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「憂達を探そうよ、りっちゃん!
憂なんだし、和ちゃんだって傍に居るし、純ちゃんもきっと寂しがってるよっ?
早く……っ!
ね? 早く見つけてあげなきゃ、三人とも可哀想だよ……っ!
大丈夫……、大丈夫だよ……、大丈夫だから……。
ちょっと離れた所で、憂達が絶対待ってるんだから、だからね……っ!」


らしくなく声を張り上げて、唯が食い下がる。
食い下がりたい唯の気持ちは分かる。
同時に唯が心の奥底ではやっぱり今の状況を理解してるのも分かる。
『大丈夫』と口にしながら、唯の不安そうな素振りは全然変わらない。
いや、むしろ『大丈夫』と口にする度に、表情を歪め、辛そうな様子に変わっていってた。
唯も分かってるんだ。
この閉ざされた世界には……、
少なくとも私達の手の届く範囲には、
憂ちゃんも純ちゃんも和も存在してない事に。

それでも三人を探すべきだったのかもしれない。
時間を決めて、決められた時間まで精一杯三人の姿を探すべきだったのかもしれない。
そうすれば、誰か一人くらいは見つけられたかもしれない。
だけど……。
探し出したら、絶対にきりがなくなる。
大切な仲間達なんだ。
いくら探したって、探し足りるって事は無いだろう。
探し始めたら最後、私自身だって三人を探すのを途中で引き上げられるとは思えない。
冷たい考えだって思うけど、私は居なくなった仲間達よりも残された仲間達を大切にしたかった。
私は天秤に掛けたんだ。
消えた仲間達と残された仲間達を。
ほんの少し片方に傾いた……だけなら、まだ救いがあったかもしれない。
でも、私の中の天秤は、物凄い勢いで残された仲間達の方に傾いていた。
過去に目を向けられない。過去に目を向けたくない。
せめてこれからの事、未来の事に目を向けていたいから、私は唯に言ったんだ。


「唯……。
憂ちゃんでも、和でも……、無理なものは無理なんだ……。
何でも出来そうなあの二人だって……、こんな状況、どうにか出来るかよ……。
傍に居るはずだって信じたいけど……、でも、多分、三人はもう……。
だから……、これ以上の事を、私に言わせないでくれ……!」


私の言葉は聞こえて、理解も出来てたはずだ。
でも、唯は嫌だと言わんばかりに、涙を散らしながら顔を横に振った。
私だって……。
私だって嫌だよ……。嫌に決まってる……!
でも、私はそれ以上に残ったおまえ達を失いたくないんだ!
痛いほどに唇を噛み締める。
気が付けば鉄の味が口の中に広がってた。
どうも強く噛み過ぎて、唇の何処かを切ってしまったらしい。
痛みは感じなかった。
唇の痛みに感けてる暇なんてなかった。
唇の痛みより、胸の痛みの方が何倍も痛かった。

最初から、私達の会話はいつまで経っても平行線だって事は分かってた。
唯は何もかもを大切にする奴だから……。
いちばんがいっぱいある奴だから……。
何かを切り捨てる事なんて出来ない奴なんだって、私だって知ってる。
一番好きな物を一つに絞り切れない……、
そんな唯が大好きだけど、今だけは駄目なんだ。
今は何かを選ばなきゃいけない時なんだ。

不意に澪が立ち上がって、ムギの手を引いて唯の方に歩き出した。
それから唯の手を握り、諭すみたいに優しい声で話し始める。


「なあ、唯……。
憂ちゃん達、探そう?
それなら、おまえも納得するだろ……?」


「おい、みっ……」


私がその言葉を止めようとした瞬間、澪は優しい視線を私に向けた。
『私に任せてくれ』って言ってるみたいに見えた。
私の幼馴染みの澪がそう言うんなら、任せるしかない。
澪はいつだって私の傍で、私の考えを尊重する答えを出してくれた。
だったら、任せるしかないじゃないか……。

唯が澪の突然の申し出に戸惑った表情を見せる。
自分が無茶な事を言ってた事は自覚してたみたいで、不安そうに呟き始める。


「い、いいの、澪ちゃん……?
私……、憂達の事、探してもいいの……?
探して……いいの……?」


「勿論だよ、唯……。
憂ちゃんも純ちゃんも和も大切な仲間じゃないか。
見捨てる事なんて、出来ないだろ……。
探そう、私達に出来る限りは……。
でもな……」


「でも……?」


「探すのは前に泊まったホテルまでの道中だけだ。
見た感じ、この近辺に三人は居ないみたいだ。
だったら何処に居るかはともかく、こことは違う遠い場所に居るんだろうな。
幸い……って言うのも変だけど、ここからホテルまでは結構な距離があるよな?
その道中、三人をじっくり探しながら進むんだよ。
ホテルに到着しちゃったら、今日の捜索はおしまい。
それなら……どうだ?」


いい案だな、と私は思った。
それなら私の考えと唯の想い、両方を尊重出来る。
こんな状態で澪は冷静だよな……。
冷静な判断が出来てる。
いや……、違うか。
澪の肩は私達と同じく少し震えてるみたいだった。
震えてるけど、怖いけど、勇気を出してるんだ。
大体、五人で取り残される前から、澪はずっと怯えて追い込まれてたんだ。
自宅の部屋にしばらく閉じこもるくらい、逃げ回ってたんだ。
逃げ回って、追い込まれてたからこそ、今一番強く振る舞えてるんだろう。
すぐに追い込まれるけど、追い込まれてからが強い。
それが澪の強さで魅力なんだろうな……。

私の方は……、駄目だな……。
普段強がってても、逆境やアクシデントにはてんで弱い。
予想外の事が起こっちゃうと、全然動きだせなくなっちゃうんだよな……。
何やってんだよ、いざという時に役に立たない部長の私……。


「私は……、それでいいと思うよ……。
りっちゃんも……、それでいい……?」


唯が不安そうな視線を私に向けて訊ねる。
自分が我儘を言ってたのを自覚してただけに、
その我儘が少しでも通りそうになった事が逆に不安に思えて来たんだろう。
だけど、我儘を言ってるのは私も同じだった。
二人とも、大切な物が別々だっただけなんだ。
唯は過去を選択して。
私は未来を選択して。
澪が現在を選択してくれて。
多分、そういう事なんだ……。
私は申し訳ない気分になりながら、どうにか絞り出すように言った。


「ああ……、それくらいなら……、私もいいと思う……。
私だって……、憂ちゃん達の事は気にな……」


それ以上は言えなかった。
憂ちゃん達の事が気になってるのは本当だ。
絶対に嘘じゃない。
でも、憂ちゃん達より、残された皆を選んだのも本当で……。
憂ちゃんと純ちゃんと和を切り捨てたのも本当で……。
そんな私が憂ちゃん達を気に掛けてるなんて、言っちゃいけないと思ったんだ。


「ムギも……、それでいいか……?」


澪が涙の止まらないムギに訊ねる。
ムギは涙こそ止まらなかったけど、澪の言葉に頷いた。
ムギだってこのままじゃいけないんだって事は分かってるんだろう。
ただどうしたらいいのか分からないだけで。


「じゃあ……、早速行こう、皆。
場所が関係してるのかは分からないけど、
ずっとここに居るのは、また何処かに飛ばされちゃいそうでちょっと不安だしな……」


澪が表情を歪めながら呟く。
確かにそうだ。
飛ばされるかどうはともかく、忌まわしい出来事が起こった場所には違いない。
今の所は出来る限り早く離れたい気分が私にもある。

不意に梓が何故か明るい声を出した。


「それなら先輩方、私、一ついい事を思い付いたんですけど……」


「な、何だよ……」


場違いな梓の明るい声に気圧されながら、私は絞り出すみたいに訊ねてみる。
すると、急に梓が私の左手を握ってから、続けた。


「皆さん、手を繋ぎませんか?」


「どうしてだ?」


「もう……、律先輩は分かってませんね。
転移……、あ、今は私達がロンドンに来てしまった現象をそう呼びますけど、
また転移が起こった時にも皆で手を繋いでおけば、大丈夫じゃないかって思うんです。
少なくとも、私達がまたバラバラに何処かに転移させられる事は無いって思うんですよ」


「……わけが分からないんだが」


「よく考えて下さいよ、もーっ!
あの転移が人間の身体だけに作用する現象なら、
今の私達は真っ裸でロンドンに飛ばされる事になってたはずだと思いませんか?
でも、私達は今真っ裸じゃありません。
と、いう事はですね……」


そこまで言われてやっと気付いた。
ゲームやってる時とかによく思う事だ。
人体に作用する転移装置なのに、何で服とか持ち物も一緒に移動してるんだよ、ってやつだな。
そういう時の辻褄合わせは、大人の事情以外では、
その人が触れてる物も一緒に移動出来るんだっていう設定がお約束だよな。
んな馬鹿な、と思わなくもないけど、今の私達の状況がまさしくそれだった。
だったら、その真偽はともかく、梓の言う事にも一理あるのかもしれない。


「なるほどな……。
身体に触れてる物も一緒に飛ばされちゃうって事か。
だったら、皆で手を繋いでおけば安心だよな……。
おっし……、皆で手を繋ごうぜ!」


皆に分かりやすく説明してから、私は歩いてムギの左手を握った。
梓の案に納得したわけじゃない。
気休めみたいなものだった。
だけど、気休めでも何でも、今は縋りたかった。
少なくとも梓はその案を信じてるみたいだし、梓の気が楽になるんなら、それもいいはずだ。

五人で手を繋ぎ、とりあえず私達は歩き始める。
ゆっくりと時間を掛けて、憂ちゃん達を探しながらホテルに向かった。
分かっていた事だけど、道中、憂ちゃん達の姿は全く見つからなかった。
それどころか誰の姿も、生き物の姿も見当たらない。
やっぱりこのロンドンに居るのは私達五人だけなんだろう。
名残惜しい表情を浮かべながらも、唯もとりあえずはホテルで休む事に納得してくれた。

これから……、私達は一体どうなるんだろう……?
皆と手を離し、皆で同室のベッドに五人で横たわりながら私は考える。
今日は休むとして、明日からはどうしたらいいんだろう。
憂ちゃん達の姿を探すべきなんだろうか。
それとも、日本に帰る手段を探すべきなのか。
いやいや、むしろロンドンでの永住を決心するべきか……?
分からない……。
考える事が多過ぎて答えがまとまらなかった。

と。


「……痛?」


ベッドに横たわって少し落ち着けたせいか、私は急に左手に痛みを感じた。
誰にも気付かれないように左手を広げて視線を向けてみる。
何だ、これ? と思った。
いつの間にか私の左手は何かに圧迫されたみたいに真っ赤になっていた。
どうしてこんな事に……?
あっ、そうか。
また澪が怯えて私の手を強く握ったんだな……。
あいつ、昔、肝試しした時に痛いくらい私の手を握ってたしなあ……。
……って、違う。
さっきまで私は澪と手を繋いでない。
私が手を繋いだのはムギと梓で、私の左手を握ってたのは確か……。




「どう? 食べられそう?」


私の後ろで冷蔵庫の中を覗き込みながら、ムギが私に訊ねた。
私は頭を軽く掻いて、冷蔵庫の中に入っていた野菜を一つ手に取りながら答える。


「普段、賞味期限の表示に頼っちゃってるからなあ……。
正直、判断は難しいんだけど、この野菜を見る限り……」


「見る限り?」


「食べられそうだよ。
いや、違うか……。
余裕で食べられる鮮度だ。新鮮その物って感じだな」


「そうなんだ……」


喜んでいい事なのか微妙そうにムギが呟く。
私だって微妙な気分だった。
そりゃ食糧に困らなさそうなのは助かる。
でも、この現象は何だろうなって思う。
電源の入ってない冷蔵庫に入ってたとは言え、
夏場に一ヶ月近く放置していた野菜がこんなに瑞々しく新鮮に残るもんか?
いやいや、燻製や缶詰じゃあるまいし、そんな事があるもんか。

大体、季節自体がおかしい気がする。
昨日、ホテルに向かいながら感じてた事だけど、妙に肌寒いんだよな。
少なくとも、夏場の服装で耐えられる気温じゃなかった。
それどころじゃなかったから昨日はそこまでは気にならなかったけど、
少し落ち着いて考えてみると、やっぱりかなり寒い気がする。
ロンドンは日本より北の方だからって考える事も出来るけど、それにしても秋口にしては寒過ぎる。
少なくとも九月中頃の気温じゃないと思う。

だから、何となく、思う。
このロンドンは誰かの思い出の中のロンドンなんじゃないかって。
このロンドンに転移(梓の言葉を借りてみるけど)する前から、
澪も和も疑ってた事だけど、やっぱりこの世界は誰かの記憶の中の世界なんだろうな。
唯の机の中に私からの手紙が入ってた事もその証拠になるだろうし、
考えてみりゃ和のタイムカプセルが見つからなかった事と、
あの公園の樹が影も形も存在してなかったって事からも余計に疑惑が深まる。
まるで誰かの思い出みたいな、中途半端に再現された世界だよな……。

そして……、多分だけど、
それはロンドンに転移した私達五人の中の誰かの思い出なんだろう。
色んな事を勘違いしてた私だけど、これだけは間違ってないと思う。
そもそもロンドンに来た事があるのは私達五人だけなんだしな。
妙に肌寒いのも、冬のロンドンにしか来た事が無いからかもしれない。
もしかすると。和達がロンドンに転移されなかったのも、
あの三人がロンドンに来た事が無かったからかもしれない。
勿論、完全な推測なんだけど、少なくとも私はそう思ってる。

私達の思い出……、私達の夢か……。
少なくとも私の夢じゃない……って思いたい所だけど、自信は無い。
大学生になってから、私はらしくなく色んな事を考えるようになってた。
これから本気で音楽の道を進むのか、
進むにしてもこの四人でデビューを目指していいのか、
私から始めた軽音部の活動をこれからも皆に押し付けていいものなのか……。
それに、また梓を含めた五人で演奏したい。
でも、部長として頑張る梓の邪魔はしたくない。
昔を思い出すなんて私らしくないって思いながら、
それでも楽しかった高校生活に思いを馳せる事が多くなってて……。
この世界がそんな私の逃避が生み出した世界だって誰かに言われてしまったら、正直な話、否定は出来ない。

それは私に限った話じゃない。
澪だって、ムギだって、唯だって、大学生になってから色んな事を考えるようになってた。
本気で自分達の未来について目を向け始めた。
そんな感じになるまで、私は知らなかったんだよな。
未来に目を向けるって事は、過去にも目を向けなきゃいけないって事だったんだって。
そうして、皆、高校生の頃の事を思い出す事が多くなってたんだと思う。

梓……はどうだろう?
この約一ヶ月、梓と一緒に居て分かったんだけど、
梓も私達と部活をやってた時の事をかなり懐かしく思ってくれてるみたいだった。
妙に私に駄目出しや突っ込みが多かった気もするけど、それも昔が懐かしかったからじゃないかな。
本当はもっと私達に甘えたい。
でも、新部長として、甘えるわけにはいかない。
そんな矛盾した気持ちが梓を妙に厳しく振る舞わせてたのかもな。

となると、この世界は私達五人の中の誰の思い出の世界でもおかしくないよな。
誰の世界でもおかしくない……んだけど、でも、ちょっと待てよ?
この世界が出来たきっかけは何なんだ?
昔を思い出すくらい、誰だってやる事だ。
それこそ私達なんかよりずっと昔の事ばかり考えて生きる人だって沢山居るはずだ。
なのに、この閉ざされた世界に迷い込んだのは私達だけだってのは、いくら何でも変だ。
そこまで過去を懐かしんでた覚えは無いぞ。
つまり、何かのきっかけで、この世界が生み出されたはずなんだ。
こんな世界を作り上げちゃうくらい、衝撃的なきっかけがあったはずなんだよ。

つっても、なあ……。
きっかけらしい事なんかあったか?
始まりからして、あの夏休みの日に強い風に吹かれたって始まりだしなあ。
それにしても、あの強風はびっくりしたよな。
そうそう。
さわちゃんとあの子も眼鏡を落としそうになってたし、ムギも菫ちゃんを支えてあげてて……。

……?
あの子って誰だ?
眼鏡掛けたあの子……、軽音部なのにパソコン担当のあの子……。
私はどうしてその子の事を思い出した?
そもそもあの風が吹いた時、さわちゃんは部室で待ってたはずじゃ……?
何だ……?
記憶が曖昧だ。思い出がはっきりしない。
何かが違ってるって私の中の何かが叫んでる。
何が違ってるのかは分からない。
でも、きっと何かが違ってて、それは多分、この世界にも関係する事で……。


「りっちゃん!」


不意にムギに肩を叩かれ、思考が現実に戻る。
途端、考えていたはずの重要な何かは、何処かに飛んで行ってしまった。
いや、重要な事だったのかもしれないけど、今はそれよりも大切な事がある。
今はムギと一緒に二人でホテルの中を探索する時なんだ。
私は深呼吸してから、冷蔵庫を閉めて立ち上がて微笑んでみせる。


「ごめんごめん、何かぼーっとしてたよ。
それにしても、どうしたんだ、ムギ?
何かあったのか?」


私が笑顔で訊ねると、ムギが心配そうな表情で首を横に振った。


「ううん、何かあったってわけじゃないんだけど……。
でも、りっちゃん……、今ね、恐い顔してたよ?」


「恐い顔……?」


「うん。とっても恐い顔……」


また不安な表情でムギが言う。
ムギがそう言うんなら、きっとそうなんだろう。
私は軽く自分の頬を叩いてから、もう一度ムギに笑い掛けた。


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最終更新:2012年07月09日 23:30