界に迷い込んで以来、実は意図的にこの教室に来るのを私は避けてた。
深い理由があるわけじゃない。
もう私達の物じゃない教室を見るのが何となく嫌だっただけだ。
知らない生徒達の物になった教室を見て、昔を思い出しちゃうのが怖かっただけだ。

でも、久々に勇気を出して来てみて、ちょっと安心したかな。
教室自体はあんまり変わってないみたいだし、
切なさとかより懐かしい気持ちの方が大きい気がする。
半年前の事なのに、もう懐かしいよな……。
そうそう、唯と授業中によく手紙を回してたっけ。

何となく思い付いて、私は前に唯が使ってた机に手を入れてみる。
唯の机は窓際の一番後ろだから、
机を寄せて舞台にしているとは言え、すぐに見つけられたからだ。
お、夏休みだってのに、机の中に教科書と何かの紙が入ってるじゃねーか。
前の持ち主と同じく、結構適当な生徒が使ってんのかな?
苦笑しながら、手に触れた紙を適当に机の上に出してみる。

途端、息を呑んだ。
紙には見覚えのある絵と癖のある文字が書かれていた。
『おまえのうしろに真っ白いイルカの親子が』という文字と。
我ながら下手糞なイルカの絵。
我ながら、だ。
そう、それは間違いなく、私がずっと前に唯に回した手紙だった。

こんな事があるか、と思った。
この机を使ってるのはもう別の生徒のはずだし、
大体、私が唯に回した手紙はムギが全部家に持って帰ってる。
じゃあ、これはどういう事だ?
誰かが私と全く同じ手紙を書いたってか?
そんなのあるかよ、どんな偶然だよ、それは。
だったら、ムギがわざわざ自宅から手紙を持って来て、
何の意味も無く唯の机に私の手紙を入れたってのかよ?
それだって有り得るもんか。

考えられる可能性はただ一つだけ。
やっぱりこの世界は誰かの夢の中だって事だ。
夢の中ってだけなら、澪や和と何度も話し合った事だし、別に驚く事じゃない。
驚くべき点は一つ。
中途半端なくせに、この夢の世界が私達の事に妙に詳しいって事だ。
そうでなきゃ、こんな私の書いた手紙なんて再現出来るもんか。
つまり、それは、やっぱり……。

そうだ。
考えてないわけじゃなかった。
一番不自然だと思ってたのは、何でこの世界に迷い込んだのが私達なのかって事だ。
他の誰でもいいじゃないか。
それこそ私達だけじゃなく、
菫ちゃんやさわちゃんや信代やいちご……、
そんな私達の知り合いの誰かが居たっておかしくなかった。

でも、この世界には選ばれたみたいに私達八人しか居ない。
選ばれたみたいに、じゃない。
誰かに選ばれたんだ。
いや、誰かに、でもない。
私達八人の中の誰かに選ばれたんだ。

そりゃそうだ。
これだけ所々中途半端に、
でも、妙な所だけ詳しい世界を造り上げるなんて、私達以外の誰かに出来るわけがない。
この閉ざされた世界は私達の中の誰かの心の中の世界なんだ、きっと。
原因は分からない。理由も分からない。
でも、多分、そうなんだろうなって思う。
謎が解決した昂揚感は沸いて来なかった。
分かって、どうなる?
分かって、どうするんだ?
この夢を見てる誰かを探り出して、問い詰めるか?
そんな事したって、現状がどうにかなるとは思えない。

急に。


「りっちゃん、おいっす!」


能天気な声を上げて、唯が教室に入って来た。
どうやら唯達を連れて、梓達が戻って来たらしい。
私は手紙を机の中に戻して、どうにか笑顔を浮かべてみせる。


「おいっす、唯。んじゃ、ライブ始めるぞー」


言いながら、唯の後に続いて来た澪にポラロイドカメラを手渡す。
澪の顔は見れなかった。
私の顔をもう少しは見られたくなかったからだ。
「写真頼むぜ!」とそれだけ言って、机の上に登ってドラムの椅子に腰掛ける。

やめよう。
今は余計な事を考えるな。
今はライブを開催して、未来に進む決心をしてやる時なんだ。
犯人捜しなんかしたって、何の解決にもならないんだから。
三回、深呼吸。


「あー、りっちゃん、和ちゃんと一緒で制服着てるー。
二人とも女子大生なのに変なんだー」


そう無邪気に言う唯の言葉には逆に救われた。
普段通りでいいんだ、今は。
見回してみると、澪だけ少し首を傾げてたけど、ムギは私の制服姿を見て微笑んでいた。
澪はちょっとおかしかった私の様子を疑問に思ってるんだろう。
大丈夫だよ、澪……。
もうちょっとしたら、胸の鼓動も落ち着くと思うからさ……。


「それじゃあ、私達のライブを始めますね!」


嬉しそうな表情で梓が宣言してから机の上に登る。
純ちゃん、憂ちゃん、和がそれに続く。
四人の嬉しそうな視線が私に集まる。
皆、これからのライブを楽しみにしてるんだ。
だったら、私も余計な事は考えずに楽しまないとな。
この世界の事は、後でいくらでも考えられるんだから。


「これから私達が演奏する曲は、先輩達もよく知ってる曲なんですけど……。
あれ……? おかしいな……?」


梓の言葉が途中で止まる。
どうやら自分のピックを探しているらしい。


「おっと……」


私は立ち上がって、梓に近付いていく。
やばいやばい、すっかり忘れてた。
ちゃんと梓達三人にピックを渡しとかなきゃな。

ピックを渡し終わったら、いよいよライブの始まりだ。
そういやまだ澪達にはバンドの名前も教えてなかったしな。
梓が恥ずかしがりながらバンド名を伝える姿が目に浮かぶ。
ははっ、何か面白い。


「悪い悪い、梓。
ピックなら私が持ってるんだよな。
純も憂もすぐに行くから待って……」


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最終更新:2012年07月09日 23:22