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私がそれを伝えるより先に、唯がもう一度言った。
唯が言う必要ない言葉を、また言ったんだ。


「ごめん……ね……」


「どうして……、どうして謝るんだよ、唯……」


「だってだって……、りっちゃんが捨てた物なのに、
りっちゃんが……ちゃんと考えて捨てた物なのに、私が拾っちゃって……ごめん……。
でも……、でもね……、りっちゃんには……、捨ててほしくなかったんだ……。
私の我儘だけど……、りっちゃんに思い出を大切にしてほしかった……から……。
我儘な事言って……、ごめん……ね……」


思わず息を呑んだ。
ああ……、何だよ……、何て事だよ……。
唯は思い出を大切にする。私は未来に進む。
二人のその想いは違ってるようで同じだったって事に、何で私は気付かなかったんだ。
私は未来を、皆の未来を守りたかった。
同じ様に唯は思い出を……、自分だけじゃなくて、皆の思い出を守りたかったんだ……。
過去を捨てようとした私の思い出まで……。

馬鹿だ。唯は本当に馬鹿だ。
私なんかのためにこんなに満身創痍の状態にまでなって……。
死にかけてるんだぞ、おまえ……。
私は捨てようとしてたのに……。
過去と思い出を捨てようと思ってたのに……。
何て……、何て馬鹿な奴なんだ……。
そして……、それに気付けなかった私が一番馬鹿だ……!


「ごめん……。ごめん……ね……」


また唯が謝る。
辛そうに、苦しそうに、悲しそうに謝る。
もうやめてくれ、唯。
おまえは謝らなくていい。もう謝らなくていい。
むしろ責めてくれ。
こんな結局自分の事しか考えられなかった私を、
思い出を捨てる事で唯達も捨てる事になりそうだった私を責めてくれよ……!


「もういいよ、唯……。
謝るなよ、もう……、謝らないでくれよ……。
ピックの事は私も怒ってない……。だから……」


私が言うと唯が苦しそうに首を振った。
ピックの事以外に謝りたい事がある……。
そんな素振りに見えた。


「ううん、私……、謝らなきゃ……。
皆に謝らなきゃ……、いけないんだ……。
だって……、私ね……、気付いちゃったんだ……。
ずっとベッドに寝ててね……、皆に看病されてて……、
何だか思い出して来たんだ……。
私……、確か……、風邪になる前から、皆にずっと……」


それ以上の唯の言葉は聞けなかった。
急激に唯が苦しみ始めたからだ。
痙攣してるみたいに身体を震わせ始めて、呼吸も荒くなって、
本当に辛そうに……、苦しそうに……。


「唯……? おい、唯! しっかりしろ! おい……!」


「うぅ……、だいじょ……はぁはぁ……ぶ……」


「大丈夫なわけがあるか!
今、澪達を呼びに……!」


瞬間、私の中で一つの記憶が甦った。
夢か……、妄想か……、現実か……。
とにかく私の中に唐突に溢れ出すように記憶が湧き上がって来る。
思い出すのは今と同じ様に病室のベッドに横たわる唯の姿。
ベッドの上で沢山のコードに繋がれた唯の姿……。
辛そうに唯の姿を見下ろす憂ちゃんと和。
遠巻きに三人を見つめる私と澪とムギと梓……。

何だ?
この記憶は何だ?
どうしてこんな記憶が私の中にある?
私達は一陣の風でこの閉ざされた世界に迷い込んだけど、
こんな状態になった事は一度も無かったはずだ。
無かったはずなんだ……!

でも、違う、と私の中のもう一人の私が考える。
曖昧だった記憶が少しずつ辻褄を合わせてまた甦ってくる。
そうだよ……。
あの一陣の風が吹いた日……、やっぱり私達は間違いなくライブをやったんだ。
菫ちゃんと奥田さんって子も紹介されて、わかばガールズのライブも聴いたんだ。
帰り道、さわちゃんも一緒に学校から帰ってて、
その途中で私達は……、私達は何かがあって大怪我をして、
その時に強い風が吹いて、でも、その風はただ吹いただけで……、
それで……、それで唯は……。
今みたいにベッドの上に……。

突然の記憶の渦に巻き込まれて、息が出来なくなる。
これ……か……?
こういう事だったのか……?
私は……、私達は……、だから、失いたくなかったのか?
失う事が怖くて仕方が無かったのか?
失いたくなくて、傍に居たくて……、それでこの世界に逃げ込んだのか?
目眩がしてしまいそうだ。
いや、実際に目眩がしてる。
唐突な真実を受け止めきれない。
でも、そんな事よりも、今は……、今は、そう……。

私の目に写るのはベッドの上で苦しむ唯。
熱に苦しみ、不安や、辛さや、悲しさや、色んな物に追い詰められている唯の姿。
残りほんの少し悪い方に転んでしまったら、
すぐにでも死んでしまう可能性がある唯の姿だ。
死に瀕している唯……。

この世界が何なのかはっきり分かったわけじゃない。
沢山の事を思い出しては来たけど、まだまだ分からない事だらけだ。
でも、一つだけはっきりしてる事がある。
私は失いたくなかった。
大切な仲間をを失いたくなかった。
失いそうになって、失いたくなかったから、何が何でも傍に居ようと思った。
どうしても傍に居たかった。
そうやって私はこの世界に辿り着いたはずなのに、
私はまた大切な仲間を失いそうになってしまっている。
しかも、今回は唐突に訪れた事故や事件じゃなく、
紛れもなく私の責任で、仲間を失いそうになってしまってるんだ。
今、唯が苦しんでるのは、完全無欠に私の責任なんだから。

吐き気がした。
目眩や動悸や窒息しそうな息苦しさや、多くの苦しみが私を襲う気がした。
でも、そんなの自業自得だし、唯の方がその何倍も苦しんでるんだ。
私の苦しさなんて、自業自得どころか自己満足レベルの勝手な症状だ。
そんなの……、気にしてるわけにはいかない。

……って、何やってるんだよ、私は!
私には何も出来ない。
唯の治療をする事どころか、唯を安心させてやる事すらもきっと出来ない。
私はもう……、唯を苦しめる存在でしかないんだ……。
だからこそ……。
だからこそ、せめて唯が安心出来る仲間くらいは、私が呼びにいかないと……!

私は「ちょっと待ってろ!」って唯に言ってから、
唯に背中を向けて駆け出そうとしたけど、その私の右手は誰かに強く掴まれた。
考えるまでもなく、当然、私の右手を掴んだのは唯だった。
唯は病人とは思えないほど強い力で、私の右手を掴んでいた。
私は自分が動揺するのを感じながら、私の手を掴んでる唯に視線を向けた。
驚いた。
相当苦しいはずなのに、40℃以上の熱があるくせに、
唯がいつの間にか身体を起こしていて、まっすぐな強い視線で私を見つめていたからだ。


「お……、おい、放せって……!
私じゃ看病も治療もしてやれそうにないし、だから……!」


唯の存在感に気圧されそうになる自分に気付きながらも、私はどうにか唯に言った。
せめて、私に出来る最後の事くらいはやらなきゃ、
それくらいは出来なきゃ、もう、私は……。

だけど、唯は強い視線のままで首を横に振った。
息も絶え絶えながら、私に言葉を伝えようと口を開いて喋り始めた。


「でも……、ね……。
私……、りっちゃんに聞いて……ほしい事が……あるんだ……。
はぁ……、ずっと前……から気付いてたんだけど……、
怖くて……、皆に嫌われちゃうのが……嫌で……、
言い出せなかったんだ……よね……。
私……、私ね……、きっと……」


「いいから喋るなって!
おまえ、自分がどういう状態なのか分かって……」


「聞いてったら!」


唯の大きな声が部屋の中に響く。
真剣で、強い意志のこもった唯の叫び……。
それだけで、私は唯に対して何も言い返せなくなる。
涙が溢れ出しそうになる。
自分が情けなくなったからでもあるけど、唯の強い気持ちを感じ取れた気がするからでもある。
唯は……、覚悟している。
覚悟して、決心しているんだ。
そんな強い想いを持った唯を止める事なんて……、私には出来ない……。

私は俯きそうになりながら、
それでも、どうにかそれを食い止めて、唯の顔に視線を向けた。
唯の奴は……、息を切らしながらも、嬉しそうに微笑んでくれていた。


「ごめんね……、大きな声出しちゃって……。
でもね……、聞いてほしいんだ……。
私の考えを……、聞いてほしいんだよね……。

りっちゃん……さ。
この世界……、閉ざされた世界……だっけ?
確か和ちゃんが……、そう呼んでたような気がするけど……、
まあ……、それはいっか……。
とにかくこの世界が……、誰かの夢の中じゃないかって……、思ってるんだよね……?

私も……、そうだ……と思うんだよね。
音の響き方が違う……気がするし……、普通の世界とは何か違う気もするしね……。
最初にそうじゃないかって思い始めたのは……、澪ちゃんに訊かれた時から……なんだ。
あの公園の……、大きな樹……。
「律が落ちて骨折した事あるんだけど、あの公園にそんな大きな樹があるの知ってるか?」
……って、澪ちゃんとお喋りしてた時に……、訊かれたんだ……」

あの樹……。
小さな頃、私が落ちた事があって、
この世界では何故か存在してないらしくて、
実際に確認に行った時にも、存在を確認出来なかったあの樹の事だ。
何故か、生き物が消えた後に存在しなくなった樹。
澪は唯にその樹の事を訊ねた。
別に唯を狙い打っての質問じゃないだろう。
誰か憶えてない人間が居ないかと思って、質問してみたんだろう。
それが何かの手掛かりになるんじゃないかと思って……。

唯が続ける。
困ったように微笑みながら、静かに。


「私ね……、その樹の事、知らなかった……。
ううん、多分ね……、忘れてたんだと思う……。
後で気になってね……、憂や純ちゃん達にも訊いてみたんだけど、
私以外の皆は憶えてるみたいだったんだよね……。
あははっ……、私だけ記憶力が無くて恥ずかしい……ね……」


唯が何を言おうとしているのかは、もう完全に私にも分かった。
私だって、思ってなくはなかったんだ。
この中途半端に再現された世界は私達の中の誰かの夢じゃないかってずっと思ってた。
この世界に居る私達の人格はともかくとしても、
世界全体は誰かの意志が創り上げた夢のような存在のはずなんだ。
でも、それ以上の事は考えないようにしてた。
分かってどうなるものとも思えなかったし、犯人捜しをするみたいで怖かった。
誰かの責任にしたくなかった。
何より自分の夢かもしれないって思いたくもなかった。
それで……、私はずっと問題を棚に上げてた……。

でも、私と同じ様に、やっぱり皆もこの世界について考えてた。
皆も何も考えてないわけじゃない。
事態を前進させるために、必死に色々考えてたんだ……。

ああ、そうだ。
もう……、目を逸らすのはやめよう。
勇気を出して、ちょっと情報をまとめれば分かる事だ。
そうだ。この世界はきっと夢なんだろう。
私達の意識が少しは影響してるかもしれないけど、
誰かの夢が大部分を構成してると考えて間違い無い。
なら、この世界の根本となった夢は誰の夢なのか?

まず憂ちゃん、純ちゃん、和ではありえない。
三人は今この世界に存在しないし、和の場合は特にタイムカプセルの件もある。
生徒会で埋めたらしいタイムカプセル……。
それがこの世界に無かった理由は、和以外の皆がタイムカプセルの事を知らなかったからだろう。
知らない以上、タイムカプセルの再現なんて出来るはずもない。

残されたのはロンドンに転移させられた私達五人だ。
この世界がロンドンを再現出来てるのは、卒業旅行でロンドンに来たからだろう。
ロンドンだけはどうやったって和達には再現出来るはずもない。
その点から考えても、この世界は和達三人の夢ではないはずだ。
残った五人の中でこの世界の夢を見てる可能性が一番高いのは誰か?

まず梓ではありえない。
理由は元唯の席に入っていた私と唯の落書きだ。
私達と同じクラスじゃない後輩の梓が落書きを知っているはずがない。
憂ちゃん辺りから話で聞いていたとしても、落書きがどんな内容かまでは知らないはずだ。

残る中では澪とムギでもありえない。
理由はサザンクロスこと南十字星の位置だ。
ロンドンに転移させられる前の日本……、星空には何故か南十字星があった。
星が好きなメルヘンな澪と優等生のムギは南十字星が日本で見えない事を知ってる。
そんな不自然な点を世界に再現するだろうか?
日本でも見たかったからそこだけ捏造した、
って考える事も出来るけど、真面目な二人だけにそういう事はしなさそうな気がする。
例えそれがただの夢でも、だ。

残るは私と唯になる。
直接聞いた事は無いけど、唯は南十字星が日本で見えないって事は知らなかったはずだ。
私も知らなかったわけだし、唯もそう星に興味があるようには思えない。
ここまでは私も絞ってた。
ロンドンに転移させられた頃には、目星を私達二人に絞ってた。
それ以上は怖くて出来なかった。
犯人を見つけたくなかったし、自分がこの夢を見てる本人だなんて、思いたくもなかった。
すごく……、怖かった……。

だけど、もう分かった。
さっきの唯の言葉で分かったんだ。
私はあの公園の樹の事を憶えてる。はっきりと憶えてる。
あの樹は辛くて楽しい私の思い出のある樹なんだ。
例え夢の中でだって、あの樹を忘れるもんか。
他の何を再現出来てなくたって、あの樹だけは忘れないと思う。
つまり……、この世界の根本になった夢を見ているのは……。

私は静かに唯に視線を向ける。
責めるわけじゃない。疑うわけでもない。
ただ静かに唯を見つめる。
私の考えを分かってくれたようで、唯はまた困ったように笑いながら言った。


「ごめん……ね……」


何度も聞いた唯の謝罪の言葉。
二重三重の意味が込められていた唯の『ごめん』……。
そういう……事だったんだよな……。

唯に何て言えばいいのか分らない。
私はそもそもこの夢を見てる誰かを知りたいわけじゃなかった。
この世界から脱け出せれば、それでよかった。
知りたくなかった。
知ってしまえば、誰かを責める事になるから。
きっと弱い私は誰かを……、唯を責めてしまうから……。
でも、それは結局逃げていただけだったのかもしれない。
誰からも責められない事で、唯はずっと罪悪感を一人で背負ってたんだ。
私が……、逃げていたからだ……。

私は何とか口を開く。
唯に少しでも私の気持ちを伝えるために。
何を言えるかは分からないけど、とにかく何かを伝えるために。
だけど、それより先に唯が言った。
聞きたくなかった決意を口にした。


「皆に……、迷惑掛けて……ごめんね……。
でも、大丈夫……だから……。
大丈夫……になりそう……だよ?
この世界は……多分、ううん、きっと、私の夢……。
だからね……、もうすぐ元に戻るはず……だよ?
皆も……元の世界に……、戻れるはず……。

私が居なくなっ……たら……ね。
私がね……、



死んだら」


死んだら。
唯のその言葉には聞いてて辛くなる杭くらいの決意が込められていた。
覚悟が決められた言葉だった。
唯は覚悟してるんだ、自分が死ぬ事を。
自分が死んで、この世界から私達を解放する事を。

言うまでもない事だけど、この世界が唯の夢だって確定したわけじゃない。
色々考えてはみたけど、結局は全部仮定なんだ。
唯の夢である可能性が高いってだけで、それ以上でもそれ以下でもない。
唯が死ねばその夢が覚めるのかもしれないけど、
そんな物の試しみたいな理由で唯が死んだって何の意味も無い。
唯が死ぬ必要なんて無い。
死なせてたまるか。

でも、そんな事は唯だって分かってるだろう。
分かってて、言ってるんだと思う。
自分は今の所死ぬ必要は無い。
でも、必要となったら、死ぬ事になったって構わないって思ってるんだ。
私達をこの閉ざされた世界から解放させるためなら、
自分の命だって惜しくないって思ってるんだ。

そんな事させるか。
そんな事させてたまるか。
私はこの世界から早く脱け出したかった。
元の世界に戻りたかった。
でも、それはこんな意味ででじゃない。
皆で一緒に戻って、皆と一緒にまた笑い合えるために、この世界から脱け出したかったんだ。
また皆で演奏したかったんだ……。
唯が犠牲になって、唯無しで演奏して、どうなるってんだよ……。
そんなの……、そんなの嫌だよ……。


「やめろよ、唯……。
死ぬなんて、そんな事言うなよ……。
おまえに死なれたら、私は……、私は……」


まっすぐな視線を崩さない唯の表情を見ながら、私はどうにか呟く、
強く強く痛む胸と戦いながら、消え入りそうな声で呟く。
呟きながら、本当は分かってた。
唯は簡単に生き死にの問題を口にする奴じゃない。
唯は色んな物を大切にして、ちょっとした物でも失うと悲しむ奴だ。
大切な物が分かってる奴なんだ。
そんな唯が大切な自分の命を犠牲にする話をするだなんて、とても……辛い。

勿論、唯にその決意をさせてしまった原因の一端は私にあった。
唯の体調を崩させてしまったのは私だ。
過去を、思い出を抱えながら生きる自信が無かった私の責任だ。
私は捨てようと思った。ピックと一緒に思い出を捨てなきゃ、生きていける自信が無かった。
失ってしまった皆、和達の事を思い出すと、
辛くて、悲しくて、動き出せなくなくなりそうだった。
だから、私は屋上からピックを投げ捨てたんだ。

でも、唯はそれを嫌がったんだ。
自分だけじゃなくて、私達全員の思い出を大切にする奴だから、
私の捨てようとした過去や思い出や想いまで拾い集めて来てくれたんだ。
満身創痍の状態になってまで。
死を意識するくらい、こんなに体調を崩してまで……。


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最終更新:2012年07月09日 23:52