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それにしても、唯は本当に何をしていたんだろうか。
夜に部屋を抜け出してたかもしれないって、そんなんじゃ体調崩して当然じゃないか。
唯だって必死なんだろうけど、
憂ちゃん達が大切なんだろうけど、それで自分の体調を崩してちゃ本末転倒ってやつだ。
責めるわけじゃないけど、少しは自分の身も案じてほしかった。
憂ちゃん達と同じくらい、唯の事を大切に思う人間も沢山居るんだから……。
だから……、元気になってくれ、唯……。
元気になったら、思う存分叱ってやるから、だから……!
おまえが元気になるためだったら、何でもしてやるから……!


「ん……、あ……」


急に呻き声が聞こえる。
澪と一緒に視線を向けると、やっぱり呻き声を上げたのは唯だった。
目を薄く開いて、私達の方に顔を向けている。


「お……はよー……。
りっ……ちゃん、澪ちゃん……」


途切れ途切れな言葉を出しながらも、唯は軽く微笑む。
こんな身体で……、それでも、唯は笑う。
唯って奴は本当に……。
私はつい泣きそうになってしまう自分に気付きながら、小さく唯に囁いた。


「おはよう、唯。
まだ熱が下がってないんだから寝てろって。
でも、何かしてほしい事があったらすぐ言えよ。
出来る限りのお願いは聞いてやるからさ」


「あは……っ、ありがと……。
じゃあ……、おでこに……、手置いてくれる……?
りっちゃんの手……、冷たくて気持ちいい……んだよね……」


「お安い御用だ」


言ってから、私は唯の額に手を置いた。
相変わらず……、物凄く熱い。
唯は……、こんな熱に苦しんでるのか……。
今だって相当辛いに違いない。
でも、唯は変わらない笑顔で言ってくれた。


「えへへ……、りっちゃんの手……、気持ちいいな……。
ありがと……ね……」


まったく……、おまえ、今凄い熱なんだぞ……。
お礼なんてやめてくれよな……。
お礼なんてなくたって、何だってやってやるからさ……。

澪はそんな私達に目を細めてくれてたみたいだけど、
不意に真面目な声色になってから、唯に向けて言った。


「律の手の冷たさを感じるのもいいけど、折角起きたんだ。
辛いだろうけど、身体を起こしてくれるか?
汗を拭いて、服を着替えよう。
服が汗を吸って凄い事になってるからな」


「ええぅ……?
恥ずかしいなあ……」


「病人が恥ずかしがるな。
と言うか、毎日やってる事だろ?」


澪が微笑んで突っ込むと、唯が軽く頬を膨らませた後で笑った。
頷いて布団をどけると、汗でびっしょりのパジャマを脱ぎ始めようとする。
だけど、熱のせいだろう。
手元が震えてパジャマのボタンを外せないみたいだった。
私は唯の手を握ると、その手を使って一緒にボタンを外してやった。
意外とかなり膨らみのある唯の胸が露わになる。
羨ましい……と思うよりも、心配になった。
パジャマの下の唯の肌は胸も含めて、熱のせいで真っ赤になってた。
早く少しでも楽にしてやらないと……。

私は澪に唯のパジャマを手渡すと、代わりにタオルを受け取った。
背中から丁寧に汗を拭いていってやる。
くすぐったいのかたまに変な声が上がってたけど、それは気にしない事にした。
背中を拭き終わり、前も拭こうとすると、私の手は唯にの手に力無く握られた。
唯が照れたように呟く。


「ま……、前は自分でやるよう……」


「遠慮するな」


「え……、遠慮じゃなくって……」


「そんな力の入らない手で汗が拭けるかっての。
いいから私に任せたまえ、唯隊員」


「むー……、りっちゃんのえっちぃ……」


「誰がエッチだ。
ほら、パンツも脱がすぞ。変に動くなよ」


「んもう……」


口を尖らせながらも、唯は私の言葉に従ってくれた。
脱がせた唯のパンツは少し重いくらい汗を吸っていた。
こんなに汗を掻いてたのか……。
よっぽど苦しかっただろうな……。
せめて、その苦しみをこのタオルで少しは吸い取ってやりたいな……。
そう思って、一生懸命に唯の汗を拭いた。

大雑把って言われる私だけど、精一杯丁寧に唯の身体を拭いたつもりだ。
吹き出す汗を止める事は出来なかったけど、
唯の身体に纏わりつく古い汗は全部拭けてやれただろう。
私と澪は唯に新しいパジャマを着させると、頷き合ってから二人で唯の身体を抱き上げた。


「え……っ? 何……?」


唯が動揺した様子を見せる。
そりゃいきなり二人に抱き上げられたらびっくりするよな。
澪がちょっと笑いながら唯に説明を始める。


「心配するな、唯。
隣のベッドに移ってもらうだけだよ。
このベッドはもうおまえの汗でびっしょりだからさ、
新しいベッドで寝た方がおまえも少しは気持ちよく眠れるはずだよ」


「それはそう……だけど……。
でもでも……、えっと……」


「何だよ? とりあえず移すぞ?」


言って、唯を隣のベッドに寝させ、上から布団を掛ける。
その間中も、唯は何か言いたげに元のベッドの方を見ていた。
いや、正確には枕……か?
この枕に愛着でもあるんだろうか?


「何だよー、唯。
枕の下にエロ本でも隠してんのかー?」


からかうみたいに言いながら、枕を手に取ってみる。
うわっ、唯の汗を吸いまくってんなあ……。
いや、そんな事より、この枕、ちょっと固い所があるな。
何だ……?
何か入ってるな……。
唯の奴、何か隠してるのか?
私は反射的に枕カバーの中に手を突っ込んでみる。


「あっ……、駄目……」


唯のその言葉はちょっとだけ遅かった。
私は唯のその言葉より先に、
枕カバーの中に入っていた固い何かの感触を感じていた。
感じた事がある気がする……。
いや、でも……、これは……、まさか……。

私は胸が激しく鼓動するのを感じながら、枕カバーの中から手を出した。
手のひらを広げて、握りこんでいた物に恐る恐る視線を落としてみる。
感触で半ば分かってはいたけど、この目で見ない事には信じられなかった。
いや、この目で見た所で、信じられなかった。

私の手のひらの上には、
あの日、投げ捨てたはずの、
過去と一緒に捨てたはずの、
ほうかごガールズのピックがあった。




頭が真っ白になった。
何が起こったのか、何が起こってるのか、分からない。
息苦しいほどの心臓の鼓動と震える自分の指先だけは感じる。
かなり長い間、放心してた様な気がする。

不意に唯に見つめられている事だけには気付き、
やっとの事で頭の中で何かを考える事だけは出来るようになった。
だけど、それだけだった。
次々と湧き上がる疑問と不安と恐怖と後悔で頭の中がぐちゃぐちゃだ。
考える事が出来るようになったって、余計に嫌な気分になっていくだけだった。
それでも、私の中の思考は止まらない。

何だよ?
どうしてピックが唯の枕カバーの中にあるんだ?
いや、分かってる。
唯が拾ったからだ。
私の捨てたピックを探し出して拾ったんだ。
ピックの事を唯がどうして知ってる?
あの日、屋上でピックを捨てた私を見てたのか?
ピックを捨てた直後じゃなくてもっと前から唯は私を見てて、
たまたま屋上に顔を出したわけじゃなくて、
ピックを捨てた私のそれ以上の行動を止めようと姿を現したって事なのか?

だけど、いくら何でも、
あの暗さの中じゃ私が何かを捨てたって事しか分からなかったはずだ。
……分からなかったはずなんだ。
でも、唯は二つだけとは言え、ピックを拾い集めてる。
三日間掛けて……、そうだよ、三日間掛けたんだ、唯は。
何の手掛かりも無く、誰にも秘密のままで、一人で探し出したんだ。
憂ちゃんより、純ちゃんより、和より、私の投げ捨てた物を優先して。
こんな状況で三日間も掛けて……。
一人っきりで……。

胸が締め付けられるように痛むのを感じる。
きっと私は喜ぶべきだったんだろう。
私の事にそんなに目を向けてくれてる親友が居るって事を、嬉しく思うべきだったんだ。
頭では分かってる。
分かってるのに……、そう考える事が出来ない。
自分にそれだけの価値があるなんて、どうしてもそう思えない。
私にはまだ何も出来てない。
出来てないだけならまだよかった。プラスマイナスゼロならまだよかった。
でも、私自身が一番よく分かってる。
私の存在はプラスマイナスゼロどころか、皆にとってマイナスにしかなってない。
ムギを不安にさせて、梓に気を遣わせて、澪に心配を掛けて、
そして、唯には……、唯には……。

私の目に映るのは、辛そうな唯の姿。
40℃もの熱を出して苦しんでる唯の姿だった。
そして、唯を苦しませる事になってるのは、間違いなく私が原因なんだ……。
後ほんの少し熱が上がるだけで死んでしまう状態に追い込んでしまったのは……、
今まさに唯を殺し掛けてるのは……、
私……なんだ……。

何をしてたんだ、私は。
過去を捨てて、前に進んだ気になって、何をしようとしてたつもりだったんだ。
大体、私が皆を支えるなんて思い上がりだったんじゃないか?
私はいつだって皆に支えられて来た。
ずっと支えられて来た。
そのお返しをしたかった。
少しでも誰かに恩返しをしたかった。
私に出来る事は少ないって分かってたから、
この閉ざされた世界に来る前は、皆を楽しませる事で恩返しをしようと思ってた。
皆を笑顔にしてあげたかった。
だけど……、それは皆には迷惑だったのかもしれない……。
私は一人でずっと空回りしてただけなのかもしれない……。
自分勝手な被害妄想かもしれない。
でも、今の私には、もうそうとしか考えられない……!

梓の事にしたってそうだった。
私は自分が思う以上に弱いって事を、梓と風呂に入った日に気付いた。
誰かの体温を感じたかったんだ。
誰かの体温を感じなきゃ、孤独に押し潰されそうだった。
それで一番華奢で弱い子に頼ろうとしちゃったんだ。
一番私を拒みそうにない子の未来を奪い取ろうとしてしまったんだ。
馬鹿じゃないかって思う。
私はあんまり利口なつもりじゃなかったけど、今こそよく自覚出来た。
私は利口どころか単なる馬鹿なんだ。
自分の事しか考えられなかったどうしようもない馬鹿なんだ……。

こうなると皆の支えになりたいって想いも、我ながら怪しくなってくる。
私は皆の支えになりたかった。
皆を笑顔にしてあげたかった。
でも、それは皆のためじゃなくて、自分のためだったかもしれない。
いや、多分……、きっとそうなんだろう。
私は自分が安心したいために、笑いたいために、皆を利用してたんだ……。


「おい……、どうしたんだ、律?」


急に黙り込んでしまった私を不審に思ったんだろう。
澪が長い髪を耳元に流しながら、心配そうに訊ねてくれた。
応じられるはずがなかった。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
口の中がカラカラだ。
胸が絶え間なく痛み続けてる。
口を開けば大声で泣き出してしまいそうだ。
私が澪に言える言葉なんて、一つも無い。
私に出来たのは、澪から顔を逸らして、
この泣き出してしまいそうな表情を澪に見せないようにする事だけだった。


「おい……、律ったら……!」


澪が私の肩を掴んで自分の方に振り向かせようとする。
私の事を本気で心配してくれてるんだろう。
だけど、私にはそんな事をしてもらえる資格なんてない。
やめてくれよ、澪……。
もう私なんか心配しないでくれよ……。
だから、今の私の顔を見ないでくれ……。
見ないでくれ!


「ねえねえ……、澪……ちゃん……」


私が肩を置かれた澪の手を振り払って駆け出そうとした瞬間、不意に唯がそう言った。
熱で意識もはっきりしないだろうに、軽く微笑みながら言ったんだ。
途切れ途切れの声で、一つ言葉を口にするだけで苦しそうにしながらも……。


「どうしたんだ、唯?
苦しいんだろ? 無理に喋らなくていいから……」


澪の心配そうな言葉に、唯がまた微笑んで首を振った。


「私……、オレンジジュースが飲みたいな……」


「オレンジジュース……?
それは構わないけど……、でも、今は……」


「お願い……、澪ちゃん……」


「いや……、でも、律が……。
えっと……。

……。
……分かった。
よく冷やしてから持って来るよ、唯。
お腹壊すかもしれないから、あんまりがぶ飲みするなよ?」


澪がそう言って頷く。
唯が何を言っているのか、その言葉の意味を理解したんだろう。
私にも唯の言葉は理解出来てはいた。
唯は私と二人きりで話をしたいんだ。
澪に今の顔を見られたくない私への助け舟って意味もあるんだろうと思う。
私だって唯と二人きりで話したかった。
ピックの事や、今の気持ちや、色んな事は澪に知られたくない。
でも……、唯と何をどう話したらいいのかは、分からない。


「じゃあ……、また後でな、二人とも」


そう言って、澪は部屋から出て行ったみたいだ。
みたいだってのは、結局私は澪の顔どころか姿にすら視線を向けられなかったからだ。
扉が閉まる音と澪の足音で、部屋から出てったんだろうなって判断しただけだ。
私って奴はどれだけ情けないんだろう……。

ともあれ、私はそうして唯と二人きりになった。
唯の気配りのおかげで、二人きりになれた。
話したい事は沢山あった。
話さなきゃいけない事も沢山あった。
だけど、情けない私は何をどう切り出していいか分からなかった。
病人に気を遣わせておいて、それでも、何も出来なかったんだ、私は……。


「ごめん……ね……、りっちゃん……」


結局、情けない私より先に話を始めてくれたのは唯だった。
前も聞いた言葉から、唯は切り出したんだ。
唯が言うべきじゃない言葉から……。


「隠してて……、ごめん……。
ピック……、全部揃えてから、渡したかった……から……。
隠してて……、ごめんね……。
二つしか見つけられなくて、本当に……ごめん……」


「二つしか……って……。
どうして、唯……、ピックが三つあるって……。
大体……、何で私がピックを捨てたって……」


口を開く度に泣き出しそうになってしまいながら、唯に訊ねる。
そうだよ……。
私がピックを捨てた事までは気付けたとしても、
唯はどうしてピックが三つだって事を知ってたんだ……?

唯がばつの悪そうに微笑んでから、息も絶え絶えに続ける。


「分かるよ……。
前にね……、屋上でりっちゃんが何か捨ててるの見かけて……、
見つけなきゃ……、拾わなきゃ……って思ったんだ……。
何か分からないし、見つかるかなって思った……んだけど……、
見つかってよかった……、よかったよ……」


「だから……、どうして三つだって……。
放課後ティータイムみたいなマークは描いてるから、
ピックだって事はどうにか分かったにしても、どうしておまえは……」


「え……っ?
だって……、それ憂達のなんだよね……?
憂と……、純ちゃんと……、あずにゃんの……だよね?
ライブの時……、りっちゃん、あずにゃんに何か渡そうとしてたから……。
その時のピックなんだろうなって……、思ったんだ……」


鋭いな、と思った。
唯って奴はどうしてこう……、妙な所で鋭いんだよ……。
そうだよ……、その通りだよ、唯……。
おまえの言う通り、投げ捨てたピックは三人に渡そうとしてた物だよ……。
でも、それはもう……、もう必要無いから……、捨てようとした物なんだ。
だから、悪いけど、唯……。


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最終更新:2012年07月09日 23:50